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最終更新日:2004年02月12日


「仕事始め式」知事あいさつ(2004年1月5日)

音声(WMA形式36:25)  ・映像(Real形式)


 あけましておめでとうございます。長野県知事を務めております田中康夫です。
 本日、本来ならば、皆さんに県本庁舎講堂で、そしてまた放送を通じて、多くの方々に直接お話するべきところですが、ご存じのように12月25日の日に、6時間に及ぶ手術を受けました。膀胱及び前立腺を全摘出し、そして回腸と呼ばれる小腸の一部を切除して、その部分によって、新たに膀胱を体内に設けるという手術です。幸いにして、術後は大変に良好で、翌日から歩行訓練を始め、そして1月に入ってからは、おかゆ、また、お食事は、豚の生姜焼きが出たり、鳥の焼いたのが出たりと、大変にバラエティーに富んだ食事を楽しんでいます。今後さらに、膀胱内に入れましたカテーテルを摘出して、予定では1月の中旬からは通常通りガラス張りの知事室で執務に向かえると、このように思っています。そこで、本日はこのように、ビデオを通じて皆さんに新年の私の抱負、そしてまた皆さんと共に歩んでいくべき、新しい私たちの郷土について語りたいと思います。

 1月1日の日に、市民タイムス、そして中日新聞に報道されたので、あるいはご覧になられた方もいらっしゃるかもしれませんが、現在の長野県という名称を、信州という新たな名称に変更しようということを、私はインタビューで答えております。長野県という場所は、ご存じのように、信州あるいは信濃と、三つもの言葉(名称)が、広く多くの方々にその存在が認知され、そして評価をされているという、大変に珍しい自治体ではないかと思います。南北に長く、全国4番目の広さを誇ります。そして、220万の大変に向上心にあふれた県民がいるわけです。これは、しなの鉄道の社長を務める杉野正さんとお話しをした時に、彼がおっしゃったことなのですが、長野県と言われて思い浮かべるのは、例えばガラス張りの知事室であったり、県政改革であったり、こうした意味合いであると。他方で、観光の場合においては、そのパンフレットには信州という言葉は踊っているけれども、長野、あるいは長野県という言葉が用いられることは極めて少ないと、このようにおっしゃっています。例えば私たちが神奈川県という言葉を聞いても、神奈川県の特集をやるからといって、テレビを見ようという方はあまりいらっしゃらないかもしれませんけれども、鎌倉であったり、箱根であったりが特集されると言われると、テレビのチャンネルを変える方は多いかと思います。私たちのこの長野県を愛し、訪れて下さる多くの方々は、信州の安曇野であったり、信州の善光寺平、あるいは信州の軽井沢、上高地、伊那谷ということを思い浮かべているだろうと思います。そして、実は私は少しく危惧をしていることは、この長野県においては、市町村合併というものは箱モノありき、あるいは数合わせありきのアメとムチという、まさに自治を踏みにじるような形ではなくて、自律ということを目指す自治体を私たちは共に支援していこうということを述べています。他方で、国全体では今、道州制という言葉が言われてきております。私たち長野県は、ある意味では、新しい1州、1都、1道、2府、42県というような志で、この長野県こそは、もとより信州自治共和国ではないかと。10の地域の人々がそれぞれ共和国を構成している、道州制が育まれる前から既に信州という州なのであると。この形を私たちは全国の方々に広く私たちは宣言していくべきではないかと思いますが、合併ということを経ずして昭和34年には、愛知県の現在の豊田市は、自動車産業都市であるということを、より内外に印象づけるために、挙母市という市から豊田市へと名称を変更しています。そして、北海道は既にご存じのように、小泉純一郎首相自らが、北海道を道州制の要とするべく、その申請をせよというふうに述べています。自治体名称変更特区というような形、あるいはその他のさまざまな形を用いることによって、私たちのこの郷土が信州という名称で、多く私たちの心のきずなをつなぎ止める、このことが可能ではなかろうかと思います。同時にそのことは、先ほど申し上げたように、信州は既に存在し、そして認知され、評価をされています。従来の市町村合併というものが、箱モノにとどまらず新たな市町村名を周知するために、多くの公金を使わねばならないというのと違って、私たちの郷土の場合には、そのことを多くの報道機関が報ずることによって、ほとんどお金を使わないで私たちの新たな経済効果をもたらすという利点もあろうと思います。

