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最終更新日:2004年04月14日

日本記者クラブ 田中知事講演


長野県で県知事を務めております、田中康夫と申します。

本日はこのような場で、皆さんに長野県の改革に関して、そのあり方に関してお話をさせていただく機会を得ましたことを、大変うれしく思っております。食事をしながら拝見しておりますと、幾名かは存じ上げている方が、あるいは紙面の上でお名前を存じ上げている筆者の方もいらっしゃって、大変にうれしく思っております。

長野県の県知事に、私は昨年の10月26日に就任をいたしました。選挙の投票が行われたのは10月15日でございますので、ちょうど10ヶ月が経ったところであります。

私は選挙のときも、当たり前のことが当たり前に言える、そして当たり前のことが当たり前に行える社会を目指そうということを申し上げてまいりました。そして今私が県の職員と共に、また220万人、長野県は県民がおります。全国で面積で言いますと、4番目でございます。北海道、岩手、福島に次いでおりまして、ちなみに220万人県民がおりますが、木曽谷はこの面積で言いますと、香川県とほぼ同じでございます。人口は約4万3,000人ほどでございまして、ここ木曽谷から選出の県会議員も1名であります。そして飯田市というのが県の南部にございますが、飯田市から南の下伊那郡の地域、ここも大阪府よりも大きな地域でございまして、ここには人口700人、800人といった村をはじめとして、約18万人の県民が住んでおります。恐らく私を長野県知事に選んだ県民というのは、長野県というのはご承知のように、かつては上野から特急が県庁所在地の長野まで出ておりまして、3時間を優に超える、3時間半近い所要時間がかかっておりました。飛行機で行けます県庁所在地と比べますと、日本の中で最も東京から、東京駅もしくは羽田空港から遠い県庁所在地だと言われた場所でございます。ですのである意味で見ますと、いわゆるインフラストラクチャーと呼ばれるものは、日本の中で一番後ろの集団に属していたようなものではなかろうかと思います。1990年くらいから、緩やかに日本の経済というのがリクラインしていく中で、長野県は冬季オリンピックという大きな目標を得まして、その中で長野新幹線、正確には北陸新幹線でございますが、長野行きの新幹線、あるいは様々な高速道路というものが急速な勢いで整備をされてきた。日本の経済が緩やかにリクラインしていく中で、一番最終グループにいた長野県が一番、ある意味では前のグループに躍り出たようなものでございます。長野オリンピックは98年に開催をされるわけですが、その前年くらいから、ある意味で言うと長野県の経済は、緩やかにリクラインしていた日本の経済よりも、さらに先駆けて急激に落ち込んでいくわけです。ある意味で言うと新幹線ができたことによって、それまで長野にご宿泊いただいたビジネス・エグゼクティブの方は日帰りでお帰りになられるようになった。群馬県の草津温泉にお泊まりになられて、志賀高原を経て善光寺に参拝をなされた方は、夕方の4時台の新幹線で東京にお帰りになるようになったと。一番当初の時刻表のもくろみとはずれたのは、4時台の列車が非常に混み合うという状況であったわけです。その時にその経済はむしろもう一つ大きな橋や大きな建物を造れば、長野県の経済は刷新できるんだと。あるいはリカバリーできるんだというふうにお考えの人々がいた一方で、そうではないのではないか。ではそれに代わるものは何かは恐らくこれは長野県のみならず、日本のみならず、世界中の方が一言で言えることではない。まさに成長から成熟なのだと。あるいはポスト・マテリアリズム(脱・物質主義)なのだというふうなそういうことは簡単ではありますが、それがいかなるものかは、なかなか具体的に目に見える形では、提示できない。けれどもだからと言って、今までの形をそのまま続けて良いのだろうかというふうにお考えになった長野県民。

ご存じのように長野県はかつては「教育県」と呼ばれました。今はそれは非常に幻想に近い形になっております。ただこの幻想に近い形と言われているのは進学率が、長野県は全国平均よりも低いということからでありますが、私はこの進学率というものは、これは文部科学省の数字でございまして、大学と短大に行く方でございます。でも私は周囲の若者を見ておりまして、例えば辻調理師学校に行くような、専修学校に行く若者の方が、よほどある意味では目的意識を持っている。日本の場合、リベラルアーツと呼ばれる大学に行く若者が必ずしも深い目的意識を持っているとは限らない。厚生労働省の掌握であります専修学校へ進学する率も、進学という形で私は考えねばならない時代になっていると思います。長野県が目指していることは「しなやかな、個人に立脚した県政」であります。そして同時にそれはある意味で言うと、後ほど時間があれば少しお話ししたいと思いますが、フランスのMOFと呼ばれるような非常に素晴らしい技能を持った職人を遇する社会をいうものがあります。私はそうしたマイスター的な人間というものが遇される県政をはぐくみたいと思っております。

私は2月に「『脱ダム』宣言」というものを発表いたしました。これは文章は長野県のホームページ等に掲載されておりますが、ここで私が申し上げているのは、できうる限りコンクリートのダムによらない治水ということであります。この「できうる限り」という部分が紙幅の関係で省かれてですね、報じられることもございますが、私がここで申し上げたことは、そしてまた「『脱ダム』宣言」というものが「緑のダム構想」という言葉よりも広く議論され、そして少なからぬ多くの方々がそれに理解を示されたのは、私は「『脱ダム』宣言」という言葉に、ポスト・マテリアリズムの私たちの時代のあり方が問われているのだと思います。

ジャン・ボードリヤールという、もうすでにご承知だと思いますし、震災後にインタビューが、確か朝日新聞の学芸欄に載っていたことを私は記憶いたしておりますが、フランスの社会学者のジャン・ボードリヤールが震災被災地を訪れて、その時に大変に立派な高速道路や新幹線や建物が壊れているのを見て、これだけ短期間に日本という社会がこうした豊かさを得たのは、それだけ一人ひとりの生活が貧しかったからではないかという、非常にアイロニカル(皮肉)な発言をしています。私はそうした社会を仮にそれを良しとしない人たちがいるならば、一緒により良い方向へ直していこうということです。

「緑のダム構想」というのは一つは環境の問題でした。でも「『脱ダム』宣言」というのは環境だけでなく、公共事業のあり方を問いかけたものです。

公共事業自体がいけないわけではございません。例えば今、無駄な道路が地方には多いということが言われておりますが、私はこのときに議論の中でもう一つ付け加えていただきたいと切に願うのは、国土交通省が管轄している道路よりも、むしろそれは農林水産省が掌握している農道、あるいは、ふるさと農道というものの中に多く見られると都会の方はお感じになっているのではないかということです。ウルグアイラウンドというものが結ばれたときに、日本の農業者を救うためということで、膨大なる金額が投入されました。その一つがふるさと農道です。ふるさと農道は基本的には通行量予測もせずに農道が建設できる。けれどもそれは一人ひとりの自立ある農業者の、自立心を持った農業者を手助けすることであったのであろうかということです。

『脱ダム』宣言」においては、公共事業のあり方のみならず、税金の使われ方、そしてもう一点。

私は、私たちの社会が、私も存じ上げている、例えば昔東京放送にいらっしゃった秋山さんが、今なぜ私は福島県で農業をなさっているかということ、あるいはアポロ計画に参加された多くの方がなぜ多く宗教家になられたり、あるいは逆に精神的に病まれてしまったりしたのかということを考えなければなりません。それは一つのエピソードとしてはオゾン層が破壊された地球を見たからかもしれません。けれども私たちも時差が13時間かけてヨーロッパやアメリカに行けるから、体はまだ辛うじて慣れるのかもしれない。かつて私たちは3時間半でニューヨークまで超音速ジェットが飛べば日帰りのビジネスができると言われた。でもそのような社会になるともしかして私たちの体は適応をしていかないのではないかと。10秒フラットが9秒9で走れる人が出たときには、とても私たちはテレビの前で拍手喝采でした。けれどもこれが今後、ドーピングもせずに9秒6で走るような人が仮に現れたときに、その時も私たちは人類の進歩と拍手喝采するであろうかと。もしかしたらとても素晴らしいことだけれど、でも同時にとても怖いことにも思うかもしれません。また、その昔、黒部ダムを見たときに、私もまたこれは人類の偉大なる進歩だと思いました。けれども皆が今、ダムの前に立ったときに何か言葉には言い表せぬ不安を感じるのは、やはり私たちがそうした意味で、精神的な意味でポスト・マテリアリズムの時代に入っているのだと思います。そういう端境期だと思います。

私は50年以上たっているようなダムは今後それをそのままにしておくのか、修繕をするのか。あるいはいったん壊して造り替えるのか。あるいはその、ダム以外の方法による治水を目指すのか。こうした4つの選択肢が議論されねばならないにもかかわらず、そうした根元的な議論は置き去りにされたまま、全国に300とも、500とも言われるダムの計画がある。具体的に金額の面で言いましても、長野県では現在9つのダムが計画されておりました。大仏ダム、あるいは浅川ダム、下諏訪ダムというダムがございまして、これは私は様々な資料を見て、現場にも出かけ、地域の住民の方との通常開く車座集会とは異なる、そうした一つのイシュー(issue)に関する対話集会を開き、そして私としてはこれらのダムの建設は中止もしくは一時中止すべきであるという結論に達するわけです。

