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最終更新日:2003年06月26日

内外情勢調査会 知事講演「長野県政について」

 
平成15年6月4日 松本市・ホテルブエナビスタ


  通常はご紹介いただきましたと言うんでしょうけれども、もう皆さま、県内指名手配のような顔でございます。長野県知事を務めております田中康夫でございます。
 今も内外情勢調査会松本支部長の吉野さんから、大変にエールをいただいたんでございますが、でも逆に議会との関係もきちんと語ってほしいということで、これを最初に語りますと、今この写真を撮っている記者の人たちがですね、明日の記事の見出しと記事の行数がとっても増えて、つまり書く分量が増えて、彼らの仕事を増やすことになってしまいますので、それは最後まで残っていた人には少し語れる程度、というと、また最後まで残ってるのかな。


 知事室分室の話からお話しをしたいと思いますけれども、私は常に実体のある分かりやすさということを考えてまいりました。そして、これは前回もお話ししたかもしれませんが、私たちの社会は今、非常に大きな転換点で、転換点というのは経済の低迷があるからだけではございません、演繹(えんえき)と呼ばれる考え方では、私たちの社会は乗り越えられないということです。
 演繹法というのは、演ずるという「演」の字でございます。今まで演繹法というのは知識と経験のある方が、その知識と経験を生かして、より社会において敷延的な広がりを持つ方策を見いだせる、これが演繹法と呼ばれていたわけでございます。
 しかしながら、私たちの社会の演繹法というのは、いつの間にかこういう前例がないから、これは役人がよく言ってきたことですが、それだけでなく、皆さまの場合にもこういう規制があるから、こういう法律があるから、この答えしか出てこないと。せっかくの知識や経験を生かしても袋小路の答えしか出てこなくなってきた。これが非常に日本の活力を削いできたのではないかということです。
 では、私たちは何を求めるべきかといいますと、これは以前にもお話ししたかどうか、新潮社という出版社に斉藤十一(といち)という大変な名編集者がおりました。鎌倉に住んでおりました。2年前に鬼籍に入りましたが、この方が週刊新潮をつくり、そしてフォーカスという雑誌をつくり、最後まで彼が見出しを付け、特集の企画を多くの若い編集者たちが出す中で、彼が最後に、これを多く扱おうと、これは小さなディスウィークで扱おうというようなことをしておりました。この方が生前繰り返しおっしゃっていたことは、よい意味で教養を超越した自分が、よい意味で教養とは無縁である、これは誤解を招かずお聞きいただきたいですが、読者が知りたいと思うことを私はこの雑誌で伝えていくのだと言っております。
 この言葉を表層的にとりますと、非常に週刊新潮というものが何か人権蹂躙(じゅうりん)であったり、あるいは売らんかなであったり、興味本位ののぞき見であるかのように捉えがちかもしれませんが、彼が言っていたことは大変に大事なことでございます。演繹法と呼ばれる知識や経験を持っている人が、知識や経験から私たちの社会をより良くする敷延的、あるいは先駆的なことを見いだせない中、よい意味で教養とは無縁、あるいは教養を超越した人たちが目指している社会、その人たちが願っているものを現実に近づけると。
 それが帰納法、「帰る」という字に「納める」という字でございますが、であるということです。よい意味で私たちが、私たちの体として、五感として望んでいるものを実現するために知識と経験を生かして、今の閉塞的なところをいかにブレークスルー(breakthrough:打開)するかということであります。その意味でいいますと、私は知事室分室を、あえて松本の合同庁舎というようなところではなく林業総合センターに置いたという意味は、大きく分ければ二つあるかと思っております。
 私にとって一番心配でありましたのは、私自身も10階建ての県の本庁舎という中にいると、いつしかその建物が育んでいた演繹法の中に埋もれていってしまうということです。今回4日間おりました。1週間という言い方をしておりますが、私はできれば、例えば3日あるいは2日半ずつを月に2回行うと。つまり月のうちの2週にわたって何らかのかたちで知事室分室で仕事をするということであります。
 この場で今回、山形村や朝日村といった、まさに合併というかたちではなく自律的な町村を営んでいこうというところを訪れました。そのほかに、今日お越しの小口さんを塩尻市役所に表敬訪問させていただきましたが、多く費やしましたのは、私たちの職員と議論することでした。
 今年、120の市町村に約130名を超える職員が派遣されております。今までは交流職員というかたちで、120あります市町村から県で働いてくださる方と交互に私たちの職員が出るというかたちでした。
 今まで長野県はこうした市町村から来る職員の方を研修生と呼んでいたわけでございますが、私はこれを交流職員という言い方にしました。私たちは財政課を財政改革課、あるいは人事課を人事活性課というふうにいたしました。この二つはそれぞれ人事活性チーム、財政改革チームという名前になりまして、名前を変えるというだけでなく、今年の4月から経営戦略局というところで、従来の政策秘書業務だけでなく、財政と人事、また行政機構の改革、そして今まで法規学事課と呼ばれておりましたところのその法規の部分、つまり条例を設置していく、あるいは条例をどのように変えたり超えていくかというチームの一員になっています。
 120の市町村に交流職員として出ております職員のうち40名ほどの者と今回いわゆるミーティングをいたしました。そして昨年、私たちの長野県の職員になりました行政職の人間は、例外なく各地方事務所あるいは現地機関の場で、とりわけ税務課という税金を皆さまからいただく部署であったり、あるいは生活環境課とこの4月から変えました部署であったり、厚生課というような社会福祉の場面で働いております。こうした昨年入りました職員とも同じく50名ほどと議論をいたしました。
 これが恐らく県の10階建ての本庁舎を彼らが訪れて私と会議室で話をしたならば、恐らく彼らは非常にシュリンク(shrink:尻込みする)してしまうであろうということです。そして、私がガラス張りの1階の知事室を設けたのは、繰り返し申し上げているように、3階の閉ざされた空間の知事室であると、私もまた恐らく、私が県民の目線に立って県民のために従来の慣習にとらわれない改革を行うことが難しいのではないかと思ってガラス張りの部屋にしたわけでございまして、それ故県民ホールの前にあるわけです。
 塩尻の分室でございますと、非常に木の葉のすれる音がいたします。風の音がいたします。もう早くもセミが鳴いております。ある意味では非常に平和的なキャンプデービッドのような場所でございまして、この場所でこうした者と議論をすることにより、彼らから非常に多くの意見が出てまいります。
 来週またあるのでございますが、昨日実はしなの鉄道に、私どもの昨年まで企画課長を務めておりました藤森という者が、現在、しなの鉄道の屋代駅 に勤務しております。これは非常に優秀でありました4人の課長職の者が、この1年間3カ月ずつ四つの場所を、しなの鉄道の3カ月はマスト(must:義務)でありますが、そのほかの三つの場所に関しては自分たちが選んで、県内の例えば飯山のNPOでありましたり、環境のNPOであったり、あるいは社会福祉の施設であったりで研修をしております。 
 彼らはほぼ1週間に1回、私にメールで手紙をくれまして、それに対して私が返事をしております。この藤森が昨日も繰り返し申し上げておりましたのは、今まではやはり上を向いて、課長である前には課長に、そして部長に、また知事に理解していただける、あるいはおしかりを受けないためのレポートを書くことに大半の時間を費やしてきていたと。
 今は違うと。まさに列車の時間は待っていても訪れてくると。そして、多くのお客さまがいらっしゃると。長野県は札を、今日皆さまも札を付けていらっしゃいますが、大きな写真入りの札を付けております。私たちはこれを決してIDカードとして使っているわけではございません。電磁コードが付いているわけでもありません。ここに写真と名前とそしてふりがなを、これはさらにふりがなを大きな字にしなくてはいけないと思っていますが、常に県民から見られている。自分の名前で仕事をしているということです。
 その藤森も、お客さまから非常に名前を覚えられまして、そしてさまざまなことを聞かれるとその瞬間に答えないとおしかりを受けてしまうということです。役人の世界では、瞬間で答えるということは、先輩が言ったことをそのまま言うことでございましたし、何か企画を立てる場合には、逆に10年、20年、同じ企画を数値だけ替えて出してきていたわけであります。
 泰阜村というところにも一人、吉澤という者が、これは私たちの社会部でさまざまな社会福祉の計画を立てる係長を務めておりましたが、赴任をいたしております。先般、下伊那郡を訪れましたときに、休日でございましたが、彼と会いました。泰阜村には山村留学という言葉をもっとより現代的にするためのグリーンウッドという、ほとんどの方が県外からお越しになって打ち立てた県内で初のNPOがございます。ここに「だいだらぼっち」という施設がありまして、実際に森林学習をしながら1年〜2年、小学生・中学生たちがいるというところですが、ここでも彼は働いております。
 そのときに、県であると縦割りであったと。自分は社会福祉の厚生担当であるけれども、村を歩いていれば、そのほかの例えばごみの問題や教育の問題まで聞かれると。その時に、的確に答えたりあるいは翌日にきちんとお答えをしないと、逆にそうしたお年寄りからも、おしかりを受けてしまうと言っております。常に県民と接している彼らと、合同庁舎ではなく知事室分室の会議室で会うことによって、より多く私は得ることがございます。
 同時に、これは県民にとって、とりわけ中南信の方々にとって、距離が近くなったということはございます。精神的な意味でも非常に県が近くなるということでございます。ここで「ようこそ知事室へ」というものを行っております。15分から20分ずつ5名の方とお目に掛かるというものでありますが、今までは応募なさる方はやはり東北信、とりわけ北信の方が多かったわけでございます。けれども今回の場合、塩尻で行うということをあるいは明記したからかもしれませんけれども、非常に中南信の方々が多数であられたと。
 中に実際に、松本歯科大で歯科医師として働いていた方が事故によって全身不随になられてしまって、長野県のリハビリテーションセンターでリハビリをなさって、現在、自宅で療養をされている方がいらっしゃいます。
 この方が今回応募なさって、奥さまの運転する車に乗って車いすでおいでになられました。林業総合センターはバリアフリーになっていない建物でございますので、皆で車いすに乗ったままのこの方を持ち上げまして2階の知事室分室の部屋に入っていただいて、そこでさまざまなお話しを伺いました。
 そこで彼は、リハビリテーションセンターを南北に1個ずつ造ってほしいなどということを私は申し上げるのではないと、言うわけでございます。なぜ看護大学の温水プールを障害者のために開放するといいながら、それがわずか月に1回の日曜日なのかと。日曜日にわざわざスタッフが来ていると。じゃあ平日はどうなのかと。平日も看護大学の、しかも看護を学ぶ大学の人たちのプールが24時間使われているわけではなかろうと。その場所を逆に、例えば5レーンある中の2レーンを開放することによって、そこで一緒に手伝う人が出てくると。大きなものを造ってくださいというのではなくて、今ある長野県の中のものを月に1回やることで、何か障害者に配慮をしたということではなくて、日常として行えるようにならないだろうかという提言を受けました。
