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最終更新日:2004年08月01日


4月9日 部長会議録


H16(2004).4.9 10:00〜11:20
第1特別会議室


出席者:知事、出納長、経営戦略局長、危機管理室長、企画局長兼住宅部長、総務部長、社会部長、生活環境部長兼林務部長、林務部参事、公営企業管理者、企業局長、教育長、教育次長(2名)、警察本部長、副出納長、経営戦略局参事(2名)、地方事務所長(7名)
欠席者:副知事、代表監査委員、農政部長兼土木部長、産業活性化雇用創出推進局長、佐久地方事務所長、諏訪地方事務所長、松本地方事務所長

【議題:ゼロ予算事業について】
(田中康夫知事)
 各部でやっての、自分たちが思う効果のABCとか、参加した地域住民からの反応のABCとかは調べてないのですか。逆に、フリーディスカッションで、15年度に行って非常に効果があったと言ったけれども、住民の意識が違ったのでできなかった、自分たちの熱意がなかったのでうまくいかなかった、意識も熱意もあったのだが全体として時期尚早だった、時期遅れだった、時代錯誤だったなど、もしあれば各部局長が把握しているでしょうから何かありますか。それらを踏まえた上での16年度の事業なのでしょうが。あるいは、とりまとめをした政策秘書の人たちは担当したので認識があるでしょうから、政策秘書から発言を許しますがどうですか。

(松林憲治経営戦略局長)
 私の方でも見させていただいた中で、総務部の事業の中には実際に数字としてあがってきているものがあります。休日に納税窓口を開設して、ここには具体的に昨年度よりどのくらいプラスになったかは書いてありませんが。

(田中康夫知事)
 経営戦略局のとりまとめた人は誰ですか。その人は把握しているでしょう。

(政策チーム 野崎真主査)
 私の方でとりまとめをさせていただきましたが、資料では15年度の効果と、その効果が16年度にどのように反映されているかが分かりにくくなっておりまして申し訳ありません。

(田中康夫知事)
 これは次回まで猶予を与えます。各部局長、地方事務所長も、非常に良かったものと、違ったというもの、それを踏まえて16年度でこれが充実して出てきたというものを報告してください。宮津さんと野崎さんで責任をもって行って、松林さんに報告して、松林さんは次の部長会議の一日前の午前中までに報告してください。次回、話し合いましょう。

【議題:構造改革特区・地域再生の取組みについて(長野県の進め方)】
参考:http://www.pref.nagano.jp/keiei/seisakut/tok-pac/tiikiindex.htm
(宮津雅則政策チームリーダー)
 資料に基づき説明

(田中康夫知事)
 常にキャッチフレーズとして出てくるものは、国も大変に起承転結の起は上手だということですね。道路問題に関して委員長代理を務めていた田中一昭さんが言っていますけれども、この地域再生というものも構造改革特区というものも、国が起承転結の起だけ言って終わりにしようと思っているのであったら、逆にこれをいいように使って、承転結じゃなくて承転転転・・・転を永遠に続けて、結どころかそれ以上のものにするということにいいように使うという発想がないと、これも啓蒙・啓発活動や選挙目当てのやっていますというポーズになってしまう、国の制度に汲み伏すということだと思います。宮津さんが説明したけれども、宮津さんの個人の意見として、これをどういう風に生かすのか。この説明会を聞いて満足していただいてしまうのではしょうがないので、美麻村でも町村に研修派遣の根橋君が行き、麻のいろいろな手続きの申請を特区にしようと、彼が一緒に村の人とやってくれているというのは、良い意味で、国の創った制度を自家薬籠中にするということだと思うのです。

(宮津雅則政策チームリーダー)
 前回の中でも話しましたが、今回の地域再生の中で一番使いやすいというのが、国の補助金が入った施設の目的外利用がこの計画を作ればできるというのがありまして、県の中でというよりも各市町村においては使えるのではないかと思っています。例えば、ウルグアイラウンドの対策で造った大きな施設を違った目的で使うとか、そういうことが可能になってくると思います。是非これを市町村にもう少し空いているような施設をもう少し有効利用ができるのでないかとか、そういった形でこちら側からきっかけを作って、売り込みをして、違うような方向で使うことができてくれば、随分と変わってくるのではないかと思いますので、県の職員が市町村に行って、こう変えたらどうかと売り込むことをするきっかけにしていただければと思います。

(田中康夫知事)
 あわせて市町村コンシェルジュが分かる人がいれば説明してください。

(北澤義幸行政システム改革チームリーダー)
 市町村コンシェルジュでございますが、ゼロ予算事業の冒頭にも16年度実施予定ということで載っていますが、職員の改革チームの中で検討しておりまして、県から3名位のグループ・チームを作り、希望する市町村に出向いていって、いろいろな意見交換をしたり、あるいは市町村の抱えている悩みを一緒になって共有しながら考えたりしながら、施策に反映していくということを「市町村コンシェルジュ事業」という形で考えております。出向いていくという方向になりますので、行く職員も希望をとりまして、お見合いしながら相対して、出向いていくということで考えております。今、お話がありました地域再生についても、県の施策というものを市町村の皆さんにもお知らせして、連携をとりながらやっていくということで、各部局や地方事務所の方からも広く働きかけをしていく必要があるという中で、市町村コンシェルジュの皆さんも施策を通じてそれぞれの市町村と連携を図りながら周知徹底し、一緒になって考えて進めていくという制度を、16年度ゼロ予算事業で考えているということです。詳細等が固まりましたらお示ししたいと思います。

(行政システム改革チーム 轟寛逸主任企画員)
 現在、改革チームのメンバーが市町村に営業に出向いておりまして、市町村コンシェルジュという事業を始めたいが、ご希望があれば派遣させていただきたいと営業に歩いております。その中で具体的に希望する市町村の名前が挙がってきますので、今度は職員に対して、この市町村に思い入れがあるので是非行きたいという人を募って、コンシェルジュとして派遣したいと考えています。

