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最終更新日:2004年08月01日

 市町村自律支援プラン説明会


平成16年2月7日(日) 10:00〜
 
山口村村民センター

 

説明会の映像は、こちら「映像図書館」をご覧ください。

 

 

長野県知事 田中康夫

 どうも、今日は本当に土曜日の午前中、また大変な雪の中を多くの方にお越しいただいてありがたく思っております。私は長野県、そして信州の知事を務めております田中康夫でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 今日は長野市を朝7時ごろに出ましてまいりました。長野市もちょうどこちらと同じように、昨日からずっと雪が吹雪いておりまして、「長野線」という高速道路になるわけでございますけれども、松本まで来ましたらとても晴れておりまして、雪も田んぼにもうほとんど見えないというかたちでございました。ちょうど駒ケ根を過ぎて飯田に近づくあたりから、また雪が降ってまいりまして、先般も飯田より南が通行止めになったことがありましたので、時間に遅れるようなことがあると申し訳ないなと思っていたんですが、無事に到着することができました。

 皆さんご存じのように、この長野県というのは、「『脱ダム』宣言」の中でも最初に文章にありますように、「日本列島の背骨に位置し、数多(あまた)の水源を擁する」という文章から始まります。まさに、この日本の南北東西に細長い日本列島のちょうど真ん中にあるのが、この長野県でございます。ご存じのように、全国4番目の広さなんですね。この木曽谷だけでもですね、…先ほども木曽郡の選出の村上議員とお話ししていたんですが…、全国で言えば大阪府、あるいは香川県と、四国に香川県という讃岐うどんで有名なところがございますけれども、こことちょうど同じ大きさがこの木曽郡でございます。今日も木曽地方事務所長の小池が来ております。あるいは飯田市と下伊那郡、これもちょうど大体木曽郡と同じ大きさでございまして、つまり大阪府と同じ大きさ、香川県と同じ大きさという、大変に広い県であります。

 今日お伺いをいたしましたのは、私たちの長野県は、…今日、お手元に幾つか資料をお配りしていると思います…、私たちは「長野県市町村『自律』支援プラン」というのを策定を、既に去年の9月にいたしました。そうした中で、いわゆる「市町村合併に関する素朴な疑問」というQ&A、…Q&Aというのは質問と答えということですね…、こちらもお手元に届いているかと思います。それからもう1つ、これはご存じのように、長野県は全部で20個くらい地元の新聞というのがあります。皆様の地域にもさまざまな、中日新聞だけでなくて、さまざまな新聞を取られている方がいるかと思いますが、その新聞に載せました県からのお知らせでございます。ちょうど裏側にも、ちょっとひげを生やした、これは東京大学の名誉教授を務めている宇沢弘文さんという、経済学では世界的に有名な先生ですけれども、この先生とお話しをしている、「"コモンズ"からはじまる『信州ルネッサンス革命』」という原稿がございます。あと2つ、後ほど少しお話の時間があればと思いますが、私が村民であります泰阜村という下伊那郡の村長の松島貞治さんがお書きになった文章。それから木佐茂男さんという、町村の自治に関して研究をなさっている先生の文章がございます。

 今日は幾つかお話しをしていくんですが、先日、「NNNドキュメント」っていうテレビが、日本テレビというテレビ局ですね。「ズームイン朝」というような番組をやっているところです。長野県内の他の地域では、これはテレビ信州というテレビ局がいわゆる系列局と言われているんですけれども、恐らく皆さんの地域の大半の方は中京テレビになるんでしょうか…、で放送をしています。日曜日の夜にやっているドキュメント、いわゆる記者の人が入念に取材をして流す番組でして、この番組は日本テレビ放送網というところと、あと静岡の第一テレビという系列局と、あとテレビ信州の3つが作った番組があったんですね。これを私も先日見ておりました。

 最初に静岡市と清水市というところの合併のことをやっておりました。皆さんも、例えば名古屋に出られて東京にお出掛けになると。車で行かれる場合ではなくて電車ですと、そのようなかたちをおとりになる方がいらっしゃるかと思います。静岡のあたりをお通りになると、静岡の駅というのも最近はひかりも随分止まるようになりましたし、建物が大変林立しています。駅のすぐそばに磯崎新さんという建築家が造った大変に立派な多目的ホールという、幾つもの中がホールになっているビルも建っております。この静岡市が清水市という、…清水の次郎長というのでも知られていますが…、これと合併をして、最初は駿河市にしようかという意見もあったんですね。遠江と駿河というふうに静岡はもともと2つの国からできていましたけれども、結果として静岡市という名前になりました。

 ここが合併をしてですね、合併特例債と呼ばれるものがあります。これは国の総務省という、昔は自治省と言ったんですね。戦前は内務省というふうに言いましたけれども。この総務省が合併特例債というものを設けているので、静岡市の場合には450億円の合併特例債をもらうことができます。確か、430億円くらいはその合併特例債を使うというふうに新聞に報じられていたかと思います。

 この合併特例債というものでどんなことができるかと言うとですね、基本的には、例えば建物を造ったり、道路を整備したり、あるいは下水を整備したりと、こうしたいわゆる皆さんが考える公共事業ということに使われます。ですから、この合併特例債ということによって、例えば皆さんが立派な福祉施設を造ることはできます。しかしながら、例えば在宅福祉であったり、訪問介護であったり、こうした人がもっときめ細かく訪問介護をしてくれる人がいたらなと。だけども市町村の財政はなかなか厳しいので、そうしたことに借金ができたらいいなと。後生に借金を残すというような甘えた意味ではなくて、でも今そこにいるお年を召して町や村や市を大変愛して尽くしてきてくれた人が、自分の生まれ育った場所で、自分の慣れ親しんだ景色の中で老いていく人に、訪問介護や在宅福祉をしたいなと。そのための充実をさせたいなと思っても、残念ながら、この合併特例債を直接使うことは難しいんですね。

 これは、既にいろんな場所で私がお話ししてきていますけれども、この合併特例債というのは、全国で合併をする場合に約20兆円のお金を使っていいですよという具合になっています。しかし、この合併特例債を使った場合にも、これは全額国が負担してくれるわけではありません。地元がこの合併特例債を使った場合にも約3分の1、33.5%と、このくらいは地元が独自にその後返していかなくてはいけないというかたちです。国が払ってくれる部分は3分の2くらいということですが、ただ、この国がということも、ご存じのように、国を構成しているのは誰かというと外国の人ではないわけですね。そこに住んでいる人たちです。国がお金の面倒を見てくれるといっても、歴代の首相がポケットマネーで出してくれるわけではないわけです。つまり、それぞれそこに暮らしていて税金を納めている人、あるいはこれから生まれて働いたり学んだりして税金を納めてくれる人が、その借金は返していくことになります。

 日本は今どのくらい借金があるかというと、皆さんもご存じかもしれませんけれども、740兆円くらい借金があると言われています。言われているというのは、一体どのくらい、幾ら借金があるのか計算の方法によってそれぞれ異なるんですね。もう皆さんもご存じのように、私たちの信州、長野県も先日「NHKスペシャル」という番組で、1月の中旬に1時間ほど、自治体の財政破たんを防げということで、長野県における外郭団体、…外郭団体というのは、例えば土地開発公社とか、農業開発公社とか、あるいは社会福祉事業団とか、さまざまなものがあります。岐阜県にも愛知県にも静岡県にもこういうものがあるんですが…、こうしたところが、みんなの目から見えないさまざまな借金や赤字や、不良債権を抱えているんですね。こういったものもいろいろ入れていくと1,000兆円くらいの日本には借金があるんじゃないかとも言われています。じゃあ地方自治体はどのくらい借金があるのかな。日本全体が700兆円以上もあると言います。これ都道府県と市町村が2001年の段階でどのくらい借金があったかと言うと、188兆円なんですね。もう皆さん、ちょっと何かそういう数字を天文学的に言ってもわからないと思います。

 実は私が県知事に就任した時に、…ちょうど3年前ですけれども…、長野県には1兆6,000億円以上の借金がありました。1兆6,000億円と言うと、700兆円で言うよりは少ないことがわかりますけれども、これもまた皆さんの頭の中では、何か月や火星どころか冥王星や海王星に行っちゃうくらい銀河系の大きな数字に聞こえると思うんですね。長野県は1日1兆6,000億円の借金を返すのに、1億3,000万円くらい利息を払っています。返すお金じゃないんですね。利息だけで1億3,000万円くらいあるんです。3年間なるべく無駄な借金はするのはやめましょうというふうに言って、1億2,000万円くらいの今は借金の返済になっています。それでも毎日利息だけで1億2,000万円なんですね。

 先ほど都道府県と市町村は大体188兆円くらい借金があると言いました。では、1990年というのがいわゆる日本中がバブル経済だと言って、「いやあ、日本は右肩上がりでどんどんいくよ」って、もう豊かになるっていうのは、もうたくさん大量消費をして、新しいものをどんどん買ったり、どんどん造っていこうと言っていたのは、大体1990年くらいに、ちょっと日本の経済、これからわからないなと言われるようになったんですね。1990年に都道府県と市町村の借金がどのくらいあったかと言うと、約67兆円です。それから11年たった2001年に全国の都道府県と市町村の借金は188兆円になったんですから、約大体2.8倍、バブルが終わった後に11年間で借金が増えちゃったんですね。

 じゃあこの借金はどういうことで増えたんだろうかと言うと、必ずしも国土交通省がこういう公共事業をやったらどうですかと言って行ってきたわけではありません。さまざまな要因はありますけれども、当時はまだ自治省と呼ばれていた現在の総務省が、例えば地域にもっと立派な施設をみんなの文化が充実するように造りましょうと言って、例えば地域総合整備債という名前のものがあります。一般的には地総債というふうに呼ばれていたんですね。比較的、地元の負担が少なくてできる借金ですよというふうに言われていました。そのほかにも、実は国の首も回らなくなってきたので、本来国が借金をして地方に行ってあげるべきことを、「いやあ、国の代わりに地方が借金するのを認めてあげますよ」。実は借金することは自治体が勝手に決められないということになっているんですね。

 日本はずっと明治以降、明治の前にはご存じのように、実は徳川幕府があったよと言うかもしれませんけれども、明治維新の時には日本中に200とか300とか小さな藩とか県があったんですね。これがいつの間にか47の都道府県に集約されていったわけです。この集約をされていく中で、どんどん霞が関、…と、明治の最初に言っていたかどうかわかりませんけれども…、そうしたところによる中央集権化が行われるようになったんですね。ですから、はしの上げ下げ、借金をすることも霞が関の許しを得ないと自治体が勝手に借金をしちゃいけませんよっていうかたちでした。でも逆に、霞が関の許しがあれば借金をしていいですよっていうお話になっていたんですね。その中で、例えば地総債というものは、比較的豊かな体育館を造ったり、立派なホールを造ったり、こうしたことに使っていいですよという借金でした。そして、本来は今まで国が借金していたのを、自治体の側に借金することを認めてあげるから、ちょっと借金を名義上は君がしたことにしておくれというので増えていった額があります。

 こうした中で、バブルが終わった後のわずか11年間で2.8倍の借金の額になっちゃったんですね。こういうふうにだんだん増えてきて、これをだんだん返すのが大変になってきたというところがあります。こうした中で、じゃあ小さな自治体だと自治体運営というのはできないんじゃないのかと。借金が多くて財政が悪化している自治体だと大変だから、もっと規模の大きな自治体に集約をしていきましょうというかたちになってきました。これは、とりわけ1998年の参議院選挙を経てから2000年に…、私は2000年の10月に知事に就任したんですが、そのくらいから加速度的にですね、大きな自治体になれば住民のサービスが充実しますよ。大きな自治体にならないと住民のサービスは低下していきますよ。あるいは、そもそも自治体が存続しなくなっちゃうかもしれませんよということを国の側は述べるようになってきました。こうした中で、小さな自治体だけではなくて、今申し上げたような、静岡市と清水市のようなそれぞれ何十万人も住んでいるところも一緒になってもっと大きな自治体になろう。そのほうが自治体としていろいろなサービスが向上するよということを言われるようになってきたんですね。

 先ほどの「NNNドキュメント」の中でも、静岡市の例だけでなくて、さいたま市という市の例を挙げていました。さいたま市というのは、ご存じのように、平仮名で書いてある市なんですね。最近は南アルプス市のように片仮名で字を書くところも出てきて、私は就任当初、片仮名を随分使っていけませんよって言われていたんですけれども、よその県には早くも片仮名を使った市が出てきています。このさいたま市というのは、昔の大宮市と浦和市と与野市という3つの市が合併しました。

 埼玉県の県庁所在地は浦和市というところだったんですね。長野県の場合には県庁所在地と県名が同じ名前になっていますけれども、先ほどの香川県も県庁所在地は高松市ですし、県名イコール県庁の場所というのではない県というのも多くあります。お隣の、長野県にとってはお隣の山梨県も甲府市ですし、あるいは茨城県も水戸市なんですね。これは後で少しお話しの時間があれば、なぜ私が今年の1月から「信州」という、今まで歴史的に残っていて定着している名前を私たちが使っていこうと言ったかということにもなりますが。

 その埼玉県は浦和市が県庁所在地でした。大宮市と与野市というのがありました。3つの市が合併したんですね。具体的にどうなったかと言うと、こういうことをのっけから言うと、何を君は言っているんだと言われるかもしれませんが、今日は長野県がどういう考え方で市町村の自律、あるいは市町村の合併ということを考えているかというお話です。その前に参考に、そのさいたま市の場合には、3つ合併して、市議会議員のお給料と市役所の職員の方のお給料は3つの市の中で一番高い水準に合わせたんですね。逆に言うと、子供の乳幼児の保育、あるいはごみの集配ということは、3つの市の中で一番発展途上というかですね、そこのレベルに合わせました。老人の福祉に関しても、3つの市の中で最も高くなったものはありますが、これはいわゆる老人の保険の掛け金の金額が3つの市の中で一番高いところになりました。ですから、市町村合併というのは決して小さな自治体の問題だけではなくて、大きな自治体の問題にもなっています。

