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最終更新日:2002年04月19日
 

知事あいさつ 部課長級辞令交付

平成14年4月1日(月)

                          9:00〜
                          県 庁 講 堂

意欲ある人に公正なチャンスが与えられる県に
   限られた時間ですが、お一人お一人にお願いしたいこともあり、お話をしておりまして、たいぶ時間が超過をしてしまいましたが、少しお話をさせていただきたいと思います。今年の1月の仕事始めの時に、私は、問題調整型の指向から問題解決型の志向へ、とりわけ、問題解決型の志向というのは、志を向けるという字であり、誰かに指を指されてするのではなく、自ら志をもって問題を解決していこうということを申し上げました。また、前例踏襲から前例打破へ、そして、努力と協力を唱える前に、まず私たちは、哲学と戦略というものを打ち立てねばならないということも申し上げました。私たちは、ショウ・ザ・フラッグ(show the flag)という言葉ではなく、真の意味で県民が期待を持ち、そして共に歩める、ショウ・ザ・ドリ−ム(show the dream)を行わねばなりません。そのためには知識と経験を積み重ねる演繹法を超えて、まさに私たちの社会が目指すべき場所というものを見いだし、それを実現するために、今の現実へと戻ってくる帰納法が大事であるということを申し上げました。そして、今までの軽薄短小と言われた時代の感性ではなくて、一人一人の知識や経験に基づく勘所のある「勘性」というものが必要であるということ、また、経済学者の碩学(せきがく)の言葉をひいて、冷静な頭脳と温かい心情を持って、効率性の原理と公正の原理を打ち立てようということを申し上げました。この長野県が、年齢や性別、経歴や肩書き、国籍や障害の有無ということに関わらず、生きる意欲を持つ方々に等しくチャンスを与え、またその結果がそれぞれに異なることを、目をつむらずに認め合うことによって、公正なチャンスを生む社会になろうということも申し上げてまいりました。
宇沢氏の思索を貫く「人の心」
  日本経済新聞の一番後ろに「私の履歴書」という欄がございます。「私の履歴書」を3月1か月お書きになっていたのは、あるいは皆様もご存じかもしれませんが、東京大学名誉教授の宇沢弘文(うざわひろふみ)さんであります。七十数歳になられます。宇沢さんは数学者であったのですが、同時に経済学を修められて、私が確か予備校の時だと思いますが、『自動車の社会的費用』という本をお書きになって、それはもう今から30年程前の話でありますが、量から質への転換が必要なのだということを述べられました。宇沢さんは様々なことを述べているのですが、ある書物の中に、こういうことがあります。1891年ですから、今からもう100年ほど前に、当時ローマ法王でありましたレオ13世の回勅(かいちょく)というものがありました。これはどういうことを述べているかと言いますと、“レールム・ノヴァルム”、つまり新しきこと、あるいは新しき改革、革命ということであります。時折こうした回勅というものをローマ法王は出すわけでございます。私は決して宗教の話をしているのではなく、ここで述べていることが、大変に時代をとらえているのであります。この中で1891年に、資本主義の弊害と社会主義の幻想ということを述べているわけでございます。貧困をはじめとする当時の資本主義、キャピタリズム(capitalism)が抱えていた困難というものを強調し、しかしながらも、そうした問題が社会主義、ソーシャリズム(socialism)への移行によって解決するという過大な幻想を必ずしも持ってはならないということを述べたわけでございます。これは、1月の最初に私が申し上げましたように、まさに労働そのものを目的として救済の手段として尊重したり、目的合理的な精神を抱いたり、利子利潤を倫理的に正当化する精神、こうした資本主義の精神というものは、ある意味ではカール・マルクスも、生産力が高まったり、資本が十分に蓄積され、そしてさらには商業というものが発達した場所に資本主義が生まれると説いていたわけでして、カ−ル・マルクスが言っていたことも、マックス・ウェーバーが言っていたことも、この点では同じでございます。