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最終更新日:2002年04月19日
 

知事訓示 新規採用職員任用式

平成14年4月1日(月)

                          11:30〜
                          県 庁 講 堂

 長野県の県知事を務めております、田中康夫でございます。本日、ここに多くの方々を新たな長野県の職員として迎え入れることができたことを大変嬉しく、また、新たな長野県の職員として、皆さんが働いてくださることに、まず、感謝をしたいと思います。
 私の折々の県知事としての発言というのは、県のホームページ等にも載っておりますので、あるいは断片的にご覧になった方がいらっしゃるかもしれません。私は、県知事に就任をして、この4月の26日で約1年半を迎えます。就任当初から私が申し上げていたのは、皆さんは行政というサービスをする“サービスパーソン”であるということです。行政というのも県民から税金を頂戴して、様々な事業ができ、さらには、今月には早くも、皆さんもお給料を税金からいただけるわけですから、これは、お金をお支払いしてくださる方々に対してサービスをする良い意味でのビジネスであります。何か、ビジネスというような言葉やサービスというような言葉は、行政という、まさに長野県のあり方を考える場所になじまないというふうにお考えになる方も中にはいらっしゃったりします。願わくば、今年お入りになった方が、こうした言葉を抵抗なく受け入れられることを、私は望むところであります。
今、申し上げましたように、私たちは県民へのサービスを行う機関に所属する人間です。パブリックな公務員です。多くの新任の方々を、今年、現地機関、現地機関の中でも税務課といった税金を納めていただくために働く部署、あるいは厚生課といった、まさに社会の中の弱い存在の人たちの支えとなる部署に配属させていただきました。それは、そこにこそ、一番、県民の声があり、また県民の姿があり、そして、私たちのこの長野県という大きな行政体、長い歴史を持つ行政体がより人間的な有機的な機能を果たすためのヒントが確実にあるからです。それは、物理的にはこの本庁舎から遠く離れた場所にあるかもしれません。けれども、その建物もまた、多くの県民からすれば、県の公的な建物です。このことは、県が持っている試験場の畑であっても同じです。公的な場所で、皆さんが働かれる時にこそ、公的な観点で仕事をせねばなりません。かつてあまり響きはよくありませんが、“社畜(しゃちく)”、家畜ではなく“社畜”というような言葉がありました。私の友人である批評家が名づけた言葉ですが、家畜というのは、大変おいしい餌をいただいて、マッサージも受けて、いい子いい子されて、けれども最後は残念ながら、食べられてしまうわけでございます。“社畜”というのも、会社からお金をいただいて、会社の保養所も利用して、仕事が忙しいので、得てして、会社の中で伴侶も見つけて、そして、会社の社宅で暮らしていくと。私ども公的な機関では、こうしたことは税金を用いますから、あり得ないことでありますし、あり得てはいけないのでありますが、民間の企業の場合には、例えば役職がついてくると、会社の仕事の一環としてゴルフに出かけたり、あるいは、そのあと、おいしいお肉を食べたりして、私のこの“脱デブ宣言”を早く貫徹せよと言われている体と同じように、ぷくぷく贅肉がついて会社の家畜として丸々太ってくると、ある日、そうではない人生の宣告をされて、まさに、家畜が私たちの喉に入るのと同じような、ある意味では人生が待ち受けているのを“社畜”とよく言います。
 私たちは、県民のために奉仕をする公僕ですが、得てして、公僕として勤務をする時間に私たち一人一人が、自分が抱いている疑問や提案を口にすることが、ともすればはばかられて、結果としてそれは何かといえば、上司に気に入られるためであったり、つつがない人生を送るためというのは、パブリックな建物で、パブリックな時間のときに、実は得てして、最もプライベートな発想で仕事をしがちであるということです。それは、悲しいかな、一人のか弱い人間としては、そういう戸惑いがあるかもしれません。そして、皆さんのお父さんやお母さんもあるいはそうかもしれませんが、パブリックな時間にパブリックな空間での仕事を終えて、自宅に戻ってくると、テレビで大変に税金の使い方に関してよこしまであるというような報道がされると、あるいは、皆さんを育ててくれたご家族の人たちは、「本当だよ。」と、「こんな世の中でいいのかよ。」