 国は借金で首が回らないから、やはり大きな自治体になると効率的に運営できますよというふうに言われているんですね。それに対して長野県は、とりわけ私が2回目の、…通常、出直し選挙と呼ばれていますが…、その時の途中から、私はそこの市町村民が覚悟を持つならば、必ずしも合併ということによって行政の効率化を図るのではなくて、むしろ地元民の意識や協力や、あるいは議論の中で自律型の運営をする方法があるのではないか。そしてまた、そうした意欲のある自治体、あるいはそこに暮らしている人たちには、その中の一員である方がそういうふうに思うならば、長野県は応分の協力をしていこうというかたちになりました。それが先ほど申し上げた、「市町村『自律』プラン」という字です。

 ここに「自律」という字がですね、少し普段使う「立つ」という字ではなくて、ぎょうにんべんの「律」という字を書いています。これは、私は皆さんご存じのように、あまり名文家であったり、あるいはみんながわくわく、どきどきしながら読んでくれるような文章だったりを書くという才能はあまりなかったと自分でも冷静に思っているんですけれども、でも、表現をしたり文章を書くということを仕事できたので、私は「立つ」という字よりも、このぎょうにんべんの「律する」という字を「ジリツ」という時には使うべきじゃないかなと、知事就任後から思っていました。「ジリツ」の「リツ」が「立つ」という字ですと、私のイメージなんですけれども、何となく二十歳にして立つと。だから元服をすると。二十歳になったらみんな一人前の大人ですよという感じがするんですね。そうすると、皆、お隣の町が例えば48億円で立派な体育館を造ったと。うちの町は既に体育館はあるけれども、お隣の町が48億円使うなら、うちは48億円かあるいは52億円くらいで立派な市民会館を造りたいなというふうに思うと。横並びの意識が「立つ」という字から私は連想したんですね。でもそうではなくて、それぞれの地域に多くの人が訪れてくれたり、あるいはそれぞれの地域に少なからぬ人が、例えば移り住んでくれたり、あるいは地域に戻ってきてくれるということは、自ら律する社会である必要があるんじゃないかと思うんです。自ら律するの「律」を書くということは、逆に言えば、これは良い意味で身の丈を知るということです。

 これは、安曇野の方々にも述べるんですが、ご存じのように、日本銀行というのが各都道府県に1個ずつあります。長野県は長野市にあるのではなくて、松本市にあるんですね。この松本市の日銀の前の支店長だった関根さんという人が、「いやあ、私は長野県に前も観光で来たけど、改めて暮らしてみると、いやあ、安曇野で5月の連休にアルプスの山が白い山が見えて、その安曇野には田んぼに水が張ってあって、そこに早くもチョウチョが飛んだりしている」と。「白いアルプスと水の張った田んぼがあるって、これは、これこそが安曇野の財産だって思うんだけれども、支店に勤めている地元の学校を出た子たちに、『いやあ、あれが安曇野の財産だな』って言うと、『支店長、古いですよ。支店長は東京になんか住んでたから思うんで、僕たちはふるさと農道のところに24時間のレンタルビデオショップがこうこうとネオンがついていればとっても便利だし、夜道自転車で帰る時にも痴漢にも遭わないし、安全だし、24時間電気のついているお店がいっぱいあったほうが新しい安曇野ですよ』って言われちゃって、考えが違うのかなって思った」っていうふうに言っていましたが、ただ、私たちの日本は、恐らく中央集権の中で全国みんな同じ表情の町、よく新幹線の駅を下りると、駅前がみんな同じ景色の再開発のように見えますね。残念ながら長野市も善光寺の形をした全国でも大変珍しい印象的な駅の建物だったんですけれども、せっかく世界的なオリンピックをやって新幹線ができる時に、そういう古い善光寺の形をした駅舎よりも近代的なコンクリの建物にしましょうと言って、上田駅なのか新潟駅なのかわからない建物になっちゃったんですね。

 少し、この資料に沿ってお話をしていこうと思います。

 まず最初に、一番わかりやすいというか、この新聞の広告を出したのがあります。裏表ですけれども。「自律を目指す真の"ふるさと自治"」というふうに書いてあります。3つのポイントというのが書いてあります。これはもう既に今ずっとお話ししてきたことかもしれませんが、合併をする、あるいはしないということは、それ自体が目的ではないんですね。合併すればとても良くなる、あるいは合併したら地域が滅びてしまうということではありません。あるいは合併しなければ地域が滅びてしまったり、合併しなければぬくもりが残るんだということでもありません。大事なことは、一人ひとりのそこに暮らしている人たちが、単にたまさかそこに暮らしているということではなくて、その地域を愛して、その地域の未来を考えて、そしてその地域で自分たちでできることは自分たちでも議論をして協力をしていこうという気持ちを持てるかどうかです。それが、…今はめくらなくて結構ですが…、この裏側にも書いてある「"コモンズ"からはじまる『信州ルネッサンス革命』」という意味であります。そちらはちょっと後で説明をします。

 ここの「合併は『目的』ではなくて、地域の『自治』を確立する選択肢の一つ」であるということなんですね。とかく、どうしても日本の社会では、学校の授業も正しいこと、「○」と「×」でつけなさいという授業をしてきたので、マスメディアが報じる時にも、合併に賛成か反対か、「○」か「×」かで決めなさい。どっちかの言う意見の人は優れて、どっちかの言う意見を言う人は劣っているみたいなとらえ方をしますけど、そうではありません。先ほど言ったように、例えば、さいたま市は合併したけれども、一人ひとりの税金払っている住民の人からすれば、一番水準が高くなったのが職員と議員のお給料で、また一番水準かどうかわからないけれども、高くなったのか老人の年金の掛け金だということになると、そして乳幼児の保育やごみの集配は3つの中で一番低いところになったというと、それは何が目的だったのかなっていう話になります。

 2番目に書いてあるのは、「一番大切なのは『住民自治』の確立」であるというふうに書いてあります。私は県知事になる前からあまり好きではないなと思っていた表現が幾つかありますけれども、「お上のすることは致し方ない」っていうことをよく言う人がいますよね。「お上が決めたことだから、逆らわないでおこう」と。首をすくねて、風が通り過ぎるのを待っておけば、まあ、海路の日和ありって思ったりする人がいますけど、私はこの言葉がとても昔から抵抗があったんですね。というのは、お上のすることだから仕方がないって言う人に限って、往々にして、お上がくれるものだったら何でももらっておこうという気持ちがその裏側にはもしかすると無意識の中に潜んでいるんじゃないかという気がするんですね。そして、そういう国からもらえるものはなるべくたくさんもらっておこうということが、もしかすると700兆円を超える借金になっちゃったのかもしれません。

 実は今、三位一体の改革と言っていますけれども、皆さんも三位一体の改革って何のことだかよくわからないんですね。小泉純一郎さんは「三位一体の改革は着実に進んでいる」って言っていますけれども、もともと三位一体っていう言葉は、これはカソリックから出てきた言葉なので、ここでも私は片仮名を使っちゃいけないよって言われてたのに、小泉さんは、そんな片仮名の日本ではまだ歴史の浅い宗教の言葉を政治に持ち込むんだなと私は驚いたんですけれども。三位一体の改革の前に、実は三位一体の責任ということが明らかになっていないといけないんですね。三位一体というのは、ある意味で言うと、国の官僚、都道府県の役人もいます。官僚とそれから政治家、これは国の国会議員であったりします。県議会議員もそうかもしれません。そして、首長ですね。都道府県知事であったり、市町村長であったり、この人たちがそれぞれ持ちつ持たれつの中で、お上…、国の霞が関の言うことには逆らえないと言いながら、霞が関や永田町がくれるというものならもらっておこうという、どこか甘えがあったのかもしれませんし、また霞が関や永田町の人も、与えられるもとは借金してでも与えておくと、自分たちも天下りができたり、第三セクターが作れるかなって思っていたところがあるかもしれません。

 ここの部分をきちんと明らかにしていこうというのが、今、長野県が先日の「NHKスペシャル」でもやった外郭団体というものをきちんと見直しましょうということです。ここにある借金というものを怖がらずにきちんと皆さんに提示をして、じゃあこれをどういうふうにやっていきましょうか。そこに働いている人たちも、次にどういう仕事のチャンスがあるのかをきちんと示しましょうということです。ですから、「住民自治」というのは、お上頼みではなくて、やはりその地域を構成する自分たちが1人1票を持っているんだと。そして、自分たちが汗を流して税金を納めるからそこの自治もできるんだということを、もう一度、皆で確認し合うということです。

 3番目は、「合併課題の十分な研究と議論を」というふうに書いてあります。これは改めて申し上げるまでもありません。「素朴な質問Q&A」というところがあります。どうしても市町村合併をしなければならないの? って書いてあるのに対して、今、ずっと申し上げてきたように、合併によって直ちに財政基盤や行政サービスの充実という行政課題が解決されるわけではありませんとあります。

 次に、合併しないと地方交付税が減るって本当ですか? っていうのがあります。今申し上げたように、三位一体の改革と言いますが、国の側はですね、国家公務員の人数を削減するというようなこともほとんど遅々として進んでいません。あるいは国の側が無駄な補助金と呼ばれているようなものを大胆に見直しをするということも必ずしも行われていません。国の側は今回、地方自治体の交付税と…。交付税と補助金というのは、私は知事になるまであまり疎くてよくわからなかったけど、交付税というのはですね、自治体にお金をくれる金額です。これは、それぞれの自治体の財政力によって計算されているんですね。

 長野県では、例えば軽井沢町という町があります。皆さんご存じのように、バーナード・ショーという宣教師の人が、ここは避暑にいい場所だと言って別荘ができてきたところです。ここは、別荘が随分ありますので、そうした固定資産税が町に入っています。ですから、必ずしも大きな工場があったりするわけではありませんが、ここは交付税の不交付団体というところなんですね。ですから、国からは直接交付税は来ないんです。何か事業をやる場合の補助金というのは来ますけれども。交付税が来ません。この軽井沢町で、去年皆さんご存じのように、ソニーの名誉会長を務めていた大賀典雄さんという人が、お子さんもいらっしゃらないし、自分も大病をして生死の境をさまよって、自分がもらう退職金というものを自分でため込んでおいても仕方がないと。むしろ、これを自分が社会に還元したいということで、別荘をお持ちの軽井沢町には、考えてみたら立派な公民館もないし、立派な体育館もないし、立派な音楽のコンサートをやる場所もないから、そのお金を寄付しようということで、確か16億円かな、自分の退職金を全部軽井沢町にあげて、コンサートホールを造るということになりました。ここの軽井沢町の佐藤町長という町長は大変喜んでいますね。なぜ喜んだかと。軽井沢町は交付税が来ないので、またそれに伴っていろいろとそういうものを造る時にも自前でみんな造っていかなきゃいけないんですね。

 すごく不思議なことですけれども、地震が、阪神淡路大震災が起きた時に、芦屋市というのも比較的お金持ちと呼ばれる人の大豪邸があったりするので、神戸市は大変に大きな町で、もちろん神戸市にもお金持ちと呼ばれる人も住んではいましたけれども、歯を食いしばって生きている人たちもいたんですね。どういうことが起きたかというと、地震が起きた後、町の再建のために国がいっぱいお金をくれるんですけれども、そういう財政力の基準に従うので、芦屋市は神戸市よりも人口一人あたり震災復興のために来るお金が全然少ないんですね。宝塚市という宝塚歌劇団がいるところも、芦屋市ほどではないけれども、財政が豊かだったので、神戸市や西宮市の人よりも一人あたり来るお金が少ないんですね。その時に芦屋市や宝塚の人は、私たちはいっぱい税金を払っていて、みんな家族を失ったり家を失ったのに、私たちより結果としては税金を払っている額が少なかった西宮市や神戸市の人のほうが、みんな一律同じ不幸が訪れたのにお金がいっぱい来て、その町にどんどん建物ができたり、道路ができていくのは不公平だって言って怒ったんですけれども、こういうところに交付税の大きな問題はあります。

 しかしながら、日本の中では、人口がいっぱいいるところだけが交付税がなしでも元気にやっていけるというわけじゃないんです。実は人口一人あたりで交付税の一番多いのはですね、札幌市であったり、京都市であったり、神戸市であったり、北九州市であったり、横浜市であったりするんですね。こういうところは、皆さんご存じのように、立派な会社がたくさんあります。立派な工場もいっぱいあります。たくさん税金が入っているはずなのに、こうしたところは逆にお金がいっぱい入ってきたからなのか、自治体の規模が大きかったので、住民の人もたまたまマンションに住んでるような人がいて、税金は払っているけれども、あまりそこの自治のあり方とか税金の使い方に関して深く関心を持っていたわけではなかったからかもしれませんけれども、いつの間にか財政状況が大きな町ほど悪くなって、そして交付税をたくさんもらっているという現実があります。

 今回ですね、交付税を国は大幅に都道府県、市町村に関しては削減をするということをやっています。2兆円近く…、もっとになりますね。突如削減すると言ったんですね。それに対して税源移譲と呼ばれている、その代わりに国のひも付き補助金とかではなくて、みんなが自由に使える税源をあげますよというのは数千億円にとどまっているんですね。ですから、みんなこれは自治体は等しく全国都道府県、全国市町村が今大変な状況になっています。ですから、国に対して、こんなことをして国は相変わらずのほほんとしていていいのかという意見は、主義主張にかかわりなく、全国の都道府県知事や市町村長が、また規模にかかわりなく思っていることです。

 ここに書いてあるのは、そのようなことが起きる前の去年の5月に出たことですけれども、合併をしてもしなくても交付税は減っていきます。そして、ここのグラフが書いてありますけれども、仮に国の交付税額が平成32年までに3割減少、…むしろこれよりももっと減少していっちゃうと思いますけれども…、と仮定をして、また先ほど申し上げたような、合併特例債の発行は将来の財政が健全であることを願って、国が使ってもいいですよと言った額の仮に2分の1にとどめたと。大変につつましやかな、合併をしたからといって、いっぱい箱を造ったりはしないんだよと。質実剛健な合併をしようよというかたちの人の場合と、合併をしなかった場合の同規模の町村でどうなるかというのが、これは試算です。これは県内のある地域に関して、それぞれ合併を幾つかの市町村がした場合としなかった場合の交付税額の変遷を私たちの市町村課が計算しました。