(田中康夫知事)
 去年、職員の中でサミットセッションという形で議論してきた人たちから出てきたことです。彼らともこの間話したのですが、部局長が一人、課長が一人、現場等の担当者が一人ということで三人一組のユニットを作って、市町村コンシェルジュ、と言うので、それではその人たちのスケジュールを詰めるだけで日が暮れてしまいます。私が考えているのは、今回もフラット制ということは、決裁の数を少なくしようとか、そういうことだけではないのです。よく私は行政に来て、「創意工夫」とかそういう言葉を労働組合の人も行政の人もよく使いますが、創意工夫というのが真の意味で「飛び出す絵本」になってくれないと困ると思うのです。一人ひとりの職員が自分は例えば林務部にいるけれども、ここのこういう景観のことって、もっとこういう風に地域でやればいいのにと思って、その地域に行って話をしているうちに、その人は林務部にいるけれども、この地域にどっぷりつかってやりたいので3ヶ月くらいは林務部と兼務、というのを知事なり部長から発令するのではなくて、自分から申請して、住宅部なのか経営戦略局なのか土木部なのか、そこにも名前があって、その名刺も使え、その地域に行け、やっているうちに市町村の職員とも意気投合して切磋琢磨して地域の人もインボルブしてやっていって、1ヶ月半くらいで目処がついてきたので林務部に戻るよ、あるいは、もっとどっぷりつかりたいのでここで住宅部に移してくださいと言えば移っていけるというような形がとれないかなと思います。常に上司から命令されてやっているのではなくて、自分が思っていることをフレッシュ提案という形だけではなくて、フレッシュ提案がもっと行動していけるようなものにならないかなということを思っているのです。それをやっていくと、チームの人数がでこぼこしてしまうので、仕事ができませんと言いますが、これは職員の資質というものを信じるならば、これだけ優秀な集団はない訳であって、本来の持っている資質があれば、決裁を含めた事務処理作業のクラーク的な仕事というのは、人数が一人増えようが減ろうが、皆で補わなくてはいけないし、それは十分にできるだけの素養をもっているという前提の上で、フラットということを言っているのです。そういう素養がないと組合の人が敢えて自ら吐露されるのであったら、そういう素養のある人によって業務がとって代わっていけるようにならないと、これは県民にとっての大不幸になるということでして、素養がないという人は遅まきながら35から手習いを始めていただくか、別の自分の歩みというものを選択してもらうのかということです。市町村コンシェルジュと地域再生の取組みというのは、非常にリンクして、自分がやりたいということを皆が営業マンになってやっていけるということに、各部局長は意識をして、また各職員が意識をして行ってもらえるといいなと思っています。
 下伊那の町村会から先日提言がきて、もともと下伊那の町村会は市町村派遣の職員を駐在員という意識で市町村に住んで行ってほしいと言ってきています。今後、私の考えですが、建設事務所が15あるのでそれの統廃合をどうするとか、10の地方事務所を総合現地機関化するのかしないのかとか、こういう話に終始してしまうと単に箱のデザインの話なのです。そんなことを言うと、建物の中に保健所も入っているのですから、既に合同庁舎の中で総合現地機関化しているかもしれない訳で、単に組織上で蛸壺になっているという話になってしまいますし、産業廃棄物に関して言えば、生活環境部と保健所がもう一緒にやっている訳ですし、統廃合、総合現地機関ということがそういう言葉ではなくて機能しないといけないと思っています。例えば、下伊那地方事務所の場合と上小地方事務所の場合では、地方事務所の面積ということではなく、そこのそれぞれのアイデンティティやDNAが違いますから、私は例えば下伊那の場合に、飯田建設事務所の南部支所というのが天龍村にある訳で、阿南町にいくつかの保健的な支所があり、そうすると下伊那の西南部というところは下伊那地方事務所と対等ではないかもしれないけれども、直結の下というのではなくて、斜め横くらいの付置室的な感じで、北海道開発庁みたいなもので西南部を担当するような支所というものがあってもいいのではないかという気はするのです。根羽村は、私は南部だと思ったら、下伊那の行政区分では西部になるのですね。ただ、私は県境のボーダー地の、飯田市を向いてしまっている上村を、そうではなくて上村、南信濃、天龍、売木、根羽、そこに阿南が入るのか泰阜が入るのかは分かりませんが、ボーダーと思われていたところにこそ活力を設けていくことが全体として、県庁中心主義であった地域に何年か何十年か後にエネルギーで戻ってくるということもあると思うのです。そういうことを議論する地域振興準備グループというものを作りたいという風に下伊那の町村会は言っているので、来年度の組織改変前に、市町村の派遣職員が下伊那では駐在員という、名称は正式には決まらなくても、そういう意識になっていただき、そして地域振興の準備のグループというものも、地方事務所で若い職員あるいは非常に経験を積んだ老齢な職員の3人くらいと、下條村や根羽村の職員を入れて5、6人で議論するチームを作れればということを、下條の伊藤村長が言っています。それはその他の地域で、例えば佐久は非常に広いかもしれませんが、佐久は地形的に非常にフラットですから、その意味で言えば、小海町あたりなのかは分かりませんが、単に佐久が広くてそこに臼田建設と佐久建設があって、佐久ではなかなか平賀バイパスが進まなかったのに、臼田では田口バイパスはとてもよく進んでしまったというようなことを変えるために単に建設事務所が合併するのではなくて、佐久の場合も南の方に、ある部分は小海の辺りに下伊那の西南部とは違う形の支所機能があって、そこでも活動ができるとか、そういうことを議論していく時に、これも私の頭でしか考えていないことかもしれません。ですからその意味では地域再生の取組みや市町村コンシェルジュというものを大いにアクティブに上半期に活用していただくことによって、行革チーム等が議論している組織等のものが、逆にそこで積み上げたものを良い意味で秋の段階でうっちゃり型で大きく軌道修正しても、結果として揺らぐことがないというものにつながっていくと思うのです。そこを是非部局長には意識してもらいたいと思います。

