―御柱の森づくり協議会の活動の目的は何でしょうか。
「御柱を切り出す山林を保存して、代々御柱が続くようにという趣旨でやっている。昔、まだ営林署と言っていたのだけど、その営林署が御柱の切り出しを管轄していた。営林署が独立採算制になり、自分たちの給料も稼ぎ出さなければならなくなったものだから、売れる木は全部切って売ろうと、方針転換したんだよね。以前はヒノキを切る時でも、地元の人はモミの木は切らずに残して置いてくれたの。ところが、入札制度になり、地元以外の人がやってきたら、何の配慮もなしに、全部切ってしまうようになってしまった。そこで、我々が会を作って調査をしよう、ということになったわけ。最初はものすごく抵抗があったのだけど、『調査だけでも』とやっていたら、そのうち、民間と一緒にやろう、というふうに風向きが変っていった。」
―その後、どのように会の活動を拡げていかれたのですか。
「まずね、『御柱を育む会』という任意団体を設立して、そこで調査をして、植樹をして手入れをする、ということをやってきた。その後、『森に依存する伝統文化を支援するプログラム』というのがあって、御柱はそれにあてはまるんじゃないか、ということで『御柱の森づくり協議会』ができた。作業の方の実行部隊が『御柱を育む会』で、外部のあちらこちらと折衝して全体的なプランニングをするのが『協議会』。今、一番問題なのが、実行予算はどうするか。で、『御柱を育む会』の方は手弁当で無料奉仕の形を取っている。一番困るのは苗木代。当初は県から出してもらった。その後は、いこいの森基金から苗木をもらって、毎年 50 本くらい植えている。たまたま下諏訪町百周年記念ということで 3 ヘクタールほどモミの木を植えてくれていた。ちょうど間伐の時期だったから、それを抜かしてもらって植えている。去年行ったら、とてもいい状態になっていて、太いもので 6 センチ、細いもので 3 センチくらいになっていた。でも、鹿に食べられちゃった苗木もあった。網で一個ずつ囲ったものは残っている。それでも、食べられちゃった木も倒したりはしない。家のそばの危険なやつは倒すけれどね、山の中のやつは余計な事はしない。」
―森をつくる、木を育てるには何が大事なのでしょうか。
「木にとっての被害、というのはいくつかあるのだけど、まずは動物からの被害。鹿、かもしか、熊、猪など。鹿やかもしかは周囲の皮を食べちゃうし、熊は爪をたてる。次に人間によるもの。つまり、伐採。だから、御柱を切り出す時も森を保全することを考えなければならない。 8 本の木を切り出すなら、それを森全体にバランス良く振り分ければ、伐採の影響は少なくなる。ところが、今は管理上狭い範囲で 8 本切っちゃう。全体の三分の一の範囲内で切ってしまったりする。だから、周りに残した木に急に風が当たって乾燥してしまう、という風当たりの被害が起きてしまう。
平成 10 年が御柱の年で、その前年に伐採をしたのだけれど、平成 10 年の秋に台風がきたら 24 本、つまり御柱 3 回分の木が倒れてしまった。この時だって、 8 本の木を広い範囲にばらばらに振り分けて切っていれば影響は少なかったと思う。その他の自然災害といえば、雷。霧が峰は雷が強いから。それと雨が降ったら土砂。火災はそうはいっても少ない。
今、十分な本数があるから大丈夫、ということはない。そうしたいろいろな被害も想定して手入れをしていかないと。我々の活動は百年後を見据えた活動だから。一回に全部植えちゃうと一度に育って一度で終わっちゃう、ということにもなる。
ある程度の立ち木になると手入れが必要なくなる。今はヒノキの上に抜きん出ているからほとんど手入れをする必要が無い。ただ、欲を言うと針葉樹だけでなく広葉樹がもう少し混ざっていたら良い。植物も長いスパンで考えると同じものだけだと奇形が出てくる可能性がある。病害虫に弱くなっちゃう。混合林にするのがいい。表土流出という面から見ても、広葉樹一辺倒では表土はうんと荒れちゃう。ある程度下に草が出ているような状態の針葉樹だとそんなに流れ出すことはない。」
―「森を育てる」ことと「人を育てること」についてお考えをお聞かせ下さい。
「『森を育てる』というのは辛い仕事だから大変だよ。今の若い人は森の中で遊んだ、という経験知が少ない。我々の子どもの頃は薪を取りに行って山で遊ぶって事があったけれど、今の若い人は木登りもしないでしょ。昔は、縄一本持って山へ行って、小さな木を折ったり枝を折ったりして、山のお掃除屋さんをやっていた。子どもの頃はそれが遊びでできた。だから、今の若いメンバーは、会の活動を楽しみにして達成感を求めてやっている。形として現れるのには時間がかかるのだけれど、『それでも俺たちこれやったんだよ!』といえるものを求めている。今の学校は、そんなことをしてたら勉強の時間がなくなるといって、人間形成にとって大事な部分をやっていない。体験していない事は、たとえ覚えていたとしても理解しているかはわからない。体験してないから身につけられない。
昔は、地域にはガキ大将がいたけれど、今はいない。上のものが下のものを面倒見るという、世代を超えたつながりが無い。子どもでも、大人でも同じ。若い人たちが世代を超えて、体感して体験して育っていく環境ができれば面白い。
子どもを育てるなら、まず外で遊ばせる。それも、できれば爺さん婆さんが大勢いるところで遊ばせる。文化の伝承というのは親から子へ、ではない。爺さんから子へ。親は忙しくてかまってやれない。爺さん婆さんも、自分のではなくて地域の爺さん婆さんの方がいい。自分の家の子にはあまり教えられないもの。地域の方が教えられる。子どもの教育は地域でやっていくものだと思うよ。」
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