ダムというのは多目的ダムの場合には、全体の費用の50%が国から出る形になっています。残りの50%は県でございますけれども、そのうちの95%には起債(自治体の借金)が認められております。そしてその起債の償還時に約66%は国がまた面倒を見てくれる。そういたしますと、多目的ダムというのは、治水であったり利水であったり、いくつかの2つ以上の目的のあるダムでございます。そういたしますと全体で約81%は国が費用を出す。もちろんこれも市民の税金であります。あるいは、だれが借金をさせてくれたのかわからない666兆円という貸し主がわからない形での借金の中にも含まれているわけです。

国が面倒を見てくれるから、これは地域の活性化に役立つのだと。でも私はこういう考え方はある意味で言うと、他力的な考えではなかろうかと考えております。そして大きな、巨大な多目的ダムの場合には通常3つのゼネラル・コントラクター(総合建設会社)がジョイント・ベンチャーを組みます。上位2社というのは長野県内には本社を置かない企業であります。その多くは例えば公的資金を入れて、役員がとりたてての責任をお取りになってないような企業だったりします。これらの企業が全体の8割の費用を持っていく形になります。もちろんこの下に下請け、孫請け、曾孫請けというような形がございますから、正確には地元の企業にも回ってまいりますが、水資源開発公団が木曽谷において行っております牧尾ダムというこのダムの周辺工事に関しては、県内の企業が受注している額はわずか13%であります。恐らくこうした様々なことが「『脱ダム』宣言」という言葉を、「緑のダム構想」とは異なる意味合いで多くの方がご理解いただけたのではないかと、私は思っております。

長野県においては、例えば、今、産業廃棄物処理場を松本市の北方にございます豊科町というところに、県の廃棄物処理事業団が計画をしておりました。けれどもこれは地域の少なからぬ方々の反対があり、そしてその地域の方が自主的な住民投票・・法に基づく形ではありません・・有権者を覚醒して、その方々に投票いただいた中で、これが三択式、つまり賛成・条件をつければ賛成・反対という選択方式であったわけですが、賛成・条件をつければ賛成の合計よりも、反対という方の数が上回ったわけです。

私が今、長野県で県の職員と共に、あるいは220万の県民と共に行っているのは、民主主義のリハビリテーションであると思っております。私たちは例えばそうした産業廃棄物の処理場を造るときに多くの説明会を開きます。そして審議会を開きます。そして公聴会を開きます。それらはいずれもその建設に賛成をする答えが出てきている。そして市民が、県民が選んだ議員の方々が多数決でその計画を賛成をすると。一つ一つは皆、民主主義に立脚しています。けれども全体として答えを見たときに、それはピサの斜塔がねじれていても・・それは観光資源になりますが・・、一つ一つのプロセスは民主主義であるはずなのに、結果として出てきた答えは多くの方からするとスパイラルをしているように見えると。ならばそれをもう一回リペアやリフォームではなくて、リコンストラクトしなければならないと考えています。

私は日本においてなぜ無党派層と呼ばれる人が存在するかというと、例えばこれはイランというような特定の名前を出すと、あるいは大使館の方がお怒りになるかもしれませんが、新聞がすでイランにおいて、その言論が制限されている国であって、新聞が朝黒く塗られている部分があるということは報じられているとは思いますが。例えばこうした場所においては、もうそこに住んでいる方も都会に住んでいる方も、老人の方も、若い方も、言論の自由をという一つの短いスパンで、同じ目標のもとに集結することができます。けれども日本においては、そうしたハングリーではない。今日着る服も、あるいは明日食べるものも、冷蔵庫を開ければ、あるいはクローゼットを開ければとりあえずあるわけです。基本的には満ち足りていてハングリーではない。取り立ててのどが渇いた状態でもない。けれども家の狭さをはじめとして、どこか満ち足りていない、サースティーな状態。そうしたときには大文字の目標を設定することで、多くの方々が集うことはなかなか難しい。皆はサースティーな気持ちを抱きながらも、自分たちのローンを返済するために、家族が安泰であるために、結果として良い意味で小市民的な行動を行うようになるわけです。その時に私たちが社会を変えるのは一つ一つのディテールから小文字から変革をしていくことだと私は思っております。

この豊科町の産業廃棄物処理場を県の廃棄物処理事業団がを造ることになっておりました。私はある意味で言うと、私が神戸の市営空港の住民投票運動というのに、私は当時東京に住んでおりましたが、これは日本全体の問題であるとして、年間100日ほど個人で神戸へ伺ったことがあります。私はあの運動はもちろん住民投票条例は成立しませんでしたが、ある意味で言うと住民運動、NIMBY(Not In My Backyard)運動の転換点であったのではないかと思います。Not in my backyardと言う言葉がございますが、市民運動というのは、その多くは「Not in my backyard 私の裏庭にだけはその施設はごめんよ」ということから始まるわけです。けれども神戸の場合は2つの空港が40分の場所にあり、新幹線の駅があり、高速道路があり、そして多くの方は被災をして二重ローンに苦しみ、そして3兆円も起債残高を抱える神戸市が、瀬戸地方で新たな埋め立てが原則禁止されている場所に、総額では1兆円とも呼ばれる費用を投じて市営の空港を造る。これが国営や県営であってもそれは税金であります。けれども市民にとってはより身近な問題です。そしてその飛行場ができることによって、逆に明石やあるいは芦屋の方には騒音が出るわけです。自分の庭先にはごめんよではなくて、造ることによって逆に他の人にも迷惑をかける可能性があるという運動です。

私は県の職員にその産廃処理場の問題を現在東京工業大学の原科幸彦さんという、私は知事になる前から非常に敬服している学者に委員長を頼んで、新しい委員会を作っております。豊科町のその計画されていた場所の検討委員会ではなくて、・・・長野県は松本、安曇野のあたりを中信地区というふうに呼びます。北信、東信、南信と言いまして、松本のあたりだけが西信ではなくて、中央の中を書いて信州の信で中信と申します・・・中信地区の産廃のあり方をどのようにするかという委員会を作っています。私はその時職員に申し上げたのは、恐らくこれから5年…、5年というのは単なる記号でございますが、これから何年かの間に日本のどこかで、私が今から申し上げるような市民運動が出てくるはずだと。その時私たち行政の側、行政というのは皆さんからお金を頂戴して事業を行い、そして禄をはんでいるわけでございます。ですから私は市民の側を向かねばならないと申し上げているわけです。ましてやそのお金は、例えば鉄道の場合は鉄建公団が占領します。終点には野球場や遊園地ができますので、日銭がいわゆる入ります。そして沿線にお住まいの方は6ヶ月分を事前にお支払い、定期券でいただくと。これは多くの商売というのは、良い商品を作り、良いサービスをしてはじめて、例えばボーナス一括払いであり、お代をいただくことができる。この商習慣を逸脱しているのがある意味で言うと鉄道の会社であったり、ましてや行政の側はどこに使うのかも詳細には申し上げないまま、事前に皆様がお勤めの企業からも予定納税をいただいているわけです。ですからこそ私たちは逆に市民の側を向かねばならないと、私は言っているわけですが…。

これから申し上げることは、例えばなぜそんなに安全だと呼ばれる産廃処理場を美しい谷間に作るのですかと。そんなに安全なんだったら駅前の大店舗が立ち退いて、空洞化している場所に造りましょうと。その谷間には私たちの町役場や図書館を造りましょうというような、仮に市民運動が出てきたときに、なぜ私たちは安全なのに人里離れた谷間に造るのかと、説明しうるかということです。そしてなぜ私たちは30センチほどのラバーソールをその谷間に敷いて産廃処理場を造るのか。30年たったとき、40年たったとき、それはダムのコンクリートに言いしれぬ疑問を抱く方が、懸念を抱く方が多いように、果たしてそのゴムは30年前と同じ状況であるのだろうかということです。多く産廃処理のコンベンションに出かけますと、そこには穴があいた場合には自動検索をして、ゴムを注入して10分ぐらいで穴に埋めますというような展示があります。私は今のその委員会にお願いをしていることは、私の大変素人考えですが、ならばむしろ私は身長165ほどですが、2メートルの高さの高床式に産廃処理施設をしたらどうなのかと。もし水が垂れてきたら、それはすぐさま私たちは目が不自由な方でない限りは見ることができる。そして荷物のパッキングをするときに分けて荷物を入れるとスペースが空くように、ゴムやガラスや鉄というものも分別することが産廃処分場に関しても行うべきではないのか。