 するとここに書いたように、合併特例期間の10年間は、個々に合併しなかった場合よりもむしろ合併した場合のほうが国からやって来る交付税の額は多くなっています。しかしながら、その合併特例期間の10年を経ると、段階的に合併した場合のさまざまな有利な条件というのが減っていく期間に5年間なります。すると、それが最後終わった16年後、合併のいろいろなメリット、有利な点が終了した場合にはどうなるかと言うと、合併しなかった自治体のほうが合併した自治体よりも国から交付される自治体運営のためのお金の額というのは多いということです。つまり、合併をした場合のほうが、16年後には、合併しなかった自治体よりも交付税の額は減るということになっています。

 先ほど申し上げたように、合併をすると合併特例債でさまざまなものを造ることができます。その代わりに、福祉の介護とかのサービスという、従来ソフト事業と呼ばれていますけれども、建物を造ったりするのをハード事業。ハードは硬いということですね。ソフトは軟らかい。だから、コンクリ的なものがハード、人がすることがソフトです。こうしたソフト事業には使えませんが、ハード事業の合併特例債をした場合にも、地元の人たちが将来にわたって3分の1のお金は払っていかなくちゃいけませんよということが、ここに書いてあります。

 さらに、地元の人たちのきちんとした覚悟があるならば、今の自治体の規模で自律的にやっていこうという人たちに、長野県は一緒にお手伝いをしますよということが書いてあります。

 こちら、「市町村『自律』支援プラン」というのの、1ページ目は私の文章がありますが、後でお読みください。ずっといって2ページ、3ページも今ずっとお話ししてきたようなことです。

 3ページのところに、ちょっとこれローマ字数字っていうんですかね、「市町村『自律』支援策」というのが書いてあります。これは対象市町村は、長野県内のすべての市町村というふうに書いてあります。すべての市町村がこの「『自律』支援プラン」に手を挙げて、長野県がその「『自律』支援プラン」を一緒に行っていきますよということです。

 4ページをご覧ください。支援体制はどうなっているかと言うと、市町村『自律』支援チームというのを各地方事務所に、木曽福島にある、山口村の場合で言うと、木曽の地方事務所。今、一番前に加藤村長と座っている小池という所長が先ほども言いましたが、彼のところに市町村『自律』支援チームというものを設けております。また、今日は市町村課のまちづくり支援室というところから玉井という私たちの、若いですけれども、大変ガッツのある職員が…、若いと普通ガッツがあるというんですかね。お年を召しているけれどもガッツがあるっていうのが通常褒め言葉ですね。ちょっとよくわかんなくなっちゃいましたが…。これがあります。

 市町村課、実は長野県は昔、私が就任した時は市町村課ではなくて地方課って言ったんですね。当時「長野詣で」という言葉がありました。県庁舎まで、下伊那郡や木曽郡や南佐久郡から何時間も掛けて県庁舎に行って、当時は知事室も3階にあったんですね。手前にドアが2つか3つくらいあって、当時、秘書課と呼ばれていたんですけど、秘書課の前で市町村長や市町村議会議員がですね、緊張しながらずっと直立不動で待っていると。30分も前から待っていると。知事室に入っていいですよって言われると入れたんだそうです。今はご存じのように、1階の県民ホールというところで、皆さんも、ここの地域で映るNHKの長野のニュースでご覧になったことがあるかもしれませんけれども、比較的小振りな、中に入ると意外と広いんですねって皆さん言いますけれども、ガラス張りの知事室になっていますが。当時は地方課と言ったんですね。これは、私は長野県の中で市町村のことを一緒にお手伝いするところが地方課って、失礼じゃないかって思ったんです。そこで市町村課というふうにしました。その中にまちづくり支援室というものを設けました。先日、地域の方々からのご要望に応じて、出前講座というので、確か玉井と私どもの職員の林という者、あと何名かが伺ったかと思いますが、そこでご説明をした者がまちづくり支援室のメンバーです。

 3番に「『自律』支援プログラム」というふうに書いてあります。これはどういうものかと言うと、皆さんご存じのように、今までも市町村合併をしなくても、例えば木曽の広域で一緒に行っていたことがあるんですね。

 下伊那郡に根羽村という村があります。林業が大変盛んな村です。小木曽さんという村長の村で、この村はですね、私は去年の9月15日の敬老の日に県内4カ所、100歳の人のところをお伺いすることにしているんですね。今までは就任当初のころ職員がスケジュール組んだ時は、大体北信か東信から始めて中信で、南信の伊那谷に来る時には夕方の4時くらいで、大体北信か東信で1カ所目回る時には県内の新聞社の人もテレビ局の人もみんな来るんですね。お昼間のニュースでですね、「今日は田中知事が、100歳の何とかさんを訪ねました」って言ってやるんですね。夕方南信のほうに行くと、夕方4時だと、地元の新聞の人が1人か2人来るだけで、いつも私は2回やってですね、寂しい思いがして、出直し知事選の後、これはやっぱり南信の人、…ここは皆さんは中信地区になりますけれども…、南信で根羽村に100歳の方がいるって聞いたんで、じゃあ私はそこからその方を訪れようと言ったんですね。実際に訪れたら、100歳なのに眼鏡も掛けずに新聞をお読みになれて、野良作業も晴れた日にはするって、大変元気なお母さんで、娘さん…、と言っても娘さんもう78くらいなんですけど、娘さんがお出掛けして帰ってくると、「今日は何してきただね」って言って、好奇心旺盛という人だったんですけれども。

 この根羽村はご存じのように、自動車を造っているので有名な豊田市まで車で1時間と5分か10分くらいなんですね。長野市の県庁所在地まで行くのよりもはるかに愛知県が近いわけですね。ここは、一緒に矢作川(やはぎがわ)水系という、弓矢の「矢」に「作る」という字を書きますね。当時、明治用水と呼ばれていたようなかんがいを皆さんも小学校の時教科書で習ったと思いますけれども。

 この根羽村は愛知県側の人と一緒にごみの広域の処理をしているんですね。ですから、長野県にありますけれども、お隣の平谷村というところであったり、売木村という、同じ下伊那郡側ではなくてですね、この根羽村は愛知県側の人たちと一緒にもう随分前からごみの処理を一緒に行っています。このように全国では…、もちろん同一県内でもごみの処理は市町村を越えてですね、あるいは郡の枠を越えて行っているところがたくさんあります。このようなことだけでなくて、長野県の場合には、とりわけ10の地域の広域連合と呼ばれるもので行っていきます。

 ご存じのように、木曽はですね、観光客の方からご指摘を受けて私も気が付いて、私も現場主義と言いながらきちんと見てなかったな、車から…、と思って反省したんですれども、皆さんご存じのように、19号線をずっと北上していきますと、木曽谷の看板というのはみんな統一されているんですね。もちろん道路の「19号線」という字は、あれは国土交通省が作っているんですね。青いこんな逆三角形みたいなもの。でもずっと行くとですね、御岳スキー場とか、木曽のマイアスキー場とか、そういうのを書いたような看板というのは、みんな深い緑の色の看板ですね。そして今も私が中津川のインターから来たら、「馬籠宿」という障子紙のような、「ああ宿坊の町だな」というのを印象づけるようなかたちの看板がありました。こういうのは10年間掛けて木曽広域連合の人たちが独自に統一した、やはり地元の人にもわかりやすいし、県外から来る人にもわかりやすい看板にしようということでやってきました。このように木曽の場合には広域連合の活動というのが大変に盛んだったんですね。他の地域においてもこうした広域連合というものが行われています。

 これに対して、長野県はこうした、この4ページのところ、「ア」既存の広域連合(10広域)、あるいは一部事務組合の充実・強化のための調査・研究支援。一部事務組合は通常、先ほどお話ししたような、ごみの問題とかでおなじみですね。それに対して次、「イ」県参画型広域連合制度等の研究をしましょうということを書いてあります。

 今までの広域連合というような、隣近所の市町村が、これは集落だってそうですね。あるいは隣組、常会とか区会の中だって隣近所のおうちが協力し合うことがありますね。昔だとみんなでどぶさらいっていうのをしました。私も上田に引っ越して来た時にどぶさらいに参加した気がします。いつの間にか、こういうどぶさらいはみんな行政がやってくれることなんだよと。行政がお金を出して雇っている人がやってくれればいいなっていうのが都会とかでは出てきちゃったんですね。仕事が忙しいせいもあるかもしれないし、独身で住んでる人、…私も独身ですけど…、あるいは単身赴任で住んでる人がいるからということ。でもこれが結果的に行政のかかるお金が増えてきちゃった理由ですね。地域の人でできることは地域の人でもやろうよというのがあったわけです。こうした中で、広域連合よりももう少し小さな、とりわけ小規模な人口が何十万いるというかたちではない、何万人いるというかたちではない市町村の中で、町村連合というようなものを長野県は模索していけないだろうかということを示したのがこの4ページの下です。

 町村連合はどういうのかと言うと、地域的であったり、歴史的なつながりが深い複数の町村で構成されるんだということです。木曽に楢川村という村があります。木曽郡ですが、同時にここは塩尻市にも隣接しています。それぞれやっぱり自治体には経済的なつながり、あるいは文化的なつながり、あるいは山で隔てられていれば、例えば権兵衛峠というところのトンネルを掘っていると、今度木曽谷側と伊那谷側が車でわずか20分で結ばれるようになりますけれども、こういうトンネルができるまでは、隣接しているけれども、ここで一緒にごみの処理しましょうとか、そういう話にはなかなかなりにくいですね。つまり、経済的な側面、いろんなご商売の関係。それから、文化的な側面、例えばしゃべる言葉が似ているとか、かたぎが似ている、気質が似ているとかですね。そして地勢的な、地形的な問題。さらに言えば、ここに歴史的な問題というつながりというのもあるかと思います。こうした町村連合を作っていきましょうと。

 そして、こうした町村には県の職員を派遣をしましょう。あるいは県の職員と人事交流をもっといっぱいするようにしましょうというかたちです。それは5ページ側のところにも、県の参画というところです。その隣り合わせの町村でも職員が企画を一緒に立案したり、あるいは一緒に行ってコストカットができることを模索しようということです。

 実は、長野県は現在118の市町村がありますが、ここに今年は138人の派遣職員というのを出しています。私が住民である泰阜村には、土木の職員が北沢君という職員が行っています。泰阜村の道路の改良をすることを一緒にお手伝いしています。あるいは、今回市町村課長になったんですが、吉沢君という青年はずっと社会福祉の仕事をしてきていました。この彼も泰阜村に赴任をして、泰阜村の社会福祉の仕事を一緒にやっていました。もう1人、千村君という人がいて、これは泰阜村にはグリーンウッドという山村留学ですね、あるいは夏休みの期間、名古屋や東京から来た子供たちをお世話をする。こういうグリーンウッドというところのNPOにも派遣している人もいました。このように、長野県は8,000人も行政の職員がいますし、警察や教員を入れると3万人近い人たちがいるので、県の建物の中にずっといて、しこしこ、しこしこ何か書類を作っているんじゃなくて、むしろ住民の人のサービスの現場に行ってこそ、「ああ、本当に必要なこと、お金をたくさんかけなくても一緒に手伝えることがこんなことがあるな」というようなことが見いだせるのではないかということで多く職員を派遣しています。山口村にもご存じのように派遣をしています。このように、県が一緒にそうした小規模な町村を手伝っていこうというかたちです。

 2番目のところ、市町村の機能補完と書いてありますね。ここが「ア」で書いてあるように、人的な支援。今申し上げたようなことです。これは、県がもちろん、…県の職員ですから…、県の側がすべての費用を負担して、皆さんの最寄りの市町村で一緒に市町村の職員と働かせていただくということです。「イ」が特例事務受託というのです。

 人的支援でですね、私はこのようなかたちを充実させてよかったなと思うのは、今、三岳村に行っている西元君という職員がいます。土木の職員なんですけれども、彼は私が去年の3月に面接した時には、「いやあ、知事は『脱ダム』宣言って言ったけど、僕はやっぱり土木の職員として、住民のためには大きな立派なものを造ることに僕は夢を抱いてきたんですよ」って言ったんですけれども、僕は彼にあえて、「三岳村で君は1年間一緒に働いてくれないか」って言いました。

 138人派遣をしている職員とは、ご存じのように、塩尻の知事室分室というところで、私はみんなとお目に掛かって、「どうですか…」、4月から行って10月くらいにみんなに会ったんですけれども、「仕事は楽しいですか」「悩みはありますか」って聞きました。実は、塩尻の林業総合センターといううっそうとした森の中に一室借りて知事室分室にしているんです。これは、私はここに設けるまでは、ここに設けて中南信の地区になるべく行ける出撃基地にしたいなと思ったんですけれども、こうした若い、あるいは経験豊富な市町村に派遣している職員の人たちが、仮にガラス張りの知事室の1階でお目に掛かると、きっと外で県民が見ているからどぎまぎしちゃうんですね。あるいは、まだ県の本庁舎で働いたことがない職員にとってはですね、県庁舎の建物というのは、同じ県の職員なのになんとなく入るのに重い気がしちゃうんですね。塩尻の林業総合センターだとみんながとても良い意味で気さくな感じで話してくれます。

 この西元君が言ったのは、「いやあ、知事、私は三岳村に住むようになって初めてわかりました」と。「土木部の企画部門にいた時は、地元要望、地域要望といって上がってきて、三岳村のここの道路を直してくれと言われると、私は現場に、ほかの仕事もあって忙しかったこともあって、三岳村というよりも木曽の議員や首長の人たちから、三岳村ではここの道路を直せって来たから、ここを直すぞっていうふうに木曽の建設事務所に言うと、木曽の建設事務所の人は、本庁舎が言ったことだから『わかりました』と言って、そこの改良図面を書いてきて、結果的に自分は1回も現場に行ったことがなくて、その予算を提出をして、たぶん知事の田中さんも行ったことがなかったんで、そこの道路予算がつきました」。「ところが三岳村に住んでみて、地元のじいちゃん、ばあちゃんだけでなくて、働き盛りの人にも聞いてみたら、『そこも大事だったかもしれないけど、おらたちとしては、もうちょっとこっちの道路改良を、ここをもうちょっとカーブを緩やかにしてほしいな』っていうのが出てきた」と。「住んでみないとわからないもので、地元要望っていうのも、やっぱり現場に行って一人ひとりの村民の意見を聞かないとわからないんですよ」っていうことを言っていました。

