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信州・長野県知事 田中康夫
お待たせしました。2005年1月4日、平成17年の最初の知事会見です。
今日は、朝、部長会議を開いて、その後、仕事始めの式がありました。仕事始めの式の冒頭にも申し上げましたが、大晦日、新年に大雪や木曽地域での地震等もあって土木部、農政部、林務部のみならず危機管理室あるいは各地方事務所や建設事務所等の様々な現地機関など、多くの職員が年末年始を問わず県民のために貢献してくれたことを、私もそれぞれの部署にはメール等で激励しましたが、大変有り難いことだと思っております。それは県立病院の医師や看護師、コメディカルの方は昼夜を問わず働いているわけでして、24時間、365日が我々が県民への奉仕をする一人ひとりの集合体なのだと改めて感じたところであります。
今日の仕事始めの式では、お聞きになっていた方、あるいはホームページ上にもアップをしておりますのでご覧頂ければと思います。ヨゼフ・アロイス・シュンペーターの様々な発言を引用させて頂きながら、私たちがまさに暗黙知というものを、暗黙知の中にこそやはり県民が望む新しい事業やサービス、予算、仕組みがあると、そのために誇りと自信をもって平成14年度から15年度にかけては178億2800万円という全国の都道府県では唯一、起債残高を減少させるという中で、いわゆる縮小財政ではなく必要であるまさに福祉や教育、環境そして今日述べましたように治安ということも、まさに言葉や数字では必ずしも言い表せなくても暗黙知の中で多くの人々が願っていることでありまして、こうしたことに関しては危機管理室や県警察本部あるいは様々な機関と連動して、更に当たり前の真っ当な改革を行っていこうということを述べたところです。
お手元のほうにお配りしたものでありますが、これは、いわゆる山口村の越県合併に関しての私の文章であります。読まさせて頂きます。
『 国家が、パスポートを保有する自国民に対して、その保護を約束している様に、仮令(たとい)、それが相対的には少数者であろうとも、長野県民であり続けたいと願う方々を護らねばならぬ責務が、長野県知事としての私には課せられています。
長野県議会平成16年12月定例会の初日に述べた、こうした想いは、今も猶、変わるものではありません。暫し再録をお許し頂くなら、提案説明の中で私は併せて、以下の見解を開陳しました。
集落が、そこに暮らす人々を中心として構成されるコモンズであるように、長野県も又、自律する信州としての統一性を目指すコモンズなのです。全国4番目の広さを有する県土の、何れの地で生活する方々も、誠実で勤勉で向上心に溢(あふ)れる、誇るべき県民であり、そのコモンズの未来は、構成員全員の意思を踏まえて決定されねばなりません。県境や山間の地で郷土を守って暮らし、引き続き本県民でありたいと願う方々を失う事は、信州が信濃が、長野県でなくなってしまう事へと繋(つな)がり兼ねません、と。
であればこそ私は、至らなさを改むるに如(し)くはなし、と反省した上で県民の皆様に頭を垂れ、1万人規模の県民意向調査の実施をお認め頂きたい、と県議会9月定例会に予算案を上程させて頂きました。が、県議会を構成する方々の大多数には残念ながら、構成員たる県民の意思を確認する必要性をお認め頂けず、12月定例会では議員提案で山口村のいわゆる「越県」合併関連議案が議決されるに至りました。
同一県内での合併とは異なりいわゆる「越県」合併は、面積や人口の数値の変動に留まらず、政治・経済・産業・文化と多方面に亘(わた)って、これからの長野県の県勢に少なからぬ影響を与えます。況んや、道州制導入へと繋がっていく魁(さきがけ)こそは山口村のいわゆる「越県」合併、なる趣旨の麻生太郎総務大臣の発言に於いてをや。
加えて、10の広域圏に自律的な220万県民が暮らす、言わば「信州自治共和国」とも呼び得る長野県は、「『脱ダム』宣言」でも謳(うた)われるが如く、正しく日本列島の背骨に位置しているのです。
私は危惧(きぐ)しました。東京からも名古屋からも等距離の、本来ならば優位性に富む筈(はず)の、そうした長野県の地勢が逆に災いして、件の魁としての選択は「越県」合併の連鎖を呼び、のみならず近い将来、道州制が本格導入の暁には、一つの道州に長野県が丸ごと帰属し得ず、例えば北陸州・東海州・関東州へと3分割編入される悲劇の可能性とて高いのではあるまいかと。
川中島の戦から450有余年、我らが郷土は再び、権力の都合で引き裂かれてしまうやも知れぬのです。その場合には、全国に誇るべき県勢を形作る上で多大なる影響を及ぼしてきた県域の、歴史有る職能団体やメディアとて、溶解の道を歩むかも知れぬのです。