【議題:平成16年度 組織改正について】
参考:http://www.pref.nagano.jp/soumu/gyoukaku/soshiki.htm
(松林経営戦略局長)
 資料に基づき説明

(田山重晴企画局長)
 これは案の段階ということか、決まったということですか。

(田中康夫知事)
 いくつか新聞の切り抜きがありますが、読売新聞に昨日から始まった金融再生の1回目、2回目があります。1回目は前にもいくつか資料をお配りした、りそなホールディングスの細谷氏が行っている孤高の改革を書いてありまして、5段目に書いてあるあたりは非常に面白いというか、今回、三井・住友銀行でも品川支店長に33歳の男性がなりましたけれども、2回目はUFJホールディングスの話ですけれども、UFJホールディングスの役員会というのが、取締役8人のうち4人が社外であり、リコーの会長の浜田さんという方がいますが、浜田さんが役員会の場で議論して変えてしまうと。これは前回、青山さんが提言をしたことを、信濃毎日新聞は何か青山氏の反乱であるか、青山氏と部長会議や知事との齟齬であるかのように喜んで書いていましたけれども、私はあのような形はとても良いことだと思います。この議題に関しても、松林さんが説明したことを含めて意見があれば話すということです。

(青山篤司出納長)
 これは報告事項になっていること自体がおかしいのです。どうして議題にしないのですか。報告事項は決まっているってことでしょう。そこをちゃんと整理しないと今のような企画局長の質問が出てしまう訳です。

(田中康夫知事)
 逆に言うと報告事項と分けていたのがどうかと思います。昔、私が知事に就任した時には部長会議は月に一回だったのですが、出てきて最初がスキー客の入り込み状況が報告されていて、皆さんも働きかけてくださいと言ってそれで終わってしまいました。議題なり報告なりしたいことで一括したらどうですか。進行は私がしますが、ただ皆さんの中でこれを先に優先的に話してよと、先程のゼロ予算事業も事前にメールでもらっていて、昨日高速バスの中で見てもいるのです。皆さんが画面上でメールで見た時と紙で見た時と、私が紙というのは実はデジタルだと言っているのはその点がある訳です。紙の方が後ろから途中から見られるのです。映像は最初から最後まで見ないと分からないですし、逆からビデオを見てストーリーが分かる人はいないのです。紙は1ページ目と5ページ目とあとがきだけ見れば分かるのです。こうして見た時に、欠けているなと思ったのです。評価が付いていないのが分からなかったのは私の至らなさかもしれませんが、あの画面の中に拘泥してしまうのです。その意味で言うと、部長会議のところで載っている時に、シークエンスとしてあるいはその経営戦略局としてプライオリティでこういう順番で並べたかもしれませんが、皆さんは各ボードのメンバーですから、経営戦略局はこういうプライオリティの順番にしているけど、これをそろそろ話してよと割り込んで入ってもらう必要があると思います。

(田山重晴企画局長)
 企画局にユマニテ課というのがあり、ユマニテという言葉は辞典やフランスの方にも聞いて、いい言葉で日常会話でも使われている言葉であるということは聞きました。人権擁護、男女共同参画に秘められている、ある意味では高い見地から物を見る場合には出てくる言葉とは思いますが、コモンズ論議で痛感したのですが、コモンズ論議を1年間さんざん議論して、この間の世論調査でも8割も理解をしていないというより、2割も理解しているというような受け止め方をしている訳です。

(田中康夫知事)
 ところが、不思議な世論調査で、コモンズの施策が充実していくことが良いと思う人は4割近くいるのです。コモンズという言葉が理解できますかという二者択一な質問をした時には分からないという人がいる訳です。

(田山重晴企画局長)
 年齢別に見ますと60歳代の人が一番コモンズを理解しています。コモンズは十分論議した結果、そこまで話題になった訳です。いろいろな考え方があると思いますが、課の名前自身については、コンシェルジュ的な要素を込めたものが、つまり名前をしてそこへ人をいざなってくれるような意味を持っていないといけないと思いまして、そうしますとユマニテ課というのは、ユマニテ施策を研究するということをやって、その結果出てくるならいいのですが、突然ですから、言葉は非常にいいのですが、課の名前としてあげるにはもう少し過渡期があった方がいいのではないかと思います。

(青山篤司出納長)
 私も企画局長の意見にほぼ同じです。基本的に組織改正ということで、これからの方向とすればビジョンの位置付けに向かった組織のあり方を創っていこうということでいいですね。そうするとコモンズの原点として、そこにある地域の絆のもととなる地域の歴史、文化、風俗というものを全部ひっくるめた上で新しい絆を創っていこうということでしょう。そうなると、できるだけ課の名前は日本文化、日本の言葉で表して、県民がみてこういうことをやっているなとすぐに分かる名前が適切だと思います。普及・啓発をしていくパンフレットは別だと思います。それは新しい概念を創っていくということで、場合によっては横文字を使いながら先導していくということはいいと思います。ただ、課の名前というのは、県民から見た場合にどこで何をやっているかすぐ分かる形にしないといけないと思います。そうでないと括弧書きにしないと、これでは分からないでしょう。

(松林憲治経営戦略局長)
 今までの男女共同参画課は、1年できて条例も策定し、それはそれでいいのですが、今後、既成の発想を具体的にもう一歩進んで、アクション的に施策を展開していくためには、今までと同じ名前では同じ発想しか出てこないのではないかということを危惧しています。従いまして、職員の意識を変えるということと、既成の概念を一歩飛び出すということで、新しいことをやっていく段階においては新しい名前を付することも必要と考えて、経営戦略局としてはユマニテ課という名称を付けさせていただいたということです。

(青山篤司出納長)
 そうなると、現状の名前の課についても、県庁全体で改革をやっているのですから、今までの課を全部変えるという話になってしまうでしょう。

(田中康夫知事)
 松林さんの説明に一歩足りないところがあれば、今回、人権と男女共同参画、人権尊重推進課も元は同和対策課で、同和対策という限定ではなくて人権であると、その時に人権課ではなくて人権尊重推進だったので、これが二つ統合されたのですから、水環境課、生活廃水対策室ができるように、それは新しいことなのだということが松林さんの説明には足りなかったかもしれません。青山さんが今言っているようなことになれば、今回の部局の中での課の名前の変え方、県民サービスに寄与する部分が大だからという水の部分やこどもの部分も変えないで1年待ちましょうかという話になりませんか。

