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最終更新日:2006年04月04日

 

部課長辞令交付知事あいさつ
(長野地区現地機関及び本庁舎)
(2006年4月3日)

新規採用職員任用式知事訓示
部課長級辞令交付知事あいさつ(長野地区を除く現地機関)



 2時間半程に亘って、辞令を交付させていただきました。あるいは、昨年とは違って、マイクの前でしゃべらせていただいたので、自分に私が話しかけた言葉が他の同僚にも聞かれてしまって、こそばゆいと、あるいは思われた方もいらっしゃるかもしれません。写真 部課長級辞令交付けれども、それはそうではなくて、私が皆さんお一人お一人に辞令をお渡ししたときに、その間お話させていただいたことは、極めて短い時間であり、ある意味では同様の仕事を他の現地機関で行う人と、ほぼ同じ内容を自分にも述べたのではないかというふうに訝る方もいるかもしれません。
 しかし、私はこの5年半、皆さんと一緒に仕事をしてくる中で、本県の職員というものが、改めて高い使命感というものを持っていること、あるいは潜在的な素晴らしい能力というものを持っているということを感じます。そして、ある意味では皆さんがこの間に、他方で戸惑われていることは、恐らく本県の前にも、あるいはこの後にもですね、100年後にも、あるいは成し得ないかもしれない程に、多くの県民が本県の行政に関して関心を持ち、本県のサーヴィスのあり方に関して提言をしたり、質問をしたり、意見をしたりできるような素地になってきたということです。ともすれば、皆さんからするとそうした意見の中には、随分と見当違いじゃないだろうかとか、あるいは、その人特定の個人の利益のために何かおねだりをしているのではないだろうかと思われることもあるかもしれません。で、そうした県民の意見もあるであろうということを、私は一概に否定するわけではありません。
 しかし、私が大変尊敬する下條村の伊藤喜平村長、伊藤さんは皆さん御存知のように、ガソリンスタンドを始めとする経営をなさっていて、そして、村長になられました。彼が最初に取り入れたのが、いわゆる福祉タクシーのチケットを村民の方々に給付することでありました。大変に村民は喜んだのでありますが、伊藤さんが今でも苦笑いしながらおっしゃるのは、ほんの数カ月経った段階で、「伊藤さんもっと福祉タクシーのチケット頂戴や。」って言うようになったということです。一見、これだけ捉えれば、大変に村民は高望みの人なのか、と思われるかもしれません。確かにそういう側面を否定するものではありません。しかし、伊藤さんの行ってこられた村政改革、あるいは皆さんと一緒にこの5年半私たちが行ってきたことは、目に見える変化ではなく、目に見え難い充実をもたらしてきたということです。
 私は、土木部は、繰り返し申し上げているように、他の部署も同様でありますが、大変に意識改革が進んできた。なぜならば、多くの職員が年齢を問わず現場に常に出掛けて、そこで仮に良かれと思って行った工事でも、「なんでここ段差が直らないの?」と言われれば20代の若い職員でもそこで聞かれた老婆に対して説明をしなければいけない。常に住民に良い意味で晒されている、住民に問われている、という経験を積んできているから、土木部のメンバーが大きく意識転換をしてきたのだと思います。ただ従来、行政の充実というものは、何ヵ年計画という下で、目に見える変化、例えば大きなものができるという形がすなわち行政の充実であるかのように思われがちでした。こうしたものは大変にありがたいと何年にもわたって感謝してくれる方もいれば、「何でこんなもの作っちまったんだや。」というふうに位置づけられる方もいます。すなわち、それは目に見える変化だからです。そして隣接の地域の方々が「うちにも同じものを。」と言われた時に、「だから何ヵ年計画で手許不如意だからもう何年待ちなさい。」という言い方を行政の側は上から下への目線として語り掛けてきたかもしれません。しかし、下條村に見られる、あるいは栄村に見られる、さらには泰阜村に見られる、あるいは小布施町に見られるような取り組みというものは、必ずしも目に見える変化ではない。人々の心の中に、人々が自主自律、自己判断で選択をしていっていただくことを問うている変化であります。それはある意味では、今まで、例えばそれは麦の方が良い、体には良い訳ですが、麦が多く入ったご飯であったものが、大変に本県の素晴らしい水の下で素晴らしいお米ができて、そのお米を食べられるようになった時には人々はそのことを喜びます。けれどもそのお米を毎日食べているうちにいつしかもっと美味しいものはないんだろうか、と求めるようになります。それもまた人間が文化や科学を育んでいく上での良い意味での向上心ではあります。ただ、その時に私たちはもっとより美味しいということを量ではなくて、もっときめ細かい点において相応しいものを皆さんに提供していく必要があるということです。その意味では私たちが行っている改革は目に見えにくいだけに人々が感謝をしてくださってその中で人々がその場に留まるのではなく、人々もより自覚的に成長してくださることが問われています。