 実はこのような考えを抱くに至ったのは、ご存じのように長野県は縄文時代の昔から多くの文化を育んできています。野尻湖畔だけでなく、八ヶ岳あるいは伊那谷、多くの場所において、縄文の遺跡があります。和田峠の黒曜石に見られるように、全国の交易の地であったということも、この輝かしい日本の背骨に位置する私たちの郷土の歴史です。ソムリエの田崎真也さんとお話しをしていたときに、世界最古のワインというものは、現在グルジアと呼ばれている、黒海のほとりにある国があり、カフカス地方と呼ばれていますが、このコーカサスのふもとで、紀元前約6,000年から4,000年のころに、ぶどう酒の一番プリミティブ(primitive:原始的)な原形というものがつくられたということです。他方で三内丸山という遺跡には、壷の中にショウジョウバエと、そしてブドウの種子がいくつか入った形が残っています。仮にこれもまたぶどう酒の原型であったとするならば、世界最古のワインというものは、グルジアのカフカスではなくて、三内丸山であったり、あるいは、八ケ岳や、和田峠のふもとの、この私たちの郷土にこそあったともいえるわけです。狩猟民族と呼ばれる縄文人たちが、ある意味では極めて豊かな文化を持っていたということです。そうした長い歴史を持つこの長野県というものは、まさに森林ルネッサンスという中で、照葉樹林をきちんと大事にしていくということと伴って、私たちの新たな県民総参加の改革、そのために私は信州という言葉が1つの大事なキーワードになろうと、このように考えています。