産廃処理場を造る首長は勇気ある決断をする人だと、今まで言われてきました。けれども、はたしてそれはそうでしょうか。15年から20年たてば、そこは満杯になるのです。私たち人間というものが、仮にこれからも何百年暮らしていくとするならば、100年後に一体いくつ私たちのこの狭い列島に産廃処理場があればよいのか。つまり一つ場所を今決めている形は、勇気あることなのではなくて、それは結果的には根元的な問題を先送りしている。だからその首長は反対運動をしていた人の逆に寄らず、必ずしも晴れ晴れとした顔をしていないのではないかということです。そしてこの委員会には私はいわゆる今まで市民の側に立っていた方々も委員として加わっていただいております。その方々はまさに在野の研究者であられて、産廃の問題を市民と一緒に考えていく。この方々はそうした委員会に入って牙を抜かれてしまったらどうしようとおっしゃった方がいました。私はあなたがたはそのような程度の気概で活動なさってきたのですか。そうではないはずだと。今までのように賛成のための賛成派だけではなくて、反対のための反対派で仮にあなたがあったならば、その委員会の中に入ることによって、皆さんの審議がすべての市民が見ることができる。それによって皆さんはまた試されるのだということを申し上げています。

長野県においてはもう一つ現在農業に関して、田崎真也氏と玉村豊男氏を、玉村さんは長野県に住んで17年で、現在東部町でワイナリーも営んでらっしゃいます。この二人を「アグリカルチャー」の訳で「アグリ指南役」という形にしました。長野県はご存じのように、レタスだけでなくアスパラガスも、あるいはセロリも、あるいはブナシメジもまた花もトルコキキョウやカーネーション、ウメやブルーベリーと数多くが全国で1位の生産高であります。そして農業人口は全国で1位であります。けれども緩やかにリクラインをしていると。私は例えばセーフガードというものは、これは問題の先送りにしかなっていないと思います。で、価格競争力で言えばニュージーランドからもカボチャが入ってくる。中国からも椎茸が入ってくるときに、価格競争力でまともには戦えないはずです。けれども私たちのこの狭い列島の自給率は高めねばならないはずです。とするならば長野県が採りうる選択は、私は農作物の良い意味でのブランド化ということです。まず今年はキノコと、それから乳製品、それから肉類、牛肉ですね。現在関西地区においては「しなの牛」という名称でキャンペーンを張っております。1兆6千億円借金を抱えている県でございますので、広告代理店に多くの費用を払うような余裕は全くございませんので、私の友人でもあります河内屋菊水丸師匠に無償でポスターに私と登場していただきまして、私は私自らが広告塔であるということで、一昨日、梅田の阪急百貨店で「しなの牛」の販売をしてまいりました。そしてこの「しなの牛」のポスターを焼肉店やステーキ店や、また肉販売店に張っていただいているわけですが、同時に彼らにツアーを組んで長野県の農業を見に来ていただく計画も立てておりますが。先ほど言いました乳製品、キノコ類、それからワイン、それから牛肉、そして花であります。先ほど言いましたように、花もトルコキキョウ、カーネーション等多く、アリストロメリア等多くございますが、非常にきまじめな長野県民の県民性ということがありまして、例えば大田の花卉市場でも市場価格というのは新潟県や富山県の後塵を拝しております。私はもともとの素材が良くなくて広告だけで売るのは、これはフェイク(偽物)であります。けれども実体のある物をブランド化をするということを図るということです。まず最初に行うことはワインに関しての原産地管理呼称制度を確立するということです。原産地管理呼称制度というのはどういうことかと言いますと、例えば灘の生一本という言葉がございますが、これは必ずしもすべて神戸市の東灘区や灘区で造られたとは限らないわけでございます。あるいは山田錦を使ってますと言いますが、どこの山田錦なのかまでは表示されていないわけであります。で、ワインに関してはご存じのようにフランスですと、Appellation Bordeaux Controleeとボルドー地区の品質管理です。そしてその小さな村のAppellation Medoc Controleeと。あるいはchateauと。シャトー元締めであると。例えは長野には桔梗ヶ原という地区が塩尻にございます。桔梗ヶ原のメルローというのは非常に現在国際競争力も持っておりまして、またここで林農園というところが「五一わいん」という銘柄で造っている貴腐ワインは、私のみならず田崎氏も非常に認める世界的にも認められるような品質であります。これらを例えば桔梗ヶ原と名乗れるのは地名ではなくて、桔梗ヶ原地区の中のどこの土壌の部分なのかということを第三者機関によって確定していくということです。これによって品質の保持ができるということです。

続いて日本酒に関して言えば幸いなことに京都と違って、長野県においては一つ一つは小さな意欲のある地酒でありますから、これに関しても原産地補償管理を設定させようということです。

そして続いて行おうと考えているのは、これは少しく時間が掛かるかもしれませんが、私は行うべきであると、強い信念を持っておりますが、野菜と果物に関しても原産地管理呼称制度。とりわけ味というものをきちんとしたマトリックスを作って、味によって野菜や果物が評価される尺度を作りたいと考えております。現在ありますのは、例えばサイズである。LL・L・M・Sと。あるいは秀・優・良。優秀の秀。秀・優・良という形なんです。これは色合いであります。あるいは傷が有るか無いかであります。極端なことを言いますと、リンゴのヘタが取れているだけで集荷が受け付けていただけなかったりする。けれどもこうした大きさや色合いによって定めるということは、私はある意味で言うと日本の極めて偏差値教育的な、優等生輪切り教育に通じるものでなかろうかと思っております。大きさは目が不自由な方でない限りはどなたでも検定できます。そして仮に中が腐っていても、この大きさだったから「L」とつけました。この色合いだったから「優」とつけましたと言うことができます。これはある意味で言うと個人の責任が問われにくい日本の社会を私は象徴してはいないかと思っております。そこでもちろん田崎氏や玉村氏という人の力を借り、彼らが味のマトリックスをきちんと議論を、生産者とも議論をした上で設けて、また試験を通った人間が味に関しての検定を行う。そこで例えばマークのついたものがですね、東京の高額の、比較的優良であると言われている商品を扱っていると言われているスーパーマーケットで売られても、その段階では消費者の方は尺度はお持ちでないかもしれない。「あの田崎真也氏が言っていることだから食べてみよう、このトマト」と思われるかもしれない。でもその他のトマトと比較なさったとき、どういう意味でこれは糖度だけでなく、甘さだけではなく、どのような尺度でこの味を評価しているのかということを自分なりの尺度を持っていくことができます。

長野県においては下伊那郡の阿智村に村沢さんという牛肉の生産者がいて、非常に彼は意欲を持って、彼の同じ飼育法を多くの方が取り入れて、村沢牛という名前で、これは銀閣寺大西さんという関西の肉の業者が非常に良く思って売ってくださって、村沢牛という名前がある種、関西のステーキ屋では確立しております。こうした自分で川上から川下までmerchandise(マーチャンダイズ)をなさっていた方はこのマークがつくことで、さらに市場価格においてその努力が報われるということです。

2番目のグループにおられる方々は、もしかするとご自分の家族で食べられるものは農薬はお使いにならず、けれども出荷するものは規定通りの農薬をお使いになっていた。こういう方々もその味のマトリックスの上での尺度を目指そうとされるかもしれないということです。それはそれぞれの個人の鋭意が報われる、市場価格においても報われていくということです。

3番目のグループの方は従来通りの生産と、従来通りの出荷と、流通チャネルをご利用になるかもしれませんが、でもそれは彼らの農作物も安心なものであるならば、長野県産であるということが広い意味でもまたグリムゾーンのやつもブランドイメージとなれば、それは市場価格において報われるということです。

そして4番目のグループの人はご高齢であったり、あるいは本来その土地の地味の問題があったりして、むしろ他の産業に移られる。例えば荒廃農地に梅を植える。あるいはオリーブの木を植えるということも、私はこれは保水力の問題だけでなく大変に必要なことだと思っておりまして、これは既に農政部がこうした形を提唱するようにいたしておりますが、その4番目のグループの人はむしろご高齢であるならば、その他の社会保障を受けられるべきなのかもしれないわけです。そのための原資を私たちは原産地管理呼称制度によって得ていくべきなのかもしれないわけです。

長野県においてはもう一つ、林業を今年から予算を増大いたしました。増大といっても年間1兆円の県の予算の中ではわずかなものかもしれませんが、私は就任以来考えていることは、公的なことに税金を使うとは何かということです。公的なことに税金を使うと言って私たちは農業や、あるいは商業に膨大なる補助金を出してまいりました。でもその補助金は必ずしも一人ひとりの従事者の自立を促したかというと、そうではないのではないか。結果的には弱体化させてるのではないかということです。今年から間伐の費用の補助の按分を増やしました。私はこれを近い将来には10割にまで各市町村とも協力をして行っていきたいと思ってます。

話が少しそれますが、福祉や教育に関しては県が、仮に国も用意しているプログラムを県がこれを全県的に広げようと思っても、それを4分の1、あるいは3分の1の負担が市町村にございますから、市町村長がこの県の言っているプログラムは画期的だと、一緒にやろうというような、モデルになるような市町村。これは既に長野県内には町や村ではいくつかの非常に意欲のある村がございまして、福祉や環境や教育によって新たな雇用を生むという私の考え方をより具体化しようとしてくれる町村長がおります。そして同時に市のレベルではなかなか議論までに多少時間が掛かりますが、市のレベルでそれが行っていただけると、良い意味で全県に、右へならえというような鋳型に閉じこめる形ではなくて、広がるものだと思っております。

