プロフィール
佐久市出身。機械部品メーカー勤務後、飯山養護学校にて寮の職員となる。 1999 年 NPO 法人キープを設立。ボランティア活動として、長野県自然観察インストラクター、高峰高原天文台インストラクターをしている。
 活動内容

障害児・者の地域生活支援サービスを行う民間の福祉事業所を運営している。 障害児・者やその家族に合わせた福祉サービスをコーディネートし、タイムケア、ナイトケア、キープスクール等独自の多くのサービスメニューを提供している。また、これらの事業を伊那・飯田においても展開している。

地域に開かれた、心と心の交流の場

―福祉の活動をはじめられた経緯を聞かせてください。

「もともとは会社勤めをしてたんです。地元の工業高校の電子機械科を卒業しまして、機械部品を設計する工場に入ったんですよね。ずっとパソコンと機械相手に仕事をしてたんです。でも 2 、 3 年仕事をしてると、やっぱり機械じゃないですか、温かみがないんですよね。で、いろいろボランティア活動を始めまして。星が好きだったので、県の自然観察指導員に登録して、夜な夜な星空案内をしてたんです。あるとき、長野養護学校に勤めてる高校の同級生から、そこの子供さんが夜ヒマだから、星を見せてくれっていわれたんです。あいにくその日は雨だったので、屋内でスライドを映写してたんですが、ものすごい歓声で。今までの『うん、星だね』というのとは違って素直に感動してくれるんですよ。心対心の感動っていうのが、自分の中でストンと落ちまして。そこに通いながらいろいろ勉強するようになったのが福祉の世界に入るきっかけでしたね。それから長野にある障害者支援センターのボランティアを経て、飯山養護学校で臨時の職員が足りないってことだったので、勤め先に辞表をだしてそこにいったんです。で、その学校で働いたんですけど、教育と福祉が別々に考えられているのに違和感を感じたんですよね。学校では教育、外にでたら福祉祉っていう。子供の生活とか将来とかを考えたら、どちらも一緒に考えなくちゃいけないのに、懇談会とかで親の方と話しても、そこらへんはすごいギャップを感じました。そのギャップを埋めてたのがいわゆる障害者支援センターだったんです。自分は臨時の職員なのでいつかは佐久にもどらなくちゃいけない、帰るんだったらそういう仕事をしようと思ってこの支援センターを始めたんです。 」

―キープは他の施設とどうちがうのでしょうか。

「戦後からずっと障害者福祉でやってきたのは入所施設ですよね。一ヶ所にみんな集まって暮らせばそれで安泰だっていう。でも社会情勢も変わってきて、人権を主張できるようになって、入所施設でくらすことが果たして本人のためだったかどうかという考えがでてきました。ですからやっぱり地域の中で暮らしていけるんだという仕組みをつくらなくちゃいけないってことで、通所施設が増えてきてるんですよね。今はそういう風に地域の中でくらしていけるシステムが整ってきていますね。

しかし、それだけじゃまだだめなんです。たとえば、養護学校にお子さんが通ってるお母さんがいて、毎日午後 3 時にお迎えに行かなきゃいけない。でも共働きだからそれができなくて、下手すればリストラの対象になってしまう。だから学童保育がここでできないかっていうのがあって、それが一番最初だったんですよ。障害をもってるお子さんのための専門性を学童保育ということで設立しました。それから、お子さんがだんだん大きくなって自立ってことを考えると、土日の余暇支援ですとか、地域での生活の場ですよね。単に家と働く場所の往復ができればそれでいいのかっていうと、決してそうじゃない。楽しい人生や地域での生活を考えると、生活の主要じゃない部分の支援が必要だと思って。 」

―活動の中で大変なことはなんでしょうか。

「生活支援っていうのはご本人や家族の支援もありますけど、周りの方の意識改革が必要ですね。もちろん障害者の方を周りに合わせていく作業もするわけなんですが、それよりも周りの方がその方の特性をいかに理解して、手助けできるかっていうのがすごく大きいんです。

 それと、うちはサービスを有料で提供しているんですが、サービスを買っていただくことに対する意識付けが必要でした。ぼくらとしては、例えばお母さんがちょっと美容院に行くとか、友達とちょっとお茶を飲みに行くとかするときに、お子さんを預けていただくっていう、ごく日常的なところで使っていただければなと思ってたんです。でもお金払って子供預けて、美容院にいったりできないというのがあって。それにお母さんは良くても、周りのお祖父ちゃんとかが『うちの嫁は・・・』とか思ったりして。そういう意識をどう変えていくかっていうのが大変でしたね。

 あとはサービスをつなげていくことかな。障害者の方のライフステージに応じていろんな場面がありますよね。保育園から養護学校、それから就職とか。それを各段階でバラバラにするんじゃなくてつないでいくということですね。うちはいろんな立場の方、いろんなライフステージの方がいっぺんい来るんですよね。だから小さいお子さんをお持ちの方が、うちに来て 20 代の人の生活をみて、自分の子供の 20 年後の姿を想像してほしいっていうか。そういう形でうちを上手に利用していってほしいなと思います。お母さん同士でどんどん交流することが大事ですね。 」

―そういう意味でキープさんは上手く交流できてますよね。

「交流っていうものの捉え方が他とは違うかもしれないですね。施設の方がセッティングして音楽ボランティアを呼んで、みんなで歌ったりするっていうのは、交流のための門をすこし開けたに過ぎないというか。本当の交流っていうのはもっと地域の生活の中にあるものだと思う。普段の世間話とか。ここにいると本当にいろんな人が来るんですよ。近所の子供が押しかけてきて一緒にあそんだり。地域を変えていくっていうのが前提にあれば、地域に対してひらかれた交流が大切ですよね。

 だから、ノーマライゼーションなんて言葉自体がなくなってしまう方向がいいんじゃないかと思います。概念としてはあるとしても、大手をふってノーマライゼーションって言ってること自体がノーマルじゃないですよ。 」