 「イ」の特例事務受託。これはですね、県が市町村の事務をお手伝いしましょうという制度です。ちょっとこの下の図は、「A市」「B市」とか「E村」とか書いてありますけど、ちょっととても詳細にうちの職員が張り切って書いちゃったんで、なんかわかりにくいなって皆さん思うかもしれませんけど、下に広域連合っていうのが書いてありますね。これはごみとか、そういうのですね。それに対して、その次に町村連合っていうふうに書いてあります。これはどういうことかと。この白くなっているところが、「A市」で行うこと、「E村」「D村」で行うことということです。今まで何で交付税というものを全国に国がばらまく…、ばらまくと言ったら失礼な言い方ですけれども、配ってきたかと言うと、どんなに、例えば人口700人の村でも、人口50万人の市でも、少なくとも、いやしくも市役所や村役場を設けるということは同じ自治体だから、同じサービスを全部提供しないといけませんよ。役場に行くと、全部品ぞろえが同じでないといけませんよ、というふうに国は言ってきたんですね。つまり、人口に関係なく全部百貨店の品ぞろえをしておかないと、住民に対して不公平ですよって言ってきたんです。でも交付税がどんどん減らされていく中で、果たしてそれが維持できるかというと大変難しいことです。

 そして、ここからは長野県の行政としての考え方ですけれども、では、大きな自治体になれば、その地域に住んでいる人たちにあまねく同じ百貨店のサービスができるんでしょうかというと、どうもそんなことはないかもしれないということを長野県は考えています。つまり、例えば幾つか、長野市であったり、飯田市というのは、昭和30年代、あるいは40年代に幾つかの周辺の町村と合併をしました。でも、合併をして町の真ん中に住んでいる人たち、…その市のですね…、に住んでいる人たちと周辺の中山間地と呼ばれる地域に住んでいる人たちが同じ百貨店のサービスを日常において受けているかというと、必ずしもどうもそうではないんじゃないかということを私たちは感じてきていたということです。

 あるいは逆に言うと、当時は村役場であった、町役場であったというところは、市の支所というかたちになります。出張所というかたちとか、名称はいろいろあるかもしれません。すると、そこに働いている人は誰かと言うと、もちろん同じ市内に住んでいる人、あるいは市外に住んでいる人もいっぱいいますね。東京だと杉並区に働いてる職員の人も、たぶん杉並区民の人っていうのは10%くらいかもしれない。埼玉県から通っている人もいるかもしれません。同様のことが、広域合併したところは、自分の集落の人、あるいは旧町、村の人がそこの支所で働いているわけではなくて、異動があって、市内から自分の車に乗って通ってきて、夕方5時半くらいになると、また市街地のほうに戻って行く人が働いているというケースが多くなっています。

 これはもちろん良くなった面もあります。というのは、なかなか日本の村社会という中だと、役場の人も知っていると、例えば変な話、離婚届を出しにいくのはちょっと気がひけるなと。私も離婚経験者ですけれども、すぐに1日もたたない、1時間のうち村中に伝わっちゃうなとかですね、ちょっとこういう相談事もちょっと生活保障のことも言いにくいなとか、それはあったかもしれません。でも、それはそれぞれみんなが対等なんだと。みんな包み隠さず話しをするような意識を持っていく、意識改革で変えるべきところですね。ところが、今申し上げたように、大きな市になると、必ずしも地域の実情を知っているわけでもない人が昼間だけ通ってくるかたちになってしまう。そして、また大きな市の名前にはなったかもしれないけれども、必ずしもそこへの帰属意識というものは、今まで慣れ親しんだ地名とはちょっと違ってしまったというのがあるかもしれません。

 もっと言えることは、例えば市議会議員の人数というものは、各地域ごとに何名出るんですよというふうに決まっているわけではありません。もちろん、これもそれぞれの地域の方の意識ではありますが、千曲市というところが合併をしました。更埴市と上山田町と戸倉町が合併をしたんですね。正確な数字がもし間違っていたら失礼ですが、確か、上山田町では上山田町の町議会議員になるのに大体1人500票くらい取るとなれたのかな…、もうちょっと少なかったかもしれませんね。そんなことないですか。もうちょっと少ないですかね。それに対して、例えば更埴市の場合には700票から1,000票くらい取らないとなれないと。そうすると、村の中で、旧村の中で誰か偉いアフリカや南アフリカの集落のように、一番偉い村のお年を召した知識の豊富な頭がいて、議員はこの人だけ出なさい。この人にしなさいというふうに言われると、それは票が入るかもしれませんけれども、いやあ、立候補は自由ですから、何人かの人が立候補をその地域でしたりすると、結果として票の共食いになると、もともとのその集落から、あるいは集落のみならずもうちょっと広い地域からは1人も議員の人が出ないというようなことも成り立つんですね。今、千曲市の場合には、戸倉町や上山田町の議員の人も一緒にそのまま千曲市の議員になっていますけれども、今度の選挙では、結果として旧更埴市出身の議員の人のほうが多くなっちゃって、戸倉町や上山田町の出身の議員の人は限りなく少なくなっちゃうんじゃないかという不安を言っている人たちもいます。

 長野県はこうした中で、例えば自分の、みんなが百貨店である必要はない。じゃあ、うちの町は五十貨店、六十貨店でいいんだということを自信を持って言えるようになろうと言っています。ただ、五十貨店、六十貨店だということは、その町の福祉のレベルが低いとか、医療のレベルが低くなるとか、そういうことを意味しているわけではありません。その小さな自治体が、自分たちの目に見える範囲で一緒に議論をしてやっていこうという人たちがいるならば、その人たちだけではできないところは、県なり、あるいは町村連合なり、広域連合がもっと協力していこうということです。これが、例えば医療に関して、へき地医療ということに関して、県の側が一緒に支援をする。ただし、それは県の側が押し付けるということではなくて、それぞれの市町村の側、とりわけ小さな町村の側が、私たちはこういう福祉のここに特化しますから、医療というところに関しては県が一緒に手伝ってくださいということを自ら名乗り出てもらって、そして幾らかの負担もしてくれる場合に、県が一緒にそのほかの部分はきちんと支援をしていきましょうというかたちです。これが、6ページのほうにいきますと、集落創生交付金というのがあります。これは、ちょっと…、裏の次のほうにいくのかな。

 ここに別紙1と2というふうにありますね。別紙1に関しては今ずっとお話ししてきたようなことです。

 8ページというところですね。8ページをご覧になってください。市町村、あるいは広域連合、町村連合、一部事務組合、あるいは県による補完ということが7ページに書いてありますが、8ページをご覧いただきますと、財政力指数、過去3年間の平均が県内の町村平均を下回っていたり、人口の規模がおおむね1万人以下であったり、あるいはきちんと財政を再建するためのプログラムを町民や村民の人にきちんと示して、町村議会とそして町村長をはじめとする理事者側が一緒に協力してですね、住民の理解が得られないような今までの慣例で使っていたようなお金とかは厳しく削っていきましょうと。こういうことを行っているところには、今申し上げたような人的の支援、県の職員を県の責任において派遣をする。あるいはその職員もきちんと駐在員のように一緒に住んでお手伝いをするということをすると。「イ」の特例事務受託というところは、県のほうが一緒にお手伝いして、代行できることに関しては一緒にやりましょうということです。これが、今申し上げたような、へき地医療であったりというところです。

 次の9ページ、集落創生交付金というのが16年度いよいよ4月から始まります。国は交付税を随分減らしたんですけれども、これは、長野県は、信州は歯を食いしばって2億円という金額を集落創生交付金というかたちで出します。これは、それぞれの地域、とりわけへき地地域であったり、そういう診療所であったり、集落、こうしたところで自分たちが自分たちの手足も使うけれども一緒にお手伝いしてほしいということに関してお金を出すというかたちです。

 実は、私は泰阜村の住民だというふうに申し上げました。下伊那郡にはわりかし面白い村長というのが何人かいて、下條村という村があります。飯田市の南側です。伊藤さんという人が村長ですけれども、ちなみにこの伊藤さんは峰竜太さんの親せきなんで、下條村に行くと、「峰竜太の村へようこそ」って、何かちょうネクタイをしたような峰さんのでっかい看板が立っていますけれども。この村は下水道の普及率が0%なんですね。「えっ」って驚かれるかもしれません。農業集落排水の普及率も0%なんですね。農業集落排水というのは、下水道は国土交通省が一緒に造るものですね。農業集落排水は農林水産省が一緒に造るものです。下水道よりも少し規模は小さいけど、結果として同じ下水処理の仕方ですね。省庁が違うという縦割りのかたちで生まれてきたものです。これに対して、両方0%なんです。ご存じのように、合併処理浄化槽という、自分のおうちできちんと水洗のトイレにすると。自分のおうちに水洗の小さな浄化槽を地下に設けて、そこには自分でお薬、あるいは自分が契約している業者さんが来てお薬を入れるというかたちですね。この合併処理浄化槽、これは下條村は確かもう95%以上の普及率なんですね。そうすると、洋式か和式かの別は別として、最近はお年を召した方も洋式だったり、お尻がお湯で洗えるほうが便利だなという時代にどこもなってきていますけれども、いずれにしても、下水道の場合と同じ水洗ですね。自前の浄化槽を持っているかたちが下條村ではもう90数パーセントにいっているということです。

 下條村の伊藤さんは、自分たちのところのように山あり谷あり農家も集落が点在しているようなところに、東京の人が考えたような下水道や農業集落排水をやると、造る時には農林水産省や国土交通省からいっぱいお金もらえるけれど、維持する時にはこれは大変だと。維持することだけで、うちのような小さな町村は破たんしちゃうかもしれないので、個々の人が自前で水洗にしてくれる合併処理浄化槽にしたんだというわけです。その代わり、合併処理浄化槽にする時には村の乏しい財源の中からでもきちんとそれをする人には補助を出しましょうと。ただ、それはお口を開けて待っている人にあめを入れてあげる補助ではなくて、自分から体を動かして決断をするという人には、あめ玉というような意味ではなくて、その人がもっと「ああ、心が豊かになるな」と思うかたちで合併処理浄化槽をする時にお金を助成しますよと。補助ではなくて助成なんだと。助けるんだというふうに言っています。

 一番長野県の北の外れに栄村という村があります。ここは高橋村長という人であります。この村は、道直し、田直しということを言っています。実は栄村は、…今日は山口村も雪が多く降っていますけれども…、大変雪が深いところですね。森宮野原という駅がありますけれども、これは飯山線の日本の中で最も高い積雪、深い積雪をJR、旧国鉄で記録したという村ですね。秋山郷という平家の落人だったんじゃないかという人たちが住んでる地区もあります。この栄村はですね、冬のシーズンは農業や林業ができませんので、そういう村民を40人くらい契約をして、午前3時半から除雪を始めるんですね。村道の。ですから、朝の7時前にはすべての村道、すごく狭い村道も全部除雪車が入っているんですね。なぜ入るかと言うと、みんなお年を召しているから家の前のところの道路の雪かきももうできないと。だけど、お年を召した人ばっかりが住んでいるんだから、お隣の家に、…「げたばきヘルパー」と言っているんですけれども…、お隣の家に雪が降っている時も出掛けていって、ちょっと元気なお年寄りは少し腰の悪いお年寄りをお手伝いしようというのをやっています。この40人から45人が雪かきをしているんですが、この雪かきの車の重さが一番大きいのでも3トンという重さなんですね。あと宅配便を配っている人たちの車というのは大体2トン車ですね。県道や国道は飯山建設事務所というのが除雪しています。

 この村道を全部除雪をしているんですが、確かこの栄村は村道を去年は6本か7本くらい造っているんです。その前の年も6本か7本くらい造っているんです。「なんだ、栄村は公共事業ばっかりやってる村か」って皆さん思うかもしれませんけれども、これが栄村独自の道直しと言って、国から、国土交通省から補助金をもらわないで村道を造っているんです。そんなに豊かなのかなって思うかもしれませんけれども、ほとんどお年を召した人ばっかなんですね。じゃあどういうふうにやっているかというと、この高橋村長は、「いや、もう主立った県道、国道、そして主立った村道はあるから、個々の家の、今まで私道だったようなところをちゃんと村道にしていこう」と。集落で「どこに道路が今度欲しいですか」って言うと、お年を召した人も、「やっぱ、最近は道もなんかヨーロッパやアメリカみたいに真っすぐな広い道がいいな」と言うと、「そんなことしたらお金がないよ」と言うわけですね。だから家と家を結ぶために、くねくね道でもいいから、そういう道にしようと。ちょっと休耕田になっていれば、田んぼのところも両側の人50センチずつ出してくんないかと。そうすると、あと真ん中のところは村が買うからと言うわけですね。

 国土交通省の規格でやると、横の側溝というのも、コンクリのU字溝って言いますけど、これもちょっと割れてれば駄目ですけれども、少し欠けとかがあったりしても、基準に合わないと使っちゃいけないんですね。ところが、村の単独のだとそんなことお構いなく、少し欠けが入っていても使えるし、もともとそんなU字溝をコンクリにしなくたって、昔のようにオタマジャクシがいるような土掘った側溝でいいじゃないかっていうことが許されるんですね。国の補助をもらうとそういう側溝じゃいけませんよということに確かなっているんですね。そうすると、栄村はどんな村道かと言うと、何で6本、7本造れるかと言うと、国の基準で造る場合の大体5分の1とか6分の1くらいの金額で村道ができちゃうんですね。3トンの重さでいいように造りますから。普通の村道だともっと重さに耐えられるようにアスファルトも厚くしなきゃいけなかったりします。国の基準で造ることになると、県にお願いしに行って、国にもお願いしに行って、何年かに1本村道ができるかもしれないけど、村の限られた財源の中でも5分の1、6分の1のお金でできると、村民の人が願っているところに村道を造ることができます。