 今バリアフリーという言葉を使いましたが、決して税金を用いて段差をなくしていくことだけがバリアフリーじゃないんだと思うんですね。いつでも・どこでも・誰もがということを長野県は言っているという、まさにウィンドウズ型の社会からリナックス型の社会にすると申し上げてきましたが、ある意味ではそうした方々が、いつでも歩くときに、誰かしらが時間的に精神的に余裕のある人がいれば手伝えるというかたちが必要だということだと思います。それが真のバリアフリーではなかろうかというふうに考えているわけです。
 いずれにしても知事室分室というのは、大変に私が想像していた以上に、中南信の方々によい意味で、精神的な意味で県政というものを自分により身近に感じていただけると。それが大きな建物を造るということでなくても、私は実現していくのではないかという期待を持っております。
 長野県はもう皆さまご存じのように、未曽有の財政危機であるということはお話しをしたと思います。1日の利息の返済額が、利息だけでございますが1億3,000万円あったわけですが、この4月からは約1億2,000万円と減ってきております。恐らく、カルロス・ゴーンさんからすれば、県知事というのは大変に楽な仕事だと。というよりも、行政というのは黙っていても先にお金がもらえると。いい商品をつくらなければ皆さまはお金が入らないのに、先にお金をもらえると。
 これは大変にアドバンテージ(advantage:有利)でございます。仮に私の行政に至らないところがあっても、皆さまが税金を払わないという一揆のようなかたちはあまりないわけです。今後、行政訴訟というようなかたちは、株主代表訴訟と同じように全国で恐らくは起きてくるようになるかもしれませんが、この点はアドバンテージであります。
 しかしながら、ひとたび組んだ起債は同じ利率で総務省に提出した返済の計画に則っとって行わねばなりませんから、これはリボルビングカードのようなものでございまして、例えば2年間で負債を返済するということは、これは行政では不可能に近いことであります。これが恐らく大きなモラルハザード(倫理観の欠如)になってきたと思います。
 三位一体の改革ということがまことしやかに語られておりまして、長野県もこの問題に関して具体的に提言をしていこうと思っておりますが、非常に霞が関や永田町での議論というのは抽象論だと思うのですね。地方で税金を4割集めて国が6割集めるのに、実際に使うのは地方…この地方・国という言い方もおかしな話でして、今後、長野県が提言するときには中央政府と地方政府というような言い方、これとてその地方という言葉が持っている長い歴史のイメージというものを払拭(ふっしょく)はしきれないと思います。長野県は今まで地方課といってきましたが、市町村課と2年前から名称を変更はいたしましたけれども、実際に使うのは、地方政府の部分が市町村も含めて6割で、国という中央政府が使うお金の部分が4割だと。この2割の部分を分配することによって霞が関が全国を統治してきたと。ある意味では、自治省、総務省もそうですし、そのほかの公共事業を行っていたようなところ、あるいは厚生労働省とて例外ではないと言われているわけです。
 ここまでは多くの市民の方はおわかりになると思うんですね。ところが、その先の議論でどのように財源移譲をするかというような話になってくると、これは日常の生活の中にあまり深くはかかわってこない部分なわけでございます。
 私は常に、「『脱ダム』宣言」の場合も申し上げてきたことは、実際には大きな公共事業のうち、その8割が長野県以外のゼネコンというものに落札されると。県内の3社JVの場合の三つ目が2割であると。他方で、交付税措置される部分も含めて、国という中央政府が県営ダムを建設する場合に負担をするのは72.5%で、27.5%は地元の県民税であったり、地元が起債を返済せねばならない部分であるということを申し上げてきました。
 今年の冬に滋賀県の、ご存じかと思いますが、豊郷町というところの豊郷小学校を改築するか、改修するかという大きな問題がございました。これは私たちの税金、あるいは国が地方を管理する、自治体を管理するものの非常にいびつな形が象徴的に現れたものでございます。
 豊郷小学校はどういう小学校かといいますと、この豊郷町、かつての豊郷村からは、伊藤忠兵衛という丸紅をつくり、伊藤忠をつくった人物を輩出しております。いわゆる近江商人を多く輩出してきておりまして、その伊藤忠兵衛の丁稚として入った古川鉄次郎という人物が丸紅の専務になるわけでございます。この方が昭和11年であったと思いますが、自分のふるさとに私財を投じて校舎を建てたのが、テレビで幾度となく映し出された豊郷小学校であります。
 この豊郷小学校を設計いたしましたのはウィリアム・ヴォーリズという人物であります。この人物はアメリカから宣教師として渡って、地元の商業学校の先生をして、それからメンソレータムを創設するわけであります。近江兄弟社、今はロート製薬の傘下に入ったわけですが、この近江兄弟社を創設した人物でありまして、同時に設計をたしなむ人物であったということであります。東京のお茶の水の山の上ホテル、あるいは大阪の心斎橋の大丸、こうした店舗の設計をしたのがこのウィリアム・ヴォーリズであります。
 このウィリアム・ヴォーリズが設計をしたその豊郷小学校を壊して新しい立派な校舎を造ろうというふうに大野和三郎という町長は主張していたわけであります。これに対して多くの住民が、そうではなくて、その校舎の中には階段の下りたところにウサギとカメの手すりの彫刻があると。この校舎を耐震構造にして使おうではないかと言ったわけです。そのほうが金額ははるかに少ないと。当時言われていましたのが、学校の建設費が確か21億円とか、25億円というふうに言っていたと思います。これに対して反対をしていた地元の市民たちが、そうした専門家を入れて試算をしたものでいうと、耐震構造にしても確か6億か7億というような言い方をしていたのではないかと思います。
 一般的に考えますと、じゃあその建物を耐震構造にして使うという住民の意思を尊重したほうが税金の執行額は総体としてはるかに少ないではないかと思うわけですね。ところが、建て替えをするという場合には、国庫補助金としてまず3分の1の33.3%がまいります。そして40%が交付税措置されます。ですから残りの26.7%というのが実質的と…、それは交付税も、国庫補助も、これは全国民の税金ではありますけども、実質的に町が負担するのは26.7%なわけでございます。
 では逆に耐震構造にするような補修工事をする場合には、どのくらい国からの補助があるかというふうに言いますと、この場合は国庫補助金が33.3%であります。交付税措置の部分というのがございませんので、66.7%が地元の町の負担になるわけであります。こういたしますと、仮に改修する場合の費用が3分の1程度であったといたしましても、ほぼ町の負担というものは変わらない。むしろ建て直しをするほうが町の負担が少ないというケースが多く見られるわけです。
 そうしますと、恐らく、その町の財政を健全化しなさいというお題目が多くの方から問われている首長にとっては、建て直しをしたほうがよいのではないかと。そのほうが地元の景気もよくなるのではないかという話になるわけですね。
 ところがマスメディアというのは新聞もテレビも、無駄な補助金をやめようとかですね、箱もの行政を転換しようとか、こういうことを社説では書くわけですね。総論としては書くわけでございます。けれども、このように大変にわかりやすい各論のときに、私も幾度かそうしたことをコメントとして出したり文章に書いておりますが、少なくとも論説委員と呼ばれる、解説委員と呼ばれるような方々が、こうした図表を示して説明をするということはほぼないわけですね。
 多く語られたのは、非常にぴんから兄弟の親せきのような顔立ちをした大野和三郎町長が、住民たちが子どもと一緒に阻止しようとする中で、業者に命じて窓ガラスを割っていくというシーンが繰り返し流されるわけですね。非常に具体的な事例であるにもかかわらず問題が矮小化されて語られていくということです。
 ここの町の場合には、ご存じのように、町長選には3人の候補者が立ったわけでございまして、大野和三郎氏はお給料を半額にするという大変にキャッチーなフレーズを出したわけでございます。他方で2名の方、残り2名の方というのは、いずれも、その校舎を耐震改修するというふうに言いました前の前の町長の方と、そしてもう1人その運動の中心できて前の選挙でも惜敗をしたという方であります。結果は皆さまご存じのとおりであります。
 人吉市という市が熊本県にございます。川辺川ダムの下流にある町であります。ここも前回の統一選で5人の候補者が出ました。現職の市長が当選をしましたが、現職の市長はダム推進派であります。2名の候補者はダムの建設は住民の合意もないし反対であると、ダムの建設、これは国営ダムでありますけど、国営のかんがいと治水のダムですが、反対をするという候補者でございますね。残りの2名の方は、かつて私はダム推進派ではあったが、これは住民投票をすべきであると。ダムの建設にはこだわらないと言った人です。
 よい意味での確信犯としてのダム建設には反対と公言した人2名、玉虫色というよりは、少なくとも住民投票をすると言った方が2人、結果は今申し上げたように、ダムを建設するという方が当選しているわけですね。ところが、ダムの建設はしないというふうに言った1人の方は確か元自民党籍であった方でありますが、この2名の票を合わせても当選した方のたぶん1.5倍近くになっているわけでありますね。
 ところが票は分散をしているわけです。結果として民意はダムの建設をやむなしというふうに決めた。あるいは、ダムの建設だけがこの選挙の争点ではなく、景気浮揚であったり、福祉や教育も争点の中で、市民はバランス感覚によってこの候補者を選んだというふうに記されるわけです。
 これはどういうことかというと、恐らく私は、大変に失礼な言い方かもしれませんが、利益あるいは利権というもので集われる方は候補者調整が容易に行い得るということです。これに対して、理念というもので集われる方は、必ずしも候補者調整はできないということですね。ある意味でいうと学生運動と同じように、非常に細かい点において、ここの意見が違うとか、この人が突出し過ぎると言って分裂することによって候補者が乱立をしていくわけであります。
 これはケ小平(とうしょうへい)が来たときであったと思いますけれども、日本側は過去のことはすっかり忘れて、といったら語弊がまたあるかもしれませんが、過去は過去であって現在を構築しようというようなことを言うわけですね。過去をきちんと踏まえた上でという意味ではなかったと思います。つまり、小異を捨てて大同につこうというようなことを言うわけですが、その時にケ小平の側は、小異を残して大同につこうというようなことを言うわけですね。やはり市民の願いというものを帰納法として実現していくときに、小異を抱えながらも大同につくというようなことが、今後、行いうるかどうかが大変に大きなテーマではなかろうかという気がしております。