林業に関して言いますと、私は例えば商店街のアーケードを補修することも税金の補助が出ております。それによって仮に顧客が増えたのであるならば、その商店街の方々の個人の収入が増えるわけでして、私は林業の補助率を、間伐の率をですね、間伐とは間引きの方でございます。今年は雨が少なかったので。雨が足りない方の干ばつではございません。10割にいたしましても、やはりご高齢であったりして、気持ちはあるけれどなかなかできないという方がいらっしゃる。私はこうした場所を、これは人がお住みではなく、また森というのは極めて社会的な公益的なものですから、この場所を県が無償でお借りしてですね、県内外の間伐をなさりたい方々に年間20日間でもお手伝いいただくと。20年、30年その木を私たちがお金を出して、育てていただいて、お売りになるときにその幾ばくかのお金が個人の所有になっても、その間の数十年間の公益的なことを私たちは評価すべきであるというふうに思っております。

長野県では既に中山間地域において、土木建設業の方々が新たな林道の建設だけでなくて、間伐等にもですね、新たに入札に参加いただける制度を設けました。今年の4月から、私が去年就任して慌ただしく林務部が非常に熱心にやってくれましてできあがりまして、現在80数社の、今まで土木建設業であられた方が、こうした間伐の事業にも入ってきてくださる。そして塩尻にあります「林業総合センター」が、間伐の講座型「きこり講座」というものを、100時間を講習をすることで資格が取れる形を設けております。

私はセーフティーネットという言葉が今さかんに言われておりますが、ある意味で言うと、これは非常に抽象的に言われている。セーフティーネットが整わなければとおっしゃる方がいる。他方でセーフティーネットとは、公共事業であるというふうにおっしゃる方がいる。例えば国民の税金を使って行う公共事業なんだから、土木建設の人間が一人たりとも失業しないように、1円たりとも削減されないようにとおっしゃる方がいますが、私はこれは公共事業には必要なものが多々ございますが、この考え方は、いささか乱暴ではなかろうかと思います。

私たちの産業構造というのは、砂糖や石炭を例に挙げるまでもなく変化していくものです。そして新産業都市の時代のように、行政が旗を振って新たな産業を創出するなどということを、私は行う時代ではないと思ってます。長野県において経済を支えてくれているのは、今リセッションの時期にあるとはいえ、諏訪や伊那谷をはじめとするIT産業であります。これらの産業には私たちはほとんど補助金を呼ばれるものは出してきてない。が、であるからこそ彼らには国際競争力があります。

そして長野県には現在、約19,000人のブラジルの方々がお住まいになり、多くの方がそうした産業のもとで働いておられます。私はこうした子弟が通う無認可の保育所というものにも県がきちんとした手だてができるようにということで、新任いたしました国際課長に命じました。現在、長野県には、5つのそうした学校がございます。私はそうした長野県に投票権がなくても、長野県で税金を納めている方々に等しくサービスを提供する、その方々のためにブラジル語のイエローブックを作るということも大事なことだと思い、本年度の予算で計上しています。それは極めてわずかな金額です。あるいは中には田中知事というのは票にならないようなことばかりするということをおっしゃる方がいますが、私は票になるなどということがどういう意味なのかと思います。私たちは長野県に住んでいる方は等しいわけでして、その点においては小沢一郎氏のホームページの一番上に、彼は永住と言っておりますが、永住外国人の方に地方参政権をと。明確にホームページの1ページ目に書いている政治家というものを、私は寡聞にして他に存じ上げないわけでして、その意味では私は彼の理念というものは非常に私と少なからず異なるような歴史観や憲法観もあるかもしれませんが、大変評価しております。

少し質問の時間にくい込んでおりますが、後で「『脱・記者クラブ』宣言」等に関しては、ご質問が出た段階でお答え申し上げたいと思います。

そして入札に関して1点申し上げさせていただきたいと思いますが、電子入札というような形が全国で行われております。けれども私は長野県のような場所においては、地域の企業の方が入られる形が重要だと思います。先ほど私はダムによらない治水をできる限り目指すというのは、それは上流の森林整備や護岸整備や、あるいは3つのダムを一時中止あるいは中止いたしました河川は河床整理と呼ばれる浚渫(しゅんせつ)・・・浚渫は1メートル、わずか1万円で年間できる計算でございますが・・・これらは確実に地元の企業が担当するわけです。私が行っていることはモンロー主義の意味ではなくて、地元の企業がきちんと報われる社会ということです。

そして話は若干それますが、私の言うセーフティーネットは、例えば林業のそのような講座に今までの公共土木に携わっておられた方も意欲のある方が参加されるときに、それを無償、あるいは極めて実費の形で技術や知識や技能を学んでいただくための講座を、県が積極的に設けていく。こうした林業の「きこり講座」「間伐講座」はおかげさまで、大変に申し込み者が殺到しておりまして、むしろ教える私どもの職員が足りないくらいであります。こうした一人ひとりの自立心のある方に職業訓練をするということに費用を投じるのがセーフティーネットであります。

私はまた後ほど時間があればお答えしたいと思いますが、福祉の分野においても、長野県では来年度から宅老所、また長野県独自の宅幼老所の整備を行います。宅幼老所とは、0歳児、1歳児と同時に、介護保険に至る前のご老人たちが一緒に集う、昼間のデイセンターと呼ばれるようなところです。ここは、コンクリで立派な建物ではなくて、そして100人規模で同じ時間に同じ体操をするような鋳型の社会ではなくて、しもた屋の家を、商家であったり農家であったりのしもた屋を使って老人がそこに集って、元気な人はその日にはご飯を作ることも担当するというのが、宅老所であります。これを作るのに、大体しもた屋を改装するのに700万から800万かかると言われています。今までこれに対して長野県は補助を全く一切しておりませんでした。そして私が行っていることは補助金ではなくて、報奨金の精神にしていこうということです。800万円かかるのであれば、これを最大500万円規模まで、私たちは今までですと融資をしたと思います。融資をするということはローンを組みますから、その後20年間事務を担当する人が必要となるわけでございます。こうしたことは肥大化することです。私はその県民をきちんと信用できるのであるならば、500万円、イニシャルな物としてお渡ししようと。その代わりテイクオフしたならば、その後はご自分たちで実費をご老人からもいただき、保険も使って自分たちで運営していくということです。私は良い意味での旧来的な意味でも性善説とは異なる形での補助金ではない報奨金にしていこうということです。そしてそこに0歳児や1歳児の子どもも一緒に預かることによって、ご老人は自分のお孫さんとは異なるお孫さんの顔を撫でたりすることで、ある意味で言えば若返っていくということです。幼児も老人も行動のスピードは一緒でありまして、こうした宅幼老所というものも、来年度から長野県はきちんと手だてをしていこうと思っております。

そして入札に関してであります。入札はどんなに電子入札にしても地元の企業が参加するのでありますから、10社に電話をすればある程度の動向はわかるかもしれない。すると入札を透明化していくことは、どういう方法があるか。今まで情報公開というのはある意味で言うと田中角栄氏が捕まったときに、御用提灯を持って出かけていくのと同じように、とにかく、もちろん、あまりに隠されたことが行政には多かったからで、それは第一番目の理由でして、これを私たちは深く反省せねばなりません。けれども暴くことだけによって、それでは良い意味でのクリエイティブなコンフリクトにはなりません。私は入札に関して今後、入札に応じた企業名とその価格。1回目の落札か、2回目か、その金額のすべて。そして落札した企業と、その落札金額。私たちが想定していた落札の幅の金額。そして落札した企業の過去3年、もしくは5年ないし、私たちの公共事業を行った、その箇所。そしてまたそこに公的な、例えば議員の方々が仮に顧問として参加なさっているのであるならば、その事実も。こうしたものをインターネット上でアーカイブ(資料として保管)にしていくということです。これは9月から長野県は非常に広くて、建設事務所がいくつもございますね。一つないしは二つの建設事務所でですね、実験的にこれらをすべてアーカイブ化していこうと思っております。市民がすべてアクセスを容易にできることによって、ある意味で公共事業に携わる方々は引き締まるわけです。そしてそうした透明性の基で行われることによって、その方々もある意味では胸を張って公共事業に従事していただける。その過程の中で他県と比べてどのくらい安いのか高いのか。あるいは一般に言われる民間の事業よりも2割高いと呼ばれる公共事業は果たしてそうなのか。私が行っていることは、すべては市民が一緒に情報を共有化していくということです。