(青山篤司出納長)
 松林局長が言っていることをやっていくとすれば、現状の名前の所も変えていかないといけないということになってしまいます。話を延長していけば。名前を変えることで意識をもたせて改革していきましょうという説明ですよね。

(田中康夫知事)
 松林さんが言ったのは、2つの人権と男女共同参画が一緒になったのだから、三井太陽神戸にするのではなくて、この場合には新しい名前にしましょうという説明をしただけでしょう。その他のところの青少年家庭課や国際課や林業振興課も全部変えないといけないということを言ってる訳ではないでしょう。

(松林憲治経営戦略局長)
 私の今の説明もきちんと伝わっていなかったかもしれませんが、すべての課においてそういうことを言っている訳ではなくて、人権の部分と男女共同参画が一緒になってできた課です。これを総合的に積極的に次の段階に移っていくためには名称も融合的な形で意識もまた変えていって施策を打っていったらどうかという趣旨です。

(田中康夫知事)
 単に対等合併とか寄り合い状態ではなくて、インテグレートする、ハイブリッドする、漢字で言えといえば超合金化になるということで変えましょうということだと思うのです。

(堀内清司社会部長)
 内部の職員が見れば分かるのですが、外部の県民の皆さんが見たときに、人権はどこで扱っているかと聞かれた時に、このフランス語が理解していただけるかという心配があります。施策や文言の中でこういう言葉を使うのは良いと思いますが、名は体を表すと言いますか、この名称を見たら何をやっているのかということがおおむね県民の皆さんに理解できる方がいいのではないかと私は思いますが、人権はどこでやっているのかという照会が多分くるのではないかという心配があります。

(田中康夫知事)
 昨日、一階で政策秘書の人と話をしている時に、コモンズという言葉がもっと理解されるように広報・告知をしないといけないのではないかという趣旨の意見があったので、私はそれは違うと言いました。そういうことをしていると結果として非常に防御的な啓蒙・啓発になっていってしまうので、今もう膨大な施策がある訳です。県民要望に基づいての予算を組んでいる訳です。世論調査における予算に不満足というのは、ある意味では否決された予算の部分を含めて言っていることだと、でなければ県民要望であるところの福祉・医療、教育、環境とか産業構造転換ということに関して、私たちはすべて付けている訳ですから、そうすると県民はよほどの予算書を見て、私たちが目指している領域の予算のつけ方とは違う予算のつけ方を県の側がしているというところまで全部把握して予算に関して不満足と言っているのかということになります。そうかもしれません。でもそうではない気もします。そうすると、問いの設問の仕方での回答というのは、電話にしても客観的には矛盾を来たしている訳です。問いの設問が間違っているのか、県民の側が質問をした世論調査協会の素晴らしさについていけなかったのかどちらかかということです。そうではなく、つまりコモンズの様々なものというものは、私たちが行う施策がよりアクティブに行われることによって、結果としてこれがコモンズであったのかと、目に見える形が出てきたのがいくつかあったときに、これが田中知事や県が言っていた、部落や集落という言葉を使うと従来の町内会、区会、常会と呼ばれるようなものが開かれて皆で平場で議論しているように見えるのに結果的には上意下達の伝達で常会長が言ったことに口を挟めず、あぜ道を歩くときには時には何だかなあと思うと。そんな世界はもはやないと、志昴会の人たちはこの間ご飯を食べた時に言ったけれども、私は少なくともあると泰阜村の常会に出席していて感じる訳です。それを私たちは、そうした集落・部落という言葉を使っていたのでは意識転換ができないから、私はコモンズという言葉を、宇沢弘文さんも使ったし、使ったわけです。それはコモンズの言葉を理解するのではなくて、具体的な施策が目に見えて出てきた時に、これが集落とは違うコモンズという言葉だったのか、その時にもしかしたら古典的な集落と言う言葉にもう一回再変換してもいいのです。でも、そのときには集落という言葉に関して皆が抱く意識は変わっているということです。今、集落という言葉を使っていっても変えられないと、少なくとも私は思っています。もう一個で言えば、男女共同参画、人権というのは私からすると、特に男女共同参画条例は必要だと思いますが、条例を作ることが目的となってはいけないから、私は男女共同参画実行条例を作ったらどうですかということを議会に言っている訳です。男女共同参画なのであったら、スウェーデンでは育児休暇が1ヶ月は男性がとって、男性が1ヶ月とらなくても、女性は11ヶ月しかこないのであったら、うちは公務員に関しては6ヶ月、6ヶ月にしてみたらどうですかと、あるいは県民も2ヶ月、10ヶ月にしてみたらどうですかというときに、県民も初めて、議員も初めて男女共同参画をお題目で言っているのではなくて突きつけられたときに、そこまで感受できるのか、協力できるのか、あるいはそうではない、理念だけに留めたいのかということが突きつけられるということです。常に突きつけられる県政でないといけないと私は思っています。
その意味で言うと、なぜユマニテ課、人権ユマニテ課という言い方もあるかもしれません。ただその時に、私たちは同和対策課を人権尊重推進課という風に変えたのは、私たちの人権は同和だけではないということを明確に示すことだった訳です。人権ユマニテ課だと私はどうしても今までの人権団体、人権擁護になっていってしまうと思うのです。ユマニテから想像していただきたいということです。ユマニテ課が違うというのであったら、私は「人間課」だと思いますし、もっと言えば、こどもの権利条例というものがありますけれども、日本の場合は権利と言う言葉も義務と権利が二項対立であるかのように思っていて、公共というのが一人ひとりの緩やかな集合体と思っているのではなくて、公=官だと思っているから、官が与えてくれるように言うのが権利で、義務は横だってなってしまうから、人間の権利課と言っても他の地域では想像が広がるのが逆に固定化されてしまうと思うのです。そうすると「人間課」か、しかし人間だけではない、動物も植物もいるのだよという話になると、最終的にもしどうしても日本語でと青山出納長がおっしゃるのであれば、「いきとしいけるもの課」というような名前になさるのがよろしいかと思います。私はそのくらいに、なんじゃこの課はというくらいのものを出さないと、フジテレビが訳の分からない、敢えて言えば卑猥とも言われたようなマークを出した時に、あれは一つのマークかもしれませんが、通常の他のCIというのが統合されたので何か無機質なマークですが、あれは卑猥に見えたかもしれませんが、なんじゃらほいと嫌悪する人もいたかもしれませんし、今、単に皆が飼い慣らされて慣れてしまったのではなくて、あれは一つの意識変換をもたらすためのマークだということです。
大変失礼な言い方をすると、人権尊重推進課の人たちは一生懸命やってきたのですが、どうも男女共同参画課や人権尊重推進課というのが県の中の非常に胸を張って歩けるとか、膨大な予算もあるので権限があるとか威圧的とか、何かそこは日の当たる場所だとか、そういう風には必ずしも思われてこなかった訳です。けれどもそういう部署を作らないと批判があるかもしれないし、それは誰もが大事なことだと思っているけれども、真の男女共同参画とは一体どうなってしまうことなのか、ジェンダーフリーってなっていけば男が子どもを産めるようになる人造改造をすることにまでいってしまうのか、そうではないよという産経新聞があるかもしれないし、そこまでの勇気も朝日新聞にないかもしれないということで、あえて言えば主流ではないかもしれないけれども、そういうものがなければいけないから、そこは尊重しないといけないと言っていたような私たち内部の、腫れ物に触るような感じや遠慮や妙なあきらめというものを、こうした所が変えないといけないということです。つまり、私たちのすべての施策は結果として公共、県民の福祉に、県民の人権の充実になる訳です。とするならば、こういう課がシンポジウムをやるだけではなくて、ここにいる人は「何でも課」だと、前に地球環境課を作った時に「とんでも課」だと私は言いました。何でもできてしまう、その期間においてはここの課の言うことに、もしかしたら道路建設課やあるいは社会部の厚生課も従わないといけないようなことがあるかもしれません。でもそれは真の人権をなされるときには、水平社がそうであったように、そうだと思うのです。けれども水平社が行ったことがあるところまでいったときに、それが単なる目的だけや制度だけになっていってしまうと、その運動というのは変容していってしまうということだと思うのです。だから私はユマニテ課、もしくは「いきとしいけるもの課」のどちらかがいいと思います。