 先日、部長会議録はJSNの上に掲載されているので、ご覧になっている方がいらっしゃると思います。それは出納長の青山篤司が口を酸っぱくして述べているように部長会議あるいは知事会見、あるいは部長会議においては副知事や出納長や各部長が発言をしています。その内容というものはまさにそこで語られていることはこの短い時間に私が述べることを超えて、本県が目指す方向、まさに本県の意識、英語で言うとアティチュード(attitude)、ものの構え、哲学というものが示されているわけです。ですから、そうした内容に関しては皆さんはそれを読み取っていただくということがとても必要なことです。あるいは部長会議で配られている様々な資料というものを皆さんが私が記した拙い文章も含めてお読みいただくことが本県のより目指す方向を共有できることになります。先日、部長会議の場で私が申し上げた話しをもう一度復唱させていただきたいと思います。実は本県はこうした4月の最初の辞令交付の場にふさわしくないなどとおっしゃる方もあるいは中にはいらっしゃるかもしれませんが、しかしながら現実を我々は目をそらすことなく見据えなくてはなりません。残念ながら本県はHIVと呼ばれる性感染症あるいは様々な血液製剤による感染をなさった方々が非常に多いということでリマーク(remark)されている、要注意であり、それを改善しなくてはいけないと厚生労働省が述べている県であります。そのための私達は、それはお一人お一人の自覚に究極的には大きく委ねられるところでありますが、そのための取り組みをどうするのかという時に須坂市の東(あずま)中学校というところでHIVに感染をした人を呼んでお話を聞く授業の時間を設けたという記録が教育委員会から出て来ました。私はこの記録があった時にそれを結果としてただ示すだけではダメだということです。まさに英語で言うソーホワット(So What)それでどうするのか。あるいは何か突発的な事故が起きた時にホワッツアップ(What's up)一体どうしたのか、ということを問わなければせっかく須坂市の東中学校でHIVに感染をしながらも向き合ってそれに生きている人の話しをしてくれたという、その報告だけでは詮方ないということです。では自分たちの部署が、あるいはその前に皆さんも一人の県民として、他の部署の仕事であってもどんなことをしたらよいのかを考えると言うことです。と同時によい意味で好奇心を持とうということです。これは誤解をせずに聞いていただきたいのですが、じゃあそのHIVに感染している人は須坂市の方だったんだろうか、もしかしたらその人の名前が知られてしまうことで、辛い思いはないんだろうか。あるいはその人は自らきちんと胸を張って語ることによって、多くの人々が同じ不幸に直面して欲しくないという強い意志をもっているのだろうか。あるいは他県からそういう方を、何らかのつてがあっておいでいただいたのだろうか、そうしたことによい意味での関心を持つ必要があります。そして、なぜ須坂市の東中学校だけでやったんだろう、なぜ本県の他の学校では行っていないのだろうか。本県の他の学校でも行えるように、現実に私たちは薬物依存症からの脱却をしている人たちが、日本ダルクというのがあり、長野ダルクの人たちが本県の高等学校で薬物から脱却をすることが、如何に大変なことか、また薬物が如何に人間をむしばむのかというお話しをしてもらっています。これはよい意味で生きた教育です。実は、種明かしをすれば、この東中学校は文部科学省のたまたまHIVに関しての指定モデル校になって、数百万円の予算がついた中でこうした授業を行ったということです。なんだ、結局お金がついたからノルマとしてやったのか、ということは簡単です。でも、そうではない志があったから引き受けたのだ、というふうによい意味で善意に解釈する必要があります。そして、そうした国家の補助金がつかなくとも、私達がそうしたことを、行えないのだろうか。そして、その時に例えばそれを聞いたこども達がなるほどと思ったのか、遠い話だ・・・というふうに冷笑していたのか、その感想文も読んでみよう。そして、そうしたことに協力してくれる人たちがいないだろうかと考えることが必要だと言うことを思いました。