 昨年、私たちの県政改革はさまざまな取り組みを行いました。多く県政改革という中で報じられたこととは少し異なる側面かもしれませんが、私はある意味では、これこそが私が以前から皆さんにお願いをしていた演繹法的発想ではなくて、帰納的発想であるということの一つの成果であろうと、このことをまず申し上げたいと思います。それはいわゆるヤミ金110番と呼ばれるものを設け、そこに多くの県内外の方から寄せられた相談を基にして、そのヤミ金業者と呼ばれる人たちが設けた金融機関の口座というものの閉鎖、あるいは凍結というものを、長野県としてそれらの金融機関の長に対して要請をしたということであります。現在、下伊那地方事務所長を務めている田野尻正氏は、私に相談にきまして、私たち長野県にこのような権限はないと。けれども、現実に非常にヤミ金業者によって困っている一般の県民というものがいるならば、その人たちが振り込んでいる口座というものを凍結、閉鎖してこそ、その痛みや悲しみを幾ばくかでも救えるのではないかと、彼はこう言いました。もちろん私たちの議論の中では、このような権限のないことを私たち行政体が行ってはいかがかというような意見もありました。しかしながらこの手紙を数十の金融機関、口座に対して出し、そして1カ月後に、その圧倒的多数の金融機関からは、この口座を閉鎖もしくは凍結するということになりました。そしてその後、多くの弁護士たちも同様の動きを全国的に起こすようになり、さらには金融庁がこうした銀行、金融機関の口座を閉鎖や凍結するように命ずるようになりました。本来これは、権限のある国が行うべきことです。しかしながら、誰も動こうとはしませんでした。その時に、私たちの現場で県民の声に接している生活環境部の職員たちが、まさにこれを食い止めるために何をしたらよいのかと。この中で私に提案をしてきたのが、口座の閉鎖と凍結だったわけです。まさにこれこそが、私たちが目指すべき社会を実現するために、私たちの、ある意味では権限を超えて、まさに私たちの良識に基づいて、公僕として行うべきことを満たすという、非常に尊い決断であったと思っています。まさにそのことが私たちのコモンズの再生です。コモンズは、コモンセンスから成り立っています。コモンセンスというのはとかく「常識」というふうに訳されがちです。けれどもその常識がいつの間にか手あかのついた、人々を幸せにするためではなくて、その組織やあるいは事業やあるいは予算やこうしたものを維持するための常識になっているきらいがあります。コモンセンスというものは「常識」ではなく、まさに一人ひとりの心の中で考えるべき「良識」であると。良識というものに基づいたものが、私たちはコモンズであると、このように考えています。ではなぜコモンズというものが必要なのでしょう。実は私たちの社会…、ちょうど私が小学校2年の時が東京オリンピックが開かれた年でした。1964年であります。その前年の63年には、黒部ダムができました。この64年には東海道新幹線が開通しています。そしてその翌年の65年には名神高速道路が全線開通をしています。部分的に開通したのは、その2年前の63年です。小さかった私は、そのころ、まさに血湧き肉躍る躍動感というものを感じました。世の中が目に見えて変化をしていくのだという、そうした胸のすく変化の思いです。しかし、長野県民が2度にもわたって、この私のようなものを県知事として選んだということは、黒部ダムあるいは東海道新幹線、名神高速道路、こうした目に見える変化とは異なる、私たちが心の中において心の胸がすくような変化というものを求めて、私及び県職員に期待をしてくださってるのだと思います。それがまさに脱物質主義的な変化ということです。実は1,962年に、レイチェル・カーソンは「沈黙の春」という本を書いています。まさに数字至上主義、経済至上主義の中で、人々がともに歩むべき自然や地球というものを破壊していって、その先に永遠の私たちの幸せがあるのであろうかということを彼女が説いたのは、くしくも62年です。この60年代前半、私たちが味わった目に見える変化というものを、私たちは違う形で目に見える変化にしなくてはいけません。ある意味では先ほど申し上げたヤミ金に対する私たちの断固たる処置というものは、そのことによって口座が閉鎖され、多くの人々が救われ、及び腰ながらも国も同様のことを行うようになったわけです。長野県という、あるいは田中康夫という県知事をいただく長野県というものが、無鉄砲なことをするから、たまたま金融機関が従っておかないとつらいなと思ったわけではないと思います。その時、金融機関に勤務している多くの責任者たちもまた、1人の人間としてそのことは同意できることだと思って従ってくれたと、私は信じています。そしてそのことが及ばずながら、現場からは遠く離れた金融庁の長官をはじめとする人々の心をも動かしたということです。

