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最終更新日:2003年04月21日

 

知事会見 県議会選挙を受けて他

平成15年4月14日(月)
14:05〜15:10 
県庁5F「表現センター」

長野県知事 田中康夫
 はい、それでは会見を行います。
 昨日、長野県議会議員一般選挙っていうんですね。私も知らなかったんですけど、補欠選挙があるから一般選挙っていう。特別選挙っていうのがあるのかなと思いますけれども。県議会議員選挙が行われました。無投票当選をなさったお二人の方も加えますと116人と。これは大変に全国最大の立候補(注:議員定数に対する立候補者の割合が全国最大)があったと。とりわけ全国でもおそらく最大の新人(注:議員定数に対する新人立候補者の割合が全国最大)と、今まで議会経験というもののない方々の立候補があったわけであります。(注:議員定数に対する立候補者数及び新人立候補者数の割合が全国で最大) これはやはり長野県政というものがとりわけこの2年半、まさに県民にとって極めて身近な、従来から申し上げておりますように、非常にお子さまの例えば学校の問題、おじいちゃんおばあちゃんの介護の問題と同じようにですね、それは皆さんのおかげでもございますが、朝あるいは晩、テレビや新聞でですね、長野県政のことというものをまさにその地域のですね、教育や福祉というものと同じようにですね、多くの県民の方が身近に感じ議論をしてくださるようになったと。身近に関心を持つだけでなく、また車座集会をはじめとして多くの県政の意見を私と対話をする場にも多くの方々がご参加いただいたと。その意味では県政、とりわけ県知事と県民というものの距離というものは極めて縮まりですね、身近なものになってきたということは、これは多くの方々が等しく認められるところであろうと思います。そしてある意味ではその地域の代表である県議会議員の方々というものは、行政をつかさどっております県知事以上に県民の方々にとっては距離を感じさせない、本来は、存在であるわけでございます。しかしながら、長野県においてはこの2年半も県政ほどには県議会というものがさしては身近な存在にはなっていなかった面はあろうかと思います。そうした中で多くの県民、一県民であられる方々がですね、まさに政治と呼ばれるものとは縁遠かったであろう方々がそうした開かれた県政と、あるいは県知事と県民の距離というものがなくなるという中において立候補をなさったということであろうと私は思っております。
 一点申し上げますれば、今回、もちろん現職の議員であられた方々も含めて一番全国で多くの立候補者があったわけでございますから、その分、残念ながら当選へは至らなかったという方々もいらっしゃいます。私は思いますのは、やはりヨーロッパやアメリカ、あるいはこれは最近訪れました台湾の地でもそうであると思いますが、一般の方々が政治に参加をすると。政治の皆の代議員として参加をすると。そのために例えば企業に勤めながらも立候補できると。それもサラリーマンとして勤務をしている企業に勤めながら立候補もできると。あるいはその議員活動を行う間、その企業もそのものが休職をするということを認めるという社会的なコンセンサス(consensus:総意)が広くあるわけであります。日本では何か立候補をするということは職を辞さねばですね立候補できないというようなある種の脅迫観念がございますし、社会的にもまた政治の世界へいくということはよほどの思い切りをして、ある種向こう側へとですね渡るようなものであるという意識が多くあられようと思います。これは政治が変わらなければというふうにおっしゃる知識階層と呼ばれるような方々に限ってですね、あなたも地域のためにですね、まさに職業としてのプロではなく、奉仕者としてのですねプロを目指すということで立候補をなさっては、というようなことを申し上げると、これは私が県知事になる前からでございますけど、「いやいや、うちは政治にはかかわらないのが家訓でございます」と、ようなことをおしゃると。他方で政治が変わらなければ日本の社会は滅亡するとおっしゃるわけですね。その意味では長野県においてですね、立候補をするということがまさに一市民としての私利私欲とは無縁の純粋な思いと、いわゆる脂ぎった感じ、少しく何か密室のにおいがしたり、利権分配のにおいがするのとは無縁の方々が私は立候補を多くなさったということは大変にこれは長野県民のですね、よい意味での民度の高さと、あるいは地方自治、自分たちの自治ということへの関心の高さというものであろうと思います。これは日本全体に言えることですけれども、例えば今回、私の20年来の友人である高木文堂という人物が福井県知事選に立候補しました。