 長野県はご存じのように、財政再建改革プログラムを行っていくこれからのあと4年間で、公共事業費を約4割削減、県単独事業費を5割削減、ただし、さまざまな養護学校の改修でありましたり、公共投資は行いますので、投資的経費は全体として3割削減というかたちでございます。もう皆さま十分にご存じのように、長野県全体には、特に中南信には恩恵を被らなかったであろうことは明らかな事実だと思いますが、バブル経済が崩壊して以降、逆に長野県はオリンピックという大きな目標を得まして、公共事業費がバブル期よりも最大時で2倍、県単独事業がバブル期よりも最大で3倍になってきているわけでして、これが大きく現在の財政にのし掛かってきております。
 財政再建プログラムというのは、いわゆる財政再建団体に長野県が陥らないようにするため組み立てられているわけです。先日も松本の合同庁舎の講堂で長野県内の土木建設業の方々との車座集会というものを3時間半ほど行わせていただきました。そこで述べたのでございますが、平成11年の土木建設の費用を1という数字にした場合の15年度当初予算の長野県の数値は、0.769になっております。他方でこの長野県の財政改革のプログラムと、都道府県全体の平均を比較いたしますと、当初予算で長野県の0.769よりもさらに低い0.742となっております。ちなみに長野県の市町村もそれに連動するかたちでさらに低く0.703となっております。
 相対的に言いますと、長野県の財政改革の下での土木建設費用の縮減は、日本の他の都道府県と異なっております。他の都道府県は、バブル期が集結した後、漸減をしてきているわけでございまして、長野県はバブルの後ジェットコースターのようにもう一回上に上がり、下がって平成11年という段階を迎えております。私は、平成12年に就任いたしました後の2年間で、大体昭和62年、3年くらいの公共事業の規模に戻していくと、バブル期の最後のころに戻していくということを行ってきたわけです。
 しかしながら、長野県においては、ある意味では温かい温泉に入っていたところから、非常に冷たいプールの中に突如入ったかのように思われると。せめて、温かい温水のプールの段階まで戻してもらえないかということが多くの土木建設業の方々の訴えだと思います。
 長野県は公共工事入札等適正化委員会というものを設けて、昨年の秋から議論をしてまいりました。こうした中で郵便入札というものを取り入れたわけです。この郵便入札というのは一見原始的に見えますけれども、大変に合理的なものであります。
 といいますのは、それぞれの方が応札をなさる場合に、ホームページから書式をダウンロードしていただいて、それをお書きいただいた後、郵便局留めにして郵便で入札に参加していただくと。入札の当日に郵便局からそれを持ってきて、皆のいる前で封を切って、その中で落札者を決めると。そしてまたその落札する間に何らかの不正がなかったかどうかということを約1週間クーリングオフの期間で調査をして、異議申し立て等がなかった場合にその者を落札者とするというかたちであります。
 これは電子入札と呼ばれるものも、ハッカーというものがいたり、あるいはその前に封を開けるということを非合法的に電子上で行う可能性は排除できないわけでして、郵便入札というのは一見原始的でありながら、極めてその意味においては合理的なものであります。そして地域要件を、今まで15の建設事務所でありましたものから、大きく四つの地域に分けるというかたちになってまいりました。
 公共工事入札等適正化委員会のメンバーというのは弁護士4名であります。いずれも全国市民オンブズマン連絡会議に所属している弁護士の方でありまして、1名は松本の弁護士でありますが、残りの3名は名古屋と三重と横浜の弁護士の方であります。もう1名の委員長を務めている方は、公正取引委員会から今、横浜桐蔭大学という大学で入札論を教えてらっしゃる教授であったわけです。私はこの委員会の意味、つまり状況証拠によって浅川ダムの入札には談合があったというふうに認定をしたということも、これはある意味、演繹法ではなし得なかったことかもしれません。実は状況証拠から演繹をしたわけでございますが、同時にそれは、ある意味では始めに予見があったというかたちではなくて、よい意味での帰納法としてもたらされたものであると思っております。
 この入札の中で非常に低価格の落札が相次いでいるというふうに言われております。この低価格の落札を是正するというよりも、逆に入札に関しては、むしろ私は土木部長の小市正英とも常に語っているのですが、業者の方々以上に、行政と呼ばれるわれわれの側に多く反省すべき点があり、またわれわれの側がまだ反省が足りず、われわれの側の改革が十分にできていないというふうに思っております。
 例えばコンサルティングという業務の方がいらっしゃいます。通常は測量をするというようなことに関して、よい意味でのアウトソーシングをするかたちであったのが、コンサルティングの方によって事業の画(え)全体が描かれるような状況になってきたのが、私が就任したころであったわけであります。
 ありていにどういうことかと言いますと、バブル期や、バブル期を過ぎても、非常に若い職員でも年間10億円くらいの、あるいは総額で数億円の規模の事業を行うと。その中で、本来技術者としての集団であったはずの私たちの農政部や土木部や林務部や企業局、あるいは住宅部というものが自ら設計図を書いて起案をするのではなくて、恐らく金額、それも国から内示された金額をもとに、このくらいの金額でここにこのようなトンネルを造れるであろうかというかたちでコンサルティングへのアウトソーシングをおこなってきていたということです。
 そういたしますと、その金額に応じた画が描かれてくるということです。仮に、もしその金額の2割減しか国が認めてこなかったとするならば、この金額であると言われれば、恐らく、前後ののり面の作業もその金額に応じたかたちで、コンサルティングの会社は書いてきたのではないかという深い疑念があります。そしてそれを誰も確かめることなく進んできたということです。
 そして入札に関していえば、例えば新しく羽渕トンネルの工事という入札が先般ございました。2社あるいは3社のJVが組まれる。JVを組むということ自体、そもそも話し合いが起きるということになるわけですが、この時設けた要件、地元からも参加できる企業の要件というのが、幅員6m以上、高さもありますから、6mと壁面断面が10uという面積であったと思いますが、そのトンネル工事を今までに3回以上行ったことのある企業が応札できるという条件が付いておりました。この応札の条件に合致する県内の建設会社はわずか2社であります。
 そういたしますと、ありていに言えば、もちろん、そこから孫請け、ひ孫請けというかたちで仕事を請けるという方もいらっしゃるかもしれませんが、そうした要件をそのまま続ければ、永遠に長野県内の会社は、仮に重機を増やし技術者を雇い入れたとしても、その規模のトンネルには参加できないということです。で、そのことをなぜ疑問に持たないで私たちは行ってきたのかということです。
 例えば、塩尻市で突如として痴ほう症になられる方が年度の途中の5月に多くなられたと。あるいは極論すれば、もちろんないことが望ましいですが、大変大規模な火災であったり、不慮の事故があって身体障害者の方々が多くなったといたします。けれども、こうしたことに呼応するかたちで年度途中に補正予算が組まれるということは恐らく皆無に近いわけですね。
 他方で隧道(ずいどう)や橋りょう、ダムと呼ばれるものは、契約書を業者と交わしながらも、大幅に補正予算が組まれることが通例でありました。その理由は、予期していなかった地盤であるというようなお話です。でも契約ということで考えてまいりますと、そのかたちで契約したわけですから、発注をした側のわれわれの測量、あるいは予測が至らなかったのか、あるいは受注した側の企業の力量が至らなかったのかというような検証が行われないままであります。
 このかたちが、ご存じのように、川上村に造った大きなふるさと農道の78メートルの橋脚2本の橋で、19億円で起案されたものが63億円になってきているというようなかたちが、これは上信越道の、これは国の事業でありますが、上田のところのローマン橋も同様のかたちになってきているわけであります。
 昨年、私どもの出納長の青山篤司という者のところに、躯体工事業者であったり左官の方であったり、こういう方々が、私と会いたいといって具体的な提言を持ってお越しになりました。結果としてこの方々の提言を受けて「下請110番」と呼ばれるようなものや、さまざまなプログラムを開始しているわけでありますが、その時にこの方は、ある経験豊富な県議会議員の方を通して私どもにお話がありました。
 今、多くの県民はまさにビー・トゥ・シー(Business to Consumer:消費者向け、企業と消費者の取引のこと)でビジネス・トゥ・コンシューマーになっておりますから、「『県民のこえ』ホットライン」であったり「ようこそ知事室へ」であったり、「車座集会」であったり、あるいは直接ファクスや手紙やEメールや電話によってさまざまなご要望が寄せられます。
 こうした業者の方々は、もちろん零細であられる、けれども非常に意欲を持たれている。直接お申し出になられればよろしいのに、ある議員の方を通じて私に会いたいという話がございました。この議員の方に後で周辺からお聞きをしますと、議員の方にその方々がお話ししてから私どものほうにお話が来るまでには随分のタイムラグがございました。
 そして出納長がお目に掛かりました。出納長は、ぜひこれは私が会うと、会ってその場においてそうした下請けの方の話を聞き、そうした方々がホットラインを設けるということをマスメディアの方も1階の知事室で取材なさる中で、私も同様の気持ちを持っておりましたしお伝えをする。それは私のアナウンスもマスメディアを通じて報ぜられることによって、より多くの方に認知されるわけでして、そうしたかたちを持とうとしたわけですが、残念ながらこの県会議員の方は直接知事に会うまでのことではなかろうと。年内は私も大変に忙しかろうというようなことをおっしゃられるわけであります。出納長に対してですね。
 私たちが本来守らねばならないのは、もちろんすぐに構造変換ができないそうした方々です。非常に不思議に思いますのは、国土交通省も、あるいは、日本建設業団体連合会ですか、こうしたところの歴代の会長や国土交通省は、10年間で日本の公共事業は半減するし、土木建設業の数は半減するというようなことを公言し続けているわけです。多くのマスメディアにおいて報じられていることです。
 しかしながら、私は合併をすることで強くなってくださる会社もあれば、あるいは自力で強くなっていく会社もあれば、そのほかの林業であったり福祉であったり運送であったりサービスであったり、そのほかの業種も営まれることによって強くなられる方や、あるいは極論すれば、社員も経営者も納得するかたちで店じまいをして、他の産業において給与所得者として雇用されるようになるか、大きく分ければ四つあるわけでして、このプログラムに対して私たちの職員がきちんとバトラーサービス、名前を、担当者を決めてお世話をしていくということが必要だと思っています。
 ただ、すぐには構造変換できない方々への激変緩和というものが必要なわけです。しかしながら、なぜ、恐らくその議員の方、大変お忙しかったのかもしれません。お忙しかったのかもしれませんが、なぜその方が大きな橋りょうや隧道(ずいどう)や、あるいはダムの建設に関しては、私にも地元の住民の要望であるというかたちでお話を幾たびかなさって来られた方が、どうしてそうした躯体業者や左官の人たちや鳶(とび)の人たちの訴えのときには、年を明けてから話を聞くかたちでもいいのではないかと、あるいは今急いで聞く必要は必ずしもないのではないかというニュアンスのことをお話になられたのかということです。
 大変に大きな事業というものは、先ほど言ったように、太ったブーメランになって戻っていくということですね。ダムの建設の場合にも、東京からコンクリートと計画とスーパーゼネコンがやってきて、けれども地元のお金も持って戻っていくということは、太ったブーメランになっていくということです。これは治山事業も同様ではなかろうかと思っています。