 新しいケインズの社会にしなくてはいけないということは、昨年の確かこの仕事始めの場でお話しをいたしました。私たちの日本という社会には、多くの十数パーセントの土木建設業に勤務している人たちがいます。この人たちが、例えば13〜14パーセントから、10パーセントへと人口が変わる。このことは、鉄鋼業や製糖業と、あるいは石炭業という産業が栄枯盛衰があったように起こりうることかもしれません。けれども、この13〜14%の労働人口というものが、7パーセント、6パーセントになるということは、これは極めて非現実的な話です。とするならば、私たちは新しいケインズの公共事業のあり方、公共投資のあり方を考えねばならないということです。英国というものは、大英帝国によって帝国主義を謳歌したけれども、さらに安価な賃金によって同様のことを他の諸国が行えるようになって英国病というものになっていきます。その時にケインズは、例えばロンドンのイーストエンドのまだ貧しい多くの移民の人たちが暮らす場所に、きちんとした都市計画を行うこと、あるいはオックスフォードやケンブリッジへ行く、田園都市へ行く途中の空間の景色が極めて猥雑であるところを、本来の田園都市空間に戻していこうと、このことこそが私たちの新しい公共事業、公共投資なのだということを説いています。私たちはこの精神に戻る必要があるということです。つまり、今までのような地域住民に必ずしも理解を得られるとは限らない、砂防や治山や治水のあり方を、まさに私たちのコモンズに立脚した形で、砂防や治山や治水を行っていこうとすることです。このことは12月19日の部長会議で私が発言しています。皆さんのJSN (注:職員向けの情報サイトで「情報ステーション長野」の略)のネットワークの中に、この発言録はすべて収録されていますので、是非このあと暇な時間にお読みいただければと思います。長野県の中信地区のある市には、急傾斜危険地域である手前のところに老人の施設ができています。これは日本の法律が極めて現実に即していないことの1つの例でありますけれども、例えば土砂災害の危険があるところ、本来ここに家を建ててはいけないのですが、福祉施設に関しては除外規定というものがあります。すると、そうした場所に福祉施設が作られて、もとより私たちはそこに関して何らかの治山や砂防や治水を行わねばと思っていたところに、そのような福祉施設ができると、さらに費用をかけて、まさにコンクリートの鉄壁のようなものを作らねばならないという形が全国で多く起きています。これは本来本末転倒なことです。私は砂防課長の堀内氏とも常に話していますが、こうした場所に関して、むしろこうした施設を新たな安全な場所に移転をさせ、そこに対して私たちは最小限の手立てをしていく。このこともまた新しい公共事業であり公共投資です。従来はこうしたことは、国からの補助金がつかない、県単独の事業費が多すぎるといった理由で却下されることが多かったと思います。けれども先ほどのヤミ金の話を思いだしていただきたいと思います。私たちに権限がない、あるいは私たちに財源がないと思っていたことでも、多くの住民にとって理解されることであるならば、それはまさに国の制度をも変えていくということです。そのことがまさにディテールからの変革であり、それはまさに今から3年前に発した「脱ダム宣言」というものが、わずか3年を経ずして多くの日本の公共事業の、あるいは国民の意識というものを変えてきたことと同様です。その意味では、林務部が行っている、針広混交林を、広葉樹と針葉樹の割合が現在は4対6ですが、100年間をかけて広葉樹と針葉樹の割合を6対4にしようというのも、私はいささかスピードが遅いのではないかと思います。森林は100年あるいは200年の計であるということは誰もが頭では理解をしています。けれども、現実に目に見える形で私たちの森が、林が変わっていく、良い形で変っていく、ブナの林が増えていくということこそが大事なことです。来年度に向けて学校林を持っていない、少なからぬ学校に関しては、市町村と協力して長野県の県有林というものを学校林として開放するということを、私は心掛けたいと思います。それはまさにわずか1カ月の準備ではできないと言われていた、地産地消の給食というものが教育委員会と農政部の協力によって実現できたことからも、私たちがまさに随意契約ではなくて、よい意味で部局間の競争入札を取り入れるということによって、こうした目に見える変化というものは可能ではないかと思います。県産材と呼ばれるものはカラマツだけが県産材ではありません。木曽のヒノキを始めとする、本来高い価値を得ていたものもまた同様に県産材です。私たちは、森林は長野県及びこの信州というものの100年の計の保全として行うと同時に、またその中で価値あるものは商品として立派に流通する、こうした可能性をも追求していかなくてはいけないと思います。