 このように幾つか、もちろん山口村においてもさまざまな努力を重ねてきているわけですが、このようなかたちを行っている人たちがいるということです。

 そろそろご質問をとろうかと思いますが、長野県はもう1つ、ここにあるように、「"コモンズ"からはじまる『信州ルネッサンス革命』」ということを言っているんですね。これは、コモンズというのはですね、地域の集落ということです。今までは集落だと、集落のお歴々がいて、なかなか大きな声で自分の意見が言えないなってことがありました。そうではなくて、地域の人たちが皆、地域を構成する人として、みんなが意見が言えるようになろう。先ほど、三岳村に派遣されている西元君という私たちの若い職員が感じたように、地域要望、地元要望というのも、一部の声の大きな人の意見じゃなくて、それは村長の意見も1人の意見、おばあちゃんの意見も1人の意見、議員さんの意見も1人の意見、でも、もちろん議員さんや村長さんはみんなよりもいろんな法律のことや財政のことも知っているから、それをみんなから聞かれたらきちんと答えて、本当の地域要望を作っていきましょうよというのが、これがコモンズです。

 ですから、今までは、この図があります、ここに。三角形のピラミッドのようなのがありますけど、国が言うことに県は唯々諾々と従って、県も市町村課ではなくて地方課として市町村にこうせい、ああせいと言うと、「いやあ、長野詣でして、嫌われちゃったら困るから、県の言うことには従っておこう」というかたちでした。ですから逆に今、田中県政に関していろんな意見を、市町村長が、田中県政はけしからんと言う人もいますし、地元の新聞の中にも、田中県政は不透明だと言う人もいます。でも、これはそういうふうに言えるようになっただけ、私は大変生意気なことを言うと、前に比べれば意見が言えるようになっただけ、まだみんなが議論ができるようになったということじゃないかなと思っていますし、同時に、その意見をきちんと私が聞いて、そして、もちろん私もこういう長野県にしましょう、信州にしましょう、社会にしましょうということを言って、皆さんと一緒に決めていこうということです。今までは上から下だったんですね。横に書いてあるのは、地域という中にも一人ひとり人がいます。そして、地域のそれぞれの小さな集落の分子運動が活発だと市町村の活動も活発だし、市町村がやっていることにも関心を持つようになります。そして、それが県全体や国全体も変えていこうというかたちです。

 少し、もし話が1時間15分ほどお話ししましたので、ご質問をおとりして、さらに最後にまとめをしたいなと思っています。もしご質問があればいただこうと思いますが、いかがでしょうか。決して、ここでご質問をなさったからといって、恥ずかしがることや、あるいはそのことで皆さんに不利益が被られるということはないと思います。いかがですか。はい、どうぞ。そちらのご主人。

山口村 男性

 山口村の○○と申します。
 今度の合併は、というよりも、日本は今まで横並びというような政策をしてきて、そのおかげで、いわゆる日本国民がほとんど中流階級と、そういうような状態になってきたわけでありますね。それで、合併もその中流階級を維持しようとして合併を推進しているんじゃないかと思っているわけです。しかし、知事さんの言われるこの「自律」ですか、それをやると、中流から外れてくるようなところも出てくるんじゃないかと。つまり、端的に言うと、貧富の差が大きくなるんではないかと思われるんですが、どうでしょうか。

長野県知事 田中康夫

 今のご質問ですけれども、中流ということが問われている時代だと思います。と言うのは、私が小学校2年生の時に、1964年という年で、上田に移り住んできた年なんですけれども、この時に東京オリンピックが開かれました。この年には黒部ダムができました。そして、東海道新幹線ができました。その前の年には名神高速道路が部分開通しました。この時、私は、「ああ、日本が豊かになっていくんだな」「とっても社会が変わっていくんだな」「躍動していくんだな」っていうふうに思いました。そして、日本全国が同じような均衡ある国土の開発ということを言われるようになってきました。でも、その中流ということはどういうことでしょう。つまり、それは中流ではないということは貧富の差ということなのだろうかということが、今、問われていると思うんです。つまり、私たちには身長の差もありますし、例えばお料理が得意な人もあれば、スポーツが得意な人もあるし、絵を書くことが得意な人もいます。でも、その絵が上手か下手かということが人間の価値を決めることではありません。

 先ほど、安曇野の話をしました。つまり、安曇野がみんな同じようなディズニーランドのようになっていくことが安曇野の豊かさなのだろうかということを、先ほどの日銀の支店長は述べているということですね。それは、私たちのこの長野県もこれから高齢化社会になっていきます。既にそうです。日本全体がそうです。その中で、長野県が活力を持つ、信州が魅力ある場所になるためには、多くの人々に移り住んでいただいたり、あるいは訪れていただく必要があるということです。そして、その訪れる人たちが何を感じるかと言えば、私はやはり一番は、人間的なぬくもりがその集落なり町にあるのかということだと、私は思います。その豊かさというのはですね、大変人間はぜいたくな人ですから、例えば安曇野に住んでる若い人は、24時間コンビニがあったり、あるいはレンタルビデオ屋があるのが豊かさだと思うかもしれません。でも、東京から安曇野に移り住んできたり、あるいは安曇野を旅行する人は、逆に先ほど言ったような、美しい景観が豊かさだと思うかもしれないということです。それぞれ、つまり、自分たちの個性化というのは何によってもたらされるかということが大きく問われています。

 そして、日本は今までみんな同じであることがいいことだよと言っていました。でも、みんな同じのように見えるはずの満員電車に揺られている東京や名古屋に住んでる人たちは、みんな人間的じゃないな、ストレスがたまっているなと思っているということですね。そして、じゃあ個性化という時にも、今、大きく問われているのは、今、あなた方がいるそのままでいいんですよ。お若い方が何人かいますが、ビリー・ジョエルという人が昔『Just The Way You Are』って、今のあなたのままでいいんだよ、何も変わらなくてもいいんだよ、今のあなたが一番魅力的なんだよっていうのがありました。でも、今のあなたが一番魅力的ということで言うと、日本は今、みんな同じような規格の道路、同じような駅前の景色、あるいは教育もそうです。

 食べ物も、私たちが給食を地産地消の給食を今年からやるようになったのも、全国一律の、もちろんバナナは日本では採れません。バナナを食べることも豊かさですし、バナナの味を知ることも学習です。でも、何でわざわざ遠くから、例えば上田の給食が何で福島県からジャガイモやニンジンまで運んでくるような給食なんだろうか。もっと地元で作られているもの、地元のおじいちゃん、おばあちゃんの煮っころがしであったり、地元ならではのお総菜を給食で出したりすることが豊かさだったり、文化だったり、個性化なんじゃないか。そして、それを唯我独尊で、うちにはこんなに豊かな食べ物があるからよそのバナナはいらないよって言うんじゃなくて、自分たちの豊かさに誇りを持って、きちんとそれを実践しながら、自分たちにも歴史があるし文化があるからこそ、よそのバナナの文化も子供たちが知るともっと自分たちのことを…、相対化って言いますけれども、他者の目によっても、自分たちの唯我独尊だけじゃなくて、見れるようになるよねというのが個性化です。

 ですから、個性化というのは、今、日本が均質化してしまった。どこものっぺりとした景色になってしまった、それをそのまま残していきましょうということじゃありません。あるいは、昔の不便さに、車がなかった人力車の時代に戻りましょうと言っていることではありません。王政復古という言葉がありますけど、復古を言っているわけではありません。ただ、自分たちの社会の中のきちんと人が人として生きている確かさがあったぬくもり、温故と。古きを温めるということは行いましょうということです。そして、その上で他の人たちからも魅力的だな、訪れたいな、移り住みたいな、あるいは一緒に何かお手伝いをしてあげたいなと思うような地域になるということが個性化だと思うんです。

 今の方のご質問は、金銭の多寡であったり、いわゆる高度経済成長のころの豊かさということから外れると中流ではなくなるという、…もし違っていたらごめんなさい…、意味かと思いました。ただ、私はたぶん今皆さんはですね、今日食べるものも着るものもあります。大変なリストラだとか、雇用の不安とか、経済の不安があると言いますけれども、今日食べるものにも事欠いている人たち、明日着るものにも事欠いている人たちがイランにもアフガニスタンにもイラクにもスーダンにもいるということです。それに比べれば、私たちは食うや食わずではありません。基本的な豊かさは得ました。得たけれども、多くの皆さんが自分のお子さんに、こんな700兆円も借金抱えていて、みんな全国同じ景色になっていく中で、この子供たちにここの社会に生まれて、日本に生まれ育って良かったでしょと言えるかというと、必ずしも言えないと思うんですね。

 そして、多くのお子さんたちが、英語がしゃべれれば格好いいやとかですね、そんなことで言っているんじゃなくて、日本の学校だと息が詰まっちゃうから外国の学校へ行きたいな。親からおねだりして月謝を出してもらう人もいるかもしれないけど、向こうでバイトをしながらでも、あるいは日本でバイトをしてためておいてでも、外国の学校に行きたいよというような子供がいたりするというのは、それだけ私たちの社会が、東京オリンピックのころのような社会がより良く変わっていく躍動感というのとは違う閉塞感にあると思うんですね。でも、また東京オリンピックのころのような高度経済成長を望んでいるわけでは必ずしもないと思うんです。食うや食わずではないわけですから。そうすると、やっぱり次に私たちが求めるのは、私は別にヨーロッパやアメリカが優れているとも思っていませんが、もっと自分たちのそれぞれ地域の独自性というものを見つめて、ヨーロッパ、フランスであったり、あるいは北欧のスウェーデンであったり、イタリアであったり、そうしたところの地域の独自性というものを学んでいく必要があるんじゃないかと思っています。

 フランスという国は市町村の数が3万6,000くらいあります。人口5,000人以下の町村の数が全体の9割を占めています。こういう話をすると、それは制度が違うんだよ、税制が違うんだよというふうによく学者や官僚の人は言います。でも、アメリカも人口5,000人以下の町村が全体の8割を占めています。何度かお話をしていますが、ニューヨークから例えば電車で30〜40分のところに、よく日本の駐在員の人たちも芝生の庭のお家があるので住んでいます。こういったところの町村、5,000人くらいですね。こうしたところはどういう具合かと言うと、フランスも同じなんですが、例えばパリ市であったり、リオン市であったり、大きな市、マルセーユ市であったり、こうしたところは市長も、…日本よりは安いですけれども…、そこそこの生活できるくらいのお給料はもらっています。

 けれども、基本的にアメリカの場合、例えば人口5,000人くらいのところは、町村長というものも常勤なわけではありません。週に3日とか4日は出ています。基本的に自分でご商売をなさっていたり、お医者さんをやっていたり、あるいは会社を経営していたり、こうしていて、そのお給料というのは大変に少ない。アルバイトの人よりも少ないくらいです。議員の人というのは、実質的には毎回行く実費の費用ですね。そして、こういう議会の内容は地元のケーブルテレビで流れます。例えば学校を補修するのか建て替えるのかというような、ある一定規模以上の予算のことだと、大統領選挙や州議会議員選挙や州知事を選ぶような選挙の時に、同時に何項目もの、10項目、20項目の住民投票があって、学校の校舎を建て替えるのに賛成か、いやあ、耐震構造にして補修して使い続けることに賛成か、あるいはもしかすると、床と壁だけは木質化しましょう…、

 例えば、埼玉県の玉川村というところは、コンクリの建物だったんですけれど、小学校と中学校を床と壁だけ木に村産材で4年前からするようにしたら、インフルエンザに子供がかかる率が大体4分の1に減っちゃったんですね。3年間平均。これは客観的な数字ですね。子供も落ち着きを取り戻したよって父母や先生は言っているらしいんですけれど、これは主観的かもしれませんけど、少なくとも前者は客観的ですね。どれにしますかっていうような選択肢があります。

 これは、日本の制度はすぐにそこにいかないかもしれませんけれども、私たちが言っている四十貨店の町村があり、町村連合があり、あるいは県が手伝うところがあり、広域連合があるというのは、そうしたかたちを目指そうではないかということを述べているわけです。つまり、私たちの社会は、大きいということだけが、山本直純さんのコマーシャルのような時代は、大きくなるということが豊かさのように思っていた。もちろん大きくなることを否定するわけではありません。けれども、大きくなる時には、もしかすると、それぞれの集落やそれぞれの前の市町村がきちんとみんなが良い意味で、わがままを言うんじゃなくて、良い意味でみんなが意見を言えて、良い意味でみんなが参加をできて、みんなで決めていける自治というものがあった時に、それぞれの分子運動がしっかりあった時に、大きな体になっても、それは骨粗鬆症(こつそしょうしょう)にはならないかもしれないです。でも、それがたまさか住んでるだけですよという東京の区のようなかたちで図体だけ大きくなっていくと、もしかすると、それぞれの町内会のぬくもりもないかもしれないし、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のような、体は大きいけれども、もろい体になっちゃうんじゃないかということですが。

 よろしゅうございますか。
 そのほかのご質問がもしあれば。いかがでしょうか。はい、じゃあ2列目の方、どうぞ。

山口村 男性

 私、九区の○○△△です。

 いろいろただ今お話を聞きまして、自律に支援いただけるというお話しでございますが、いろいろ回って聞いてみたりする中で、山口村の借金が40億、36かもしれんですが、そのぐらいあるということで、1人約200万、今後これだけの借金を背負って自律して果たしていけるだろうか、こういうような意見が多いので、今まで県知事からいろいろ縷々ご説明ありましたけれど、もう少しその点、こういう支援をするというようなことをよろしくお願いしたいと思います。

長野県知事 田中康夫

 明日、小布施町でですね、先ほど例を挙げた泰阜村、あるいは栄村、そして小布施町、坂城町という4つの町村と長野県はですね、もうおととしになりますね、おととしの段階から、自律をしていく場合のさまざまなシミュレーションというのをしました。これはもしパソコンをお持ちの方でしたら、長野県のホームページの、とりわけ知事のページのところからはその膨大な資料がプリントすることができます。あるいは、もし今日何人もの県職員が伺っていますので、最寄りの県職員に、札をつけております。名前の札をつけていますので、おっしゃってくだされば郵送をいたしますが。