 市町村合併に関して、私はやはり住民に対しての説明責任や、あるいは情報公開や住民参加というものの中で議論しなくてはいけないと言っておりますが、私がもともと繰り返し申し上げているのは、フランスにおいては人口5,000人以下の町村というものが全体の9割を占めております。世界最大の地球温暖化貢献国として知られているアメリカという国においても、人口5,000人以下の町村が全体の8割を占めております。
 制度が違うのだという言い方はよくなされることです。であるならば、なぜ三位一体の改革と呼ばれるものがお題目ではなく、そうした小さな町村が生き残れるための議論になっていかないのかということです。むしろ現在の三位一体の改革の議論、総務省で行われていることは財務省が行っていることと対峙(たいじ)しているかたちに見えますが、これは長い目で見れば、市町村合併であったり、そうしたかたちを採らねば生き永らえないというような結果をもたらす机上の議論になっていると思います。
 1998年という年に、自由民主党は大きく転換をしたと私は思っています。この年は参議院選挙で都市部、もとより大阪においては公明党が強いというような中で、自由民主党は必ずしも強くなかったのですが、98年に愛知や神奈川や東京という地区においても、自由民主党の参議院の議席というものが壊滅に近いかたちになってくるわけですね。その時に多くの恐らく市民も、あるいはマスメディアも、自由民主党の行うことは田舎、あえて申し上げますが田舎にお金を使うことではないのか。都市住民に必ずしも還元してくれないというふうに言っていたと思うんですね。
 この中で亀井静香さんたちが、270数カ所の公共事業の中止勧告というものを出しております。と同時に都市基盤整備ということを大きな声で語るようになってまいります。
 長野県は今、新しく鷹野治という林務の技術職員ではない者を数十年ぶりに林務部長にいたしまして、林務部の改革ということを行っております。林務部は今でも、森林整備の予算を増やしても、林務部全体の予算の7割は公共治山と呼ばれる谷止工、コンクリートで谷の安全を守るという事業が主たるものであります。これが林務部の7割の予算であります。これは国のシステムの下ででき上がっているということです。
 事業費1億円で雇用できる労働者数というデータがございます。これは当の谷止工の治山事業を今でも進めている林野庁が出しているものでありますが、港湾、海の、国土交通省の港湾局の港湾、あるいは空港を造るといったことは、何人日かと申しますと、1人が1日働いて1人日でありますが1,200人日であります、1億円で。これに対しまして、治山事業、公共治山と呼ばれる谷止工は2,000人日であります。同じ治山でも森林整備になりますと、これが3,600人日というかたちであります。
 ただこういうデータを出すと、そんなにいっぱい整備する場所が森林にはあるのかと。これは大変な労力を使うから重機も使いにくいので、参加する人が少ないというようなことを言われるわけです。
 これに対して、今までは産業連関表という数字がございました。この産業連関表は、あと数年後には時代に即して組み立て直すと言われているんですが、いつそのようになるかは語られていないわけですが、総付加価値率という国におけるGDPのような数値で計りますと、10億円を投資した場合の雇用効果・産業効果というものは、いわゆる公共事業の場合10億円に対して約6億円であります。福祉の場合に約7億円で、教育の場合に約8億6,000万円という数字が出てきております。もちろん、それも一つの指標でないかも、あるいは、あるかもしれませんけれども、長野県はそうした中で大きな構造転換を図ろうとしているわけです。