 今までお話ししてきたことは、ある意味では私がもう既に1年半前に再選されたときに5直し8宣言と呼び、その中で、ご存じのように田直し、水直し、森直し、道直し、街直しとして述べてきたことの中に多く含まれています。ぜひ、私の5直し8宣言というものを、部課長をはじめとする多くの方々が、もう一度ご覧いただくことをお願いをいたしたいと思います。そして年末年始のお休みに、「未来への提言 〜コモンズから始まる長野県ルネッサンス〜」…、今年からはぜひコモンズから始まる信州ルネッサンス、信州革命と呼べるようになりたいと私は思っております。ここに記されている内容は、決していわゆる学術的な言葉をちりばめた、高踏的と呼ばれるような内容ではありません。実は極めて具体的な内容です。極めて私たちがわくわくするような内容なのです。この点に関しましても12月19日の部長会議で数多く述べています。ぜひこの点をお読みいただきたいと思います。そして1点だけ、皆さんが年末年始、音読をして、また自分の思うところを文章に書いていただけたものと期待した上で申し上げると、このコモンズというものは、決して旧来的な社会に戻ろうということではありません。復古ではなくて、まさに温故であります。私たちの社会は、旧来的な農村集落社会というきずなを断ち切ることによって、女性が多く社会に進出し、そして先ほど申し上げた黒部ダムや新幹線や高速道路に見られるような物質主義的な成長というものを遂げたのです。けれどもその物質主義的な成長が、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」に見られるように、一つの大きな転機を迎えているということです。私たちは決して弥生時代のような農耕社会に戻ろうと言っているのではありません。私たちの本来残すべきコモンズのきずな、それは従来は常会、町内会、区会という時でも、誰かひとり声の大きな人、あるいは区長の人の言うことに、皆が出席しているにもかかわらず従わなければならないという形がありました。そうではなく、これだけ意欲にあふれた私たちの郷土の人々ならば、誰もがそうした集会において、臆せず自分の意見を述べ、述べるだけでなく行動し、そして共に議論していくということが必要だということです。コモンズというものは社会が個人から成り立っているということです。とかく日本は高度経済成長のころは、社会の対語が個人であることを忘れて、社会の対語はガラスに映った、鏡に映った逆の字で、社会の対語は会社であるというふうに考えがちでありました。そうではなくて、私たちは開かれたコモンズ、まさに個人に立脚した、個人が臆せず意見を言えるような社会にする必要があります。

 いくつか私たちの職場においての提言というものをいたしたいと思います。一つは、厳しい職場だけれども温かい職場であることを目指すべきであろうと思います。ぬるいけれども他からやってくる人たちにとっては冷たい職場ということは、決して望ましいことではありません。公務員のみならず、民間の企業であっても望ましいことではありませんし、民間であったならば、逆にそれは株価であったり商品の購買ということによって社会的な制裁を受けてしまうところです。そして私たち人間に最も大事なことは、適性あるいは能力ということではありません。私たちのモラール、つまりやる気ということではないかと思います。私はやる気のある人、そしてそのやる気というものは、現場が大好きで、同時に議論も大好きであるという、こういうやる気です。現場を見ていても、そこに基づいてこのように変えていこうということが出てくる議論も好きでなくてはいけません。よい意味で私は各部局、課、係においてダベリングの時間というものを持っていただきたいと思います。実はこの1月から部長、部局長そして地方事務所長らに順に見学をしてもらうことになっていますが、東京にトリンプインターナショナルジャパンという下着のメーカーがあります。この16年間、増収増益を重ねている会社で、吉越浩一郎さんという、私も大変尊敬をしている社長のもとで、かつて2%であったシェアが現在10%と16年間で伸びた、本来にはドイツ系の会社であります。この会社では午前8時半から、毎日約60分間MS会議、マーケティング&セールス会議というものを行っています。まさに平場で多くの人が参加して、その場で議論をして、それを一つ一つ、いついつまでに仕上げる、いついつまでに報告をするということを行っている内容です。これは今後もこうした部局長や地方事務所長及び多くの方々にもご覧いただくことで、長野県に取り入れていきたいというふうに思っていますが、このトリンプインターナショナルでは、一対一のメール交換というものを原則禁止しています。社長と社員のメールというものはありますが、それぞれの担当のものが連絡をする場合にはメールで行うと微妙なところが伝わらない、よってメールで伝えることは同報通信で多くのものに、このようにしましょうという提案であったり、結果であったりというものを送るようにしていると言われています。皆さんももしかすると仕事が忙しいという中でパソコンに向かっている時間が多くはなっていませんでしょうか。パソコンはさまざまな電磁波を出しているので、いろいろな問題があるというふうにも言われていますけれども、ぜひ今後長野県の職員においては、具体的に議論を深めてまいりますが、一対一のメールで連絡するのではなくて、メールというのは基本的に決定したことを、あるいは提案を多くの人に伝えるものというふうにいたしたいと思います。そして課の中で、係の中でよい意味でダベリングをする時間というものを設けていってほしいと思います。