 私はまちづくりの支援を含めて非常に尽力をしてくださって、そして、1年間にわたって多くの企業での研修を積んでさらにたくましくなった玉井さんが、現在教育委員会でその担当のチームリーダーを務めてきました。で、この話をしたら玉井さんから私のもとに連絡があって 、「知事すいません。」と、「私がいたらなくて、そんなところまで調べてなくて・・・」って言いました。私は「そうではないんですよ」、と言いました。私はその担当部署を叱責するために言ったのではなくて、私にとって、非常に皆さんにとって分かりやすい事例、分かりやすいというのは、簡単ということではなくて、あるいは批判しやすいということではなくて、ひとつの物事があったときによい意味で関心を持ってみる。それを、いいことだなと思ったら県内のほかに広げられる手立てを考えてみる。そのことがよい意味で今まで言われた仕事を粛々とこなすこととは違って、人間的な、ある意味では皆さんが高等学校のときの文化祭の出し物を考えたり、あるいは地域の町内会で運動会のときの子供にあげる景品を考えたりするのと同じ、楽しみなんだと。HIVの人たちを楽しみと言っているのでは決してありません。誤解のないようにしていただきたいと思います。すなわち、よいことをやっているなと思って自分の身体がピンと反応したならば、それを全県下に広げるためにどんなことをしたらいいだろうか、って考えて欲しい。その事例として最も私はわかりやすいと思ったからです。
 でも、もしかすると玉井さんの周りには、「玉井さん、知事に部長会議で言われちゃってあー可哀想」って言った人がいるのかもしれません。あるいはいなかったかもしれませんが、そうではなくて、他の部署が叱られたと思うのではなくて、私たちは常に新しい仕事、新しいワクワクドキドキするものはどこにあるんだろうかということを考えていただきたいと思います。そのことによって、ついついマンネリ化していた、あるいはもう役目を果たしたこの事業は勇気を持って私たちの部署ではやめましょうとか、この事業の中身を変えましょうということが言えるはずです。自らよい意味で狩猟民族のように新しい県民に喜んでもらえて自分も喜びを感じられるヒントはどこかにないかなということを探していく。そのことを行わずして事務事業の見直しをしていくと、なんだか自分たちの仕事減ってっちゃうと、部署の人間一人二人減らされちゃったら困っちゃうという、ある意味では後ろ向きな、内向きな考えになってしまいがちだったりすると思います。
 今日ここにいらっしゃる方々の多くは、1月4日の仕事始めのときに私が、アルゴリズム、つまりマニュアル的に与えられたことをそのまま行うということではなくて、次にヒューリスティックス、つまり洞察的、そのとき確かチンパンジーのお話をしたと思います。あるいは志賀高原のお猿さんでもいいんですけど、お猿さんがバナナを取ろうと思ったときにどんなに飛び上がっても取れない。じゃあどうするかというと、周囲を見回して小さなイスがあったら動物園のお猿さんはそのイスを持ってきてバナナの木に手を伸ばすわけですね。与えられた情報や条件だけでなくて、自分で周囲を見回して活用できるネットワークを見出すということがヒューリスティックスです。
 そして3番目のアブダクションという創造的解決というのは、この間皆さんに9つの点を、四角形になって3,3,3で3つ点があって、9つの点があります。これを4本の一筆書きで全部の点結んでくださいっていうことをパワーポイントでお示ししたと思います。これはホームページにも私の1月の会見の時の内容で載っています。四角にこうやると4本結べますが真ん中がダメです。横棒を引くと1、2、3、4いくんですけれどやっぱりダメです。その横棒を外からもってきて、こっち側の横棒も外まで出すことによって4本で全部の点が結べます。すなわち私たちの内部だけで議論したり、考えているだけじゃなくて、もしかしたら皆さんの家族であったり、地域の人であったり、それは決して県外の人に限ることではありません。私たちの行政体の中にいる人たちだけではない発想をもらったときに初めて4本の線で9つの点を一筆書きで結ぶことができるようになるわけです。後から言われてしまえば、斜めの線を外からひっぱる、そうかって、コロンブスの卵のような話かもしれませんが、でも、この四角のなかで考えていると、永遠にその答えは出てこないということです。私たちは、そうした創造的な問題解決ということを探る必要があると思っています。