 道路の補修工事、舗装補修工事というものに関しては直接国からの補助金はないわけです。こうした事業も、今までは、長野県は比較的大きな会社、あるいは東京に本社があって支店は設けておりますけれども重機はその都度ほかから持ってきたり、ましてや従業員、現場で携わる方々も長野県以外からその期間お越しになる、季節的にお越しになる方であるというような会社が多く落札をしておりました。もちろんその中で下請けというかたちで地元の方が携わることも多かったわけです。
 この道路の補修工事に関して、就任直後から70カ所に関しては経営審査事項いわゆる、経審と呼ばれる、国土交通省が定めた基準でその土木建設業の方を評価する基準がありますが、この中でDやEのランクの方も直接入札に参加できる希望参加型入札というものを設けました。この春からは約3倍に増やして200カ所にしておりますが、この方々は、恐らくはこのかたちで直接ダイレクトに仕事をしていただけるようになりました。落札率は平均で7割から8割の間くらいであります。
 これはビー・トゥ・シーになったことによって、今まで他のスーパーゼネコンの傍系の舗装会社、舗道会社の支店というものがお取りになったものが、直接県内の企業が取ることによって、ビー・トゥ・シーの中で、これでも仕事を引き受けていただけるということです。
 今のコンサルティング業務の4割、5割という落札率をどのように見直すのか。そのために発注技術等検討委員会というものを、近く6月中に立ち上げることになっております。これはより専門的な知識を持った技術者や研究者、また県内の企業の方々もここにオブザーバーとして参加をして意見を述べていただくというかたちの委員会であります。近く正式にメンバーも発表をすることになっておりますし、この委員会と先ほど申し上げた公共工事入札等適正化委員会という弁護士を主体とするチームの両方の議論によって、長野県の入札制度をより改善するということです。
 どのように改善をするかというと、AからBのランクの中で実際に重機を持たれていたり、技術者を雇用されているという土木建設業の方が今一番苦しくなっております。なぜか、それは私たちが大きく反省する点ですが、AからBのランクの中でも、必ずしも技術者を雇用していなかったり、重機をほとんど持っていらっしゃらない、その都度のレンタルであったり、短期間のリースであったりという会社が比較的落札しているかたちになっております。
 これは、ある意味で市民にも納得していただけるかたちできちんとした投資というもの、研修というものを行っている長野県の土木建設業の方々が仕事に従事していただけるようにならなくてはいけません。ただ、こうした議論は恐らく今までの落札率があまりに高いかたち、あるいは談合情報というものがひっきりなしにやってくる中で、その制度というものを一度よい意味で改善をするかたちを進めなければ明らかにはなってこなかったことであろうと、私は思っております。こうしたために発注技術等検討委員会というものが設けられていくということであります。
 長野県では、その意味において、検査室というものを私たちは設けました。実際に施工をしたものをどのくらいきちんと造ってあるかどうかを検査するということであります。けれども、これは恐らく私たちの土木部をはじめとする技術者は、技術と知識と経験があると言われていたわけですが、長い間に、自ら測量をしたり図面を書くということを怠るということを歴代強いられてきましたので、ある意味では悲しいかな、私たちのその技術者の知識と経験というものが乏しくなっております。
 そういたしますと、ある意味では、外の方々によってこの検査というものも適正に行っていただくシステムを作らなくてはいけないと思っています。その意味でも、新しく設ける委員会の議論というものが期待、期待ということではなくて、そこにおいて秋ごろにもさまざまな提言を出していただこうということです。
 長野県が持続的であるために、今のような財政状況の中で、地元の正に真の意味で意欲のある方々に仕事をしていただけるようになっていくことが一連の公共事業改革であります。このことは先ほど言ったように、入札、応札で落札するチャンスの増えたD・Eのランクの方だけでなく、恐らくは重機や技術者というものをきちんと確保しているAからBのランクの方々にも、先日の車座集会で繰り返しお話することによって私はご理解をいただけていると思います。まだ他律的であられる方々も、恐らくこの入札の更なる第二段階の改革が進めば、私たちが目指していることがどういうことであるかを遠からずご理解いただけるようになると思っています。


