ーこの道化師という仕事の魅力は何ですか?
「僕はおせっかいをするのが大好きなんですよ。人に楽しい気持ちを味わってほしいとか、笑顔を作って欲しいとかっていうおせっかいね。それって人と関わってみたいってことだったと思うんだけど、人間への興味を探求していくのに一番適している、大手を振るっておせっかいができるのが、僕の場場合は道化師だったんだよね。
僕は道化師を始める前も芝居とかをやってたんだけど、大学3年か4年になるときに交通事故を起こして、病院で自分の体に向き合ううちに、身体表現の中で何かを伝えていくって素敵だなぁと思って道化師という仕事を始めたんですよ。
そして道化師という仕事をやる中で地域づくりとか、街づくりとか、暮らしを支えていくっていうことが、道化文化の本質なんだなと気づいて、今自分の目標は人の暮らしをどうやって支えていくかっていうことに発展していったんだよね。
最近僕は“ケアクラウン”という分野に力をいれているんですね。それは笑いとか愛情とかユーモアとかを医療や福祉の分野に取り入れようっていうことなんだけど、笑いとかユーモアってそれでおなかがいっぱいになるわけでもないし、命が永らえるわけでもないけれど、少なくともこの人じゃなきゃだめなんだとか、この地域だから分かり合えるんだなあとかの生きた心地に結ぶつくものだとおもうんですね。
世界各地の道化師って言うのはそういう医療や福祉、教育なんかの暮らしそのものの中の人と人との暮らしを結びつける活動を結構たくさんやっているんですけれど、日本にはそういう道化師はとても少ないんですよ。
それは道化師という仕事の確立が弱いからだと思うんです。日本で道化師を見るのってエンターテイメントのショーだとかショッピングセンターだとかだけで幅が狭いじゃない?海外だとエンターテイメントのクラウンとかスクールカウンセラーを目的にしたスクールクラウンとか紛争地域だけを回っているクラウンとか、あるいはバースデイのためのクラウン。おじいちゃんとかが孫を喜ばせてあげるためにクラウンを呼んで、「ピンポーン」てチャイムで出て行くとリボンを着けたクラウンが立っているみたいな。活動が幅広いんですよ。
日本ではやっぱりそういう部分は手付かずなんですね。だから僕はその部分を広げる努力をしたいなと思っているんですよ。もちろんそれは膨大な範囲なので、後から道化師文化に眼を向けてくれた人に、こんなことも前に試した人がいたんだね、こんなこともしていいんだねって思えるような事を試すのが僕にとっての夢なんだ。
つまり道化師文化をどれだけ日本に根付かせていくかっていうことにすごい夢をもっているんだよね。」
ーこれから職業を選択する若者にメッセージをお願いします。
「就職活動期とか進路を決める時期っていうのは、仲間とかそういうのを見つめなおせるいい時期だと思いますね。追い込まれるところもあるから棚上げできない現実を見つめたり、その結果出せる答えもあると思いますね。だから苦しむんじゃなくて楽しんでほしい、エンジョイして欲しいなってすごく思います。
普通は仕事とか進路を選ぶっていうには全てが決まっちゃう気がするけど僕はそんな風には自分の進路って決める必要は無いと思うんだよね。職業を選択するとか進路を決めるとかそういうのを考えたときに、今ワンチャンスだけなんだって考えると人間緊張して本当の気持ちとか、力が出ないよね。それで弱いところがでたり、小さくまとまっちゃったりすることもあると思う。たとえば 20 何歳の 1 年の 1 シーズンぐらいで、この先 50 年ぐらい先の人生を考えるとか。やっぱり誰もが固くも手堅くもなると思う。
でも僕は人生がワンチャンスなんてことほとんど無いと思っているんです。いくらでも修正は利くし、むしろそのときに全部片付けちゃうんじゃなくて、できることならずーっと悩み続けてくださいって思うんですよ。そうすることによって修正もたくさん利くし、本当に自分のやりたい方向に近づいていけると思うんですよ。
人生を一回のチャンスで決めて、その後何十年の人生を惰性生きていくのと、俺ってどうやって生きていくんだろうって考えながら生きていくのとでは人生の密度がぜんぜん違うとおもいます。
みんな“学生時代は自由だったけれど社会に出るとね”ってそういうイメージを持っているんですよ。でも僕はそれはやり方しだいじゃないの?って思うんですよ。僕の人生において一番不自由だったのは学生時代。学生時代のほうが単位とか先生の目とか、規制があったしね。
今僕は一年のうちかなりの期間をやりたいことやって過ごしているし、そういうやり方もどっかではありえると思うんです。だからメッセージがあるとすれば、『ほんっとにやりたいことがやれるのはやっぱり社会に出てからだと思います。夢あると思いますよ!』ってことですね。」
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