 通常、全国では、合併をした場合の財政状況というのはおおむね10年間、あるいは先ほど言ったように、15年くらいまでを公表したり選定をしているんですね。これが明日、「これからの『自治』をともに考えるシンポジウム」というのが小布施町でありますけれども、少しここからは遠いですので難しいかもしれませんが。私たちは、おおむね20年という時間で財政状況が、合併しなかった場合にそれぞれの町村がどうなるかということを出しております。もちろん大変に厳しい状況です。けれども、先ほど申し上げたように、合併をしたとしても16年後にはむしろ交付税は逆転をします。そして、日本自体が今のような霞が関と永田町の危機感のない中であるならば、3,000の自治体が1,000になろうとも、1,500になろうとも、2,000になろうとも、私は日本全体が今のこの政治のままでは全部沈没していっちゃうということです。極論すれば、全員、ノアの箱船には乗れないかもしれないということです。ですから、私は合併をしましょうと言っている意見は、これは…、

 今日は私は加藤村長にもご出席をいただいたことを大変に感謝していますし、また、このように村の施設をお借りして、長野県側が自律支援プランというのをどのように考えているかということをご説明させていただける会場をご提供いただいたことにも大変感謝をしています。その感謝をしたうえでですね、長野県は、まさに合併をしたからといって、それはあえて申し上げれば、先送りでしかないということです。もっとあえて申し上げると、私は常に県知事の考え方というものを県民に示して、最後は県民が常にそれを判断してくださる必要があります。

 よく、今までの自治体の他の都道府県知事というのは、「いやあ、今は私の意見は言うのは差し控えます」ということをおっしゃいます。そして情報提供をしますというようなことをよくおっしゃいます。しかしながら往々にして、例えば公共事業をやる場合も、「私の意見は言いません」と言いながら、進めるのは自治体の側なんですね。そして、情報提供しますと言うけれども、往々にしてそれは自治体が試算したデータですね。都道府県が。そうすると、首長は「私の意見は言いません」って言っていますが、都道府県知事は「自分の意見は差し控えます」って言いますけど、一方では、国が決めた大きな流れの中で自治体のプランを示しているんですから、それは実質的に示しているということですね。

 私は逆に、国が示している市町村合併というかたちでは日本が救われないと思っているということです。なぜならば、現に…、例えばフランスには、先ほど言ったように、小さな町村があります。アメリカにもそういうのがあると言いました。例えばフランスにおいて全国から人々が訪れる料理店ガイドがあります。ミシュランといって、タイヤメーカーが作っているんですけれども、皆さんもお聞きになったことがあるかもしれません。三つ星というのがあって、これは単にお料理がおいしいだけでなくて、きちんとしたサービスをする人もいます。ワインもそれなりにそろっています。できれば、都会から離れているので宿泊施設もありますというようなかたちです。25、今年の場合には三つ星というレストランがあるんですね。ただ、25のうち、食の都と呼ばれているパリにあるのは何軒かというと、半分にも満たない10軒なんですね。残りの15軒はどういうところにあるかというとですね、パリから遠く離れた、それも人口が大体700人から1,500人、2,000人、多くて3,000人というような町や村にあります。ここに世界中から人が来ます。

 一個あるミッシェルブラスというのは、人間の数より牛の数のほうが多いという、美ケ原のような牛を飼っている村です。そして、そこは牛を飼っている中で、逆に金属はよそでも鋼を持って来て、そこで牛のカッターナイフやワインを開けるオープナーのソムリエのナイフというものを作るようになりました。そして、このラギオールという村ですが、ここのナイフ、あるいはワインを開けるものというものは、ラギオールナイフというソムリエナイフを、…ソムリエというのは、ワインの専門家のことですね。田崎真也さんのような人のことですが…、はひとつのブランドになっているんですね。そして、そこにあるミッシェルブラスというのは、地元出身の息子さんで、お母さんが小さな食堂をやっていて、パリで修業をして戻ってきて、最初はお母さんの小さな食堂を継ぎましたけれども、お料理がうまいということで多くの人が訪れて、村もそれに支援をして、村の人もそこでお皿を洗うだけでなくて一緒に野の食材を摘んでくることでも雇用をしてもらって、ワインもそろえて、英語もできる支配人の人も来て、宿泊施設も造って、今、山の上に新しい建物を造って三つ星になっています。

 このように、それは都会化するということではありません。その地域の食材を使って、その地域らしさがあるから、全国から、全世界から多くの人が訪れるということです。私はこの山口村というのは、先ほど馬籠の宿の看板、障子紙のような形…、いいんですかね。桟(さん)のような形がありましたけれども。やはりここにはひとつ、全国の人が訪れるような文化があるということです。歴史があるということです。

 私は松本に小学校4年から住むようになって、両親と妹と一緒に山口村や南木曽町にやって来てですね、ずっと南木曽から馬籠まで歩いてですね、当時はボンネットバスが走っていたと思いますけれども、ちょうどワラビの採れるシーズンで、母親がワラビを採るので入っていったら、うちの妹が、「そんなことしたらマムシが出て、かまれたら大変だ」って言って、小学校1年生の妹がえんえん泣いたのを覚えていますけれども。

 私は「どこでも知事室」ということで、県内をくまなく知ろうということで、南木曽町に「行った時に、南木曽のある職員の人が説明してくれて、なんで馬籠とか妻籠はこういうふうな景観というものを守ったんですか。日本が高度経済成長だったころに、当時、既にそういう景観をきちんと残して、今、これだけ多くの人が来ているのはなぜですかって言ったら、馬籠の案内をしてくれた職員の人が、「いやあ、昔ちょっと馬籠に…」、私と同じように、ちょっとあるいは「田中さんと同じように一風変わった職員がいましてね、この職員が、『やっぱりどんどん近代化するっていうだけじゃなくて、おれたちのこの文化や歴史を残したほうが人が来るんじゃねえか』と言ったんです」と。言ってその人はそういう理論を説いたと。「おお、そのとおりかもしんない」と。決して自分たちが不自由しようっていうことじゃなくて、「うちの町は何で食べていくのかな」って言ったら、「林業もある、農業もあるかもしれないけど、同時に観光かもしれない」と。あるいは、「よその人が来てくれて、それもでっかい観光バスで素通りするんじゃなくて、そこでお茶を一杯飲んでいってくれるようなのにしよう」、そういう理論を説いたっていうわけです。それに対して、「そんなことおまえさん言ったって、今は高度経済成長の時代なのに、こんな古めかしい建物にしてて人が来るか」って言った人には「信じてくれ」と。「納得してくれた人には理論の理を説いたけれども、あんたは利益の利が欲しいだろうから、必ずおいらを信じてくれれば、あんたには理論の理じゃなくて、利益の利がもたらされるようになるよ」って言ったって言うんですね。

 やっぱり、民主主義っていうのは一人ひとりが誰もが意見を言えるようになるということです、もちろんです。昔のように、王様だけが言えるなどというのはけしからんことです。でも同時に、その中でもいろんな、例えば農業に関してすごく次に売れるものが見通せる人もいます。でも、例えばもっと経済に関して見通せる人もいるし、数学に関して見通せる人もいるかもしれません。恐らく、その南木曽町にいた人、それは山口村にも馬籠にも私はいたんだと思います。そういうふうに少し先を見通せる人、次に私たちの町がどういうふうになってると多くの人々から魅力的だと言われるのかなっていうことを見通せる人は勇気を持ってそのことを述べるべきだと思うんですね。それは、新しいことを言う、あるいは先を見通すことを言うというのは、誰もが首を縦に振ってくれるとは限らないと思います。「そんなことはない。今、もっとこっちをやんなきゃ」っていう人もいるかもしれません。でも、それの議論をするのが民主主義だと思いますし、そして、もしかすると、その時にある人の示した羅針盤を信ずる人たちが多ければ、それに向かって一緒にやっていく。でも、その中でもきちんと良い意味での調整じゃなくて、微修正はするということじゃないかって思います。

 実はスウェーデンのようなところは、福祉は市町村ということが決まっています。医療は都道府県というか、レーンと呼ばれるものがあるんですね。外交というようなことは国というふうになっています。日本の大変残念なのは、例えば道路に関しても、これは県議会で言ったら、私の言葉が足らなかったので怒られちゃったんですけれども、国会議員も都道府県会議員も市町村会議員もみんな同じように国土交通省に行って道路をお願いしますって言っているところがあるんですね。でも、むしろやはり本当は市町村がやること、都道府県がやること、国がやることが、きちんと外交であったり、医療であったり、福祉であったり、分かれていく必要はあると思います。ただ、それは長野県だけが変えようと思っても変えることじゃありません。ただ、今までは市町村にみんな百貨店のサービスしなさいと言って、維持するために交付税を出していましたけれども、交付税が今までのようには出なくなる。それは合併してもしなくても出なくなるんだったら、長野県の交付税も減るかもしれませんが、先ほど言ったような三十貨店でいきます、六十貨店でいきますというところに、長野県は一緒にお手伝いをしていきましょうということです。

 これは、後で小さな字ですけれども、この九州大学の木佐さんという人の書いた文章、そしてこちらに松島貞治さんという泰阜村の村長の書いた文章があります。これを後で読んでいただけるとですね、松島さんの文章の後ろのほうのところですね。「自治のスタイルの見直し」というところがあります。広域連合は構成市町村の負担の問題、利害調整など小回りが利かない面もある。だから、その広域連合よりも、より小回りの利く自律的な町村が町村連合を組むと。そこが一方で分権の受け皿となると。また少子化で苦しむ学校運営、森林整備、精神・母子保健などを受け持つことによって、自律町村は、小さなそれぞれの町村はそれにかかりきりになる職員の人を減らして、幾つかの町村でそれを担当をする人が出てくるというかたち。

 ここに書いてありますように、長野県の場合は、この連合に県も積極的に加わろうとしているということです。自律的な市町村への支援策、例えば職員の派遣、事務の受委託も行うと。県の補完もある程度期待できる。繰り返し申し上げますが、長野県はお口を開けて何か長野県がしてくれるんだったら、じゃあ市町村合併じゃなくてやろうかって言っている人に対しては、ある意味では、冷たいわけではないですけれども、厳しい選択を迫っているかと思います。

 ただ、自分たちで、先ほど言ったように、栄村のように道直しを一緒にやろう。栄村の場合は、例えば田直しというのもあります。従来の土地改良のかたちだとでっかい田んぼにすると。あそこの場合には段々畑ですので、そして多くの人たちはもう息子が外へ出て行ってるので、自分たちの作る分、東京に出て行った息子の分だけ、じいちゃん、ばあちゃんが米作っています。それを真っ平らに3段の棚田をしちまったら、それをするために膨大なお金がかかる。そこで、2人の人を契約で雇ってですね、それぞれの今持っている田んぼのところを小さな機械でちゃんと土地改良というか田直しをしてあげるということをしています。これも、大きな改良組合を作って、お年を召した70歳の人が、あとこれから10年も20年も借金を返さなきゃいけないというような土地改良とは違って、それの大体これもまた3分の1から5分の1くらいの金額でできるというかたちをしています。

 今までの市町村は100のうち90が自助努力だったと。10が広域連合の共助、共に助け合うだったと。これを自助努力を60、町村連合を20、広域連合を10、県の補完を10、…これは松島さんが書いている書き方でして、この数字はあくまでも正しいものではありません…。県の補完が15であったり20という場合もあるかもしれませんし、町村連合が20であったり、自助努力が50という場合もあるいはあるかもしれません。これをこれからの新たな自治のスタイルとしてとらえていきたいというふうに書かれています。問題はこの60で何をするのか。ここがこれからの市町村のリーダーシップであると書いてあります。

 これの左のほうのところなんですが、別に私は今日泰阜村の宣伝をするためにやってきたわけではありません。泰阜村も、大変にこの左のほう、「自律への道」というところの「財政的な自立」というところですね。泰阜村の平均的な予算額はおおむね25億円であると。50%は地方交付税で、自主財源は20%だと。交付税はもちろんどんどん減っていくというかたちであります。泰阜村で言うと、実質減は1億5,000万円であると。この減額がどれほどのショックを与えているか。合併を選択する市町村長の多くが、このままではやっていけないと言っていることでわかるというふうに書いてあります。しかしながら、先ほど言ったように、合併をしたとしても、交付税は着実に…、着実にというか、冷酷に減っていくということです。

 ここで、泰阜村は「イ」というところに書いてあります。平成14年9月の議会で、「助役を置かない条例」を作ったと。今ではそうしたところがありますけれども、泰阜村はかなり先駆けて行ったんですね。村議会も平成15年4月の選挙から定数を12人から10人にしています。これで1,600万円の削減をしました。平成9年から平成14年までに一般職員を15人削減しています。

 長野県も削減はしていますが、同時に長野県の場合も、今まではデスクワークだけしていた人がいるので、こうした町村、小規模町村に、先ほど言ったような土木の専門家であったり、林業の専門家であったり、あるいは福祉の専門家であったり、あるいは企画部門を担当してきた者を、1年ないしは2年という年数で派遣をすると。もちろん、続いて次の人も来ます。少なくとも1年間、あるいは2年間を住んで、そこの地域の実情を知るということは、逆に長野県の施策もより少ない金額で行えるようになるわけです。

 人件費も1億円削減しました。それから、特養や保育園を村の社会福祉法人、民間に…、民間と言っても社会福祉法人に委託します。給与の減額もしています。このようにして浮いたものを泰阜村の場合には、在宅福祉、訪問介護に使うということを言っています。というのは、ご存じのように、泰阜村は大変に高齢化率が高いところです。長野県はご存じのように、老人の保健医療額というのは全国で一番低いんですが、その中でも泰阜村は低いほうから5番以内に常に入っているということです。ここは逆に、泰阜の場合も飯田市に通っている人たちがたくさんいます。下條村や阿南町で働いている人もたくさんいますが、村の診療所も週に3日だったと思いますけれども、夜遅くまでやるようにして、飯田で働いている泰阜村民の人も村の診療所を使ってもらうようにしています。そうしたかたちで診療所の経費というものが運営できるようなかたちをとっています。