 今日はここに多くの部局長、課長が集っていると思いますが、それぞれ自分が指揮監督をしている職場の人に関して、少なくとも1時間ずつでもそれぞれの職員と話す時間というものを、2、3カ月に1回は、一人ひとりの職員と1時間は話せる、このような時間を心して設けていっていただきたいと思います。そしてそのダベリングの中において私たちが心がけることは、いわゆる制度や仕組み、霞が関のしきたりに基づいたような、いわば演繹法的な「そもそも論」ではなくて、まさにうちのじいちゃんもこういうこと思っている、うちの子供がこういうふうになったらいいのになあと言っているというところから始まる、まさに新しい帰納法的な「そもそも論」というものを、私は心がけていただきたいと思っています。同時に、そうした現場も好きだけれども議論も好き、そして私たちの目指すべき社会がこうあったらいいなというところから「そもそも論」が始まるということは、よい意味でのお節介になるということです。自分の同じ課の、となりの「島」と呼ばれる係の人たちの仕事に、よい意味で声をかけたり、相談に乗ったり、口を出したり、見てあげる、私はこうしたことが、ある意味では一つのコモンズのぬくもりにもつながるのではないかと思います。そして従来から私が述べている、的確な認識、迅速な行動、明確な責任ということを、今日この講堂に集まられた多くの方々のみならず、全職員にお願いをいたしたいと思います。的確な判断ではありません。的確な認識です。というのは、私たちは考える葦ですから、日々考え方は深まっていきます。変化をしていきます。物事を変えるということを躊躇していく向きもあります。いったん決めたことが絶対ではありません。ですから、常に的確な認識を持てるように、私たちは周囲に目を配り、努力をしなければいけません。そして同時に的確な認識を持つがために逡巡するのではなくて、行おうと思ったことは、行えると思ったことはすぐに迅速に行動していく必要があります。そして多く責任のある立場にある人たちは、明確な責任というものは自分が持つのだということを考えていただきたいと思います。