「長野県が溶けてしまう」と申し上げてきたのは、こうした慨嘆の表れです。何を戯(たわ)けた発言を、と冷笑される向きも居られましょう。ですが、合併を経ずとも、地域住民の意向で名称変更も可能な市町村名とは異なり、都道府県名は廃藩置県の際に法律で中央政府が半ば一方的に規定した代物なのです。
善光寺下の一町名が県全体の呼称となった長野県とて例外ではありません。古文書にも登場する信州を、長野県知事なる呼称の前に常に冠して、信州自治共和国としての一体感の高揚を図ってきたのも、それが理由です。道州制は、中央政府の都合で区割りされていくのです。その魁が山口村のいわゆる「越県」合併である、との見解に接して、どうして心中穏やかで居られましょうか。
であればこそ、覚悟と想像力を冷静に持ち合わせた上での御議論と御判断を、と県議会の皆様に対して繰り返し御願いしてきたのです。更に理由は、もう一つあります。仮に山口村に続いて今後、他の県内自治体からいわゆる「越県」合併の申請が為された場合にも、今回と同様の議決を下さねば、整合性に欠けるであろうからです。県庁所在地から遠く離れた山口村だけの特例とするのでは、憐憫(れんびん)という名の無関心が齎(もたら)した議決だと、歴史の厳しい審判を受けるでありましょう。
とまれ、長野県議会を構成する58名の選良の内の49名が、山口村を岐阜県へと送り出そう、と白票を投じ、議決されました。
県知事としての私の再選よりも8ヶ月近く後に実施された統一地方選挙で、県下各地の代表として県民の皆様が送り出された県議会議員の過半数を大きく上回る選良の方々が、岐阜県中津川市へのいわゆる「越県」合併をお認めになった、この事実に目を瞑(つぶ)る訳には参りますまい。呻吟(しんぎん)の末、私は県議会に於ける議決を厳粛に受け止め、山口村のいわゆる「越県」合併申請を行う事を決意しました。
長野県民であり続けたい、と涙ながらに訴え続ける老齢の山口村民に接すると、今でも涙を禁じ得ません。様々ないわゆる「優遇措置」を伴う平成の合併特例法を国が施行しなければ、いわゆる「越県」合併など思い至りもしなかったであろう、との加藤出・山口村長の吐露を思い起こすと、より一層、複雑な思いで胸が一杯となります。
引き続き県境や山間の町村に暮らす県民の方々を護るべく、私は倍旧にも増して努力して参ります。
中津川市との合併後も、長野県への想いを断ち切れぬ現山口村民の方々からの御相談に対しては、私を始め、まちづくり支援室、コモンズ・地域政策チームの面々が、誠意を持って個別対応させて頂きます。
この間の議論を通じて、向上心に溢れる220万県民の方々が、長野県の将来、或いは住民自治や民主主義の在り方に関し、幾許(いくばく)かでも沈思黙考(ちんしもっこう)して頂ける機会を得たとするなら、それも又、2500年前のソクラテスの昔から遅々とした歩みなれど少しずつ成熟していくであろう私達の民主主義の過程の一つだと言えるのでは。無念な想いと共に、私は今、そう考えています。
平成17年(2005年)1月4日 信州・長野県知事 田中康夫 』
あの最後の「無念な想い」というのは先ほども文章を推こうしながら「無念」という言葉以上に「断腸」あるいは「胸が張り裂ける」と、そうした言葉を使おうかとかなり迷いました。「無念な想い」というのはある意味では、極めて「断腸な想い」という主体的な言葉よりも少し情念過ぎる気も致しますが、文章として私が今そう考えていますというのと「断腸の想い」という言葉が私の拙い文章所作の中では上手く結び付けられず、最後の一文はこのようにしてあります。
おそらくは県議会の方々も、あるいは県民の方々も、また、山口村で中津川市民となられることを望まれている方々も、引き続き山口村民であり長野県民でありたいと思われている方々も、極めて何と申しますか・・・私は、おそらくは何と言いますか・・・この平成の大合併というものが、真のコモンズに根ざす多くの市町村民や都道府県民や国民の願いをより実現するものとは、かなりな部分逆ベクトルではないかと申し上げてきた私としては、そのようなものが多くの県民もそうであると思いますが、同一都道府県内の合併ではなく都道府県境を越えての合併の動きがあり、それを議論せねばならず、また、判断せねばならないという場に身を於かれたという事を、大変に言葉にならない社会や歴史や・・・そうしたものの・・・運命などという言葉では表現し得ぬ複雑な、こう・・・少しく言葉が上手く見つかりませんが・・・そうした場に身を於かざるを得ないということの数奇さを感じております。