(青山篤司出納長)
 「人間課」でいいのではないですか。

(田山重晴企画局長)
 今の知事の言うことはよく分かりました。分かった上で言えば、名前でありますから何かそこにとっかかり口を必要とする人のためには、「人権ユマニテ課」とか何か最初にあれば、日本語のいい言葉を加えることによってユマニテとは何ぞやという、多少の気配を感じるような何かを付けた方がいいと思います。

(田中康夫知事)
 それも考えたのですが、人権とつくと人権の言葉の固まったものがどうもあるのです。もしそれだとすると「人間ユマニテ課」かもしれないけれども、どうしようかな。私は今皆さんの議論をここで聞いていて突如考えた「いきとしいけるもの課」も結構いいのではないかと思っているのですが。笑いが出るし、おかしいではないですか。おかしな課だから逆に言うと、ユマニテ課よりこちらの方が「飛び出す絵本」になるかもしれません。

(河合博参事<信州の木利用推進担当>)
 昔「すぐやる課」というのができた時に非常に市民としてすぐやってくれるというイメージがありまして、ある意味で革新的な言葉であったのです。私もある新しいものを創る時には新しい概念、新しい言葉が必要だということは十分そのとおりだと思っているのですが、ユマニテ課と言った場合に、馴染みが薄いというのは確かにありまして、ちょっと大和言葉的なことを使っていただければ、私のDNAとしては受け入れやすいので、自分として今思いつきで考えましたのは、「人のあり方課」とか「人としてのあり方課」とか、そんなことを考えてみました。

(三田村順子教育次長)
 コモンズというのは何かをやっていくことで、コモンズとはこういうものだということを示すということで、言葉自体はそんなに問題ではないというのは分かるのですが、お話を伺っているとある意味では県の職員が県民のために何かをやることによって、一緒に改革をしていくという風には聞こえないのですね。やはり中央が地方に押し付けたように、県の職員がこういうこともやってこういうこともやってということで、住民に話は聞いているけれども、例えば、この名前にしても、住民の人は県を中心としてこれから自分たちを変えていくと言ったときに、ユマニテ課とは何だろうとやっぱり思うのです。確かに啓蒙したり啓発したりする時には新しい言葉、新しい概念は大事なのですが、普通の県民の人たちは、県庁は何をしているのだろう、こういうときはどういう所に相談すればいいのだろうというときに、ユマニテ課というのはよく分からないし、「いきとしいけるもの課」とか、そういうような自分にとってとっかかりのある言葉の方がよくて、他のところは非常に分かりやすい言葉になっています。例えば、信州ブランド戦略チームとか。ここだけ一つ浮いてしまってさっぱり分からない、あまりに抽象的すぎて、私は県民の皆様に不親切だと思います。

(瀬良和征教育長)
 いろいろな思いがあると思います。ユマニテ課という名称を使った場合に、県民もそうですし県職員もそうですし、コモンズもユマニテもそうですが、やはり必ずしも適切な日本語に当てはまらないものがあった結果だと思うのです。コモンズとかユマニテという思いをどういう形でもって、実際の県政の中で求めていくかということになる訳で、確かに県民にとってみれば最初はとまどいがあると思うし、分かりづらいところもあるかもしれませんが、ある年数が経てば、結局そういうものが市民権を得るということもある訳で、いわゆる当初の分かりやすさを大事にするのか、これからもっていこうとする思いとか理念というものを大事にするかによって意見が分かれると思います。私は今の県政が置かれた状況や全体の状況を見ても、ある面では分かりにくさを乗り越えながらやらなければ、実際の改革は進まないのではないかという風な思いがありまして、実は私も教育委員会に来た時に、かなり課の名称についてもこだわったのですが、どうしても変えられない名称もありましたし、また、少しずつ変えていかないといけないというものもありましたが、私とすればどちらに重点を置くかということで、ユマニテ課というものも徐々にそういう思いが県民に伝われば、定着してそういうような名前が変わることによって、ある面では物事が動くことに大きな力があるのではないかと思います。