 次年度に向けての予算の策定というものも、昨年とはずいぶん趣が異なっている部分があります。とりわけコモンズから発想する予算という形になってきております。で、このことは次年度に向けての予算策定というのは、一つの転換期にあろうかと思います。16年度の予算を作るということは、ある意味では予算を作る前に、コモンズで何が必要なのかということを議論をして、予算は年度途中においても、より具体的になってくるというような形が生まれるかもしれません。それはどういう意味かというと、例えば今まで私たちは国の側から与えられた予算のフレームというものを、どのように市町村に分けるかということが3月までの仕事でした。そしてそれは各現地機関が監督をすればよく、また市町村が執行すればよいという発想でした。そうではなくて、私たちは4月以降こそがひとつひとつ執行していく、それも義務として執行するのではなくて、的確な認識に基づいて迅速な行動を行いながら、よい意味で的確な変化を行っていくような予算の執行でなくてはいけないということだと思います。これは大変に、「言うは易く行うは難き」ことかもしれません。コモンズにも、おそらく2つに大胆に分けると、真のコモンズと偽のコモンズと呼ばれるものがあるかもしれません。いわゆる私たちのぬるま湯的なぬくもりの中に戻って行ってしまおうとする予算、あるいは事業、あるいは志というものが偽のコモンズと呼べるかもしれません。一人ひとりが個人に立脚して自律的に判断し行動して、共に支え合うというための真のコモンズ、それは決して冷たいものではなく、むしろとても温かいものではなかろうかと思います。いずれにしても、現場で事業を行いながら、現場で県民と議論をする。そして常に主役は県民であって、私たちはよい意味での志や、また、よい意味でのプライドがあるからこそ、あえて裏方として尽くすことによって、私たちが県民とともに長野県を、そして信州を変えていくのだという志が持てることだと思います。コモンズを再生していくベクトルの基本は、個人の一人ひとりの県民です。あるいはそのうち州民と呼ばれるようになるかもしれませんが…。そしてそこにコモンズがあり市町村があり、そして県があり国があります。けれども一人ひとりに立脚したコモンズを形作っていく上においては、私たち一人ひとりの職員が、私、田中康夫をはじめとして多くの職員が一人の県民としてコモンズの中によい意味で入り込み、そこでその意識をまだなかなか変えられない、従来型の地元要望という言葉であったり、従来型の手続きというものを重んじる人々の心をも、よい意味で開いていってあげる必要があります。それは、県が市町村の中のコモンズの一人ひとりと一緒になって、市町村をクラッシュ(crash:砕く)するというような浅薄な見方ではありません。私たちは、たまさか県の職員であって、けれどもその前にこの信州のコモンズの一員であるからこそ、一人ひとりがコモンズの一員として、その自分の周囲の集落であったり、市町村であったり、地域であったり、ひいては実は最も進んでいる考えだと思っていた長野県をも私たちが変えていくコモンズの意識が必要であろうと思います。その意味では、ぜひみなさんが年末年始に読まれた「未来への提言」というものを、一人でも多くの皆さんのコモンズの集落の人々に、皆さんが伝道師としてお伝えいただきたいと思います。そして、まさに皆さんが、私たちの現場から始まる、現場から議論しながら長野県を日本を変えていくという、誇りある工作員として県職員を務めてくださるということを、私はぜひお願いをいたしたいと思います。

 年末に阿智村というところへ出かけました。阿智村の「ヘブンスそのはら」というスキー場のオープンに、こちらにおりますワンダルマ国王の代理として私は出かけさせていただきました。そのあと、阿智村の岡庭一雄村長に、神坂の峠のところに、雪深い中、案内してもらいました。二千年の樹齢の木が立っています。そして大変に険しい峠です。皆さんご存じのように、東名高速道路と中央高速道路は、東京から小牧インターまでの距離は同じです。中央高速はだいぶ上の方を通っているように見えますけども、同じ距離なんですね。ある意味では、伊能忠敬の歴史よりもはるか前に人々は、最も近い距離、そしてそこに多くの温泉や、あるいは農作物があって、美しい四季がある場所に道を通すということを考えたということです。人間というものは、ある意味では大変太古の昔から、縄文時代の昔から優れたものであったのかもしれません。いつの間にか私たちは物質主義的な社会の中で、すべてが自動温度調節器のサーモスタットがきくようになって、一人ひとりが自分で判断し行動し責任を取るということを結果として、怠るとまでは言いませんが、少なくなってきてしまったのかもしれません。そうした長い歴史を持つ、この私たちの信州という場所が、多くの県民の参加によって更なる改革を行えるためにも、そのきずなとなるのが先ほど申し上げた多くの人々の意識を解きほぐし、そして解放する工作員であり、そしてまた伝導師である県職員であります。皆さんの協力を持ってなくして、私たちの郷土の更なる歩みというものは期待できないと思います。

 大変に長い話になりました。ぜひ12月19日の部長会議の内容もご覧いただき、また、今日私がお話しした内容に関しても、ぜひ皆さんから忌憚のないご意見をいただきたいと思います。現場も好きでありそして議論も好きである。そうした県職員のあり方を共に目指していきたいと思います。
 田中康夫でした。

 

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