ある意味では、これは彼は自由民主党も民主党も社民党も公明党も、そしておそらく自由党や保守新党もであろうと思いますし、また共産党のいずれもですね、他の候補を推薦をし、あるいは労働組合や多くの農業をはじめとする職能団体、あるいは宗教団体というものも対立の候補者を応援する中で、まさにこれこそウルトラ無党派の候補者でありまして、この候補者が善戦という、あるいは大善戦という言葉を超えてですね、しかも福井の地においては建前と本音の中で多くの市民がまさに懸念を抱きながらも言葉には出せなかった原子力発電の問題に関してもですね、それを公約に掲げてですね、立候補したものが大変に24万5,538対19万9,497と。1回目の私の選挙とてですね、労働組合と呼ばれるものの支援というものは、これはあったわけでございまして、そうした中で大変に善戦をしたと。こうした高木文堂という私の友人にとどまらずですね、立候補をして惜しくも落選をした方々というのは、これは社会的に否定されるべき、あるいは抹殺されるべき筋合いの方では断じてないということです。むしろこうしたですね、よい意味で手あかの付いていない方々が立候補をし、多くの市民の支持を集め、そして接戦、これは長野県内においても多くの選挙区でまさに接戦であります。私が2回目に当選しました時も3分の1近い方々はあなたへの批判票を入れたというようなことをおっしゃった方がいますが、その意味においてはですね、その多くの選挙区で一人区であっても当選した方々はですね、おそらくはそれを上回る数値の方々がその候補者ではない方を選択をなさっているということは、これは当選をなさった58名の方々に私は心から祝福を申し上げると同時にですね、やはりその点に関して少なからず謙虚であられる代表であることを私は強く望みたいというふうに思っております。でありますから、惜しくも落選をなさった方々、長野県議会にとどまらず全国のですね今回の統一地方選で、あるいは今後も他の様々な選挙において立候補をなさる方というものは、政治をまさに市民の手に取り戻すというために立候補をなさる、私は大変に高い志の方だと思いますし、それらの方々がまさに社会的にですね発言をし続けられるような私たちの意識というものが大事であろうと思います。そうでありませんと、まさに政治家を養成するためのですね、何か塾というようなものに象徴される、奉仕ではなく職業としてのプロをもくろむ立候補者ばかりが選挙に登場をするということは、今政治が市民に近くなってきている、そうしたベクトル(vector:方向)の逆ベクトルになりかねないと思います。
 今回の県議選は戦後で、戦後最低の投票率であったということであります。その意味ではですね、今回の県議選というものは、おそらくは一人ひとりの県民の方がですね、こうした低投票率であった点も含めて、県民はこれからの4年間、まさに今回の知事選…、県議選における自分自身の選択をも含めてですねチェックをしていくということをあえてお一人お一人の県民は自らに課されたのではないかと、このように思います。つまりは、県民の多くは県政をチェックするのは一人ひとりの県民であるというふうにお感じになってらっしゃると。ある新聞の出口調査で51%の方々がですね、県会議員というものは具体的なアイデアを出して前向きな議論を行っていただくこと、これを県会議員の役目として望むということをお話になってるわけでして、県議の方々がチェックをするというふうにお答えになった方というのはその2分の1以下であるわけですね。やはりその県政を見守るだけでなくて意見を述べると。その意味で県知事と対話をする、あるいは県議と対話をするのは一人ひとりの県民であられるということです。そして県会議員は県知事あるいはその県知事と共に様々な決定を行いサービスを行っていく行政というものに対してですね、今申し上げたような様々な前向きなアイデアを出して、前向きに議論をするという存在であるということであろうと思います。こうした考えの中でですね、多くの県民は、繰り返しますが、低投票率であった点も含めてですね、これからの4年間そうした自分自身の選択をも含めてチェックをなさっていくという意思表示を示されたのではなかろうかというふうに思っております。
 幸いにしまして、それはまた一数字ではありますが、最近のいわゆる長野県の県政というものを認めてくださるかどうかという一つの指標であります支持率というものは、信濃毎日新聞の77.8%や中日新聞の75%、あるいは長野日報の77.4%と、あるいは市民タイムスの70.5%というような数字であります。
 既に長野県議会は公共事業を削減をし、福祉・教育・環境・医療というものに重点投資をし、こうしたことによって人が人のお世話をする21世紀型の雇用を生むと。またその中において財政再建を行い、さらには2万人日の常勤雇用を創出をすると。そのために1千億円を超える私たちの予算を投入すると。こうした財政改革プログラムにもとづく平成15年度予算を無修正で可決くださっているわけでございます。その意味においてはですね、その予算案に、またその財政改革プログラムの初年度であります予算案に賛成くださった現在の、昨日当選をなさった方はいますが、当選証書は出ておりませんし、現職の議員というものは昨日までの段階と同じなわけでありますが、こうした予算案に賛成をなさった旧県政会を含む多くの方々が再選されたわけですが、その長野県の歩むべき改革のベクトルというものは、これは変更はないわけでありますし、またそこに後戻りということも生じはしないということであります。ですから、私長野県知事である田中康夫は県民との対話というものを引き続き行うと同時に、県会議員との議論というものを行っていくということであろうと思っております。
