プロフィール
小諸市内の高校を卒業。 25 歳で金型の会社を創業。 1980 年代からは中国、台湾などアジア各国に積極的に進出し、合弁会社を設立。 2000 年同会社の民事再生法の適用を申請。自身も自己破産した。その後佐久市などの第三セクターが開設した昆虫展のインストラクターになる。
 活動内容

以前は金型メーカーの社長をしていたが、現在は蝶収集の趣味を生かして佐久平ハイウェイオアシスの常設昆虫展のインストラクターとして活動しており、子供たちから「ファーブルおじさん」と呼ばれている。東京のNPO法人「日本アンリ・ファーブル協会」の提案による「虫の牧場」づくりに同法人の佐久支部長として協力している。

自分で感じ取れたことが、「かわいそう」という感情の原点

―昆虫に興味をもったきっかけはあったのですか。

「小学校五年生の時、理科の時間に野外学習があって、その時たまたま珍しい蝶蝶を採ったんですよ。その時先生に誉められたんです。テストの成績はよくなかったんですけど、虫を採って誉められるっていうのがうれしくて。それから趣味としてずっと続けてます。中学一年生の時には、全国科学作品展覧会っていうのがあって、佐久市における蝶の分布調査というテーマで最優秀賞をいただいたんです。」

―昆虫インストラクターとして、具体的にはどのような活動をやっているのですか。

「佐久市の平尾山公園パラダの昆虫博物館や昆虫公園で、ご来園されるお客さんに、いろんな虫の説明をしたり、お話をさせてもらってます。他にも、平尾山に生息する昆虫を天敵から攻撃されないように一定期間保護して、そこにいるメスから採卵させ、それを成虫にしてから、子供達と一緒に放すということを去年から何回かやっています。地元の小学校の中には、公園にくることを課外授業の一環として位置付けてくれた学校もあります。子供は虫だけでなく、カエルからトカゲから何でも持ってくるから大変なんです。でも、本当に楽しい仕事だと思っています。そういう興味をもったものを見る時の子供の目ってほんとに輝いているんですよ。」

―今のお仕事をやることになった経緯を教えてください。

「職業は七つくらいかえてるんです。八ヶ岳の山小屋の小屋番をしたり、材木屋、レコード会社などに勤めていました。田舎に帰って将来独立できる仕事をしようと思い、プラスチックの金型工場で修行して、二十五歳で独立しました。三十三年間経営者としてやっていたのですが、不況で会社が行き詰まり、 2000年民事再生法の適用を申請し、会社を譲渡しました。会社をやってるころから日本アンリ・ファーブル会の奥本先生と親しくお付き合いしていて、そのなかで、都会の子供達を自然に連れて行きたいという話をしていたんです。それで、NPOのお手伝いを佐久のほうでさせていただくことになりました。もともとのスタートは日本アンリ・ファーブル会の場所作りをどうしようってとこから入ったんですね。そしていろんな人にお願いして、今七名の昆虫インストラクターがいて、平尾山公園の昆虫牧場作りをはじめているところなんです。」

―活動を続ける中で信念はありますか。

「ファーブル会の趣旨に子供の情操教育ということがあるんです。今は子供達と虫を介した自然とのお付き合いが非常に疎遠になっています。そこで昆虫採集を復活させようというのです。今の世の中は全てが規格化、マニュアル化しています。子供達をみても、何時に帰って、何時に塾に行って、何時に寝て、ちょっと時間があれば部屋でパソコンのゲームですよ。目の見えない檻の中に閉じ込められた子供達が、はたして健全に成長していくでしょうか。マニュアル化した社会のなかで少しでも意外性と触れ合い、感じることが大切だと思います。子供の時、バッタの首切りをしたり、蟻を足で踏み潰したり、大変残虐な行為をした経験があります。それって覚えてるんですよね。周りから学問や知識として教え込まれたのではなく、自分で感じとってるんです。自分で感じ取れたことが、かわいそうという感情の原点なんだと思います。かわいそうという感情を心にしっかりと根付かせた子供達が、やがて理性溢れる大人へと成長していくのではないでしょうか。感じとってもらえる場所を大人が大人の責任として提供することが大切なのだと思います。」

―これからどのようなことをやりたいと思っていますか。

「日本に世界一の昆虫博物館、貯蔵施設を作ろうという構想もあるんです。それと、全国に僕と同じようなファーブルおじさん、おばさんの仲間作りをしたいですね。ただ、ファーブルおじさんは、基礎的な経験や知識に関係なく誰でもって訳にはいきませんから、研修センターみたいのを作りたいです。たくさんの昆虫インストラクターの先生がいますから、協力していただいて、講義や野外実習ができればいいですね。そこで学んだ人達が都会へ帰って、子供達のためのインストラクターになってもらいたいと思います。」

―若者へのメッセージをお願いします。

「癒しや、安らぎとかがこれからの時代の大きなキーワードなんだと思います。情報化と自然回帰、自給自足を混ぜ合わせて何か新しい産業ができるのではないでしょうか。若い人にはそういうものを考えてもらいたいですね。普通に就職して、マニュアル化、標準化した社会に組み込まれるのはいやだと考える若者が多くなってきているけど、自分の個性を踏まえて、どういう人生を送ろうか考える人が多くなれば、そういった新しい産業ができる可能性はあると思います。」