 木曽・北安・諏訪・北信という四つの地方事務所は、今まで課長級の職員が務めてまいりました。他の地方事務所は部長級でございます。この4月から、中南信においても、あるいは佐久においても、多くの今まで県庁内で企画部門等を担当してきた課長級の者や部長級の者を現地機関の所属長であったり、そうした生活環境課長であったりに任命をいたしました。先ほど申し上げた、比較的人口の少ない地域の地方事務所に関しては、現在、住宅部長、企画局長、総務部長そして林務部長を務めている4名をそれぞれ地域政策推進監というかたちで任命いたしております。
 先日、塩尻の知事室分室で木曽地方事務所長の小池と話しておりましたときの話です。皆さま、木曽をお通りになられると、よく薮原宿とかですね、奈良井宿とかですね、こういうちょっと障子の桟(さん)のようになったところに墨字で書かれた看板を19号線でご覧になられるかと思います。
 木曽地区の多くのスキー場は、今年スキー戦略会議のもとでさまざまな活動をしまして、おおむね昨年度を上回る方々にお越しいただきました。高山の側に東海北陸自動車道が通り、そちらのほうが非常に便利になる中で、大変に木曽の方には検討していただいたわけですが、同時にそうしたスキー場を案内している看板もご覧いただきますと、この私のジャケットよりもものすごく深い緑色の看板のところにスキー場の名前やさまざまな施設の名前が書いてございます。いわゆるサイン、表示が、木曽の地域においては、これは木曽広域の方々がもう既に10年前から取り組まれることによって、かなりの部分、よい意味での整備がされてきております。
 私も改めてその資料を地方事務所長の小池から見せてもらいまして、事務所の中で、ある意味では1人の職員の方がそういうことを発案なさって、広域という中において皆さんがそれにとても理解を示して、国庫補助はあるにせよ自己負担、それぞれの町村や観光関係者の負担もある中で、あのような統一された看板になってきております。
 長野県は、今まで景観に関しては、地域と協定を結んで景観アドバイザーという方を任命してまいりまして、それらの地域の方々がそれぞれロードサイドの店舗に出掛けてこの看板の色を変えてくれませんかというような、地道なモグラたたきにもならないような活動をされてきたわけです。
 私は近く、長野県の10の広域のそれぞれごとにスキームカラーというものを木曽と同じように決めるということを広域の方々と一緒に行いたいと思っております。そして木曽に見られますようなサインのよい意味での統一ということを、長野県は行っていく必要があるのではないかというふうに思っております。
 これは軽井沢町が、ご存じのように、マンション軽井沢メソッド宣言というものを約1年5カ月前に、軽井沢の佐藤雅義町長という松本出身の方が、お出しになりました。これはマンションが旧軽井沢のあたりで乱立しかけているので、これを2階建て以下にすると、一つの家を100u程度以下にはしないと、駐車場の場所をこのようにするというような宣言であります。
 私が一緒に立ち会っておりますが、法的な拘束力は何もございません。何もございませんが、これを出し、多くのマスメディアが報ずることによって市民の知るところとなり、よい意味での抑止力として、企業市民であるマンションを計画していた事業者、実は企業ではなくて長野県の第3セクターにあたる地域開発公団というところでございますが、そこが2階建て以下にして、形状も地元と協議をするというかたちになりました。
 軽井沢では法律がこれに関してなかった。いわゆる景観に関してそのような建物が3階建て、4階建てが旧軽の地区においてできるというふうには想定していなかったわけですね。申請が出されますと法律的には許可せざるを得ません。当時、佐久地方事務所の担当者もやむを得ないという言い方をしておりました。
 しかしながら、私たちは当時、昨年からの住宅部長、あるいは林務部長と、あるいは企画局長と話をすることによりまして、法的には拘束力のないマンション軽井沢メソッド宣言というものを町長が出し、私が立会人として立つということをいたしました。そのようにいたしませんと、それから条例を作るということをやっておりますと、3カ月から6カ月の間にすべて駆け込み申請が来てしまうということであります。
 常に職員に言っているのは、法律は誰のためにあるかということです。前回も申し上げたかもしれません。法律を守るために条例ができたり、組織を維持するために事業が生まれたりするのではいけないということです。
 そうした中で、軽井沢においてはグランドマスターアーキテクト(まちづくりを主導する専門家)という制度を導入しようということで、佐藤町長との間で合意をしております。これはどういうことかというと、例えば皆さまがパリの町に行かれる。なぜパリの町が持続的に多くの観光客を呼べるかというと、それはルーブル美術館があったり、エッフェル塔があるからだけではないと思うんですね。それぞれは突出した立派なもので、そうした突出した箱ものは日本のどの都市にもあるかもしれません。
 パリの街は、ジョルジュ・オスマンという1人の都市計画家をナポレオン3世が任命することにより始まるわけであります。そしてこの都市計画家がパリの町をあのような広さのブルバード(boulevard:広い並木街路)にする。そしてそこに、プラタナスの並木を作る、あるいは建物の高さの上限というものも定めます。けれども建物の高さの上限を定めた上で、それぞれ彼の弟子だけでなくて多くの建築家が、まさに設計入札というかたちで知的な所有権というものを争う提案をして、あの美しいスカイラインの町並みというものができていくわけです。
 けれども一つ一つの建物はとても没個性化ではなく、社会主義国の郊外にできた集合住宅の団地とは違って、一つ一つが美しいわけです。それはやはり個性化を認めた上での高品質な統一感ということです。
 これはアメリカのような国でもカーメルという、クリント・イーストウッドが市長を務めた町に行きますと、非常にアメリカでは民主党の支持者、今回のようなイラクの戦争に最も反対する者が多い、けれども収入は比較的豊かな、国立市のような町を想定していただければと思いますが、ここでは商店街、木でできたような商店街ですが、こういうふうに針金が出ておりまして、看板をぶら下げる針金の長さとその形状はほぼ決まっております。しかしながら、その下に木で四角く作るか、陶器で丸く作るか、針金で三角に作るかといったようなことは、この上に出た針金の長さを超えない限りは自由になっております。ただ、そこで使う色に関していくばくかの制限はあります。
 これは個性化を認めた上での高品質な統一感ということであろうと思います。日本の商店街の場合には補助事業で、数多く乳白色のアクリル板で「何とか銀座商店会」という看板が皆、商店街に並ぶかたちになるわけでして、これは没個性化を強いた上での必ずしも高品質とは言えない統一感、というか凡庸感というものだということです。
 このマスターアーキテクトという精神は何かというと、まちづくり協議会というようなものを仮に作るときにですね、住民は多く参加をして意見が言えるというふうに思ったわけですね。けれども残念ながらそこで意見を言う人は、今までの主立った方が最初におっしゃるかもしれない。でも主立った方がおっしゃる内容というものも、ご自分から編み出された考えというわけでは恐らく必ずしもなくて、匿名性のもとで役人が起案をしたまちづくりの素案というものがベースになってまちづくり協議会が作られていくというかたちになると、これは結果として、そこに無私の精神で参加なさった方々の意見というのは微調整の部分で生かされるに過ぎない場合があるということです。
 私が職員に名札を付けさせているのは、繰り返し申し上げておりますが、バイネーム(by name:名前)で仕事をしようということです。つまり、きちんと自分の名前を出して自分の責任のもとで言うと。もし今後、皆さまが会合に出られたときに私たちの部長や課長がフルネームで自分の名前を、何々課長を務めている何々何々でございますというふうにおっしゃらなかったときには、ぜひ連絡をいただきたいと思います。何とか課長の山田です、田中ですという言い方は、実はこれは匿名性のもとに隠されているということですね。やはりきちんと、名前を出して仕事をするということであります。
 こうした中でマスターアーキテクトという制度は、その自治体の長と合議をする中で決めたグランドマスターアーキテクトの都市計画家というもの、それは乱立をする建物を造るということではない哲学を持った都市計画家が提案するものを住民が話し合うということです。そこには始めに起案をした者の責任というものが明確にあるというかたちです。このかたちは多く企業で行われているにもかかわらず、行政では必ずしも明確には行われてこなかったと思っております。
 長野県は木曽だけでなく、あるいは軽井沢だけでなく、そのほかの大変に素晴らしい場所があります。長野県は自然環境が優れていると言われていますが、地元の方にとっては24時間の店ができることが一瞬のハレ(晴)かも知れませんが、それは美しい白いアルプスと水をたたえた水田がある安曇野の光景が他の地域の方々からすればハレ(晴)なわけでして、そこにふるさと農道ができた後、農業委員会によって農地転用をされるというかたちになると、県どころか地元の市町村も、そこでよい意味での都市計画の話し合いをすることができないまま農地転用が決まると、そこに24時間のお店ができてきて、そこのサインという色彩に関しても必ずしも制約を課することがよい意味でできないというかたちです。それは地元の方にとっては一瞬のハレ(晴)であったとしても、持続的な長野県を考えたときにはケ(褻)であるかもしれないということです。
 先週の日経流通新聞1面に新潟に住んでいらっしゃるドイツの建築家の方が発言していらっしゃいました。ドイツでは、石でできているからということではなくて、100年以上たった建物は壊してはいけない法律があるけれども、その代わりに、個人所有のものであってもそこに対する支援があると。日本の場合には文化財に指定されるかもしれませんが、文化財に指定されると余計に使い勝手が悪くなってしまうので指定してほしくないというようなかたちがままあります。このあたりを長野県はやはり、観光、年間1億人来る方々の県として、いくつかの地域から変えていくということを行いたいというふうに思っております。
 少しく1時間ほどお話をしましたので、ご質問をいただくかたちで残りの時間、2時くらいまでの間、進めさせていただければというふうに思います。
 もしございますれば。どうぞ。どうぞ上條さん。