ただし、マルクスの場合、資本主義が達成されるための条件として、まさに精神というものが必要であるということが、マックス・ウェーバーに比べ、いささか欠けていた部分であるわけです。けれども、この1891年、100年前に、今申し上げた資本主義の弊害と社会主義の幻想、ある意味では精神なき社会主義というものは、真の意味での市民社会を実現でき得ないかもしれないということを冷徹に、レオ13世は言っているわけでございます。それから、約100年経ちまして、1991年、まさにバブル期が終わりかけ、けれども、日本はその後の海図を見出せず、失われた、あるいは混迷する、低落の10年へと足を踏み入れる時期でありますが、この時にもヨハネ・パウロ2世という方が、社会主義の弊害と資本主義の幻想ということを説いているわけでございます。これは、どういうことかと言いますと、80年代以降の社会主義圏の、人の顔が見えなかった、精神というものを忘れていた社会主義圏の崩壊が、あたかも資本主義の勝利であるかのように喧伝(けんでん)され、そして市場経済への期待が過剰なまでに膨れ上がっているが、それは必ずしも、私たちの目指すべき次なる社会ではない、資本主義にもまた100年前に言われたように、幻想があるのではないかということを冷徹に、1991年という段階で、ヨハネ・パウロ2世は述べております。
   実は、宗教者以外で、初めてこうした“レールム・ノヴァルム”、新しきこと、革命というこの回勅の文章の策定に参加をしたのが、この宇沢弘文氏であります。宇沢さんはご存じのように、芸術院の会員でもあります。そして、また宇沢さんは、1983年に文化功労者として宮中で天皇陛下からお言葉をいただいております。「私の履歴書」の中に彼は書いておりましたが、様々な経済の話を陛下の前でしているうちに、何か頭の中が真っ白になってしまって、ただ言葉を重ねたと。その時に、昭和天皇が身を乗り出すかのごとく、彼の文章を引用しますと「君々、君は経済経済と言うけれども、要するに、人間の心が大事だと言いたいんだね。」とおっしゃったと。その瞬間、宇沢さんは、ある意味では大変にリベラリズム(liberalism:自由主義)ということを重んじてきた方でありますし、ある意味では自動車の社会的責任を厳しく問うてきた方でありますが、その言葉に電撃的なショックを受けて、目が覚めた思いがしたと。経済学というものは、まさにホモエコノミクス(homo economics)と呼ばれる経済人というもの、人を前提にしているけれども、しかしながら現実の文化的であったり、歴史的であったり、社会的な側面から切り離されて、経済的な計算のみに基づいて行動する抽象的な存在になってきてしまっていて、人の心ということを語ることは、経済学ではある種の禁忌(きんき)、タブーであるかのようになってきてしまったと。そのことを自分は頭の中で未だうまく組み立てられずに、様々な経済学の話をしたりして、頭が真っ白になった時に、当時の昭和天皇が「経済経済と君は言うけれども、要するに人間の心が大事なんだね」と言ったと。私はこれは大事な指摘であろうというふうに思います。その後、宇沢さんは、様々な多くの経済学者と交わる中において、社会的共通資本という言葉の定義を打ち立てます。これは、まさに今まで日本で使われていた一国平和主義とは異なる形の、むしろもっと醜い形の一国平和主義がアメリカによって唱えられ、それに対して、一人一人の市民が疑問を抱きながらも、必ずしも声を出すことができないような、そして、表面的には凪(なぎ)状態であるかのような今の私たちの社会においては、資本主義も社会主義もどちらが勝利したわけでもないわけでございます。二項対立を超える時代であります。これまでの体制の概念を超えて、社会的共通資本とよばれるものが機軸としてとらえられるべきだということを宇沢氏は言っております。それは、すなわちどういうことかと言えば、それぞれの地域に住む人々が豊かな経済生活を営み、そして優れた文化を育み、人間的に魅力のある社会を安定的に維持する。でもこれは持続するというだけでなく、「育む」という概念のもとにあります。こうしたことが可能な社会的装置を社会的共通資本であると述べております。そして、これは3つあり、1つは自然環境、2番目は社会的インフラストラクチャー(infrastructure:基盤設備)、そして3番目が制度資本であると言っております。社会資本という言葉で言いますと、今までの非常に狭義にとらえられた社会資本整備という意味になるので、氏はあえて自然環境と社会的インフラストラクチャーと制度資本と言っております。