とおっしゃる。これは最もプライベートな空間でプライベートな時間に、実は最もパブリックな発言を皮肉にもしているということです。パブリックな時間と空間において、最もつつがない、前例踏襲をしようとする方が、プライベートな空間と時間においては、実は最もパブリックな社会のあるべき姿を語っていたりする。私は、退職なさった職員に、その皆さんが今まで、県職員として培ったパブリックな知識や経験を、今度は、まさに毎日が日曜日なのではなく、毎日がウィークデーとして、地域や家庭の中で生かして、パブリックな発言のみならず、行動を続けていただきたいと申し上げました。私よりもはるかに若い世代である皆さんは、パブリックな時間、パブリックな空間においてもぜひパブリックな発想の仕事をしていただきたいということです。
先程の宣誓の中で「民主的に、効率的に」という言葉がありました。その点について、少し触れたいと思います。私たちの社会は、自由と民主というものがほぼ同義語であるかのように思われがちです。けれども、この自由と民主というのは、実はきわめて似て非なるものです。この長野県という全国で4番目に広い県の222万人の県民は、向上心にあふれています。議論好きだと言うかもしれませんが、それはやはり現状をより良く変えていこうという認識を持つ県民性です。これは、全国に対して誇るべきです。そして、その大変に広い県土というものは、地域ごとに言葉も微妙に違いますし、食べ物も微妙に違いますし、習慣もあるいは微妙に違うかもしれません。自由というのは、これは、ボーダーレスということです。EUの試みを考えていただくとわかりやすいかもしれませんが、例えば、EUの中では、パスポートなしでも自由に移動ができる。これがボーダーレスです。かつて、ゲーテが生きていた時代は、ごく限られたお金持ちだけがフランクフルトから馬車に乗って、北イタリアのコモ湖のほとりにまで恋愛相手を見つけにいくことができたかもしれませんが、今は、一旦EUの中に人々が入れば、そこを自由に安価に移動することができます。これは、ボーダーレスです。1975年時点の高速道路の延長を100とすると、97年の段階では、日本全国が300であったのに対して、長野県はその倍である600という進捗率になっています。インフラの整備が遅れていると言われがちであった長野県は、少なくとも高速交通網に関しては、飛躍的な進歩を遂げた。それは、自由に皆が移動できるようになったということです。
 けれども、皆さんが学生時代にヨーロッパに出かけられた時に、あるいは、感じられたかもしれませんが、国ごとに建物の形状が違う。日本はともすれば、新しい建物はみなアルミサッシの窓で、農村へ出かけてもツーバイフォー的な建物が増えていますが、例えば、フランスで、ブルターニュと呼ばれる、ドーバー海峡側の所へ行けば、そこは、とてもグレイの色をした石造りの建物です。それが、厳しい自然の中に逆に調和をしていたりもします。アルザスと呼ばれる、ライン川沿いのドイツと国境を接する辺りにでかければ、これは明らかに木造の住宅です。そしてまた、フランスのさらに奥のサボアと呼ばれるような地区に行けば、雪も多いので、屋根の形状は栄村にあるような鋭い鋭角を描いた屋根だったりします。そして、コートダジュールの地中海に行けば、建物の色は明らかに白かったり、黄色かったり、南の色をしているわけです。食べ物の種類も違います。言語も異なります。一つの国という概念の中においても様々な民主がそこにある。それはボーダーコンシャス(border conscious:国境を意識している)であるということです。ボーダーが、国境が描かれているわけではありませんが、そこにそれぞれの地域の独立性、自主性があるということです。民主的ということは、そういう意味です。長野県全体は、ある意味では、信濃の国を歌う時には、皆さんが学生時代に長野県以外に暮らしていらっしゃった時にも、県の北と南、西と東でそれぞれ意識が違っても、その歌を歌う時には、皆肩を組む、それは、一つのボーダーレスになるという、自由の世界です。けれども、同時にその中にそれぞれ異なる人々の違いというものを認めるということが民主です。
 私は、問題調整型から問題解決型にしなくてはいけないということを、県の職員に繰り返し説いています。あるいは、前例踏襲から前例打破を行わなければならない。そして、私たちの社会は、成長という数字の上で大きくなる形から、成熟というすぐには数字で表せないかもしれないけれども、人々の心の中の真の豊かさというものを、お題目でなく追求しなくてはいけない時代になってきています。その点を私は、冷静な頭脳と温かい心情、心意気を持つのみでなく、効率性の原理というものと公正の原理というものを踏まえなければならないと申し上げてきています。