今ここで読み上げましたようにこれがお伝えする内容でありますので、この後、所定の手続きが済み次第申請はさせて頂くという形になると思います。物理的な現実的な問題で言えば総務省の側に申請をするわけですので、実際の日付的には到着をもってというと、あるいは明日という形になるかも知れません。
あと、この問題とは別に、いわゆる任期付き任用の職員を2年間という任期で募集いたします。既にホームページに掲載しておりますが、今回は、とりわけ公会計と呼ばれるものに関して、私どもは監査委員の代表監査委員に丸山勝司を、また、監査委員事務局長に今井則夫を迎えて、従来とは異なる監査を行っておりますが、よりこうした公会計の新しい透明性というものを確保するために、公認会計士の資格を取得している方をとりわけ募集するという形であります。
欧米の社会では、民間企業のみならず私どものような行政組織に公認会計士の資格を取得しているものが勤務して、公会計を扱うことが一般化してきております。日本の地方自治体では、私が知る限りではまだないのではないかと思います。ただ、国の機関等ではそうした動きがありますし、本県においてもそうした知識や経験、そしてまた意欲をもった方が今回応募頂けることを願っています。
詳しい内容は、ホームページあるいは人事活性化チームリーダーの田中利明のほうにお問い合わせを頂ければと思います。
それでは、ご質問を受けます。
長野日報 高島剛志 氏
山口村に関してなんですけれども、断腸の想いでの決断ということになろうかと思いますが、この判断に先立ってですね山口村の方々に対するケアをということをおっしゃられていたと思うんですが、頂いた文面の中では個別対応をというところがそれにあたるのかと思うんですけれども、具体的にもう少し何か決まっていることがあれば教えて頂けたらと思います。
信州・長野県知事 田中康夫
今のご質問の点はですね、かなり私も考えましたし、また私どものスタッフも共に考えたところです。様々な考えはございまして、それぞれ大変に素晴しいケアになるのではないかという内容がございましたが、ただ、それもですね、例えば翌日になったり、時間を置いて考えますと、一例ではですね、まさに自分が生きている間に二度も越県というようなことに遭遇するとは思わなかったというようなことをおっしゃっていた老齢の方がいらっしゃいますが、この長野県の県民であったという証をですね、証書のような形でお出しをするというようなことも、これは中津川市への合併を望まれている方も含めてお出しをすると、いうようなことも議論いたしました。
しかし、私が今日、仕事始めの式という時にも何かそういう節々の折々のというような形はあまり望む事でなく、24時間365日仕事をさせて頂いて喜んでいただくことが私達だということであれば、無論そうした証書をお出しするということで一時の心が休まる方もいらっしゃるかも知れませんし、あるいはそれを繰り返しご覧になることによってですね、一枚の写真や、一枚の手紙と同様に様々な思いを走馬灯のように巡らす方もいらっしゃるかも知れません。
ただ、不思議なことにそうしたことを一度このようなことをしますというふうに申し上げると、これは勿論ご希望者だけということに限ったとしてもですね、何かそのことを申し上げた瞬間から、何といいますか、それは取り繕いなどというのもでは決してないと思うんですが、やはりそういうことをさせて頂きますと申し上げた瞬間から他方で大変に切ないと言うか、詮方ないやるせない思いになる気が致しまして、これは私だけでなく、一緒に色々とアイディアを出しました職員も同様の思いです。
その意味でいうとやはり私達は一人ひとりのその自律した県民のためのサービスという組織であり集合体ですから、やはりお一人お一人の方が自律的に私どもに何らかご相談を頂ける、ご提案を頂ける、あるいは時として大変厳しいお叱りかも知れませんし、あるいはその絶望の中で搾り出すかのように言葉をおっしゃられる方かも知れません。が、そうした方々に対して、まさに自律する市町村というものを共にパートナーとして支援させて頂くということを行ってまいりました、まちづくり支援室や、あるいはコモンズ・地域政策チームと、そして私を始めとするものが個別対応させて頂くというふうに申し上げることが、最もある意味では、そうした方々が、今、あるいは今私の読み上げましたものをお聞きになって、大変に奈落の底に突き落とされたかのごとき思いの方もいらっしゃるかも知れませんが、しかしながらそうした方々が私達に、仮にそれがあられもない私どもへの言葉であったとしてもですね、私どもにコンタクトをして頂きやすい形は、このような形で申し上げることではないかというふうに考えるに至ったわけです。