少し時間が延びましたので、ご質問を受けながら、さらにお答えできればと思っております。


司会
ありがとうございました。それでは和田さんから会場の質問をもとにした代表質問をお願いします。


和田氏
いきなり国政の話題からで恐縮ですが、まとめてまず4点ですが、心境程度で結構でございます。まとめてお答えいただければと存じます。

はじめに、まず最近のトピックで、小泉総理の靖国参拝、前倒し参拝になったわけですが。それから歴史教科書問題、先ほど教育の話が一つ出ましたが。それからあとの二つは人なんですが、田中外務大臣。それから石原都知事と。心境程度で結構でございます。よろしくお願いします。


長野県知事 田中康夫
ぜひ報じていただくときには、なるべく紙幅を取っていただいて、部分的な表現だけにとどまらない形で報じていただきたいものだと切に願うものではありますが。

1点目に関しては既に先週の知事会見でも申し上げて、共同通信等から配信はされているとは思いますが、私は従来から国家を代表する機関である首相が靖国神社という場所、そしてそこは例えば沖縄の地上戦や、原爆でお亡くなりになった一般市民はほとんどが弔われているわけではなく、また白虎隊の時代から、ある意味で言えば、例えば官軍側の方が奉られているわけでありまして、また一宗教法人の場所でありまして。他方で千鳥ヶ淵という、それは完ぺきな形か、望ましい形かの議論はあると思いますが、国費によって運営されている場所があるわけでして。私は戦争、つまり中曽根康弘氏も東南アジアに対しては侵略戦争であったと。明確に石原氏との対談の本で言っている。その戦争に自分の意思ではなく駆り出されて命を落とされた方々を同じ市民として心に刻んで、そしてその方々を悼むということは私は当然のことだと思っております。けれどもそれが靖国神社という場所に政府の機関、日本を代表する機関が訪れるということは、私は異なるのではないかと思っております。そしてこれは私とはずいぶん意見を異にしながらも時々議論をする中の、舛添要一さんがおっしゃっていたことだとは思いますが、やはりアメリカというブッシュ大統領、とりわけ非常に実利的な面を重んずる傾向にある。今アメリカという国は、仮にある段階で、でもありますがアジア、中国や台湾や韓国をはじめとするアジアが非常にその問題を国際政治の一種としてクローズアップしたときに、果たして現在良くも悪くもアメリカなしでやっていけるわけがないこの日本というものの国益、私は国益というよりも国民益ということを常に申し上げて、それが県民益という言葉につながっているわけでございますが、その国益という観点からしても非常にリスキーな選択をしたわけであります。その時に市場を考えればブッシュ氏は中国の方の市場ははるかに大きいわけでして、日本との関係というものをどの程度アメリカが保っていけるのかと。ましてやそうしたことが公約という形で総裁選のときに出たわけでありますが、これはもう多くの読売新聞や産経新聞もお書きになってますが、その公約として発言をすることの重みというものを、恐らく小泉さんも感じてられるのだとは思いますが。私は法律面だけではなくて、それは良い意味での日本の国民益という観点からしても、日にちを前倒ししたとしても、それはそれによってすべて解消されるような事柄ではなかったと思っております。

2点目は田中真紀子さんって言いました?


和田氏
いいや、いいや、歴史教科書…。


長野県知事 田中康夫
歴史教科書でございますか。歴史教科書に関しては、これも舛添要一さんとも議論したときに、舛添さんはある意味で言うと、マーケットのシェアとして必ずしも大きくなるとは想像しにくい教科書を、あのような形で文部科学省が検定をしたことによって起きる世界的なハレーションということをもっと考えるべきではなかったかと彼は言っておりました。非常に私はそうした彼の考え方というのは、興味深いなあと思っております。

歴史教科書に関しましては、もちろんドイツも、先般これは読売新聞の書評のところでも書かれていたと思いますが、ある意味で言うとナチスというものを、ことさらに自分たち民族とは異質なものとして、それは忌むべきものであるという形で解決してきた面も無きにしも非ずではないかというふうな見方があります。そしてその書評でも確実に書かれていたのは「だからと言って私たち日本はそのような存在を作り上げてはいないけれども、だからと言って日本がしてきたことがすべて解決済みだというわけでもない」というふうに書いてありました。私は歴史教科書に関してましては、長野県でも採択はされていませんが、それは多角的な市民の論議が各地域の教科書採択協議会において行われた上での、各教育委員会の自然な答えではなかったかと思っております。

田中真紀子外相に関しましては、私は発言を一度おっしゃったことを、意固地と言うことと、気概があるということは違うわけでございまして、発言がすぐにぶれられるというのはとても残念なことだと思います。そうしたところで非常に矮小化した議論に陥りがちになってしまうというのは、彼女が本来目指すべき外務省の改革・・・まさに霞ヶ関というのはここ数年で非常にそれぞれの意識が、役人の意識も変わりましたし、省庁としても非常に変わってきたと思います。省庁再編の中で、法務省と外務省だけは名称が変わらなかったわけでございますけれども・・・その名称が変わらなかった一つである外務省の意識改革、構造改革というのは、これは極めて急務なことでありまして、彼女が意見がぶれない形でむしろそれを積極的果敢に行っていただきたいと私は常日ごろ思っております。

そして4点目は…、石原知事に関しましては、後で「『脱・記者クラブ』宣言」のご質問が出れば、その時にも石原さんが一時期目指された、記者クラブの有料化というものと長野県はいかに異なるのかということがご説明できればとは思っております。


和田氏
わかりました。

次、今お話がありました、「『脱・記者クラブ』宣言」なんですが、日本記者クラブではありますんですが、賛否両方の立場から質問が入っております。

特に反対の立場からは、県が知事の会見を主催するというのはやはり県の都合の良いときだけ会見が行われると。少なくとも制度的にはそうなってしまうんで、これはまずいんじゃないかということ。

それから賛成の立場からは、大英断だと。大賛成だと。知事から見た最近のマスメディアへの批判、不満をお聞かせいただきたい。この2点でお願いします。


長野県知事 田中康夫
『脱・記者クラブ』宣言」の内容に関しましても、長野県のホームページにアップしてございます。もし後でご希望の方がいれば「『脱ダム』宣言」も含めて、ご連絡先をお伺いできれば、後ほど手紙かファクスで資料をお送りすることは可能であります。

『脱・記者クラブ』宣言」というのは「『脱・記者クラブ制度』宣言」でございます。長野県の長野県庁、私はこれも言葉というのはとても大事だと思っておりまして、例えば国土交通省といったときには、例えばどこかの道路工事事務所も、これは国土交通省という認識なんですね。長野県庁というのも他の都道府県と同じように県の組織全体を長野県庁と言うわけなんでございますが、どうも市民のみならず職員も県庁と長野市にある本庁舎のことが県庁でそこにいる人間は県庁の人間。その他の機関の人間を出先機関と言ってきたんですが、私は防人の時代ではないので、現地機関という名称にいたしました。そして地方事務所という名称もこれは非常にクラシカルなので変更せねばと思っておりますし、言葉というのはとても大事なものだと思っております。

「『脱・記者クラブ制度』宣言」ですが、記者クラブという長野県庁舎、本庁舎内にありました3つの記者クラブが親睦的な意味合いで存続なさることは、これを妨げないというふうに私は明記しているわけでございます。そして今まで場所をお貸ししてきたのが、県の側の試算で約1,500万円くらい、年間県が負担していたのではないかと。事務職員も含めてですね。私はこれをお支払いいただくという形ではなくて、むしろ記者クラブ室という占有の場所をご退去いただくということを、5月15日に申し上げました。そして6月30日をもってご退去いただきたいということを「『脱・記者クラブ』宣言」の中で記しまして、その後、政策秘書室が2回に亘って長野県政記者クラブをはじめとする、加盟社の方々との説明会、意見交換会を行いましたが、この2回の場では、この6月30日のご退去に関しての懸念なさる、あるいは明確に反対なさる、あるいはこの点に関してのご質問というものは一切出なかったというふうに担当者から報告を受けております。そしてその後も6月20…確か6日になるまではですね、これはなかなか承服しがたいものであるというような文面はお寄せいただいていないわけでございます。

私は申し上げましたことは、例えば長野には日刊新聞が20ほどございます。様々な意味で岩波書店や筑摩書房が出てくるような土壌でありまして、とりわけ中南信地区には、下諏訪にも下諏訪市民新聞というのと、湖国新聞と日刊新聞が二つもございます。飯田市にも二つございます。で、こうした中で松本地域を一円とする市民タイムスという新聞がございまして、これは発行部数が約10万部超えております。別に部数の高では私は申し上げているのではなくて、一般の県民の方が長野県政記者クラブに来てですね、例えば松本地区における何か公共事業等に関して会見を開くときに、この市民タイムスの方は同席することがまかりにならなかったわけでございます。そういたしますと市民の側からすると長野県政記者クラブには全国紙の方、またはテレビ局の方、地元の主要な新聞の方がいらっしゃるわけで、そこで発表した後にもう一度市民タイムスの方には、やはり市民への伝達の手段としては、もう一度個別に説明しなくてはならない。私はこうした形をぜひ改めていただける可能性はないかということを就任後当初から申し上げておりましたが、これに関しても最終的にお寄せいただいた手紙に関して、6月の末でこの点に関しては考慮していきたいと、考えていきたいという文章にとどまっているわけでございます。で、私は3階の県政記者クラブ室をはじめとする3つの場所をご退去いただいて、そして「表現道場」と称します、ここでは市民の方も自由に会見が、前日4時までにお申し出いただければ、物理的にスペースが空いていればどなたでもできます。そして当日でも緊急であるならば、その内容に応じて使用を許可させていただいております。