 皆さんには、今日、新任の職員の人たちに自己紹介をするときに、部長や課長がみなフルネームで言いました。皆さんも、なんでフルネームでいわなきゃいけないんだろう、5年半言われて、ついついフルネームで言うのに慣れちゃったって思ってるかもしれませんが、フルネームで名前を言うということは、決して、皆さんだけをその最前線に送り出して、後ろの兵站を絶ってしまうということではありません。皆さん自身が、フルネームで自分の名前を名乗って、県民に説明をすることで、皆さんの同僚や部下たちも、一緒に仕事を行おうという気持ちになります。そして、それは同時には、最終判断は、常に、私や、副知事や、出納長、わけても私が、皆さんから、報告・連絡・相談を受ける中で、全責任を取っていくということです。そして、もう1点、最後に述べておけば、私たちは、職員である前に、1人の父親、母親であろうと言いました。幸か不幸か、私は、子どもも家族もいませんが、むしろ、父親、母親であるという前に、1人の自分の地域の一員として、県民として、お隣の、朝あいさつするくらいの、独り暮らしのお兄ちゃんが、あるいは、老いた遠い親戚のおばあちゃんが望んでいることは何かな、そのことが、その人のためだけじゃなく、みんなのためにもなるんだったら、ぜひとも、前例がなくても行っていこう、という気持ちを持っていただくことです。そのことが、私たちは、決して、国に盾突くということではなくて、まさに闇金110番という形の中で、全国に先駆けて、闇金が持ってる口座を閉鎖をするという中へと、本県が歩みだすことで、全国的な流れになったわけです。あるいは、多くの、歴史のなかで、権力に翻弄されて、ある意味では、あと私たちのこれからの人生に比べれば、はるかに短いかもしれない中国の残留帰国者の人達に、私達が支援をする。このこともご存知のように、月3万円ずつお渡しすれば、生活保護を受けている方々は、生活保護が打ち切られてしまうというふうに、厚生労働省は当初言いました。しかしながら、その中で議論をする中で、けれども権力によって人生が翻弄された方々の余生に対して何らかの手立てをしたい。生活保護に関しては市に住んでいる人は市が認定するけれども、町村に住んでいる人は私たち地方事務所であるということを知ったときに当時の担当者とともに、ならば町村に住んでいる人達は、仮に生活保護の認定を受けられないと言われても私たちは勇気を持って生活保護の費用を支払い続けよう。もしかするとそのときに長野県は何でまた楯突いているのかと早とちりする人がいるかもしれないけれども、そのことを厚生労働省に対して静かに強く述べていった時に、厚生労働省は多くのすなわち皆さんはご存知のように中国に残留していた人達のその間の年金の掛金というものは支払われていません。国はそれを負担していません。なぜならそれは、おそらく膨大な金額だからです。北朝鮮に拉致をされた方々の北朝鮮に拉致をされていた間の年金の掛金は国家が補償しています。しかしながらもし論理的に考えるならば開拓に送り出された3万2千人の人達はある意味では、20歳を越えて自分の意志だと言う人もいるかもしれませんが、それは私たちの県も含めた国家の権力によって翻弄されたことです。北朝鮮に拉致をされた方々は北朝鮮の責任です。その人達の金額を国が負担するということは、これは論理的にもし議論をしていくならば、逆に沿岸警備が不十分であったから、拉致されたという国家の非を認めることにもつながりかねない話しです。繰り返しますが、拉致をしたことを私は認めているわけでもなく、そのことは北朝鮮人民共和国に前面的に責任があることです。しかし人数の多寡、費用の多寡で、私たちが本来の基本的人権を損ねてしまうということは行うべきではないというのが私の考え方です。そしてこのことを国に対して繰り返し述べて行った時に最終的に生活保護に抵触しない形の名称すなわち中国愛心使者事業という名称にしてほしいということの中で生活保護を受けてこられる方々は、月額それは皆様や私の収入に較べれば比較的小さな金額ですが、3万円という費用をお渡しできるようになったわけです。それは決してなにか事を荒立てようとすることではなく、人間としてどんなことをしてさしあげたら喜んでいただけるのだろう、私たちもそこから学ぶことができるんだろうかということが、今の中国愛心使者事業であったり、あるいは、闇金110番の私達の取組みになっています。そしてそれらのことを多くの現場の職員がそこで諦めることなく私が指示を具体的にする前に、その中で何とか解決策を見出そうとしてきたということに、私はこの5年半の中で大変に多くの職員が、職員である前にひとりの人間として本県の人々のために尽くそうという気持ちを直実に持ってくださっているということだと思います。そして物事を変えていくときには、必ず戸惑う人がいます。戸惑う人がいないようなものは何も私たちが社会を変えるに値しない内容だ。というくらいのことは、決して思いあがるのではなく、謙虚な気持ちの中で私たちは誇りとして持つべきだと思います。