これはここに記しましたように、その合併を仮にした後もですね、実際にお住まいになってみなくては、これは想像し得ない、実体験し得ないことが多数あろうと思うんですね。
ですからその中において、中津川市民になられた人もですね、無論それらの方々が中津川市民であり続けることもそれらの方々の権利でありますし、中津川市民でない人生を歩まれると、あるいはそうした可能性を考えられるということもこれは権利でございますから、いずれにしても、これは大変に長い話で、とりわけその山口村地域の意向と民意というものをより的確に反映されるような議会制民主主義の方々が中津川市の中でこれからも将来に亘ってですね、どのように存在し続けられるかということとも関わってくることかと思います。
ただこれは、この前も申し上げましたように、ご自分の意志で例えば大阪府なり東京都なりにお引越しをなさる、山梨県にお家を移されるというのとは違うわけでして、現在、今この瞬間も長野県の県土でありますところがそのまま岐阜県という区分に変えられるわけですから、これは以前に申し上げたパレスチナのガザ地区のイスラエルとの問題にも似通った、まさに胸をかきむしられんがごとき思いがあろうと思いますから・・・。大変にある意味では長い私どもの対応にあるいはなるという場合も生じようかと思っています。ただそれはやはり同じ県民であられて、ましてやそのお一人お一人の個人としてはご自分の意志で岐阜県民になられるわけでは必ずしもないという方がいらっしゃる以上、私達のせめてもの、また、当然の対応すべき事柄だと思っています。
長野日報 高島剛志 氏
判断の前に県議会の議長と総務委員長のほうにですね、あのケアの件で一緒に考えて欲しいという呼びかけをされてたと思うんですけれども。そうなりますと議会側にはこの件でケアについての提案を受ける呼びかけをなさらないという受け止めでよろしいですか。
信州・長野県知事 田中康夫
それぞれ議会の方も常に両輪とおっしゃっておりますし、それぞれ二十歳を疾うに越えたですね分別を、私にどの程度の分別があるかという方もいらっしゃるかも知れませんが、ですのでそれは議会の側でも、よしこれだというようなものがあれば当然、私どもの側にですね、様々な伝達手段はあるわけでございますから、私が把握している限りでは現時点の段階ではとりたててはないわけでございます。
また、議長は今後私ども理事者側が具体的な提案をした時にはそれに協力をして行きたいという旨の大変心の広い有り難いお言葉は、この間知事室でそうした趣旨のことは頂いていると思いますから、とりわけそれがそれぞれの現村民あるいは新しい市民になられる方の、実情や思いに根ざしたものであるならば、当然ご協力を頂けるものと思っております。
長野日報 高島剛志 氏
あと一点すみません。判断をするに際してですね知事はいわゆる知事機関説に立つものではないということをおっしゃっていたんですけれども、この文章を拝見しますと、議決を厳粛に受け止めるという表現をされていますが、知事機関説という考えと今回の決断との関係性といいますか、どのような思いで、知事機関説というあたりを踏まえてですね、どのような経緯で決断に至ったかお聞かせください。
信州・長野県知事 田中康夫
知事機関説であるべきだというのは議会の側の一般質問でございましょうか、の中でそうした趣旨のご発言があったかと思います。ただ私は同時に県境をまたぐ合併というのは、これは民意というのは県民全体に基づくものだと申し上げてきたわけですが、県境をまたぐ合併に関しても当該の基礎自治体の民意をもって議会は粛々となさるということになると、これは粛々というのは基本的には結論ありきという言葉の同義語であろうと私は思っておりますし、結論が見えていてそこに至るまでの時間を費やされるということであるとするならば、これは議会が私に問いかけるよりも先に議会機関説をお持ちになっていたということになると私は思っています。
とすると、ここに私は記しましたように今後本県のですね他の地域においても、基礎自治体の市町村のみならず、例えばある集落を含む地域が本県以外の行政機構の下に行きたいと言った時には、これをこの中では整合性と書きましたが、議会機関説としてですねお認めにならなければ、これは私は山口村の中津川市民となることを望まれている方に対しても失礼ですし、また、同様の申請をなさる方々にも失礼だと思っております。
その意味では、議会の方々は、総務省の見解を後ろ盾となさって提案をなさったということではありますが、ただ、私は基本的には、法律や様々な決まりがあろうとも二十歳を越えたものというものは、それぞれの責任で判断されるということだと思いますから、少なくても議案を上程され議決されたということはこれは無論議会のご判断であります。そして、私としてはですね、ですから両方だと思うんですね。議会の方々は自分たちではなくて総務省の責任だとおっしゃってますけれども、これは繰り返し申し上げますが総務省のみならず他の方々にも山口村の方々にも失礼だと思っています。