そしてこの場所には今回議会で予算が通らなかったわけですが、インターネットのブロード回線、ブロードバンドネットで記者の方々がコンピュータに接続できる端子、あるいはテレビの端子、防音の設備を整える形になっておりました。現在は5階に「仮設表現道場」という形になっております。そして1階に静かにお仕事をしていただくための「表現工房」、またテレビ局等の荷物をお預かりする「表現倉庫」というのを2階に設けることになっております。

私は従来から記者会見を毎週行ってまいりました。別に毎週行うことは多くの都道府県知事が行っていることですが、私は同時にぶら下がりも毎日応じております。そして会見は往々にして1時間近くに。日によっては2時間を超えるような会見もございます。そして私はまた、今までの旧来の記者クラブに加盟なさっていた社の担当の方、および社には私の携帯電話もすべて、また私の住所も公開いたしておりますので、その場で聞けない方は24時間いつでもお電話をいただくことができる形を取っております。

そして県が主催であるということにご懸念をなさる方がいますが、私はこれは世界中のすべての表現者の方が主催するという形、これは物理的にはなかなか不可能でございますが、そうした意味合いの形になっているのであれば、これは県が主催することにちっともこだわりません。県が主催ということは、これは逃げではなくて一つの記号に過ぎないことです。つまり記者クラブが主催する場合に、お入りいただけないようなメディアの方々。そして私は今回例えば、週刊誌やスポーツ新聞の方だけをお受けするということは、これはまたあらたなディスクリミネイションです。私はすべての方は表現者であると。その時に多くの疑問が出されました。例えば、非常にカルト的な宗教団体の人が来て質問したらどうするのかというようなご意見もありました。けれども私は改革というのは、離陸するときには必ずシートベルトを、セーフティーネットをしてもG(ジー)が体に加わります。その時にはエネルギーも余分に必要とします。けれどもそれは恐れてはいけないことだと、私は思っております。そしてそれはある意味で言えばその場で、私はフルネームを、お名前を言っていただき、主たる表現をしている媒体名を言っていただいております。様々なご質問が出ますが、それは先ほどの公共事業のアーカイブと同じで、市民から理解されないようなご質問をずっとなさる方がいたならば、それは良い意味でその方もまた評価されていく。問われていくということです。すべては私は市民が評価をしていくということです。そしてもし仮に私が、あるいは私の、いずれ私は200年後も知事をやるわけでは決してこれはございませんから、他の者が知事をやるようになったときも、その毎週会見を開くと。ぶら下がりも行うと。それは文章化はまだしておりませんが。そのことを私が仮に拒んだときに、まさにマスメディアの表現をする力があるならば、それを市民に訴えることが皆さんはできるということです。そして判断をするのは市民であるということです。私は定例会見を毎週開くと。例えば夏休みで海外に出かけているときは、それは物理的には不可能ではございますが。その時に別個に緊急の会見を開いて欲しいと言われたときに、私が仮に応じなかったとして、なぜそれは応じなかったのかをお書きになって、判断をするのは市民です。翌日の定例会見で聞くべき、聞いても問題はなかったのではないのか。あるいは会見を開かずともその日ぶら下がりには通常通り応ずると言ってるのだから、ぶら下がりで質疑をすべきことであったのではないのか。あるいは特別に別個に会見を開かなかったのは田中の落ち度であると。そう判断をするのは市民だということです。

そして私はこの「『脱・記者クラブ』宣言」というのもまた、長野県知事も現在会見内容はすべてホームページにアップされております。現在音声と活字がありますが、まもなく動画にもなります。ここで例えば私が五つ発表したことが、翌日掲載されないことがあるかもしれない。例えば私が部課長に関して、信濃学園と呼ばれる知的障害の施設をはじめとして3日間研修をして、一週間後に醸成した自分の気持ちをレポートに書いてもらうということを今年度から始めます。これは部長に関してもこのような日数のみならず、このような形を行うのは都道府県で始めてだと聞いております。私はある時このことをお伝えし、また同時に「『県民のこえ』ホットライン」というのを設ける。6月から設けました。これはお便りとファクスとEメールで県に関しての質問や、意見や、提言をいただいた場合には必ず一週間以内に部課長の、部局長のフルネームでお答えする。そしてその文章を作成した係長や主任クラスもフルネームで最後に記し、連絡先の電話番号も記しております。一週間以内にお答えできない場合には必ず途中経過をお知らせして、さらに一週間の猶予をいただいて最終的なお答えを申し上げております。このことも、これは将来、私は24時間の電話回線にしたいと思っておりますが、このことをはじめとする五つくらいの項目を発表したことがあると思いますが、その時にその日の会見の内容を翌日1行も報じられなかった新聞というのもございます。と、これは読者の側は仮にホームページにもアクセスなさる方、あるいは他紙もご覧になる方からすると、なぜその部課長の福祉施設での研修を記してないのか。「『県民のこえ』ホットライン」、それは6月1日にスタートするときにお書きになるという方法もございますが、これを読者の側が、あるいは記事の長短や見出しも含めて、比較検討が少なくともホームページをご覧になるだけでもできるようになるということです。ある意味ではこれは、その記事というものも、また個人の記者の方というものもまた良い意味で切磋琢磨していただける状態になっていくものだと思っております。


和田氏
質問1、2残してしまいましたが、会場との直接の質疑に移らせていただきます。


司会
はい。それでは会場からのご質問をお受けしたいと思います。所属とお名前を名乗られた上で、ご質問をしていただくようお願いします。


個人会員 白井氏
個人会員の白井です。朝日新聞の出身です。田中さん、いろいろいいこと言われて面白かったんですがね、一つ私、腑に落ちないことあるんです。それは県の国産品の品質管理制度ですか。これをやりたいと言っています。特にワインについてやりたいというので私はちょっと驚いたんですね。と言うのは、日本のワインでね、全部純粋の日本産のワインてないんですよ。大体これブレンドしてんです。ドイツとかイタリアとかフランスからね、入れてブレンドしてるんです。と言うのは、要するにワインを採るブドウの木ってのはそんなに多くないんです。しかし日本で生産しているワインの量というのは、そのブドウの木からなるものよりはるかに大きいんですね。で、何をやってるかっていうとみんなブレンドしているんですよ。だからこれは、生産者何も言わないからワインを飲む人はね、これは国産のワインだと思って飲んでいるけど、これは真っ赤な嘘なんです。だからそういうものをね、県が品質保証して、これはどこどこの甲府のワインで本物でいいぞということはちょっとおかしんじゃないかと思うんですね。


長野県知事 田中康夫
ご質問はその点でございますか。


個人会員 白井氏
そういうことです。だからこれはやっぱりやめた方がいいんじゃないかというのが私の意見です。


長野県知事 田中康夫
もちろんフランスにおいても、イタリアから入ってきたものをブレンドしているようなワインもございます。そしてそれは、今白井さんがご懸念なさったような形の品質管理保証の範疇ではないわけです。長野県においても、これは山梨県においてもですね、そのような形のワインがあることは事実であります。けれども私はそうではないワインがあるということもまたぜひお知りいただきたいと思っておりますし、それもまた長野県のブドウだけを使っているワインがあることも事実であります。そして私はそれらのものに関して、まず行っていくということであります。そしてそれは日本酒においても行っていくということでありまして、これは既に田崎真也とも話をしていることであります。そして私は、1点権力と権威というのは異なるのではないかと思っております。権力という言葉も非常に何か、ちょっと手垢が付いた感じでありますが、私は例えば二人…、白井さんと私、たぶん身長も違いますし、あるいは白井さんはとてもお料理が上手かもしれないし、私は口だけ達者かもしれませんが。それぞれ人は異なるわけでありまして、それをまさに他者のために活用するということの手段として権力があるということだと私は思っております。そして、ある意味では都道府県というものは、20年後には道州制うんぬんに関わらず、ある意味では中抜きすべき存在になっていくのではないかとも、私は思っております。よい意味での市町村というものが、それは広域合併があるなしに関わらず、あるいはその中にあります、まさにイタリアでいえば城壁都市的なニュアンスでのコミューンというものが自立をしていけば、市町村というものは中抜け…、都道府県というのは中抜きすべき存在にも私はなっていると思います。それまでの間、私たちは権力をまさに市民のために使うということです。私はフランスでもパリテ法と呼ばれる、ご存じのように上院議員が男女、候補者は同数法と、私はこれは大変偉大なことだと思っております。長野県においても来年から法律で定められている、いくつかの審議会を除いては原則的には男女の審議会の委員を同数にしてまいりたいと考えております。それだけの女性の適役者がいるでしょうかというふうにおっしゃる方がいますが、これこそは大変愚弄した意見でありまして、長野県内には非常に素晴らしい意欲のある農業生産を行っているような女性もおります。他の皆さんのようなお仕事ですと、それぞれ別の保険になっとりますが、農業の場合には女性も自立して行ってるのに、保険の意味では世帯主、往々にしてそれは男性でありますが、のもとにあるというのも私は考えていかなきゃいけないことだと思っておりますが。私はこういうパリテ法的な発想、つまり権力は、私はやはり腹八分目、人間は食うや食わずで隣人愛は説けません。でも私も含めてあるいは議員諸氏も、腹八分目であるならばその他をロータリークラブ的な活動よりもさらに越えて議員として地域社会に奉仕するということが必要だと思います。誰と申し上げているわけではありませんが、往々にして今までの議員の方はというのは、腹八分目になられて、さらに高速道路の出口を事前に知って、自分の作業を半減させようというような部分があったので、ある意味で言えば市民、とりわけ無党派層の方々は辟易していた。さりとてその貧困やあるいは言論の自由がないわけではありませんので、大文字の目標のもとには結集しないと。ですからその選挙の時にも戸惑ってしまうというのが無党派×××。私はだから、権力というのは責任や決断をするということです。そうしたことをなさらない方に限って、ある意味で言うと、こう肩書き的なあるいは勲章的な権威をお求めになるような傾向がある。私は権威はいらないと思いますが、権力は一人ひとりが真の意味で自由に発言し行動して、自由にすべての人に平等なチャレンジをするチャンスが与えられるようになるために、私はそれは良い意味での組織として必要なことだと思っております。


