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最終更新日:2005年04月04日

 

新規採用職員任用式における知事訓示
(2005年4月1日)
音声(WMA形式00:15:17)


   ただいま皆様に新しく長野県民のための奉仕者としての長野県職員としての人事通知書をお渡し申し上げました県知事を務めております田中康夫です。どうぞ座ってお聴きください。
 今、青木さんから大変に心強い宣誓をいただきました。ただ、みなさんもおそらくですね、地方自治の本旨にうんだらかんたらとかですね、全体の奉仕者としてうんだらかんたらと、これはだれも否定し得ないことだと思うんですが、では、はて具体的にどういうことをすればいいのかと考えるとですね、何かそういうことがきっと分厚い様々な規定をした国とか自治体とかがですね、まとめた何か法令とか条例とか規約とかですね要綱とかそういう中に書いてあるのかなあと思われると思うんですね。決してそうしたいちいちに何か古文書のような分厚いものにあたって、私は公務員としてどう働けばいいのかなあということなどを考える必要はありません。

   みなさんがおそらくこの長野県内で、あるいは長野県外で暮らされていた方もいると思いますが、あくまでも一人の人間としてですね、この社会を構成する一人の人間として、皆さんがこういう社会でありたいなと思うことをですね、実現をしていくそうした仕事を行うことがあなた方は今日からできるんですよという辞令をお渡ししたわけです。むろん皆さんの今この瞬間も春が到来しましたので畑で精を出しているおじいちゃん、おばあちゃんであったり、あるいは電車やバスに揺られて机に向かって仕事をしている皆さんのお兄さん、お姉さんであったりですね、あるいは学校で勉強をしていたりスポーツをしているですね姪っ子や甥っ子の人たちもですね実は社会がこういうふうにありたいなあという気持ちは常に持っているし、そしてそのことは決して必ずしも公務員でなくても、地域の中で様々な活動、それは学校の中でも例えばみんなに自分の意見を伝えて、考え合うために壁新聞をつくるとかですね、こうしたことも立派な社会をよりよくしていくための活動なんですね、ですから先ほど今日から皆さんは世の中をよりよくするための仕事ができると、私は言いましたが、正確には皆さんが公務員であろうとなかろうとですね社会の一員として社会をよりよくしていくことは可能なわけですし、あるいはそのことは深く広く求められてはいるわけです。
 と言いますのもですね、公務員というのは英語でいうとパブリックサーバントといいます。サーバントというのは召使いということです。このサーバントというのは同時にラテン語をひもとくとですね、さきほど古文書などをひもとく価値はないと言ったのに少し奇をてらって教養があるようなふりをするとですね、サーバントというのは皆さんが英語の単語で習ったスレイブ(slave)、つまり、今はそうした身分制度があってはならないわけですが、奴隷というものと基本的にはラテン語では原義のところから出ているんですね、これは何かというとサーバントとかスレイブというのは昔はそうした様々な制度があったので、王様がいたり皇帝がいたりした、その人たちに尽くすと思われていたんですね、でもそうではなくてですね、パブリックサーバントというふうにパブリックがついたときにはこれは広く社会のためにということです。パブリックというのは公務員といったように公(おおやけ)といった字を書きます。どうも日本ではですね、公(おおやけ)というのとそれから行政というのが同じ言葉だと久しく勘違いされてきたんですね、でも公(おおやけ)、パブリックというのは、公園のことが公(おおやけ)の園と書くようにですね、皆が集いあっているところがそうした時空間がパブリックな場所です。パブリックというのは決して公務員がですね公務員の建物の中で仕事をすることだけがパブリックなことではない、パブリックはこの社会にいる老いも若きも皆集ったものその総体をいうわけです。

 ですから皆さんは今までもパブリックな一員として、社会がこうあるべきだよね、こういうことをしてくれたらいいな、あるいはこういうことは自分でした方がいいな、あるいはこういうことはもう何年も年数が経ったんだからやめにしてもいいな、見直してもいいな、こういうふうに思っていたことを今日からはより皆さんはパブリックサーバントとして、その意味では深く自覚して行っていくということです。ではなぜ先ほど私は4月1日の今日から皆さんはよりそういう仕事ができますよと言ったかといいますと、辞令をお渡ししたように皆さんには肩書きが付与されました。あるいは所属の場所が決まりました。でもこの肩書きはですね決してお父さんお母さんやおじいちゃんおばあちゃんが「あなた良かったね、60歳まで首にもならないし潰れもしない県という組織に就職できて」という言葉をもらうために肩書きがついたわけではありません。あるいは所属場所が決まったわけではありません。私は看護師だから看護の仕事だけしていればいいんだとか、私は危機管理室に配属されたから天変地異が起きたときの仕事すればいんだということではないんですね、それは何かというと、皆さんには所属場所や肩書きが付いたことで今まで、皆が一人の人間として、あるいは友達と議論しながら、家族と話し合いながらこういう社会になったらいいなと思っていたことをより行える権限が付与されたんです。権限というのは別にですねサーベルを下げてこういうことをしてはいけませんとかなんとか戦前のようにですね、何か国民や県民を上の方から叱りつけるというようなことではありません。権限というのは今まで思っていても一人の市民としてはできにくかったことが、その権限が与えられることによって居丈高になるということではなく、より皆さんの願いを実現することがスムーズにできる場所に自分の身を置くことができたということです。ですからその意味において、パブリックサーバントというのは県知事である私であったりあるいは県議会議員である人たちであったり、あるいは今後の皆さんの上司であったり、同僚であったり、あるいはもっといえば県庁という組織のためではなくて、多くのまだ見ぬ、そしてこの瞬間も学び働き暮らしている人々のために皆さんはですね、パブリックなサーバントとして働くわけです。決して皆さんの周囲の目に見える範囲の人たちのためにのみ働くわけではありません。