ですから、もし総務省の責任だとおっしゃる形になるならば知事も議会も今後長野県は機関説に立つのかということになると思います。これは大変重い問いかけをですね私も県議会の方々も背負っていくことになろうと思います。
言葉で、混乱を避けるためにとかですね、車の両輪であるからとかですねそうした言葉は私としては今回やはり様々な思いで私の知事室にお越しになられたり、こう言ったら失礼かも知れませんが、震える手で手紙等をお寄せ頂いた方々のことを思うとですね、無用の混乱を防ぐためとか、県政の停滞を防ぐためとか、あるいはそうした言葉はやはりそうした方々の前で使えないなという思いが非常にありまして、ただしかしながら、でもそうした方々に今、読み上げました・・・私の文章がどの程度・・・ご理解は頂けるかも知れませんが、一方の人間の感情としてですね・・・受け入れて頂けるかどうかというのはなかなか難しいところだと思います。
その意味でも、先ほど書きました個別対応を誠意を持ってさせて頂き、言葉を是非信じて頂き、そして、様々な思いもご遠慮なくお伝え頂ければと思っております。失礼ではないかというふうにそうした方々から言われれば本当に至らなさは改むるに如くはなしと申し上げた総務委員会で頭を下げさせて頂きました時、あるいはそれ以上の思いで、それらの方々に接せねばと思っています。
朝日新聞 園田耕司 氏
ケアの確認なのですが、具体的なこの施策をケアとしてやるというわけではなくて、確認なのですが、村民から相談があった時に県側として相談にのっていくという、ある種柔軟的な施策をとるという意味でしょうか。
信州・長野県知事 田中康夫
今日、申請させて頂くということを今日ここに多くの表現者の方々が集っていらっしゃいますが、山口村民の方も含めた県民の方、あるいは岐阜県の方、あるいはこの問題に関心のあられる方々にお伝えをするというために、非常に大きな県政の判断せねばならぬ問題でございましたから、文章をしたためさせて頂きました。
当初、それぞれの山口村民の方にお便りをということも思ったのですが、これもまた、何かしたため終えて投函をするという時に、おそらく様々な何かやるせない思いになるのではないかということで・・・。ただ具体的に今日の会見の内容が新聞、テレビ、その他でも何もご覧にならないという方もいらっしゃるかも知れませんので、何らかの形で山口村民の方々には引き続き、無論、現在中津川市との合併を心待ちになさっている方々も含めて、合併された後の様々なご相談があれば、不具合があれば、それは決してこれは岐阜県や中津川市への越権行為でもなかろうと私は思いますから、させて頂くということです。
正直申し上げて、私たちはやはり県民の意志という点では当事者ではありますが、しかしながら自分の住んでいる場所が移転するわけでもないのに、戸籍上の記載が移籍するということは、私たちにとってはほとんどの方は経験がないわけですから、やはりそこでどの様な物理的にも精神的にも、あるいはその他にも様々な諸条件の中で悩まれるか、喜ばれる方もいるかも知れませんが、それは申し訳ない、責任逃れなのではなくてやはり個別に対応させていただくしかないと思っています。ただその点は私どももただ漫然と待っているという形ではなく、中越地震の時に私どもの職員も一人ひとり、例えばテントにお住まいの方や車で寝泊まりされている方の所にも訪れてお話しをお聞きするという、ご用聞きをさせて頂いてたように、そうした形は必要であろうと思います。
ただ、そこまでを詰めてからお話しをするということになると、それは越県合併を認め、申請をするということを決めた後に出てくることでございまして、私も越県合併を認めるか、あるいは申請するのを差し控えさせて頂くかということはずっと年末とて悩んでいた訳でございまして、まさに一日の中でも様々な思いがあります。お便りを頂いたりしても、その様なことで何か動揺というか、心を動かされるようでは駄目だとお叱りを受けるかも知れませんが、やはりいろいろ考えた訳ですから、今日このように今でも無念な想いでありますが、申請をさせて頂くということをお伝えしたことによって、よりどのような待ちの姿勢ではない形でできるかということはきちんと考えることができようかと思っております。それは順次お伝えしていくつもりであります。
朝日新聞 園田耕司 氏
今回申請するという方針を決められたわけですけど、加藤村長や中津川市の大山市長に対して知事から説明はされたのでしょうか。