司会
はい。いかがでしょうか。

じゃ、次の質問が出てくる合間を縫いまして、私の方から質問したいんですけども。

知事は3階ですか、知事室...


長野県知事 田中康夫
1階ですね。


司会
あっ、1階ですか。で、ガラス張りにして昼食にアジフライを食べてるとこも市民に、県民に見せてると。そのことが一体行政、政治とどういう関係があるのか。その裸にすることがですね、裸にすること自体が目的なのか、一体その考えの基本にあるものはどういうものかと、かねがねお聞きしたいと思っていたのですが、いかがでしょうか。


長野県知事 田中康夫
私、一番最初は3階にある知事室というものを、これは私は実は就任後に初めて立ち入ることができたのですが、その時に非常に、第一印象でこれはクローズドなイメージを受けたわけです。とても分厚い絨毯とですね、そしてドアがいくつかそこへ入るまでにあると。感覚的には私にそぐわないと思ったことはそれは事実です。人間は誰でも最初は感覚・・・皆さんがここには何かスクープがあると、何か怪しいことがあるというのも、これは人間の嗅覚であります。

そして私はその中で例えば、住民票を取る市役所の1階も窓口があるように、そうした場所に知事室があるべきじゃないかと、かねてから思っていたわけです。そして県民ホールの場所にそうした場所をスペースとして取ることができる。そしてその費用は300万円で改修できるということで始めました。私はその時には市民から近い県政にしたいと思ったことです。長野県は、私の前は戦後3人の知事であります。そしてその前の方は20年間二人の方が20年ずつお務めになり、また県の職員出身の方でありました。ですから通常例えば各都道府県というのは、それが保守系の方が続いても国会議員の方がなったり、経済界の方がなったり様々な形です。長野県は一貫して県の職員と、直接選挙で選ばれる特別職の支持は、同じものだというふうに、とりわけ県の職員は知らず知らずのうちに認識してたんですね。それを、そうではないと。知事というものは市民が選んだものだということです。ガラスは、そこの、この場で…です。恐らく考えたのは。ただガラス張りにして、私が想像していた以上に起きたことは、私は最初は今までは「長野詣」と称してですね、市町村長はお金をいただくためにずっと詣でをしてたんですね。これを1回断ち切らなければならないということで、年内はこうした形はご遠慮いただきたいと申しました。そして12月の半ばにガラス張りの知事室ができました。それからは、お申し出いただければ1階の知事室で必ずお目に掛かるようにしています。

これは私のある意味で言えば思い過ごしにもなるかもしれませんが、でもやはり外で、県民ホールで市民の方が見てるわけです。でしかも新聞に私の動向がすべて載っておりますので、どなたが私にお会いになったかも載るわけです。そしてそこでは仮に、私は必要な公共事業に関しては行うと申し上げておりますが、論理的になぜこれが必要かをご説明いただけないと、私もある意味で言えば外から皆さんが見ているということが知らず知らずのうちに、論理的にご説明いただけることでないと、なかなか首を立てに振れなくなります。で、けれども同時に市民は、外から「あっ、田中康夫はお箸の持ち方があんなに下手なのか」ということも見れる。それが一つの非常に、ある意味ではそれはパフォーマンスだとおっしゃる方がいるかもしれない。でも実体のあるパフォーマンスでなければ、どんなに人気のあるテレビドラマも3ヶ月で終わり、再放送して1年後に潰えていくわけです。6ヶ月後にも潰えていくわけです。ですから、私はそれは実体のある効果をもっている。そして県内の遠くにお住まいの方も、夕方のローカルニュースでガラス張りの知事室で、今日はこんな人が来てこういう議論をしているということが出ることによって、非常に身近に感じるということです。スポーツ報知の日曜日にも私のインタビューが載っておりましたが、ある意味で言うと、先般長野県で地元の信越放送が世論調査をしたときに、支持する人としない人というのを合計すると100%になるわけでございまして、わからないとか無回答という方が、恐らく1000人の調査だと思うんですがゼロだったんですね。これは非常に、やはり長野県においては県政のことというのは、皆さん夕方のローカルニュースをご覧になる。翌日の新聞の長野県欄をまた地元紙をご覧になるという形で、その一つがガラス張りでして、ガラス張りというのは記号の1つに過ぎないということです。記号の部分に拘泥なさると、そこで行われている長野県の改革というものが、逆にガラス張りであるにも関わらず見えにくくなってしまうこともあるかとは思います。


司会
ありがとうございました。それじゃ、どうぞ。


個人会員 山田氏
個人会員の山田と申します。田中知事のmedia politics(メディア・ポリティクス)がよくわかりましたけれども、小泉総理のですね、media politics(メディア・ポリティクス)は驚いておられるかといいますか、あれだけの高支持率を守ってこられるというのは、かなりこう、ハイテクノロジーのmedia politics(メディアポリティクス)を駆使されるようなふうに思うんですけれども、田中知事はどういうふうにご覧になっているか、ぜひお聞かせ下さい。


長野県知事 田中康夫
もちろん、media politics(メディアポリティクス)なんでしょうかね。ただ、私は長野県の改革をしていくわけでありまして、今言ったように実体のあるパフォーマンスでなければ、それはむしろメディアを通してご覧になっている市民から見抜かれてしまうということだと思ってます。それは今申し上げたように、載る文章は行間が短いかもしれませんが、やはりそれは市民というのは、あなどれた存在ではないと思います。で、1点私は先週の日曜日に日経新聞の吉野さんがお書きになっていた中面の方で、非常に鋭い分析だなぁと思って拝読したんですが、一番声高に構造改革をおっしゃっていたような方々が、今最も小泉内閣であったり、あるいは田中県政の行方というものに、ご心配なさっているんだと思いますね。

というのは、長野県の場合には「『脱ダム』宣言」を出しまして、そして議員提案で「治水・利水ダム等検討委員会」という委員会が設けられました。ここの委員会において、そのそれぞれの河川に関しても、利水や治水のあり方が議論されてくわけです。とりわけ9つの河川、そのほとんどが利水がメインであります。つまり飲料水がメインなんですね。ところがずっと計画を見ますと、実績数値を見ますと平成11年まではそのダムで水が必要とされてるという地域の人口も横ばいで、水使用量に関しては工業の水の使用が減ってきたりしたこともあって、漸減してるわけでございます。ところが平成12年の数値は人口も、平成12年も13年も人口も水の使用量も急増になってるんです。それは予測値だからです。昭和40年代や50年代に作られたものだからです。これをリセットしなくちゃいけなわけです。そして本当に水が必要のためのダムであったならば、私たちの衛生部や生活環境部が、井戸水があるのか、湧水があるのか。けれどもそれらでは無理なのでダムという方法はあるかというふうに土木部に聞いた経過があるならばともかく、そういう経過はない。土木部というところがお水が必要でございましょうと各市町村に言って、ダムの計画が始まったわけでございまして。これらをきちんと検証して、利水の方法をきちんと提示するのがこの委員会です。あるいは産業廃棄物の先ほどの委員会も、答えが出るまでに多少今は端境期と言うか、タイムラグがあるわけでございます。議論をしている時期でございまして。これが具体的に現れると恐らくですね、ビジネススクール的な数字や目に見える変化を短期間に求めることで修練されてきた、ビジネス・エグゼクティブの方もご理解いただけると思います。田中県政の目指す方向の実のなり方が。これは小泉さんも同じで、小泉さんの場合はもっと逆でして、過酷でして、私の場合は例えばこれはやめましょう、これは委員会を作りましょうと、これは計画を少しなおして進めましょうということを申し上げたときに、ローカルニュースをご覧になる長野県内の方は、全国4番目の広さであってもその地名やその地形がおぼろげながらもビジブルに、目に浮かぶわけでございます。