 では、自然環境というのは何があるかと言えば、これはまず、私たちの空気、大気であります。私たちの組織にも公害課や食品環境水道課という部署がありますが、水あるいは土壌というもの、そして、河川や湖沼、さらには長野県が誇る森林、こうしたものは自然環境であります。そして、その自然環境というものがまさに人の心によって、経済学の観点からもとらえられなければならないということです。私たちの行政というのは、県民がお納めくださる税金によってはじめて成り立っているわけですから、それはまさしくビジネスであります。けれども、数字だけのビジネスではなく、人と相対する人の心のために働くビジネスであり、ゆえに自然環境を私たちが持続的に育むということは極めて大事なことであります。
   社会的インフラストラクチャーというものは、多くの方々が例えば道路や公共交通機関のことであると思われるでしょう。そして、私たちの長野県も下水道が多く整備されるようになってきましたが、この上下水道というものも、私たちが文化的な生活を営む上で不可欠でありますし、電力やガスもまたそうであります。
   では、制度的資本というのは何かと言いますと、これは児童・生徒のための教育、また、社会で貢献してきた多くのマイスターの方々が遇され、その方々の知恵というものが次の世代に伝えられるような制度としての教育、人のための制度としての教育や、医療、そして金融、法律というもの。法律は守るべきものであります。けれども、法律を維持するための法ではなく、人の社会がより良くなるために法や制度を整える司法というもの、そしてそれらをすべて行うのが、ある意味では行政であります。
宇沢氏は、このような思索の中において『社会的共通資本』という本を出しております。この本の中で、社会的共通資本の管理とか運営を政府の官僚的機構によってではなく、あるいはまた市場原理、市場主義に基づいてでもなく、それぞれの分野における職業的専門家の専門的な知見、知識と見識に基づいて、職業的規律に従って行わねばならないと述べているわけでございます。これはマックス・ウェーバー的でもあります。こういうふうに、つまり社会的共通資本の管理や運営は政府の官僚的機構によってではなくと申し上げますと、我々行政は否定されているのかと早とちりなさる方がいるかもしれませんが、そういう意味ではありません。私たち行政は、人の心である住民に密接に結びついているということです。より密接に結びついているのは、市町村かもしれません。けれども、この長野県というのは、県民が“信濃の国”を歌う時には、南北様々な文化の違いがあっても、なお肩を組み、涙を流し、一つの地域として人の心がその歌の中に育まれているわけであります。私たちは国という官僚機構でもなく、また市町村でもなく、まさにこの一つの心である長野県のための人的、精神的なゆるやかな機構であります。そして、それぞれの分野における職業的専門家の専門的な知見というものも、まさに審議会や検討委員会が、肩書のみによって生きる方ではなく、その専門的な知見を人の心に還元できるような方々の助言を共にいただき、議論をすることによってはじめて行われることです。
キーワードは「優しさ・確かさ・美しさ」
 もう一点、私は宇沢さんの本をひもとくたびに、すばらしいと思う点があります。それは、一昨日の「私の履歴書」の中でも書いておりましたが、アメリカのジェーン・ジェイコブズという女性の学者のことでございます。彼女は都市計画の専門家で、1961年に『アメリカ大都市の死と生』という本を書いております。この本は大変にすばらしい本でして、20世紀前半に、アメリカにはまさにアメリカンドリームを体現するようなすばらしい都市がどこにもあったと、そして同時にコミューン(commune:市町村、自治体)を一緒につくっていこうという良い気概が市民の間にあって、それはある意味で言うと、私たちの日本にもNPOという言葉がある前から、自分たちで一緒に普請をする自普請(じぶしん)というような言葉が江戸時代からあったわけです。アメリカは20世紀前半、これだけすばらしい街があったのに、どうして魅力を失ってしまったんだろうかということを彼女は言っております。