 皆さんは公務員である前に一人の県民ですし、そしてその前に一人の人間だということです。人が願っていることを実現していく。そしてある意味では、皆さんの仕事は、様々な規定の中で制約もあります。例えばストライキをしてはいけないという決まりもあります。けれども逆に皆さんは今日、公務員となることで、皆さんの身分が守られるということもあります。守られている身分だから安住するのではなく、守られている身分だからこそ、勇気をもって、冒険心をもって、県民のために人のために自分が身を投げだし働いていく、そうした勇気と希望とあるいは心構えをもってほしいと思います。そして皆さんが行うことは皆さんのためではない、まだ見ぬ多くの人のためであって、そしてそれらの方々から、仮にありがとうという言葉をいただいたら、それは皆さんのお給料とか身分とか、そうした客観的な数字や肩書きで、評価されたり表現されたりするのを超えたまさにお金や数字に換算できない皆さんがこの社会の一員であるということを確認する喜びの確かさの瞬間だということです。

 私達の県は、「やさしさ」と「確かさ」と「美しさ」を求めようといってます。「やさしさ」はこれは申し上げるまでもなく、福祉であったり、教育であったり、医療であったりの充実です。こうした分野は今までは、お金や組織を投入してもあまり経済効果がないと言われてました。でもそんなことはないんですね。福祉とか教育とか医療はある意味では、人が人のお世話をしてはじめて成り立ちます。多くの医療機器は充実してますが、ロボットによって福祉や教育や医療は成し遂げることはできません。今ここにいらっしゃる皆さん、人間の体温をもって喜怒哀楽のある皆さんがお世話をしてはじめて成り立つんですね。こうしたやさしさを私は求めていくのであります。「美しさ」は、脱ダム宣言や木製ガードレールというものに象徴されるように、この本県の美しい環境立県、そしてまた観光立県の美しさを育み後世へとつなげていくことです。そして「確かさ」というのは、無論安心して安全に暮らせる社会という治安ということもありますけれども、同時に、安心で安全で口にすることができるすばらしい本県の農作物であったり、あるいは先ほどいうとコモンズと私達はそれぞれの地域を呼んでいます。長野県もコモンズですし、小さな集落もコモンズですが、そこに集っている人たちが一員であるということを常に実感できる確かさというものを求めていくということです。すなわち私達の仕事は、誰もができるようでいて、やさしさも、確かさも、美しさも、ある意味では科学技術だけではできない。今ここにいらっしゃる皆さんそしてこの瞬間も働いているこれから皆さんの同僚であり上司となっていく人たち、人がいてはじめて成り立つんですね。そして今申し上げたように、数字に換算できない、この社会に生きていてよかったということを多くの県民にも、そして皆さん自身も、日々の仕事を通じて常に実感し、そして改善をしていく、そうした希望を常に抱き続けてほしいと思います。

 先ほど青木さんに渡すときに年甲斐もなく、少し私マイクのスイッチが入ってなかったので緊張いたしまして、一人一人に握手するのを忘れてしまいました。過ちを改むるにしくはなしでして、これが終わった後ですね、お一人お一人と握手をさせていただければと思います。握手をすること、あるいは朝挨拶をすること、あるいは「ありがとう」ということ、でもこれによってもちろん100%人間の気持ちがつながりあうわけではありません。でもそれは、みなさんとて、みなさんのご家族、皆さんを生み育ててくれた両親であったり、あるいは皆さんの今愛する恋人であったりしてもですね、100%意見が一致するなんてことはありません。でも意見がそれぞれ異なる部分があるからこそ、ともに手を携えていくことが必要ですし、そのそうした気持ちをお互いに持ち続けるということを確認するために朝のあいさつであったり、あるいは自然に「ありがとう」という言葉が出たりするのだと思っています。そうしたある意味では、みなさんは最も、私達が科学技術の社会の中で、忘れがちなそうした人間としての喜びを人に伝え、そして人と分かち合い、そして皆さんもその喜びを実感する。そうした、私はですね極めて神々しい仕事に皆さんが今日から就かれるということだと思います。新しい仲間として皆さんが加わったことを心から感謝を申し上げて、そしてより良き皆さんが仕事を通じて大きく着実に、また確実に人間として成長してくださることを願っています。
 もし仕事の中で様々感じることがあったら、皆さんと私はそれぞれ肩書きこそ違いますけど同じ県民ですし、同じサービスをする県職員です。皆さんの悩んでいることがあれば、後ほど係を通じてお渡ししますから私のEメールであったり、あるいは直通のファックスであったりに、なんでも、それはもっとも相談すべきは同僚や上司かもしれませんがあまりに近すぎると相談できないこともあるかもしれませんから、その時にはご遠慮なく、私にも皆さんの悩みや皆さんの提案を教えてくださるようにしてください。どうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 

 

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