信州・長野県知事 田中康夫
いいえ、しておりません。これは無論お二方、山口村から申請が出ているわけではございますが、やはりこれは山口村の方々を疎んずるというのではなく、この問題の判断を一緒にしていくと、また、それを共有していくというのは県民であると思っていますから、私は常々この知事会見はここに集った方々だけでなく、あるいはこの知事会見の音声や映像を一度も見たことがない方も含めて、皆さんを通じてであろうと思いますし、県民に語るということからだと思います。この会見が終わりました後にお伝えするところであります。
朝日新聞 園田耕司 氏
実際、今回申請するという方針を決められたことで村の方々の生活を今後左右していくという判断をされたわけですが、合併反対、賛成を問わず村に行って直接今回の方針というものをお伝えするというお考えはありますか。
信州・長野県知事 田中康夫
そこはまだ未定であります。何れにしても会見が終わった後、山口村長と中津川市長にもお電話をする予定であります。
朝日新聞 園田耕司 氏
今回申請されるということで、いろいろ前の会見であらゆる選択肢があるということを述べられていて、申請しないという選択肢もあったと思いますし、議会側で観測が流れたような再議とか知事選とかいうことも選択としてとることができたかと思いますけれども、今回お読み致しますと知事が言われているのは議会側の議決を厳粛に受け止めるということを言われているのですが、これはご自分の主張を貫くよりか、その議会の議決の方が重いと、そちらに従わなければいけないという判断をされたのでしょうか。そこをちょっと確認したいのですが。
信州・長野県知事 田中康夫
最後のほうに、「遅々とした歩みなれど」という箇所がありますけれど、県民が選んだ選良の判断というものを県民の民意に近いと、より近いというふうに考えざるを得ないというふうに今日の朝の段階で思い立ったわけであります。
私を選んだのも県民でございますけれども、勿論それも相対多数という形ではありますが、県議会もそれぞれ限られた選挙区であるとはいえ、そこの中で相対多数として県民がお選びになった方々でございますし、また、その意味では私よりも8か月後でございますか、県民がお選びになった選良であると、そして、そうした方々には繰り返し私は覚悟と想像力をもって議論し判断を致しましょうと申し上げたわけでございまして、少なくともこの私の言葉の意味するところは把握いただけた上での議論や判断であったのだろうと信じたいと思っておりますから、そう致しますとやはり県民が選んだ議決機関の判断というものを、県民の民意により近いものであるというふうに考えざるを得ないのではないかということであります。
それもまたおそらくここで終わることではなく、申請をするという手続きは進んでいく訳ですが、一人ひとりの県民の方がまさに記しましたように、議会制民主主義や住民自治や民主主義が合併の問題ということを、長野県の将来ということを、これからも一緒にお考え頂くということになっていくと思います。
朝日新聞 園田耕司 氏
最後なのですが、9月議会直前で見送られてから、この問題というのが大きくクローズアップされるようになったのですが、実際知事が見送りをされるということで県内の市町村長や議会もそうですし、非常に強い反発が起きて、知事は先程混乱というのは考えられないとおっしゃってましたが、事実上その混乱というのは起きたわけで、これについてご自分の政治責任というものについては、どういうふうにお考えですか。
信州・長野県知事 田中康夫
混乱という言葉のこの場合のそのご定義やご認識がよくわからないのですが、私は混乱だったというふうにおっしゃる方々は何処によってたたれているのかなということです。これは今朝の仕事始めの式で繰り返し申し上げた暗黙知の問題ということを、あるいはシュンペーターの発言というものを紐解いて頂けると、私が述べているところが御理解頂けるのではないかというふうに思うのですけれども・・。
私は、この問題に関して私が至らなさを改むるに如くはなしと申し上げたのは、おそらく私もこの越県合併という歴史に関して、長期的な視点というよりもむしろ短期的な視点に当初立っていた点がなかったかと、これは私の反省です。
あるいは理論に関しても、そうした越県合併という社会現象を、孤立的や単独的にこの問題としてのみ捉えていたのではないかというのも私の反省で、まさにもっと俯瞰的に総合的に捉えるということへと近づかねばという中から、9月の議会への提案の見送りということがでてきている訳ですし、その意味では政策というものも某がしかその計画至上主義のような形で社会を計画して制御することができるのではなく、むしろ社会自身の変化の過程と、それは皆様の紙面でどのように報じられていたかということも歴史の検証であろうかと思いますが、私はやはりこの問題が議論されることによって、より深く、あるいは時として深くお考えになられる県民の方がおられたのではないかというふうに思います。