(田中康夫知事)
 人権男女共同参画というのでは、単に寄せ集めただけですのでいくつか考えてほしいと行革チームに言ったのです。ある意味では、ユマニテ課を提案しておいてずるいと言うかもしれませんが、ここの場の人にも行革チームの人にも、ユマニテ課というのはどうなのかということによって、単にそれに反発するのではなくて、発想の転換をしてほしいと思ったのです。私はユマニテ課がいいかどうかということも、今日もバスの中でもずっと考えて、朝起きた時にはやはり人権をつけた方がいいかなと思って、でも昨日寝る時には人権とつけるとそれは先ほど言ったような人権という呪縛した言葉に引きずられていってしまうと考えていました。ただ、このようなユマニテという言葉を出さないと、皆さんがこの課に関して議論していただけないと思ったのです。みんな考えてきたのは「人にやさしい〜」とかなっていたりして、一生懸命考えてくれたけれども、その意味で言うと今私は自信をもって言えるのは「いきとしいけるもの課」がいいのではないかと思っているのです。意味は分かる訳で、これをふざけていると言う人は、永遠に今までの行政の上意下達的な堅苦しい言葉で、これはやはり手弱女だと思うのです。手弱女のしなやかな力強さがこの課に持つということで言うと、私は「いきとしいけるもの課」と、漢字をどう使うかというのはこれから議論しなければいけません。

(瀬良和征教育長)
 ユマニテ課の由来は、ヒューマニズムなり人間らしさとか人間性と言われました。「いきとしいけるもの課」というのは、人間だけではなくて森羅万象がそうであると、言ってみれば「ありのまま課」とか「らしさ課」とか、そういった感じですよね。ありのままをそのまま受け入れるとか引き伸ばすとか。

(田中康夫知事)
 日本で言う市町村の個性化は、今のこの市町村でいいですよ、議会で障害者の話の時に、君は今のままで、ジャスト・ザ・ウエイ・ユーアーでいいんだよ。そうではなくて君がより人間的になるために障害をもっていても何ができるか、それを私たちは一緒に歩むのだということが障害福祉には大事で、「ありのまま課」というと今のままで、前回配った寺島実郎氏がスマップの歌について書いていたことと同じ気がします。

(松林憲治経営戦略局長)
 ドイツ語で言うと「ザイン」の世界なのですよ。「ゾレン」がいいとは言わないけれども、「ザイン」だとそれは現状、そのままという感じになってしまいますね。

(田山重晴企画局長)
 私の言葉の響きからすると、知事の言った「いきとしいけるもの」というのは仏教的なことですから、フランスのユマニテではない概念だと思います。むしろ「人間ユマニテ課」ならしっくりいくと思いますけれども。

(田中康夫知事)
 「いきとしいけるもの課」と言ったら、またそこで宗教的な概念を県に持ち込むことはいけないと言ってくれる人がいれば、それはそれで良い意味での物議をかもして、この課が注目されてこの課の人がよりさらされて、それを上回るものをやらないといけないという気もするのです。人間ユマニテ課というのもあるのだろうなという気がしていますが、そうした時には今度はカタカナだということで、思考停止なってしまう人、そして人間と入っているので逆に人権よりはもう少しやわらかいかもしれないが、人間を扱うのか、「森羅万象課」では林務部なのかなと思ってしまうし、教育委員会の歴史部門かなと思ってしまうし。

(瀬良和征教育長)
先ほど「ザイン」と言われましたが、今のままということでなければ、人間進化・・・進化というのは使いたくないですね。能力開発課とか、それも何となくですね。人間性をアクティブな形で入れたいとう感じですが。

(岡弘文警察本部長)
 やはり人権にしても同和対策の延長から進んで、さらに知事はもう一歩先に行こうとしておられるし、男女共同参画にしても雇用機会均等や男女平等を超えて共同参画が出てきて、さらにもう一歩先に行こうとされている訳ですので、ありきたりの言葉で上手く収まらないというのであれば、かえって端的に人間とか、人間だけだと方向性が出ないのであれば、人間尊重だとか、やはり日本語の方がわかると思います。フランス語までいってしまうとちょっと分からないので、「人間課」か「人間尊重課」という直感はしました。

(田中康夫知事) 
 私の感じとしてですね、硬い感じにしたくないのですよ。肩肘張って「おいらたちはすごいことをやっているんだぞ」というのではなくて、正にコモンズというのはあなたが人間として、じいちゃんやばあちゃんや子どもが思うことをやるということでしょう、私たちの施策は全部。その意味で言うと、本部長の言われた人間課というのはとてもよい意味でやわらかい思いであろうと思うのですけれども、比較的人権問題とかに関わっていて、NPOとか意識が高いと自分で思っていらっしゃる人たちは、人間と言ったときに非常に崇高なるものとか絶対不可侵のものとか、そんなことを言うと「いきとしいけるもの」もそうかと言われてしまいますが、でもこの言葉は今までの課にない感じで、3回くらい言ったのに笑う訳で、これは私は大事ではないかと思うのですけれども。

(岡弘文警察本部長)
 私たちの世代では、ユマニテはどこかの機関紙のタイトルだったような記憶があります。

(田中康夫知事)
 だから私はユマニテの言葉がフランスで使われる場合の広がり性を考える訳ですけれども、日本でくると合唱団であったりして、そういう感じが強いですね。