 泰阜村が今ここに掲げたような削減額というのは、小さな金額に見えるかもしれませんが、これは去年の1月の日本経済新聞が1面でこのことを書きましたが、霞が関に置き換えると、約3万5,000人の課長、往々にして東京大学法学部を出たような方ですけれども、3万5,000人の課長を突如消滅させるのと同じくらいな削減を、このようにして、助役を置かなかったり、あるいは給与を減額することで行っています。この分を村で生まれ育った人たちの在宅福祉・医療に向けようということをしています。ですから、それぞれ努力する必要はあります。ただ、私はこうした努力をする町村が、長野県内のみならず他の地域でも多く増えてくることによって、もう1枚のこの木佐さんが書いているような、もっとヨーロッパ型の、これはここで書かれていることは、ドイツやスイスの例を挙げていますけれども、これは皆、今私たちが模索しているような町村連合、あるいは県の支援というようなことの内容です。ぜひ時間の都合がありますので、後でお読みいただくと、日本が目指しているのとはまた違うことがここで行われているのがご覧いただけるかと思います。

 ほかのご質問がもしあればと思います。はい、どうぞ、一番前の方。

男性

 ○○と申します。お願いいたします。

 今、山口村で起きている合併問題の中で一番頭の痛い問題は、学校の問題なんです。それで、生徒も少なくなっていますが、ひとつは、この付近が東海地震、あるいは東南海地震の警戒区域が拡大されまして、中津と同じように、警戒区域の中に入れられるのではないかと。あるいは入れられそうなんだという心配があるんですね。そこで、学校を改築しなきゃならないということが起きると、その時にそれだけの財政が村にはないと。だから、合併せざるを得ないという論がひとつあるんですが、それだけじゃなくて、子供たちを隣町に、…中学生ですが…、通ってもらうということで今の合併の方針が決まりつつあるというふうに聞いております。

 私の持論としましては、村から学校がなくなるということは村が寂れてしまうと、将来にわたって。ですから、これはどうしても維持したいということですが、地震のために学校が建てられないということは、これは本当にお先真っ暗なんですが、ただ、私が議会に出ている間は、いろいろ建物診断をやってもらいまして、その時はまだ改築の必要はないと。しかし維持補修はしなきゃならんだろうと、こういう報告があったんです。それからまだあまり年数がたっていませんけれども、ぜひ、県のほうから地震に対する対策、建物の、ということが技術的に、あるいは工法として山口の中学校校舎、小学校の校舎等の診断をしていただいて、その方法をないかということを考えていただけないかと。そうして、仮に東海地震や、あるいはそういうものの影響を受けるとしますね。何とか持ちこたえて、そして学校を残したいと。そして、子供たちを隣町に通わせるというようなことなしにいけないかと。これが私の今一番願っていることのひとつなんですが、ぜひ知事さんにお聞き届けいただきたいと思いまして、お願いします。

長野県知事 田中康夫

 これは簡単に言いますけれども、去年の2月くらいに、滋賀県の豊郷小学校っていうのの建て替えの問題っていうのがテレビでよく流れたと思います。メンソレータムをつくったウィリアム・ヴォーリーズという人が建築した昭和10年代の建物。これをこの村の出身で丸紅の専務になった古川鉄次郎という人がお金を出して、自分たちの、当時は貧しかった村の子供に良い教育環境を与えたいというので造った校舎を、だいぶ古くなったし耐震構造にするのはお金がかかるからというので建て直そうという話でした。建て直すと21億円かかるっていうふうにその町長が言っているんですね。耐震構造にすると7億円か8億円だって言ったんですね。通常7億円か8億円だとそっちのほうが安いと思われるかもしれませんけれども、校舎を建て直すことになると国が80%近くお金を持ってくる。これは結果的には国民の税金と借金ですよ。ただ、校舎を改築する、耐震構造にする場合には、地元が3分の2、お金をもつことになっているので、そうすると、そのくらいの金額の差でもトントンになってしまうというようなかたちで、だったら建て直したほうがいいというのが当時の、…今も町長ですが…、の意見だったんですね。

 長野県はいわゆる来ると言われている震災の地域に関して、県の公共物に関しての耐震構造チェックと補強ということは計画を立てて、大変厳しい財源の中ですけれども、行っています。先ほど申し上げたように、自律型でそして非常に財政力指数の弱い町村に関しては、その校舎の問題に特化して述べることはできませんが、さまざまなかたちで人的、あるいは金銭的な支援ということを行っていくということは述べています。そこは今後、とりわけ下伊那郡等も地震の激震地域になっていて、小規模な町村がありますから、とりわけそうした子供の教育であったり、医療であったり、そうした機関のことに関しては、これは私たちがきちんと検討をしていかなきゃいけないことだというふうには認識しています。

 今おっしゃられたことは、やはり先ほどの、心のよりどころということだと思うんですね。これは具体的に地名を挙げると、私はそこのそれぞれの地域を大変素晴らしいところだと言って認めているんですが、よく長野市や飯田市で周辺から合併された方々がちょっとおっしゃることがあるのであれなんですが。合併をしたけれども周辺部の道路や下水が完備されたわけではないと。合併したけれどもインフラは整っていないという不満を持っている人たちがよくいます。あるいは、例えば小布施町は合併しないで自律的にやっているけれども、旧松代町は合併したことで、長野の何か衛星都市というか、ベットタウンのような感じになって、本来の松代の歴史や文化が少し元気がなくなっちゃったんじゃないかっていうふうに言っている人たちもいます。それは合併をしなかったとしても、松代の方が努力しなければ、小布施町の今のような年間150万人の人が来る、そのために町が使った金額というのは必ずしも多くないと。10億円か15億円だけれども、150万人来る。…何年にもわたってですね。道路の整備とかも含めて。それはそれぞれの地域の人の心意気だとは思います。ただ、学校であったり、自分たちのよりどころのものというのが、立派な体育館やホールは残ったとしても、地域の人が本来学んだり、あるいは何かいろんなお世話をしたりというのが遠くに行くと、それは意識が薄れていっちゃうということは確かだと思います。

 私たちが大きな老人ホームを集落から離れたところに造るんじゃなくて、集落の仕舞た屋(しもたや)、駅前の商店街の仕舞た屋を使って宅幼老所、自宅の「宅」に老人の「老」に「所」と書きます。10人から15人の軽い痴ほうの人も含めて、そうした仕舞た屋を改修していく。これには国はお金を一切出していません。国は4,000万円以上の立派な建物を老人施設で、土地代は別で、造る時にだけお金を出してくれます。これが結局、集落の中の仕舞た屋とか集落の横じゃなくて、遠く離れた崖っぷちのところに老人の施設ができていってしまう。集落が崩壊していってしまうということになっています。これはもう国の制度が大きな問題があります。ただ、それはすぐに私は首相でもありませんし、大統領でもないので変えることはできません。ただ、その中で長野県が集落を大事にしていこうという中で、750万円平均、県が差し上げて、新しい社会福祉をやっている人たち、NPOの人たちに、仕舞た屋を改修して最寄りの場所で老人が軽い痴ほうの人も含めて集えるようなかたちをしています。これはひとつの、今おっしゃった教育のことと同じことだと思います。すぐに答えはできませんが、少なくとも、県民の生命と財産を守るということが私の就任来のそれは大きなテーマですから、そのことは一緒に検討をしたいというふうに思っています。

 はい、どうぞ。

男性

 先ほど知事から自律について支援の決意をいただきまして、長野県が非常に小さな町村でも自律ができるという、応援すると、こういうお話をいただきましたので、ありがとうございました。

 話は順番に小さくなりますけど、この間の村を回った説明会等でも聞きましたところ、今、椿街道が八区のところまで行っておるんです。向こうはまだ橋の問題やらいろいろで18億かかるということで中止になっておるわけですけどね、自律ということにもし決まるならば、長野県でもその椿街道を神坂のほうまで早目に造るようにお願いしたいと。中津では合併すれば造ると言っておるが、長野県はどんなふうか。ひとつ知事のご見解をお願いしたいと思います。

長野県知事 田中康夫

 椿街道というのは、今造っている林道…、農免道路のことですか?私たちは、具体的にはもちろん最終的にどのような自治体のかたちを皆さんが望まれるかは、それは現在お住まいの山口の村民であり、有権者の決めることだということです。それは逃げているわけではありません。そして、皆さんが仮に岐阜県側の中津川市との合併をしたいというふうにお考えの場合に、どのような引き継ぎの手続きをするのかということに関しては、これもまた長野県は具体的にきちんと調査をしています。ただ、今のおっしゃられた椿街道に関して、合併をなさった場合に岐阜県側がどのような支援をなさるのかというようなことに関しては、これは私は岐阜県知事ではないので申し上げる立場にありませんが、ただ、それは明らかに言明はされて、いずれお金を出すのか出さないのかというようなこと、あるいはそのほかの県が行ってきたですね…、

男性

 そういう、造るという、継続して造るという話は聞いておりますので、長野県の取り組みはどうかということです。岐阜県の時は…、

長野県知事 田中康夫

 岐阜県側の見解に関しては、必ずしもそのような言明をなさってはいらっしゃらないのではないのかというふうにも思いますが。

男性

 この間の説明会でそういうふうに聞きました。

長野県知事 田中康夫

 今、まちづくり支援室の玉井から資料をもらいましたが、岐阜県側は新市まちづくり計画に盛り込まれる分に関して岐阜県事業として行うということをおっしゃっているんですね。長野県側に関しては、今の点に関しては、これは総事業費の中、残事業費の分というのがまだありますが、長野県側もこれは計画をふるさと椿街道に関しては盛り込んで、既に盛り込んでおりますし、それを行っているところです。ですから、それは合併をした場合としなかった場合で、それに関して格差が生まれるということはないということです。

 もし、ほかのご質問がありますか。あれば。はい、どうぞ、そちらの方。

山口村 男性

 九区の○○と申します。

 先ほど努力のお話しがありましたけれども、私たち今の生活のパターンがあります。生活はぎりぎりといった状態の方がほとんどだと思います。これ以上の出費があったらローンが返せないとかね。時間的にもそんなに余裕はないと。支援プランの中に、今以上、最大限の自助努力を前提とする。必要だということで、楽しようとは思っておりませんけれども、かなりきついんじゃないかなと、そんなふうに思いますが。最大限の自助努力の中の内容ですよね。

長野県知事 田中康夫

 それは、非常に抽象的に見えるかもしれません。ただ、私からあえて申し上げれば、合併をした場合には最大限のさまざまな意味での豊かさや利便性がくるかというと、そんなことはないであろうという見解に長野県が立っているということは、先ほど来ずっとお話ししてきた中でおわかりいただけるかと思っています。基本的に長野県は、小回りの利く、あるいはそれぞれの地域の人のきちんと意見を反映できるような分子運動という単位に基礎自治体というものがあるべきではないかという考え方に立っているということです。とりわけ、非常に中山間地の地域であったり、そうした場所においてはそうだということです。

 最大限の自助努力というのが抽象的だと言われるかもしれません。ただ、その最大限の自助努力というのは、恐らくこれは合併をなさっても合併されなくても、今後、国が国の責任を半ば放棄するかたちで交付税を減らす、あるいはひも付きの補助金を減らすと、自分たちで自主財源を考えなさいということを言ってきますから、私はこの点においても、結果としてはですね、ほぼ同じ土俵だと思っています。そして、それは先ほど言ったように、大きな図体のところが自律的な自治体運営ができてきたかと言うと、横浜市であったり、札幌市の例を挙げました。あるいは、大きな自治体になることが行政のスリム化だと言いましたけれども、必ずしもそうなっていない例をさいたま市や静岡市の例で挙げました。それは、大きな市でもそのようなかたちであるならば、中規模の合併によって市のかたちになる。その100万という都市や50万という都市じゃなくても数十万という都市になる、数万という都市になるということもそうだということです。

 そして、社会の全体で考えると、例えば、ナショナルのような大きな会社であっても、きちんと全体のナショナルの方向性を出すのは中村さんという新しい大変画期的な社長のもとで方向性は出しても、それぞれはもっと自治の分権でですね、事業本部長が執行役員となって責任を持って、ナショナルの方向性という共通する理念を理解している執行役員、本部長のもとで、迅速な行動や的確な認識を持てるように動いていっているということです。

 企業が、どんなに大きな複合企業体というところでも、そのように小回りが利くようなかたちで物事を判断したり対応をしている時に、行政だけはそれとは違うベクトルの、体が大きくなるとスリム化するんだと。そして、サービスは向上するんだというのは、私は抽象的に逆に聞こえるんですね。やはり、行政というのも、行政の常識は民間の非常識っていうのはよく言われることですが、そのような言葉を出すまでもなく、やはり、民間はお金を出して買ってくれる方、買っていただけるようなサービスをするということです。行政は逆に、先に皆さんからお金をちょうだいしてしまっているので、どこかに甘えがあったということです。それが700兆円を超える借金になってきて、それでもなお危機感を感じていない政府があるということだと私は思うんです。

 ですから、交付税の額ひとつとっても、合併しても合併しなくても、交付税の額の減り方は同じだということです。合併した場合のほうが交付税は減っていくということです。すると、合併したところのほうが、もしかしたら最大限の自助努力が結果としてもっと求められていくことになるかもしれないということです。いずれを選択しても大変に厳しいということです。けれども、厳しいということがわかっていないで一方的に交付税を減らしていくような政府というものがあり、官僚というものがあるならば、私たちはいずれの選択をするにしても、最大限の自助努力をするような首長であり、議員であり、市町村民でなくては、そこは存続しないということだと私は思っています。

 ほかのご質問がもしあれば。

 高知県知事の橋本大二郎さんという人がいます。橋本さんはご存じのように、橋本龍太郎さんの弟さんですけれども、非核三原則のようなものを重んじたり、非常に兄弟でも考え方が随分違うところがあると思います。橋本龍太郎さんが核兵器を積極支援されてるという意味ではありませんけれども。この橋本大二郎さんが私は幾度かお目に掛かってお話をさせていただく時に、橋本さんも、ある意味ではNHKの高知支局というところに勤務をしていて、高知県というのは、ご存じのように、坂本竜馬が生まれたところで、非常に開明的な改革をしていこうというところであったはずなのに、何か非常に息苦しい感じで、活気がないんじゃないかと。未来に希望が持てないんじゃないかという時に、橋本さんのことをごく普通の高知県内のお母さんというかですね、おばさんたちがですね、橋本さんに出てくれと言って、彼は出されて、今から12年前、無党派知事などという言葉がない前の、まさに先駆けの人ですね。彼の後、宮城県の浅野史郎さんであったり、さまざまな人が出て、私のような者も誕生したということです。