それをその手続きのペンディングということでの混乱というふうに捉える方もいらっしゃるかも知れませんし、それをある意味では成熟という言葉はあまり相応しくないようにも思いますが、むしろ皆の議論の深まりと、あるいは認識の深まりと、長野県の未来というものに関してのその認識の深まりというものには一定以上の寄与があったのではないかというふうには思っております。
今、現にこれは別にこういう発言をすると何か総務省任せのような、最後総務省が決めたかのような議決できましたと言ってるのと同じじゃないかというお叱りを受けるかも知れませんが、年末の段階においても総務省の方々は皆様の取材に対して、有り体に言えば官報登載ということまでの余裕を持った日にちということをおっしゃってらっしゃる訳でございます。それをもって私は何か判断を呻吟し続けていたというわけでは断じてありませんけれども、その意味で言えばその混乱とおっしゃる方がいるかも知れませんが、私はこれもまた長野県という民主主義の大きな学校にとってそれは歴史の将来の審判は、あるいは私の判断に対しても議会の判断に対しても、大変に厳しいものであるかも知れませんけれども、しかしながらそこに集う県民にとっては、それは山口村の一日千秋の思いで中津川市へと願ってらっしゃった方々をも含めて、私は一つの民主主義の成熟の一つの過程であるというふうに信ずることによってこそ、更に岐阜県にとっても長野県にとっても新しい中津川市にとっても、人間的な状況が生まれるのではないかと思っております。
信濃毎日新聞 小市昭夫 氏
手続きを止めて、知事が言うところの入口論に終始した部分は経過が経過だけにあったんだと思うんですが、今、おっしゃっている長野県の未来だとか、長野県の自治、民主主義というのはですね、知事ご自身は自分の言葉としてですね、県民に理解されるように届いたという実感はお持ちでしょうか。
信州・長野県知事 田中康夫
それは私の発言は必ずしもインターネット上でだけでご覧になる方ばかりではありませんから、願わくば紙幅のいっぱいある信濃毎日新聞でも、もう少し違うアングルからお書き頂けたらなという無いものねだりはあるかも知れませんが、それは編集権の問題でございます。
ただ私は、議場での議論というものがそれが断片的な紙幅や時間の関係があり、部分的に報じられるという形であったとしても、また無論、投稿欄というものはその投稿欄の原稿を採用される方の極めて主観に近い客観という中でお選びになっているとも思いますが、いくつかの地域紙に投稿される内容というものもそれは決して恣意的にだけ選ばれているというわけではないと思いますから、そうした県内のいわゆる10地域の中のですね地域紙への投稿であったり、その他、私どもへ寄せられるご意見、双方ございますけどそれは時間の経過とともに、あるいは、急速に、前もこの会見でも述べたかも知れませんが、大変に深くお考えになられて、非常に多面的にお考えになった上でのご意見というものが、非常に増えた気は致しております。それは私だけでなく担当している職員も同様に感じていることではないかと思います。
信濃毎日新聞 小市昭夫 氏
ここでも麻生さんの道州制の話、これは当初から知事もおっしゃっていましたけれども、長野県として知事も自律ということを重視されている中で、平成の大合併そのものへの提起もなさっていましたし、道州制への問題提起というのも、ま、今回の問題がそれにつながるかどうかは議論の余地があると思いますけれども、知事の意識としてはお持ちであると。で、ここにも書かれているようにちょっと気になるのは、道州制とかというのは有無を言わせずに上からやられちゃうことなんだというふうに知事の言葉では終わっちゃっているんですけど、むしろそういうものに抵抗するというとちょっと変な言い方なんですけれども、それと違う有り様というのを長野県の中でどのように築いていく努力をこれからしていくのか、それこそ長野県の自治はなんなのかということの深い議論のむしろ始まりにしなければいけないんじゃないかなと思うんですけれども、その辺の見通しというかこういうふうにやっていきたいというか方針というのはどのようにお考えでしょうか。
信州・長野県知事 田中康夫