(田山重晴企画局長)
 人間ときてユマニテなら、そこでおっと思わせる部分がありますから、ユマニテだけでは何かとっかかり口がない気がして仕方がないのです。カンヌ映画祭で賞をとった映画の題名でもありますが。「人間ユマニテ課」がよいと思います。

(田中康夫知事)
 それでしたら私は「いきとしいけるもの」を是非。

(田山重晴企画局長)
 お経でも読まないといけなくなってしまいます。

(宮尾弘行総務部長)
 人権というのはヒューマンライツと英語で言いますが、もう一つ、動物もという話はアニマルライツという言葉がありまして、どういうことかと言いますと、医学的な実験でやたらとサルなどを使って、命を縮めたり落としたりするのは非常にまずいという発想の言葉です。私は頭の中で、ヒューマンライツとアニマルライツを一緒にしたような上手い表現があればいいなと思いました。ユマニテは私も知らなかったのですが、いわゆるヒューマンライツのヒューマンに当たるのではないかと、ヒューマンという言葉であったらヒューマニズムとかの言葉で馴染みが多いから「ヒューマニズム課」とか「ヒューマン課」とか、そういうものであれば「いきとしいけるもの」という感じを表現して案外一般的にも分かりやすいという感じはしました。

(田中康夫知事)
 私は当初からユマニテ課にこだわっているのではないですが、ヒューマンライツ課とかヒューマニティ課と言うと、やっぱり日常に使われているから単に英語だとかアメリカ文化が好きだからではないということではなくて、ユマニテだと異物が突如入ってきた感じなのですよ。今回の外部任用で採用している人たちも良い意味で異物であることがとても大事なことであって、それで使ったのですが。そうやって考えると誰かの歌ではないですが「人間なんて課」というのもありますよ。人間なんて、なんてなものなんだけど、だからなんてなものじゃないものにならなきゃなというところが、私が思うところの弁証法だと思うので「人間なんて課」。

(瀬良和征教育長)
いろいろな意見を出して申し訳ないのですが、企画局で地球環境課を作られましたが、地球というのは正に生命のもとだということで、すべての環境の問題を扱うことになったわけですが、いわゆる21世紀はすべてとの共生という概念があるので、生命というものとすべてが共生するという意味で「生命共生課」とか。

(田中康夫知事)
 だんだん凝りすぎていってしまうようで・・・今日決めないといけないのでしたか。内示の関係上ということですか。内示の時には(仮称)課としておいて、主として人権や男女共同参画を従来の概念を超えて扱う課でありますと書いておいて、もう少し考えるかですが。

(青山篤司出納長)
 私は県民サービスを考えていった場合には、県民に分かる名前をつけてもらいたいという極めて単純なことを言っています。じいちゃん、ばあちゃんが分かる程度の名前であってほしいのです。

(田中康夫知事)
 そんなに県民は県の本庁舎の中に電話をかけてきてこの課は何をやっていると知ると、そこで安心するのですか。そこで安心しているとコモンズに参加していくことにならないのではないですか。課の名前を見てそこで安心していて
こういう仕事をやってくれているのだったら、突拍子もない県知事のもとでも
律儀で一歩一歩やってくれているというので安心しているのだったら、そんなものは意味が無いではないですか。

(青山篤司出納長)
 安心しているのではなくて、人権や男女共同参画とかの施策はどこでやっているのですかと言ったときに、なからここでやっているのだという検討がつく名前にしてくださいということだけです。

(田中康夫知事)
 県民から見たら、敢えて言わせてもらえれば、それは社会部の厚生課であろうと思いますよ。普通、社会部だって思いますよ。企画局にそんなものがあるとは思っていないですよ。企画局はこれは継子扱いでよい意味で非嫡出子のように生まれてきた訳だから、ここはインキュベーターにならないといけなかったのがいつのまにか国が言うとおりの企画課の企画係の人が言う中期何年計画とか国の情報統計をここで一元的に持っているとか、そういう下働き的な内容をやっているにも関わらず、何となく企画局にいるとかっこいいかなって昔の非常にクラシカルな組織の中では思っていたというのがあって、やはり企画局が「とんでもインキュベーター局」にならないといけない訳です。

(青山篤司出納長)
 だとすれば、ユマニテ課といった場合についてどういう企画をやっているのかが県民に分かりますか。企画局に置くということは、企画をやっている、情報政策をやっている、交通政策をやっている、ユマニテの企画をやっていますと言ったときに、およそ県民から検討がついて分かるようにしてもらいたいということです。

(田中康夫知事)
 私は逆に違って、人権とか男女とか何をやっているか分かるということになると、従来の概念に拘泥していってしまうということです。逆に言えば、この課はなくてもいいとも言えるのですよ。すべてのやることが男女共同参画であったり、人権の促進なのですから、他の全部のところがみんなそういう気持ちをもってやっていれば、こんなものはもしかしたら総務部に統括管理係がいれば済むことかもしれません。なくてもいいのです。なくてもいいのですが、良い社会にするためにはなくてはいけないのであって、なくてはいけないものならば、逆に私は今までの発想を越えた名前にしないといけないということです。直接もしその県民が従来の概念の中で人権のことはどうなのよということなら社会部に電話をかけてきますよ。分からなければ「県民のこえ」ホットラインに来ますよ。あるいはコールセンターというのだって分からないかもしれないし、秘書というところにかけてくるかもしれないし、交換台にかけてくるかもしれないし。とすると、こういう課は、地球環境課がまだ上手くいっているとは言えないと思いますが、そういうもので始めていかないと、所属された人がたまたまここに所属されてしまったというのではなくて、個人の人間として考えてこういうものをやっていこうと動き出さないということなのです。これはもう認識の問題なので、私のこういう考え方が分からないという人は分からないし、分からない人は劣っている訳でも何でもないし、私の方が優れている訳でも何でもないし、逆に言えばこんなことを言う私が人間としていかがかと言われるのも、これは人権侵害になる訳でありまして、と私は思うのです。ですから、先ほどの市町村コンシェルジュも、私は対等だとか言うのではなくて、良い意味で権利義務なんて言葉を超えた楽しい仕事を皆さんがやらないといけないということなのです。楽しい仕事をしているのが県の職員の組織で、楽しい仕事をしているから、それに一緒に入っていきたいというのがコモンズになっていくということですから、楽しいというのは身内の楽しさではない、ドキドキわくわくすることをやれるという人がここにたまさか配属された人もこの課の中で良い意味で考えていけるような場所になるべきだと思います。ここの課が本来いろいろな事務業務として、許認可としてやることは他のところでもう既にやっていることなのですから、それをバブル期に何でもしていいですよみたいな伊藤園とかそういうところに置いて、10年に一個アイデアが出せればいいよと言っていたものよりは、もっと今の時代的なものとして私は必要だと思うのですけれども、あまり私の意見には賛同する人がいないのか、黙っているのか、青山さんも不愉快そうだからこの辺で今日は止めます。別にコピーを配ったのは私のインタビューが載っているのがということではなくて、私の考え方を皆さんにも理解していただくためということではあります。