 橋本さんはお父さんも政治家だったので東京のですね、今は南青山という地名になっているところの、確か高樹町というところにお家が、大きなお家だったと思うんですけど、住まいだったんですね。彼が私に、…これ2回くらい言われたんですけれども…、高樹町という地名が南青山という東西南北がつくような、…それは青山墓地もあったから広い意味では青山というところだったけれども…、高樹町というのは「高い」という字に樹木の「樹」と書く字です。それが南青山何丁目という数字になった時に、同じ場所に自分は住んでいるんだけれども、何かとても地域が少し遠く離れちゃった場所に行っちゃったような気がしたということをおっしゃっています。

 私が信州ということを言うのは何かと言うと、信州というのは突如私が作りだした言葉ではありません。そして、例えば千葉県ですと下総、「下」の房総半島の「総」とか、下総とか上総とか、そういうふうに県内は幾つかの昔の藩というか、そういうのでできているんですね。この長野県は昔から信濃でありましたし、同時に信州であって、いずれも7世紀とか8世紀とか10世紀のころからずっと歴史の文書にも出てくる、使われてる言葉なんですね。そしてその信州、あるいは信濃、あるいは長野県というのが、例えば山梨県の一部は昔信州であったとか、こういうことですと厄介ですけれども、非常に珍しいことに、そうではないんですね。今の長野県のかたちはそのまま信州であったし、信濃であったわけです。ご存じのように、廃藩置県というのでどんどんどんどん数を統合していったんですね。ですから、明治前半の政府の課題は、そういう不平士族の反乱の抑止だというので…、

 実は市町村名というのは、先ほど豊田市というのはもともと挙母(ころも)市という名前でした。豊田というのは一企業の名前ですし、一家族の、家の名前ですね。けれども、豊田市に住んでいる人たちは、全員が賛同したかどうかはわかりませんが、自動車産業都市であるということをもっと全国に宣言しようと。全世界に宣言しようということで、挙母市から豊田市に合併とかとは無関係に昭和34年に市の名前を変えています。市町村の名前は変えることができるんですね。ところが都道府県の名前は、国が法律で決めているので変えられないというふうに総務省は言っているんです。でも、都道府県もこれは自治体なんですね。でも、自治体の人たち、これはたまさか山口でも映るNHKが1996年に世論調査をした時に、信州と信濃と長野県のどれに愛着を持ちますかっていうのに対して、信州と答えた人が80%で、長野県というのが13%で、信濃が7%だったんですね。

 別にこの1回の世論調査をもって私は申し上げているんじゃないんだけど、信州も信濃も長野県と同じように、まさにそこに存在し定着し、また県内外の人から認知されて評価されてる地名です。長野県と言うよりも信州と言ったほうが、おいしい野菜であったり、緑であったり、お水であったりですね、開かれた高原であったり、古い宿坊であったり、関所であったりというのが思い出されるかもしれませんけれども、実は県というのはですね、明治政府の地方統治機関として生まれたんですね。ですから、先ほど言ったように、県名と県庁所在地名が異なるというのはですね、これは県庁や県名の取り合いがあった場合なんですね。県が管轄する区域もその県の名前で呼ばれたわけです。私はこのネーミングというのは、もちろん山口の人たちは神坂であったり、馬籠であったり、さまざまなあるいは字の地名は、今後合併を選択してもしなくても、もちろん多く残っていくと思います。東西南北をつけたり、中央何丁目というような地名に変えてしまうというような時代ではもちろんないと思います。

 ただ、毎日新聞の余録という欄が1面の下にあるんですけれども、ここの方が1月21日にですね、私が信州という名称を使おうというふうに言っていることに関して賛同してくださって、つまり正式な県名変称は総務省が決めるのかもしれない。今の法律では。だけども、皆がその信州というふうに呼ぶということ、つまり言葉を自分で使うということは法律ではとがめられないと言っているんですけれども。宮崎駿監督の『千と千尋(の神隠し)』という大変に皆さんもお子さんと一緒にご覧になったかもしれないアニメーションがあります。これは余録の書いた人はですね、これは名前を取り戻す物語なんだというふうに言っています。湯婆婆(ゆばあば)は、千尋から名前を取り上げることによって千尋を支配したと言っています。千尋は名前を取り戻すことによって、自分の自由であったり、自立を回復したんだというふうに言っています。

 考えてみると、日本の歴史というものは、江戸時代のほうが参勤交代はあったかもしれませんけれど、それぞれの藩の中、よく言われるのは、例えば県庁所在地の町よりも、例えば城下町であったところ。長野県内も、これを言うと、長野市の方はあるいは中には早とちりしてお怒りになる方がいるかもしれませんけれども、私は、飯田であったり、諏訪であったり、松本というのは城下町だったんですね。城下町のほうが大変に忌むべき身分制度は明確だったかもしれませんけれども、寺子屋をやっていた人たちも町人なんですね。当時は商人であったり、町人なんですね。あるいは自普請という言葉があって、自分たちで普請をする。私の泰阜村でもですね、自普請というのがあります。自分たちでできることは自分たちでしよう。ある種NPOの先駆けのようなことのほうが城下町のようなところにあったということですね。戦後、明治政府になって城下町が廃藩置県にあった後、むしろ逆にそこの町人の人、NPO的な意識の人たちが、自分たちの町の活気を絶やさないようにしようとして努力してきたというのがあります。ですから、県庁に頼ってしまったり、お上に頼ってしまうよりも、むしろ松本や諏訪や飯田のほうがですね、結果として私は非常に町人の文化がある気がします。

 この余録の人はですね。千尋は名前を取り戻すことで自由を回復したと。すると、廃藩置県や市町村合併で旧国名や地名を奪い続けた旧内務省、旧自治省、現総務省は、湯婆婆ということになるのかと。田中知事は信州という呼び名の復活の理由に、県民の自己同一性…、つまり共通の、一緒の共同体であるという認識ということの回復を挙げている、というふうに彼は書いているんですね。

 道州制ということが市町村合併の先に言われていますけれども、これは北信の人たちにも言うと、少し皆さんのそれまで長野県という名前でもいいじゃないかって言っていた人たちの表情がギクって変わるんですけれども、市町村合併の後に、今度、総務省は道州制を入れると言っています。でも、道州制で国を7つか8つに分けるという話になれば、アフリカあたりの地図を見ると、スーダンとエチオピアのあたりが縦とか横の線で国境が書いてあります。砂漠だから人はそこに住んでいないのかもしれませんけれども。7つか8つに分けられたら、日本列島の真ん中にあって、しかも全国で4番目の広さを誇っているはずのこの長野県はですね、信州も信濃も長野県も、北のほうは北陸と一緒になって、南のほうは東海と一緒になって、右のほうは関東と一緒になって、全部分解されてしまうかもしれないということですね。それは、もしかしたら、橋本大二郎さんがおっしゃった、非常に自分が住んでいる場所で、そこには会話を交わしてぬくもりのある人たちがいるにもかかわらず、何か自分たちの地域がとても遠いところに行ったような気がしちゃうということを言っています。

 この余録の人はですね、日本人の名字の多くは地名に由来をすると。地名を失うということは自分の由来を失うことでもあると。それはとても寂しい話だというふうにまとめています。実は、私が泰阜村に、…これは多く国会議員の人たちも、それぞれの選挙区に住所があって、しかしながら、ご家族と一緒に東京に住んでいるという人が随分多いわけですけれども…、私は泰阜村の2,155人目の村民というかたちです。泰阜村の唐笠という、やはり長野県も北のほうはお正月にシャケを食べますけれども、松本より南のあたりはブリであったりするように、文化がちょうど関東と関西の交流点だと思うんですね。この泰阜村の唐笠というのは、中国の「唐」という字にたけかんむりの「笠」ですけれども。ご存じのように、泰阜村は高齢化率が大変高い、6割くらいの村です。そして、森林が9割占めています。さしたる産業がもちろんあるわけでもありません。ただ、私はここの松島貞治さんという村長、泰阜村はかつて満蒙開拓軍に多くの人を、1,200人もの人を送り出した村です。これは先ほどの文章の中に出てます。大変に貧しい村で、そして満州に五族協和という新しい楽天地を築くんだという政府が言った言葉を信じて多くの人々は行き、そしてそこで大変、戦後、凄惨な目に遭ったわけです。

 松島さんがですね、「『安心の村』は自律の村」、…この「リツ」という字はぎょうにんべんを書いていますが…、「『安心の村』は自律の村」という本を出しています。この中で、彼は、「いつの時代にも国策に左右されながら犠牲となるのは、国策を決めた人たちではなく、一般庶民であることに深い憤りを覚える」と。「国策を選んだゆえに、不幸を抱えた」、この泰阜村ですね。満州に1,200人を送って、半数が死亡なさって、残留孤児となられた方もいるわけです。「この史実、…歴史の事実ですね…、をどうと考えたらいいんであろうか」と。「今日の合併問題も時代状況こそ違い、財政的に厳しく、その対応のためのまさに国策であることを思うと、当時の村長の苦悩が重なる」というふうに言っています。「弱者と呼べるような高齢者も、この村であったら老いていけると考えられる、そうした安心感を提供することこそが私たち行政の仕事で、それをやるのは国ではなくて市町村である」と。「常に最前線のサービスは我々がやっている」と。「新しい自治のスタイルを模索して、広域行政を充実したり、町村連合を創設したり、県の支援というものを受け、良い意味でスリム化した村が行う住民と直結したサービスは、福祉であり教育であり、子育て支援だ」と。「村役場はまさに住民と共に村を支えるよりどころとなって、それは昼夜を問わず、村や地域を考える人たちが集まり、役場を拠点に地域を考えていく。私は行政サービスは住民が作り出すものであり、役場職員はそのコーディネーター…」、接続役ですね。お世話役と。「そうした生き生きした役場があればこそ、地域が守られる」というふうに言っています。私は、やはりこうした村の村民となることで、私はよりそこで税金を納めるということがですね、よりその地域に根ざすことだというふうに思っているわけです。

 もちろん、先ほど言ったように、さまざまな皆さんには選択肢があります。ただ、いずれの選択をなさっても、今のような国の三位一体の責任があいまいなまま地方を切り捨てをしていくという中においては、体が大きくなっても、体が小さいままであっても、それは恐らく皆さんが受ける試練と、あるいは覚悟というものは同じだというふうに私は少なくとも思っています。

 そして、この松島さんがおっしゃるように、国策を決める人というのは、なぜ長野県が、信州が138人、来年度は恐らくそれを大きく上回る人たちが町村に駐在をして、駐在をするのは県が監視をするということではありません。その町村の役場の人と一緒になって、そこでより少ない金額でもより充実したサービスができるさまざまなアイデアを教えてもらうということです。そして、それを教えてもらうことが全国4番目の広さの長野県の他の地域にも、長野県が押し付けるのではなくて、こういうかたちの行政サービスの良いかたちの向上が、スリム化がありますよということをお伝えしていくことだと思っています。

 県庁舎の中にいると頭で考えるようになります。常に国のほうを見るようになります。でも、国のほうを見てやってきたことが、結果的に、私は今のイラクになる前から日本に多くの不幸をもたらしてきたと思っていますし、先ほど申し上げたように、お上のすることは致し方ないと思うのではなくて、お上に逆らうというようなことではありません。

 私たちがより人間的に生きていくための、それは大きな覚悟でもなくて、人間が人間でいることの喜びを私たちが得られる私たちのコミュニティ、まちづくりはどこにあるのかなということを、いま一度皆さんがお考えになるということだと思います。その上で、皆さんが選択なさる道は、いずれも極論をすると、先ほど言ったように、甘い道ではないと思います。そして、もしかすると、そこで一人ひとりが本当に規模とかそういうことにかかわりなく、きちんと自分が発言をして、きちんと自分が提言をして、きちんと自分が参加をしていくということができれば、それは、いずれの道も厳しい道ですけれども、あるいはそうした努力の意識が皆さん一人ひとりにきちんとあれば、いずれの道も私はそこには開ける可能性はもちろんあるとは思っています。

 ただ、長野県は、先ほど申し上げたような、幾つかのプランというものを示して、また、それに賛同をするというよりも、それを提示する前から同じような思いであった幾つかの自治体というものは、この広い県内には存在しているということだと私は思います。

 いずれにしても、大変、今日このようなかたちで皆さんに長野県、信州の取り組みということをご説明することができたことを大変に嬉しく思っています。

 私たちは、職員に常に申し上げていることはですね、職員の中には、こうした法律があるからできませんとか、こうした前例がないからできませんとか、こうした制約があるんですということを言う人がいます。でも、私たちは誰のために生きているのかということです。法律は誰のためにあるのか。法律を維持するためにあるわけではないと私は思っています。法律を破ろうなどと私は言っているわけではありません。しかしながら、いつの間にか、法律を維持するために新しい法律ができたり、行政も、最初に農業開発公社を作った時には、それにはそこの理由があったと思います。林業開発公社を作った時も理由があったと思います。けれども、いつの間にか、その組織を維持するために施策を新しく作ったり、維持するためにお金を出したりということがあったかもしれません。

 私たちは、常に法治国家に暮らしていますけれども、でも、そこに構成している一人ひとりの人が、先ほど申し上げたように、仮に今の先が見えない借金があっても、少しでもこれから生まれてくる人や、あるいは近くの老いている人に、この地域に生まれ育って良かった、あるいは移り住んで良かった、あるいは戻り住んで良かったと言える誇りを、唯我独尊ではなくて持てるような、私はコモンズを皆さんと一緒に作っていきたいと思っています。そして、そうしたコモンズが数多く長野県内に存在することによって、そしてまた隣のコモンズのより良い行いを学ばせていただくことによって、この日本列島の背骨に位置して、この美しい自然や、美しい農作物や、そして何よりも非常に勤勉であって、誠実であって、そして向上心に富んでいる信州の人々により多くの方々が魅力を感じ、訪れてくれたり、また一緒に移り住んで支援をしてくださるようになるのではないかと思っています。私はそうした大変に誠実な県民に支えられて、このような至りませんが、県政運営を皆さんと共にやれていることに大変感謝をしていますし、誇りに思っています。そして、今日は多くの方々にお集まりいただき、このような時間を設けることができたことに、改めて感謝を申し上げたいと思います。どうも本日はありがとうございました。

 

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