もしそういうふうに思っていらっしゃるんだったらこれも編集権の無いものねだりかも知れませんけど、私は最もその点ずっと言ってきていると思うんですよね。この中にも拙いない文章で書きましたけれども、「信州」という言葉をあえて使っているのも長野県を否定しているのではなくて、やはり私はこの10の地域に分かれてですね、それぞれの気質が異なるというのは皆さんはもう充分承知で、そのものたちが一つ集っていくというのは、一つは「信濃の国」のような歌かも知れません。ただ、それは情念的な部分も多分にあろうかと思いますから、その中でやはり「信州」という言葉をキーワードとしていくことによってそしてまた、そのコモンズというのは、長野県全体もまたコモンズでありますが、それぞれの小さな集落の足腰を強くしていくということを行っているわけですから、そのための多くの施策や組織改編もしてきておりますし、私はこれは最もしてきていると思います。
で、前から申し上げているようにこの中にも書きましたように、日本列島の真ん中にあればこそですね、私はこの点、北陸地方整備局と中部地方整備局と関東地方整備局の3つに、JRのみならず国土交通省も所管が分かれているというのは改めて地図の上で見た時に、やはり、私たちも長野県というのも中二階にある権力かもしれませんけど国家の権力というのはですね、誰が恣意的にとか意図的にということでなくて、先ほど言いましたようにこうした場に私も皆さんも、この越県合併の申請をせざるを得ない場に、携わらざるを得ないということに数奇な思いを感じると言いましたけれども、日本の場合は誰がということでなくていつの間にかまさに何となくの空気で動いていきますし、その意味で言うと私はやはり長野県の足腰を強くする、「長野県」というものが「信州」というキーワードのもとに、より集っているということによって信州の解体を防ぐということに関してはかなり初期から申し上げてきているかと思います。
信濃毎日新聞 小市昭夫 氏
知事はそのようにおっしゃっているけど、私どもの調査の中では、今回の山口村の知事の対応については、調査した限りでは、その対応については評価するとかの回答は無くてですね、どちらかというと市町村長さんが思うところの自治というものと違うという受け止めをされていて、そうすると今知事が縷々おっしゃられたことが、それこそ市町村とパートナーシップを持ちながら進めていかなければいけないことだと思うんですけれども、少なくとも市町村長からはそのように調査結果として受け止められてしまったということについてはどのようにお考えですか。
信州・長野県知事 田中康夫
市町村長とはさまざまな、まさにですね、私たちとの共同作業があるわけですから、この点に関してではですね、例えば森林というような限定されたことだけではなくですね、長野県が打ち出してきている新しい機軸、これはこの間「地方行政」という時事通信の出した雑誌にも載っていたことではありますけれど、これはかなりの点、私はご理解いただけていると思っています。まあ、皆様のアンケートは当然記名なわけでございますから、やはり私はこれは私や職員も自戒の念を込めて、バイネームで仕事をしていく、そしてそこで「屈しない」「逃げない」ということは、いかに大変なことかということは感じるところであります。
議会の方々にはですね、皆様の中にもお書きの方がいらっしゃいますけども、じゃあ歴史は、if、もしもですけれども、仮に私が9月の議会に提案をしていれば全く逆のご発言の方もあるいはいたかも知れません。それもまた一つの議論の深まりだったかも知れませんし、つまりなぜこのようなことを性急に議論も無く提案するのかという言葉も、あるいは全く異なる発言をなさっていた方々からも、私の判断あるいは行為ということによっておっしゃる方もいたかも知れません。それはなんともわからないことであります。
いずれにしてもただ私たちは常に私の判断も県議会の判断もですね、絶対などというものは、絶対や裁量などというもこの問題に限らずないかも知れません。ただその中で議論を深めるということが本来民主主義だということは議会の方々も常々おっしゃっていることですし、実際問題として県民の方々はこの問題に関して、我が事としてお考えになって頂ける方々は9月以降急速に増えたのではないかと思っています。ただ、更になお考え続けたいと思っていらっしゃる県民の方々、これは山口村の方に留まらず、とりわけ山口村以外の方で引き続きこの問題を考え続けねばと思っている方々に、今日私がこの判断を下したということは、あるいは、もしそれがそうした方々に対してですね、失礼な部分があったとするならば、それは大変私としては、何といいますか、複雑な・・・申し訳ない思いであります。
以上です。
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