 松本市 上條洋幹さん

 (1) 産業廃棄物の処理問題(最終処分場)について
 (2) 産業廃棄物の処理問題(中間処理施設)について
 (3) 公害問題(家畜の臭気)について

 最初の産業廃棄物の問題に関してですが、もう既に上條さんもご存じであったように、原科幸彦氏という東京工業大学の戦略的なアセスメントの第一人者でありますが、彼のもとで具体的に中信地域の中でも三つに分散して場所を決めていくというかたちを鋭意行っております。
 そして、2番目の廃棄物の場所が集中をしているというところでございますね。それは十分私たちのほうでも認識はしているところでありまして、その中で、私たちは今までは保健所というところが廃棄物対策を行うと。ところが、本庁舎の中では生活環境部というところであったと。生活環境部の中に廃棄物対策課だけではなく、廃棄物監視指導室というものを設けましたのと同時に、この4月からは地方事務所に直接、生活環境課というものを設けまして、ここにそうしたスタッフも配属をするかたちで一緒に機動的に動くようにしております。また、具体的なご提案、ご提言があればですね、きちんとそれは承って、対応を迅速にしたいと思っております。
 3番目の点は、地球環境課というものが企画局の中にできまして、ここがいわゆるリサイクルだけでなく、そうした問題に関しても対応します。ただ、現在、減農薬であったり有機農法というかたちが非常に時代的に要請されております。他方で、においの問題は大変多くの住民の悩みでありますので、今、県内外からこうした様々なにおいの問題に関してもですね、取り組んでおられる方からの、よい意味での営業がございます。近く、こうした問題に関しても公開プレゼンテーションをして、こうした方々の中でよい取り組みに関して県も支援をしてですね、県内で地域を設けて実現していくということを行うところであります。
 上條さんからすれば、まだ至らない点が非常に多いかもしれませんが、ぜひ具体的な場所についてもですね、ご指摘いただいたり、あるいはそのにおいの問題も何か非常に取り組んでいるような新しい企業等ありましたら、ぜひご紹介いただければというふうに思います。


 先ほどちょっとふれました、太ったブーメランになるっていうお話しをしましたが、地方の公共事業を縮減して都市基盤整備をするというふうに、98年以降、とりわけ言うようになったんですが、その都市基盤整備は私から言わせると、阿佐ケ谷と高円寺の駅前が同じように見えてしまうような都市基盤整備であると、地方で使っていたコンクリートが都会において使うようになったというかたちで、ブーメランが中で小さくなったと。
 他方で、合併をすると20兆円の合併特例債が出ますよと。期限を切りますよというかたちになっていますが、交付税という一番の関心事をどのようにするかということを国は方針として何ら示していないわけでして、今回も先送りしようとしているわけです。
 例えば静岡市というところが清水市と合併をいたしましたけども、ここは合併特例債としてかなりインフラが整備されている場所でありましょうが、目いっぱいの450億円というものを合併特例債でご利用になられようとしております。合併特例債は箱ものにしか使えませんから、箱にお使いになるということです。あるいは、さいたま市のような三つ合併したところでいうと、職員と議員のお給料が三つの中で最も高い数字に合わせられて、福祉サービスであったりは、三つの中で相対的に最も発展途上の場所に合わされているというようなかたちがあるわけであります。
 長野県の場合には、かたちを変えるということではなく、宅幼老所を290カ所、長野県の小学校の数が350ほどございますので、もう少し上方修正をするかたちになると思いますが、宅幼老所を設ける 予定です。これからの3年間で設けていくというのはどういうことかといいますと、小学校の学区単位というものが一つの私たちのきずなの原点であろうと。
 これをコモンズというふうに、宇沢弘文さんという東京大学の、皆さんもご存じかと思いますが、経済学の大家と、神野直彦さんという現代の国の財政改革というものに非常に、これは集落というものを滅びさせるという観点から反対をしている東京大学の学者でありますが、国の仕事をしながら必ずしも御用学者ではないという方でありますが、彼らと共に、そしてまた軽井沢に川勝平太さんという長野県に移り住まれた学者の方がいらっしゃいますが、こうした方と一緒にコモンズからの再生ということを言っています。
 つまりそうした地域と、集落単位の活力というものがないまま、体だけが合併をしていきますと、結果的には骨粗しょう症の子どものような図体になっていってしまうのではないかという危機感であります。ですので、国の側はブーメラン効果を都市基盤整備に振り向けるというふうになったわけですが、他方で合併特例債というものを出してあげますよというかたちで、かたちを変えた箱ものの部分という誘いがあるわけであります。恐らくやはり、私はちょっとそれるように聞こえるかもしれませんが、日本全体のグランドデザインを議論する政治の方、つまりポリティシャン(politician:政治家)じゃなくてステイツマン(statesman:公正で立派な政治家)と呼ばれる方が比較的少ないんじゃないかと思うんですね。
 寺島実郎さんという三井物産の戦略会議の代表がおりますけれども、彼などがずっと言っていることは、成田と羽田と東京駅を結ぶリニア新幹線というものを設けることによって、20分で結ばれるということは一つの空港化することであって、羽田の沖合をまた拡張をして漁業補償を膨大にするということと相対的に考えたら、どちらが得なのであろうかと。この三つが結ばれることによって、地方の空港というものを整備するということではなくても、地方への鉄道網や既存の空港の路線というものを使うことで一体化できていくと。これこそがやはり都市基盤整備でありまして、こうしたものに数兆円単位のお金であっても投じるということが、結果として日本全体の活力になるはずですが、こうしたデザインを描こうとする方はいらっしゃらないということですね。
 私が長野県でグランドマスターアーキテクトのようなものを軽井沢から、あるいは将来的に安曇野のような場所や伊那谷で導入できれば大変にうれしいと思っているのは、そうした結果としてのドラスティック(drastic:思い切った)なですね、ダイナミズム(dynamism:活力、力強さ)のある変化というものを行わないといけないんじゃないか。そうした場所での公共投資や公共事業というものは、多くの方々が納得してくださるということです。そしてその中で地元の方が直接発注によって仕事に参加できるかたちを設けたいということです。