 いずれにしても皆さんが一人で仕事を抱えこむのではなく、新しい事を行う場合は、新しい発想が皆さんや私だけでなく多くの県民や県外の人々からもいただく必要があるかもしれません。報告・連絡・相談といっているのは、メールを出せば、手紙を出せばそれで事足れりということなのではなく、それを本当に読んでくださって皆さんの上司や同僚や部下が理解してくれたかどうかまで、よい意味でチェックをするということが必要です。先日塩尻の地で、塩尻市主宰のシンポジウムがあって、信州大学工学部の遠藤守信教授を始めとする方々とパネラーとして参加しました。そのときにセイコーエプソンの新しい社長の花岡清二さんがこういうことを述べられました。「私達の企業のように大変な海外も含めて大きな規模になって、そしてまさにその業界におけるプライスリーダー、いやリーディングカンパニーになってきた者にとって一番大事なことは、今変な人であったり、とんがった人であったり、おせっかいな人が私たちの組織の中に必要なんだ」ということを述べました。なんだか思い上がって申し上げると、変な人や、とんがっている人や、こと細かい姑みたいなおせっかいな私の事を言っているのかと思ったのですが、決してそういうことではなくて、やはりセイコーエプソンのような本県を牽引していく企業であっても、常にその地に安住しないで変革をしていくということを行わなければ、世界の市場の中において明日はないということを花岡社長は極めて敏感に感じ取っているということだと思います。私達の組織は、県内に住んでいる方は、他の県に税金を払うことはありません。その意味でいうと、私達は大変入札制度に関しては開かれた形にしていますが、随意契約、特命随意契約を県民との間に結んでいるようなものです。でも特命随意契約を結んでもらえる企業というのは、その会社でしかない知識や経験や技術や誠意があるから特命随意契約を結んでいただけるわけです。私たちが県民から税金を支払っていただいているということはそうした意味なのだと思います。
 ぜひ皆さんと一緒に、更に至らぬ点に関してご指摘をいただいて、そして県民の喜ぶ表情を見てこそ私たちがお金に換算できない県職員として奉仕をしていることの喜びにつながるのだということを今日あらためて確認をいたしたいと思います。ぜひ仕事において悩まれたときは、良い意味で私や副知事や出納長を巻き込む、それは皆さんだけに責任を負わせるのではなく、困ったときには部長あるいはそうした三役にも連絡をしたり、飛び込んできて相談をする。新しい提言をすることに対して私は決してそのことを拒んだり、あるいは叱責をしません。今までと同じ方法では埒があかないにもかかわらず、小手先でそのことを取り繕ろうとしていたり、あるいは本当に皆さんがそれぞれ重要だと思う情報を皆さんのところで留めてしまっていて、最終的な判断の段階までに時間がなくなってしまうような事態に陥らせるということを一緒に防いでいかねばならないと思っています。繰り返しますが、皆さんの持つ叡智というものを県職員である前に地域の一員として、地域の一員、あるいは皆さんが地域というしがらみをも立ち越えて、若いときに赴任していた地域で皆さんが気にかけていた老婆であったり、あるいは小さな子どもであったりの顔を時折思い出して、その人たちのために私たちが今、更に行わなければいけないことは何なのだろうか、そのことが胸を張って見出せていけば、今までの仕事の中で皆さんが、言えなかったけどこれは少し無駄だなと思っていたことも勇気を持って部長であったり、あるいは私たち三役であったりに提言してくださる、そうした組織になっていくのだと思います。
 大変長々と話をしましたが、ぜひ今後も、今日いまこの瞬間も多くの職員が県民のために働いています。継ぎ目のない総合愛情産業として皆さんが専心し、この先も努力してくださることを願ってやみません。どうもありがとうございます。

新規採用職員任用式知事訓示
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