でも小泉改革の場合には、先にシーリングが掛けられてくるわけでございまして、これは極めて大きな川辺川ダムとか長良川というような形でない限りはですね、地名ももうひとつ皆さんもおわかりにならないような形です。小泉さんの場合にはそういう、まさに一つ一つの現場でもですね、ケースに基づくんではなくてシーリングから始まらなきゃいけないというのは、私は大変なことだろうなと思います。そしてその中で先ほど言ったように、ある意味で言うと一番構造改革を望んでた方が、そのマニュアル(手順書)の手順が見えないともしや自分が真っ先に管理職、専門職としてレイオフ(雇用解雇)されるんじゃないかという不安に駆られるということです。

むしろ自分の体で生きてらっしゃる自営業の方や、自由業や、主婦や若者や老人の方が、その方たちは株価が直接生活に響かないから鈍感なのだとおっしゃる方もいますが、むしろこういう方の方が非常に、ある意味で言うと長野県の私の改革、半年からあるいはものによっては1年とか、1年半かかるかもしれない手続きしていくまでの過程を、ご一緒に日々報道を通じて判断いただいて支持下さっているのだと思っております。ですから小泉さんの場合もmedia literacy(メディア・リテラシー)というかmedia politics(メディア・ポリティクス)というのは、実体があることをなさっていれば、それはさらにそこにアドオンされるプラスになると思います。実体が極めて希薄なものをメディア戦略だけで行うとしても、それは私は市民の側はたちまち見抜いてってしまうとは思います。


司会
ありがとうございました。まだまだご質問をなさりたい方がいらっしゃると思うんですけども、お時間、予定の時間を過ぎました。これで…


長野県知事 田中康夫
はい。ひとつ私は例えば、雇用をそうやって先ほど言ったように、林業やですね、環境系の林業や福祉であったり、福祉の資格を取っていただくためのセーフティーネットの講座をも受けるということも大事だと思ってます。

そして私は今までは県産材活用というようなことも、交番とかですね、あるいは公衆トイレというような形でしかなかったんですね。長野県では。例えば和田村というのがございます。この和田村には非常に立派な木造の校舎を造りまして、小学校の1年生から6年生までが皆同じ場所で昼間はご飯を食べております。1年に入ったときに机と椅子が貸与されまして、高さが変わる木でできた机と椅子でございます。で、最後6年間使うと上の板を記念にもらって中学に行くわけで。私はこの2階建ての木造校舎にするようなことに対しても、県がきちんと、なるべく私は補助という言葉を使いたくないんですが、きちんとお金を出すという形をしたいと思います。

お題目のスローガンやキャンペーンではなくて、今まで私が行ってきたことは、行政というのは改革をする場合には先に改革ビジョンというのをお作りになったと思うんです。でもこれはある意味でいうと総務部や企画局の人が、もちろん優秀であり現場も知ってるかもしれませんが、頭でブレーン・ストーミングをすることです。長野県の場合にはあまりに待ったなしの問題が多くありましたので、私は半年間、現場に出かけて、市民と一緒に話をすることから始めました。

私はパブリック・サーヴァントです。けれども同時にサーヴァント・リーダーですから、新たな方向を出さねばなりません。ただ、それは最終決定ではなく、それに対して市民は投書欄だけでなく、先ほど申し上げた「『県民のこえ』ホットライン」や、私への直通のEメールや、あるいは車座集会も月に2回開いてます。車座集会も最初はある意味で言うと、そこで大岡裁きのような答えをお求めになる方も多かった。けれどもこれだけ月数がたちましたから、そこできちんと県が既に方針として固めていることはお話ししますし、ご質問にすぐにはお答えできないことは、必ず一週間以内にお答えしています。それがご質問者だけの問題ではなくその地域の問題であれば、その市町村にも伝えて、市町村の有線放送等の広報を通じてお伝えして書くようにしています。これはさらにシステムとして確立していかねばなりません。長野県は半年間、市民を皆インボルブ(巻き込んで)して県政を一緒に変えるということをしてきたわけです。

そして今、今年の年内を目処に県政の改革ビジョンをなるべくわかりやすい短い文章によって作成しようとしています。順番が今までとは逆です。ですからビジネススクール的なお考えをお持ちの方からすると、順番が逆なので戸惑われたのかもしれません。ただ私は法学部を出てんですが、方角を間違えて阿呆学部を出たような口なものでございますから、制度や補助金や、あるいは法律によってすべてが画期的に変わるとは思っておりません。

一番大事なことはそこで働く人間であります。私がそれぞれディレクター的な選任をしていこうとしているのも、またそれぞれの文書に部課長名だけではなくて、作成をした人間のフルネームを書くということは、それがその人間に責任を押しつけるということではありません。彼らもまた一人、お給料を県民からもらって仕事をさせていただいてるものとしての自覚をはぐくむためであります。そしてもう1点だけ申し上げると、私はフランスという国はある意味で言えば非常に、エスノセントリズム(自文化中心主義)の権化のような部分も無きにしも非ずかもしれませんが。私は、たぶんこれは日経新聞か読売新聞で以前記事で読んだと思いますが、何を素晴らしいと思ったのは、フランスにおいてもアメリカ的な文化が、アメリカ的なway of living(生活の仕方)になってきて、冷凍のパンをチェーン店でその場で焼くようなパン屋さんが出てきたときに、お豆腐屋さんと同じように世界で最も早起きな、そして最も職人としての誇りにあるパン職人の人たちが、そういうものをパン屋として言わないでくれと言ったときに、生地からこねて自分の店で焼き上げた人だけがブランジュリーって名乗れるというような法律ができたと聞いております。私はこれは大変なことだと思っておりまして、日本ですと、従来パン屋さんのための補助金だったり、キャンペーンのポスターを作ったり、そうした第3セクターができたり。そうではないたった1行の条文の印刷代だけによって、自立をしていこうとする人を支援できると。私は長野県においてせひそうした精神を一人でも多くの職員にさらに持ってもらい、そうした形での改革というものが実現をしていければと思っております。

大変、今、土日もあまりありませんし、平日も夜遅くでありますが、でもこんなに文章書いてるときに、何人かの読者や何人かの編集者や記者がその通りだねとおっしゃってくださっても、それ以上の私は力にはなり得なかった。でも今この職にあることで仮にそれは私が考えたり、政策秘書室の人間と共に考えたことが、県民から理解され支持されれば一緒にそれを変えていけるということです。自立した市民のための社会に変えていけるということです。私はそのような職に就かせていただいていることを大変光栄に思いますし、県民から信託され続ける限り、私はこの職において長野県から日本の社会を、日本に住んでてよかったと思えるような社会を、少しずつでも着実に、そしてスピーディーに変えていきたいと思っております。

今日は大変ありがたい時間を設けていただいてうれしく思っております。

長野県の名物の名刺というものがございまして、車座集会の時もいつも私が一人で3時間くらい皆さんが質問いただいて、中学生から80、90のおばあちゃんまでご質問いただいて、事前質問になってるわけでもなく、全員がその場で答えられるようになっております。で、その後名刺交換会をしております。この後の用事まで私は多少時間がございます。もし、よろしければ県民の税金で作った名刺ですが、今回は「『脱ダム』宣言」が川の美しいせせらぎと共に描いた名刺と、あと夏ですので、長野県のナスの絵を県民から募集して描いた2種類がございますので、ご所望でしたらこちらでお渡ししたく思います。どうも本日はありがとうございました。


司会
色紙を書いていただいてまして…


長野県知事 田中康夫
そんな恥ずかしいものは見せないようにしてください。


司会
いや。まぁまぁ…。これもガラス張りにしないといけませんから。

これ智性といわくつきの「智性」、それから「勘性」。それから温度の温の「温性」ですね。これご本人から説明していただくと非常によろしんですけど、ちょっと時間がかかるようですので、それとも説明を…


長野県知事 田中康夫
ええ、ええ。知識と経験を私は分けるのは違うと思ってまして、例えば壺、柿右衛門に仮に弟子入りするときに、最初は塗り薬の色合いもわかりませんから知識でございます。そしてお尻をたたかれながら経験がありまして、これが両方「智性」でございます。けれども感覚ではなくて勘性。勘がなくてはですね、どんなに教えられたことを習熟してっても例えば上薬をこういうふうに変えてみよう。例えば取っ手をこういうふうに変えてみようってのは勘性でございます。そしてどんなに優れた職人でも、次に入ってくるものに、よくアメリカの病院ではベッドの高さまで医者が屈んで具合を聞きますが、やはり同じ目線にたって体温を持って次の弟子にも教えることが、次の世代にも教えることができなければ、それは伝承されないという、勝手に作った言葉でございます。

(日時:2001年8月20日)

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