(青山篤司出納長)
 これはしかし、小林参事さん、決めておかないと困るでしょう。

(小林公喜経営戦略局参事)
 決めてもらった方が人事の作業的には内示がありますので、最終的には規則改正がありますので4月30日までに決裁をしていただく必要があります。

(青山篤司出納長)
 人事異動の内示のときの課の名前が案だというのは、職員にとっておかしいですよ。ちゃんと名前を決めて、ここの課へ行くのですよという内示をしてあげないと。

(田中康夫知事)
 その辺は私が活字であったり雑誌の編集者と付き合ってきたからだと思いますが、新聞社ではなくて雑誌と生きてきた人だからだと思いますが、最終段階で見出しは変わりますが、やる方向は明らかになっていて、共有をして記者も編集者も整理の人も営業の人も動いているのですが、ただそのように仰るのであれば、今日のここの議論で、まあ最終決定者は私だから私が決めていいのだとあなたのみならず他の人も言うのであれば、それは決めますが、ただ私はそれだけ今議論が白熱したから、今聞いたことをお昼ご飯でも食べながら考えた方がいいと思いましたが、課の名前というのは今までので言うと、この中にあるUFJホールディングスの役員会は、私がやっていきたいと思っていることなのですが、一応、臨時部長会議を開いて決めないといけないのですか。組織のしきたりがそうなっているのでしたら、今日これ以上議論していても他の皆さんもご予約があるでしょうし、来週もう1回開いた時に決めますかと言っている訳です。

(小林公喜経営戦略局参事)
 課の名前は、一応予算を決める時の組織で従来は決まっていましたから、その度に部長会議にかけるという形のものはなかったと思います。最終的には組織改正で別表に課名が出ておりますので、それは発令する前までに知事の決裁をいただくという手続きが出てきます。今回は5月1日付けですので、4月16日の内示日になりますから、人事異動作業で言いますと、少なくとも5日くらい前、日曜日くらいまでに決めていただければ作業的な部分は間に合います。

(青山篤司出納長) 
 そうだとすれば、今日の議論を踏まえて知事が決めてください。いずれにしても最終決定者は知事ですから。これだけの議論を踏まえて決めていただければと思います。

(田中康夫知事)
 そうしましょう。たくさんコピーを配りましたが、ノーム・チョムスキーとかその辺のは時間がないので次回に話しますが、金融再生は大変に面白いというのと、ジョセフ・ナイ氏のも次回に話します。一点、植松治雄という新しい日本医師会長になった人のインタビューが読売新聞に載った記事です。やはり、この人をよく知っていたからこそ、この大阪本社科学部の秦さんという人は書けたのだと思います。他のインタビューとは全く違うものです。これを読んで是非、私が言っている医療改革、あるいは、なぜ構造改革特区の医療改革に関して途中で変更したのかということを、余裕があれば次回に話したいと思います。浅田彰との対談の中で、西部邁が言っている内容というのが、これは戦争に賛成か反対かというのではなくて、他国で起きた戦争を理由にして改憲や憲法解釈をするのはおかしいと、もっと改憲をするのであれば、胸を張ってちゃんと議論をして、よそで何か起きているからそれの機に乗じて変えるのではなくて、変えなくてはいけないという西部邁の意見というのは、最終的に西部と立つ位置は違いますが、思うところです。
 13日と14日の塩尻分室では、各部局長と個別に懇談をいたします。これは各部局長が協約をしてきていますけれども、協約を始めたということは意義がありました。しかしながら、これがもっと良い意味で変容しなくてはいけません。そこで昨年度皆さんが、ちょうど皆さんが従来の部署を負っていますので、昨年度自分が知事に対して胸を張れること、あるいはちょっと後ろめたい、だけどもしかしたらそこの理由は、自分の能力だったのか、知事の意地悪だったのか、職員のやる気だったのか、県民の関心度だったのか、そのいずれかによってちょっぴりあまり胸を張れないこと、あるいは全く頭を下げなくてはいけないこと、だけども、もし自分がこの部署というものを有機的にするためには、来年こんな飛躍的なことをやるべきだと、実行できるかできないか分からないけれども、こういうことができる部署にならないといけないのだというようなことを紙に書いていただいた上で、それぞれ小一時間、時間をとります。ですから昨年一年間の皆さんが行ったことに関して良く出来たこともなぜ良くできたのか、知事の無関心があったから上手い具合にできたのか、自分の類まれなる才能だったのか、職員に助けられたのか、あるいは議会も無関心でいてくれたから上手くできたのか、議会が関心があったからできたのか、その辺のことをちゃんと、胸を張れること、ちょっぴり後ろめたいというか、まだ発展途上のこと、ちょっと頭を下げないといけないことを書いてもってきてください。

配布資料(抜粋)
○読売新聞 4月8日、9日 「金融再生」、4月2日 「顔」植松治雄さん
○週刊ダイヤモンド 2004/4/10 「田中康夫と浅田彰の続憂国呆談」

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政策促進チーム Tel 026-235-7250Fax 026-232-2637
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