 2月の県議会の時にも申し上げたのですが、この長野県は少子高齢化です。けれども、ご存知のように、老人一人当たり医療費というものは、全国で最も低い。そして、自宅で天寿を全うされる方も一番多い。老人になられて、医療機関に入っていらっしゃる期間も、ある意味では一番短い。が、これらは、ある意味で言うと、一人一人の県民に意欲があったから成し遂げられたことです。例えば、私も小さな頃に長野県のおじいちゃん、おばあちゃんというのは、野沢菜を食べて、塩辛い物を食べて、お茶を飲んで、夜遅くまで、侃々諤々(かんかんがくがく)口角泡を飛ばして議論をして、本当に議論好きな県民だなと思っていたわけです。でも、暖かいおこたに入って、議論をしてるんですが、おしっこをしたくなり、農家はかつてトイレが外にあったので、外に出かけると、その途中で急に倒れてしまったりした。けれどもそれを、行政の啓発運動だけでなく、例えば佐久総合病院であったり、諏訪中央病院のように、医師が出かけるだけでなく、あるいは看護士が出かけるだけでなく、保健婦という、まさに地域の実情を知った人が、共に仕事の後、夜、各集落へ出かけて、身体のために塩分を控えよう、こうした食事をしようということをおっしゃってきた。私たち長野県民というのは、論理的に説明をし、腑に落ちるときちんとそれを守る県民です。民間の人々によってそれぞれが自立的に食生活の改善を行い、それが今日の長野県の医療の輝かしい伝統になっているわけです。けれども、その伝統というものも、常に改革をしていかねば、手垢がついてしまいます。権威の上に、歴史の上にあぐらをかいてしまっては、それは、もろくいつの日にか崩れていってしまいます。
 皆さんはぜひ、社会という言葉の対語は個人であるということを、もう一度確認していただきたいと思います。私が、長野県知事として常に思っていることは、私たちの社会が、歴史の過ちを繰り返さないようにしようということです。戦争中に、例えば、私はもちろん生まれておりませんし、皆さんもまた生まれていませんが、おそらく一人一人の海軍の人たちは、他の国の国力というものを知り、あの時期に戦艦大和という大きな船を一艘(そう)出しても、逆にその船に乗った前途有為な多くの若者の命を奪い、決して輝かしい成果を収めるものではないと、十分に認識していたはずです。けれども、会議を重ね、最後上奏する時に、その当時の日本では、出撃の空気でございますと言って、戦艦大和は出ていくわけです。
 一人一人が望んでいたのと異なるような結果が訪れるのであっては、どんなにか手続きを民主的に踏んだとしても、それは民主的な結果とは必ずしも言えないかもしれません。ボランティアが一人一人できることをできる限り、できるだけ長く行うということから成り立っているように、皆さんは、一人一人が信ずることを、できるだけきちんと、それは、同僚であっても上司であっても伝え、県民に対しても伝え、その小さな勇気を抱かなかったがために、結果として大きな不幸を招くようなことを、それぞれの立場において未然に防ぐように、まさにしなやかに体を張り、言い続け、そして行い続けるべきなのです。なぜならば、それは、冒頭に申し上げましたように、皆さんは県民がお支払いいただく税金によって、様々な同僚や上司と共に事業を行うことができ、そして、皆さんの生活を行うための原資であるお給料も県民がお支払い下さる税金によって成り立っているからです。ぜひ、パブリックな空間で、パブリックな時間に、まさに一人一人が伝えるべきこと、行うべきことを、ささやかであっても、確かな勇気を持って、パブリックな判断と行動を行い続けていただけるように、切に願います。
 同じ県職員として、さらには、同じ県民として、組織のためでなく、個人のための、そして一人一人の顔が見えるからこそ社会が存在するということを確認し続けるための、今日は集いであると思います。どうぞ、苦しいこともあるかもしれません。悩むこともあるかもしれません。その時には、同僚や上司に語るだけでなく、遠慮なく私にも直接おっしゃってください。組織の中においても、あるいは県民に対しても、真の意味で開かれた長野県をご一緒に創っていこうではありませんか。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 
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