 3月の末に長野県の観光フェアーで台湾へ、SARSの騒動になる直前だったわけですが、伺いまして、100社ほどの台湾の観光業の方々に集まっていただいてお話しをさせていただきました。李登輝(リ・トウキ)氏と陳水扁(チン・スイぺン)氏にもそれぞれ1時間ずつお目に掛かる機会がありました。非常に面白いのは、国の大臣と会う場合には今までは頭撮りだけで、私との話というものはマスメディアの人はシャットアウトされるんですね。長野県は誰でも入れるわけですけれども、李登輝(リ・トウキ)氏も、あるいは陳水扁(チン・スイぺン)氏とは総統府で会ったんですが1時間の内容をすべて、日本側からは1社が代表でありましたが、地元の10社近い新聞やテレビの人間が1時間の内容をすべて聞くことができるわけであります。
 お二人ともある意味では李登輝氏も学者でありました。農業経済であったわけですね。京都大学で学ばれておりますが。学者から地方の自治体の首長を経て総統になられている。陳水扁(チン・スイぺン)氏も市民派の弁護士から台北市長を経てなられているわけですね。この中でお二人ともくしくもおっしゃられていたのは、やはり現場からのディテール(detail:細部)の変革をしないと、中央政府が頭の上で書いた台本のまま事業をやっても絶対だめだということでした。
 李登輝(リ・トウキ)氏は、なぜ「『脱ダム』宣言」を出したのかと聞かれたので、私は、ダムを造る、造らないではなくて、日本の税金の使い方の大きな転換だと。そして水利権というものが明治29年から変わっていないことが大きな問題であると。水利権を明治29年当時に獲得した漁業者であったり、農業者であったりというものが持っていることによって、巨大なダムを造らないと新たな水源が確保できないということが、いつの間にかダムを造るための方便になってきたということを言いましたら、彼は非常によく分かるということを言っておりました。次回はぜひ台湾の周辺の農村というものを見てほしいということを言っています。
 ところで、随分向こうでケーブルテレビとかで日本のテレビ番組を放送しているんで、特に去年の騒動がありましたので、町を歩いてる方も結構私の顔がわかるっていうのに驚きました。
 さて、李登輝(リ・トウキ)氏は先ほど申し上げた、長野県の仕事を手伝ってくださっている宇沢弘文氏と実は非常に懇意なんでございますね。私が帰るときに本をくれまして、小林よしのり氏との中国語の本でありましたけれども、恐らくあなたも、あなたも昔親しかった、そういう時期があったんですかね、小林よしのりさんは私とこうやって本出してるけれど、あなたと考えも違うでしょうけど、私とも随分違うところがあるんですよと言ってニタッとなさったのが象徴的でしたけども、恐らく彼はある意味でいうと、よい意味での京都学派だと思うんですね。京都学派も間違えますと何か非常に精神論にいっちゃいますけれども。
 実はこの間のエビアン・サミットの前に毎日新聞でずっと連載がありまして、去年まで駐日フランス大使であった、今シラク大統領のシェルパをやっておりますモーリス・モンターニュさんっていう人が書いていまして、幾度かお話ししたことがありますが、この方がやっぱり言っているのは、フランスの世界観は多極的なものでグローバル化が画一化につながらないようにすることを考えていると。だから私たちは中国やインドやブラジルという国を、今回、拡大会議で事前に呼んだのだということを言っているんですね。
 これは、私とずっと考え方が違った榊原英資(えいすけ)さんっていう、財務官をなさっていたときには全然違うこと言う人だなと思ったんですけれども、最近榊原さんがおっしゃっているのは、デフレから脱却しようって発想をそもそも変えないと、ハイパーインフレになってしまうと。役人が設定したかたちでデフレから脱却できるっていう考えがおかしいんじゃないかって彼は言っていますけど、同時に彼が言ってることの中でぼくはとても大事だと思うのは、ドルやユーロに対抗するんじゃなくて、ドルやユーロに続いて、やはり円でも元でもない第三の基軸通貨というものを、日本が番頭役になって中国やインドやブラジルと一緒に作るということが大事だっていうことを彼は繰り返し最近言ってるんですね。その第三の選択肢というか道があると。
 このことは、決してユーロの価値を下げるのではなくてですね、むしろ、ドル一辺倒になっているものを相対的にユーロやあるいはその新たな第三の通貨を設けることによって突出を防ぐことなんだってことを、繰り返し彼は言っていると思うんです。こうした考え方にやはり今の日本の政府や役人の大多数が必ずしもなってないところに、すごく日本の混迷が私はある気がするんですね。
 李登輝(リ・トウキ)さんも陳水扁(チン・スイぺン)さんも、なかなか議会っていうものは厄介でしょっていうようなことをおっしゃっていましたけれども、ただ、お二人だけでなくてですね、その後、中華航空とエバグリーンという、ご存じのように一代で海運業から築かれた二つの航空会社に伺いました。長野県には小さな空港はあるけれども、名古屋や成田がゲートウェイ(gateway:入り口)であるということを言いましたら、エバの会長も30分くらいお目に掛かりましたが、非常に明解で、うちは仙台と広島に飛行機を飛ばしたばかりであると。つまり、定期便で飛ばしているから、そこのロードファクター(利用率)を上げることが私たちのこの2年間の目標だから、残念ながらお手伝いをすることはできないということをおっしゃいます。決して冷たく言うのではなくてですね、非常に私のことも事前によく調べた上でです。
 中華航空に伺いましたら、中華航空っていうのは、昔は空軍の方々の天下り先だったので、非常にサービスも問題があるし、安全率でも問題があるというふうに言われていたわけですが、エバが出てくることによって、あるいはそのほかの小さな会社がたくさん出てきましたので、非常に意識が変わって、民間の女性の方がひとたび社長になったりしています。
 ここで社長と会長が出てきたんですが、私が長野県っていうのは100カ所スキー場があって200カ所温泉があって、非常に東京から新幹線に乗ると1時間半で来れて、また名古屋からも2時間で松本まで来れると。ぜひ、夏だけでなくて冬のパッケージも作りましょうということを言いましたら、すぐに途中で二人の若い企画部門の青年を呼びまして、新潟と富山にチャーター便を飛ばすということは、私たちとしては可能性として検討できることだから、君の側のフロントを決めてくれということで、ご存じのように、しなの鉄道の杉野正さんていう方、今回、松本空港ビルディングの社外取締役にも、もちろん雇い賃ただでなってもらうわけなんでございますけれども、彼と一緒にそのチャーターを飛ばせるようにですね、議論しております。
 少し今SARSの問題がありますが、恐らく冬にはそうした問題はすべて解決していると思いますので。ただ、とても感じたのは、非常にスピーディーであるということですね、判断が。そして李登輝(リ・トウキ)さんも陳水扁(チン・スイぺン)さんも、そして陳さんよりも前に台北市長をなさった方(許水徳さん)、ちょっと今名前を失念いたしましたが、日本の亜東協会の代表も務められた役人の方ですけど、この方の書かれた本を日本語に訳したのを読みましたが、非常に私が言っているようなことを、すべて現場主義を実践している内容の、20年間の役人の後の政治家の生活を書かれていまして、大変感銘を受けました。
 これは、恐らく台湾も中国も同様であろうと思うんですね。何か日本は非常に稟議(りんぎ)書を回して議論をしていくかたちでして、常におっしゃっていたのは、リーダーは責任を持って自分の行う方向を示さなきゃいけないと。示した上で、きちんと住民が意見を言える素地を作っておかなきゃいけないと。そして住民の多くが納得することを迅速にやんなきゃいけないというふうに言われまして、うれしいような身が引き締まるような思いをいたしました。また、いやあ、日本から日台議員連盟の人たちはありがたい存在で、来てくれるんだけれども、そこで具体的な仕事につながることが少ないなっていうようなことを、オフレコに近いかたちですがおっしゃっていました。
 ブラジルの前大統領は、ご存じのように、カルドーゾというこれは経済学者でしたが、ブラジルの経済をあそこまで立ち戻した人です。そして今フルネームがルイス・ルラさんという、この人は市民運動家出身の大統領でありますけれども、今回も一番サミットの会合で発言をしていた人であります。フェルナンド・カルドーゾ氏は比較的保守の中で社民主義としてのですね、改革をした経済学者出身ですけど、このルイス・ルラっていう人も私はインタビューを読むと、本当なかなか非常に哲学持っているように思いますが、イヴァン・カナブラーヴァっていう方が日本の大使であります。
 この大使は、長野県内のブラジル国籍の方が2万人いらっしゃって、そのうちの義務教育年限の子どもたちの4分の1は小・中学校に通っていないという中で、ポルトガル語の教科書を拠出してくれたり、さまざまなお手伝いをしてくださっています。またそうした中でセイコーエプソンをはじめとする多くの皆さんのご協力でサンタプロジェクトという、彼らを支援するプロジェクトが始まっています。
 このイヴァン・カナブラーヴァさんがおっしゃったのも、中国、メインランド中国(中国本土)からは毎月のように政治家と経済人が役人と一緒にやってくると。商談をまとめるということじゃなくて、ものすごくよい意味で深い議論をしてですね、両国がアメリカやよい意味での連合体であるヨーロッパに対立するんじゃなくて、その中でどう生きてくかってことをやるけれども、日本からおいでになる方は、どうも地球の裏側にあるせいか、日本の政治家の方は大変イパネマの娘の観光にいらっしゃるような方が大半で、なかなか、痛し痒しだってことをやはり食事をしたときにおっしゃっていました。
 私たちの社会はきちんと顔が見えるリーダーをなかなか持ててないのかなっていう気をしたりもしました。ただ、長野県においても、皆さまがある意味で長野県のあるべき姿を様々にお考えいただいて、それを私は一緒によい意味でお手伝いをしながら私の考えも述べて、より長野県が多くの方に移り住んでいただけるような場所にですね、してまいりたいというふうに思っております。
 大変にまた一方的にお話しする時間が多かったかもしれませんが、杉野正氏が松本空港ターミナルビルディングの役員にもなるという中で、よりしなの鉄道改革をした彼と共にですね、さらに中南信のゲートウェイというもののよい意味でのテイクオフを、離陸を目指してまいりたいというふうに思っております。


 また、ぜひ、知事室分室のほうにもお出かけください。大変に風光明美な場所でございます。冬はだいぶ寒いと言われておりますが、横の総合教育センターという建物が、これまた立派な建物が建っているんでございますが、宿泊施設が稼働率3割だっていうんで、ここに泊まらせていただいています。滝澤さんのブエナビスタに泊まる回数も少し減ってしまうかなと思って、地元への経済効果がないんじゃないかってまたおしかりを受けたりする、あっちを立てればこっちが立たずでございますけれども、引き続き一生懸命精進させていただきたいと思いますので、皆さまにもさまざまなご意見等いただきたいと思います。どうもありがとうございます。

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