50年代から60年代にかけて、都市計画家であり偉大なる建築家であるル・コルビュジェは、輝ける都市と呼ばれる近代的な都市計画理論に基づいて、都市の再開発を行おうとしたわけであります。歩道と車道がくまなく区別されていること、そして街が住民の参加によって、建築家と住民がコラボレーション(collaboration:協力)することによって輝ける都市をつくろうと言ったのが、ル・コルビュジェであります。ある意味で言うと、日本はまだこのル・コルビュジェの世界にもまだたどりついておらず、かろうじて今、海図なき時代において、このコルビュジェの理論へたどりつこうとしてるような議論であります。それが住民参加であったり、あるいは人に優しい都市計画というようなキャッチフレーズが出てくる時代であります。けれどもそのアメリカは、ル・コルビュジェの輝ける都市をつくり、ある意味ではフランスも同じでありますが、そういう都市をつくったにもかかわらず、アメリカでも犯罪が起き、フランスもパリの郊外のデファンスのような地域では多くの青少年の問題が起きている。輝ける都市をつくっても、そこに心がなければ、輝ける都市は私たちを蝕むモンスターとなるのではないかということを彼女は述べています。そして、なぜアメリカの中にも魅力的な中小の都市は数多く残っているのかということを1961年に彼女は書いています。彼女は、それらの都市に共通する点が4つあるということを言っています。1番目として、街路は必ずしも広くなく、狭く折れ曲がっていて、一つ一つのブロックがこじんまりとしている。2つ目として、都市の各ブロックには住み慣れた古い建物ができるだけ多く残っている方が好ましい。そして3番目には、商業地区、住居地区といったゾーニングを明確に区分けすることは必ずしも幸せなことではない。そして4番目が、都市において、人口密度が低いということは必ずしも好ましいことではなく、ある意味においては、ゾーニングをきちんと図るのではなく、良い意味で混在している、そして人口密度が高いということは、それだけ活力を生むことでもあるということを言っております。この4点は、ある意味で言うと、今、中心市街地空洞化と言われる私たちの社会において、そして私たちの長野県がこれだけ美しい山や水、あるいは人々の心意気がある中において、ル・コルビュジェの輝ける都市を否定するのではなく、さらにその上に立って、私たちはもう一度、心の中で反芻(はんすう)する必要があるのではないかというふうに思っております。宇沢さんは、ヨーロッパにおいて例えばストラスブルグの街であっても、あるいはその他のイギリスの街であっても、ドイツの街であっても、そうしたル・コルビュジェの遺産というものを継承しながらも、私たちの街に、経済学に、人の心が宿るように取り戻そうという作業が行われているということを言っております。
   私は、2月の議会の時に、福祉・教育・環境の3点によって、私たちの活力を生もうと申し上げました。同時に、長野県には誇るべき製造業や農林業や観光業があるということも申し上げました。例えば、伊那谷には椅子を作るメーカーであって、高齢化の中で車椅子を作るようになり、そして福祉の関連用品を多く作るようになった企業があります。あるいは、海がない長野県の先達たちは、天草を使って寒天というものを作った。その寒天を寒天というコンテンツ(contents:中身、内容)だけにとどめず、老人食に用いたり、医薬品に用いるという形で有機的に発展させた。
   宇沢さんが社会的インフラストラクチャーであると言いました電気やガスは偉大な発明です。けれども、電気やガスはそれのみでは人々に幸せをもたらすものではないのです。むしろ、感電したり中毒を起こしたり、危険な産物でもあります。偉大な私たちの発見である電気やガスが真のコンテンツとなり得るためには、その電気やガスを用いて、どのように人々のための幸せをつくるか。そこに私たち人間が考える葦であるゆえんがあり、その時、初めてコンテンツとなるわけです。
