―諏訪中央病院は患者さんの視点に立った病院と感じました。運営で注意していることは何ですか ?
「日本の病院は医者や看護士が働きやすい病院を作っている。僕は患者さんが使いやすい病院とは何なのだろうと常に考えてきた。医療の仕事の 95% は、基本的に救急医療と高度医療として命を助けなければいけない。多くの大病院はそこで終わってしまう。だが、残り 5% は体の中に眠っている患者さん自身の治す力を生み出すために、どう気持ちよく、ほっとしてもらえるかを考える必要があり、その観点から病院のハードやソフトを作っている。例えば、4人部屋ではみな窓際に行きたがるので、一人一人の窓を取り入れた。通路は、四角四面ではなく、職員が動きやすく、患者さんに目の届きやすいようにした。それは同時に患者さんも動きやすい通路。だからこの病院は外から見ると凸凹だ。各室には障子を取り入れ、トイレと洗面所を備えた。屋上庭園では、グリーンボランティアがきれいな花を咲かせてくれている。病院の内部に淡い色を使い、案内板の字体まで優しくなるよう気を配った。これらのことで第一回病院建築賞をもらった。しかし、自治体の病院なので、建築費は平均より少し安い。 」
―諏訪中央病院の医療の特色を教えてください。
「『鎌田の医療は先端医療を行わずに、やさしいだけ』などの誤解がある。しかし、医療の根幹は救急医療と高度医療である。いかにして入院期間をみじかくし、痛くなく、救命率をあげ、早く社会復帰をしてもらうか考え、必要な最先端の技術は出来るだけ早く取り入れるようにしている。しかし、それに加えて在宅医療に力を入れて来た。人が病み、亡くなっていくのは悲しいことなのに、在宅医療では不思議な力が働いて、みんなが協力して少しでも悲しみを払拭できる。
日本で多分初めて、病院でのデイサービスを始めた。病院がやれば、抵抗感の強かった住民も利用しやすかったから。そして、回復期病棟をつくりリハビリを充実させたら、施設を点々とするような患者さんの 80% が家に帰ることができた。そこからは 24 時間体制の在宅ケアで支える。こうして、地域の医療費を上げずに、冷たい医療をしないで、病院の経営を安定させるために、老人福祉施設、特養、ホスピス、回復期病棟、 24 時間体制の在宅ケアがある。それでいて医療費は安く、地域は長寿。あるとき、こんなことがあった。脳卒中の患者さんが、リハビリが成功して退院していくとき、手を取ってありがとうと言った。そのあと街で会ったら「先生、なんで殺してくれなかったのか」と言われた。農業が生きがいで、復帰できると思っていたのに出来なかった。僕らは『助けた』という自己満足を感じていたが、患者さんから見たらそうではなかった。このようなことがあって、患者さんに地域で生きがいを得られるようなバックアップをしてきた。」
―これまでの道のりで苦労したことはありましたか ?
「病院に来た当初は患者さんが少ない病院で、医師たちの熱意が余っていた。脳卒中の死亡率が高いことが地域の課題だったので、僕達から地域に出かけていった。病院は赤字で、地域の死亡率は高く、患者さんは不健康で、三重苦、四重苦の状態だった。そこで、保健婦たちの協力も得て、僕たちは地域で話す機会をつくった。でも、大学で教わったことを話しても、患者さんの心はつかめない。東京や大学の話ではなく、地域の塩分の摂取量や温度の話を取り入れた。保健士や住民を巻き込んで健康運動をしていった結果、脳卒中の死亡率が下がった。住民は、行動を変え地域が変れば、地域が健康になるという自信を持った。多くの人は病院の視点から病院経営を考えているが、僕はいかによりよく『地域の命』を守るか、という視点から病院経営のあるべき姿を考えている。いい医療をするために何をすべきかということを明確にすれば、仕事も面白くなり、医者も集まる。病院がオープンマインドなので、医師も方々から集まり、オープンに議論し、医師不足も起こらない。地域の中に常にいれば、地域の人にわかってもらえて、ボランティアもたくさん応募してくれる。誠実に、独りよがりではなく、医療が何をすべきなのかをとことん話し合っていけば、行政、住民、職員、他の医師たちにも、分かってもらえる。これまで、自分の理想の医療を追求することにあまり困難は感じなかった。 」
―日本の医療の目指すべき方向はなんでしょうか。
「WHO (※ 1 )が日本の医療は優れているとしている一方で、国民は医療に不満を持っています。国民は税金を何に使ってほしいかというと、二番目に医療を挙げ、充実を望んでいる。今の医療費は GDP (※ 2 )比 7.8 %しか使っていない。アメリカは 14 %。このままで質の高い医療を行えない。しわ寄せが若い医師や看護士の労働環境に押し寄せている。これを 10 %にまであげれば、優しく暖かい医療が十分に行える。ただ、今のままで医療費を上げようとしても国民は納得しない。困ったときはいつでも来て相談して下さいと言えば、つながっていることだけで患者さんはほっとする。ちょっとした「支える医療」があれば、たとえ助けられない患者さんであっても、命のかがやきを守ることが出来る。「もうこの患者にできることがない」なんて口が裂けても言ってはならない。しかし、この言葉があちこちで飛びかっている。高度医療、救急医療の傍らに、わずかに「支える医療」がバランスよくなければならない。それがないから医療は国民の信用を得ることができない。医療はそのことを気づく必要があると思う。」
―最後に、将来医療や福祉に従事したいと考えている若い世代にメッセージをお願いします。
「命に関わる仕事は今、逆風の中で大変な仕事。だけど、とてもやりがいのある仕事だと思う。医療、福祉を充実させれば、もう一度日本は元気になれる。日本の今のつまずきは人々が安心できる医療ができていないためだ。情熱がある人がこの仕事について、ぜひもう一度元気な日本を作ってほしい。 」
※ 1 World Health Organization (国連世界保健機関)の略
※ 2 Gross DomesticProduct ( 国内総生産 )の略
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