   今申し上げました、その2つの製造業の取り組みというものは、ある意味では一つ一つのものをより有機的なコンテンツとするということを私たち向上心あふれる県民が行ってきたことです。それは農林業とて同じですし、観光業も同じです。私は、福祉・教育・環境というものと、製造業・農林業・観光業というものを、有機的にスリーバイスリーで結びつける。そして、その時に一番大事なキーワードは、最近信州ものづくり産業戦略会議の場でも申し上げたのですが、「優しさ・確かさ・美しさ」ではないかと思っております。優しさという言葉は、先程申し上げましたル・コルビュジェの輝ける都市をマニュアル的にとらえて、優しい都市計画というのではなく、そこに、先程のジェーン・ジェイコブズが述べたような観点を踏まえた優しさが必要です。そして、確かさというものは、雄々しい(おおしい)というような意味ではありません。例えば、私が就任当初から提案している原産地管理呼称、これは誰がどの場所でどのような製法で作ったのかということが見え、分業化社会で、ともすれば人の顔が見えない時代においてとても大事な確かさです。確かさは雄々しいということではなく、まさに男女共同参画の時代における人としての確かさを取り戻さねばなりません。
   そして美しさ、これは私たちの住宅部をはじめとして、また多くの県民によって、まちづくりや景観というものが行われてきているように、長野県の美しさは全国に誇るべき、また、世界に誇るべきものであります。その美しき山であったり、水というものは、先程申し上げました社会的共通資本であり、長野県だけでなく、下流域の方々にも、あるいは全国の方々にも分かち合っていただくべき貴重な財産であります。私は、一昨日、建築家の安藤忠雄氏、経済学者の浅田彰氏と共に、シンポジウムを開催をさせていただきました。安藤さんが述べていたこともおそらくは同じことであります。南木曽町と山口村に出かけたときに、なにゆえこのようにすばらしい妻籠や馬籠の宿(しゅく)を、高度経済成長と言われた時代、それよりもさらに早く多くの地元の方々が、議論し合いながら、単に守るだけでなくて、育んできたのであろうかとお尋ねした時に、ある一人の、確か役場の職員の方であったと思いますが、それは私たちの役場に「理」を説こうといった方がいたと言われました。彼はこの財産を残すことには理屈がある、理論があると、「理」を説こうとしたと。それをわかってくれる人は共に作業をして守っていこうと言うのだと。その時、いやいやもっと車に乗って人が来てくれるように、うちだってもっと新しいまちづくりをしようと言った人には、別の「り」を説いた。利益の「利」を説いた。あなたはこの街に利益が欲しいであろうと。ならばこそ、急がば回れかもしれないが、この美しいまちを育んでいく、そのことにより多くの観光客が来て、あなたの利益が生まれ、けれども、それは翻って、良い理論へ戻っていくのだと。そして、このまちを育もうという理屈や理論から入る方も、それを行えば、必ずやまちは良い意味で精神的活性化をして、そこに利益や利潤がもたらされるのだということを述べたと。それは一介の職員の方であったかもしれません。でも、そうした言葉は、必ず、言葉によって人々を動かし、小さな町の試みかもしれませんが、今なお、長野県本庁舎から遠く離れたあの2つの町と村に、四季折々多くの方々がおいでになられるという成果を生んでいるわけであります。
二項対立を超えた目標設定を「協約」で
 日本は、アメリカと並んで車はオートマチックでありまして、アクセルとブレーキだけでございます。けれどもアクセルとブレーキというのは、ある意味で二項対立でありまして、スポーツカーを運転するレーサーの方はアクセルとブレーキだけでも、両側に足をおいて、微妙に運転するかもしれませんが、我々凡人は、アクセルとブレーキだけありますと、どちらかに足をかけるので、初心者ですとガクンガクンとしてしまいます。ヨーロッパやアジアの車は今なお、その9割以上はマニュアルシフトの車であります。クラッチがあるということです。クラッチはアクセルとブレーキの二項対立を超えて、そこでスピードを加減し、そして向きを変えることができます。今、ジェーン・ジェイコブズの話をしましたが、アメリカは、日本と同じように二項対立のアクセルとブレーキの街かもしれませんが、そこに人々はクラッチの効用というのを見いだそうとしているということです。日本だけが残念ながらまだ、クラッチの効用というものがさして議論されないまま、まさに市民の幸せのためではない瑣末(さまつ)な政局のアクセルとブレーキ、プラスかマイナスか、白か黒かという議論になってしまっている気がします。
 私は、部局長と現地機関の長の方々には、今年度、目標設定と課題設定をそれぞれにしていただきたいと思っております。そして、その内容を例えば「協約」という形で県民の皆様に示したいと考えています。4月末までの間に、私が部局長や現地機関の長の方と、その皆さんの部下との話し合いを踏まえた目標設定や課題設定を一緒に行わせていただこうと思います。それは一度で終わることでなく、それを良い意味でフィードバックする形でご議論いただければと思います。そして、半年後、秋の10月の議会が終わる頃には、その経過がどうであるかを再び皆さんとお話ができるようにしたいと思っております。さらには、これは後ほど、部局長会議の場でも述べさせていただこうと思いますが、部局長や現地機関の長というのは、県民サービスを提供する各部署の責任者であります。けれども、責任者であると同時に、ある意味では私は、ボードメンバー(board member:重役、理事)とも呼ぶべき、トップマネジメントの執行役員でもあると思っております。昨年1年間、部局長会議を開催する中で、例えば、自分の職掌の範囲外のことに関しては、少しご遠慮なさる向きがありました。けれども、皆さんも私も、また県民も等しく県民であります。真の県民益のために尽くすのが私たちでありまして、ある意味では自分の部署の責任と同時に、他の部署に関しても、それは介入ということではなく、共に手を携えて行うべきことが議論できるような長野県庁の意識にしていきたいと思います。
一人一人の県民の思いをつなぐ接続コードに
    私は、就任からこの4月26日で1年半を迎えます。繰り返し申し述べてきて、あるいはまだ一人一人の職員の方に直接語りかける機会がなく、伝わりきれていないかもしれませんが、私は、長野県の職員というものは、大変に高い倫理観を持っているし、大変に高い使命感を持っているということを感じます。これは、私事でありますが、県知事になる前に、現在副知事を務める阿部守一氏が勤務していた愛媛県以外は、私はすべての県において、各県が主催するシンポジウムや職員の研修会に出席したことがございます。その時に、私が接した職員は、ごく限られた職員であったかもしれませんが、私が知事に就任以来、日々感ずることは、先程申し上げましたように、現状維持から現状打破であるとか、問題解決型であるとか、常日頃厳しいことを申し上げているかも知れませんが、私は他の40数都道府県の職員と比べたときに、長野県の職員は遜色がないのでなく、その使命感や倫理観、またその発想力において、類(たぐい)まれなる力を持っていると、密やかに感謝をしながら、自負をしております。その多くの意欲ある職員の方々を、私は今年度さらに信頼を申し上げ、もちろんそこに議論はあるかもしれませんが、その議論は為にする議論ではなく、常に私たちの話し合う、その向こう側には222万人の向上心あふれる県民がいて、その県民のために、私たちは二項対立を超えた社会的共通資本をより良く有効に活用していくためのクラッチとなる。あるいは、福祉・教育・環境と製造業・農林業・観光業というものを結びつけると申しました。私たち行政が上から指導する時代ではありません。しかし、優しさと確かさと美しさという観点から、私たちはその様々な業種、あるいは様々な地域の方々の一つ一つの思いを結びつける接続コードの役目に誇りをもって、職員が話し合いながら行っていく、そうしたさらなる1年にしたいと思っております。それは、既に昨年、県政改革ビジョンの中で、私たちが県民と向き合い、情報公開と説明責任ということを当たり前の意識として、まさに全体の奉仕者としてディテールから変革をしていこうと述べたことの、さらなる発展形であります。
   大変に長い時間お話をしてしまいました。けれども、ぜひ、私がより具体的な成果を県民のもとに皆様と一緒に届けるべく、皆様を信頼し、また、皆様も忌憚(きたん)なく意見を私にも述べ、話し合いながら、小走りで歩きながらも、周囲を見ながら、県政益ではなくて、まさに県民益のために、一人一人の顔の見える県民益のために、今年1年、また今日から思いを新たにし、ご尽力をいただけることを切に願いたいと思います。どうぞこの1年、よろしくお願い申し上げます。

 
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秘書広報チーム
Tel 026-232-2002
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