 教育委員、前島章良(のりよし)さんの教育委員の選任に関しましては、残念ながら前議会において否決されたわけであります。わずか9名の議員が賛同いただいただけで、他の圧倒的大多数の議員の方は前島章良さんというごくまさに一般の市民である給与所得者である方、あるいはご自身のお子さんが自らいじめによって命を絶ったと、こうした方は教育委員という座にふさわしくないというご判断を決然と示されたわけでありますが、これに関しては既に3月に申し上げているように、私は教育委員の選任案件を再度次の5月の議会、5月に開かれるでありましょう最初の議会に提出をさせていただくということであります。これもまた先ほど申し上げた長野県の改革のベクトル同様にですね、いささかの後戻りもないということでありまして、その時に、まさに県議の多くの、現職県議の多くの方々が掲げられた是々非々というものの、そのうそ偽りなき実体というものを改めて県民の方々は実感なさるということであろうと思っております。
 まさに、一点私は大変に何か対イラクの不毛にして、また理屈が立たない戦争というものが、いわゆるかぎかっこ付きの「終結」をしております。前回申し上げたように、力の武装解除と、力による武装解除というものは、心の武装解除や武装放棄というものを必ずしももたらしはしないであろうと。現時点でのこのイラクの地、あるいはその周辺における、あるいはアメリカ、あるいはその戦争を積極支持した日本における一つのなぎ状態というものはそう長くは続くことはなく、心の武装解除、武装放棄と、あるいは武装溶解、溶けていくと、いうようなことはなかなか難しく、よりウィルスのように拡散した形での力の武装放棄、あるいは武装突発というようなものがあるいは起きるのかもしれませんが、私はいくつもの皆さんが所属なさっているメディアも同様のことを書いておりましたが、その対イラクの戦争でですね、アメリカ側、あるいはイギリス側のですね、ある意味でいえば前線の兵士としてですね、亡くなった多くの方々というのは、必ずしも何か強い権限を持ってらっしゃる方でもない。その社会的な地位と呼ばれるようなですね、ものが高いわけでもないと。そうした方々が多く亡くなられているわけです。そしてまさに特定企業との癒着という癒着話が絶えないワシントンの中枢部に鎮座する多くのリーダーと呼ばれる方々が、あえて申し上げますが、仕掛けた対イラク戦争の最前線で戦わされ、そして命を落とした方々というのは、先ほど申し上げたように、夢や希望を抱いて、民主主義というものの夢や希望を抱いてですね、新しくアメリカの市民になられた方々がその大半であったということであります。この長野県においては議場において最前列に、くしくも最前列に共に同じテーブルに座ってらっしゃった浜康幸さん、あるいは金子ゆかりさん、垣内基良さんと、これら3名の方々はそれぞれこの長野県議会というものからかぎかっこだと思いますが、「退場」することを余儀なくされたわけであります。そしてある意味では不信任決議というものを画策され、県民から大批判を浴びた責任者でおそらくはあったであられよう旧県政会の石田治一郎さん、小林実さん、下崎保さんは、まさによみがえる不死鳥という形容があるいはあたるのかあたらないのかわかりませんが、これらの方々が引き続き県民の代表を務めるということを220万の県民の一人を構成する有権者であられる方々が選択をなさったということです。何か、対イラク戦争という不毛な悲しみの戦争の場におけるですね、犠牲となられた方々と、私はそれら先ほど申し上げた浜さんや金子さんや垣内さんという方々のある意味では無念さと、何かそうした組織と歯車というものの非情さと、非情なる歴史というものを感じるわけです。垣内さんは信濃毎日新聞の記事によればですね、「私が辞めるにはふさわしいような1票差だと思う」と。そうした敗戦を宣言された後に、「いわゆる現職に対する批判を自分一人がかぶってしまったなあ」と、つぶやかれたということであります。私はこの記事を朝ネット上で、また実際に活字としての紙面でも読みまして、大変に彼とですね、議場で相対して議論や意見を交わした時のことを思い出してですね、非常に私にとっては今回の県議選において彼のこうしたせりふというものは、何かこうした思いであられた鉄の結束と呼ばれた県政会のですね最前線に立たされざるを得なかった方々の思いというものをですね、傍聴席からはですね体を乗り出さねば見えない一番最後列の座席にお座りであった方々というものは、私はそうした最前線にいた方々の思いというものを深く心に刻んでこそですね、まさにそれが県民の代表であるノーブレス・オブリージ(noblesse oblige:地位に等しい責任や義務を負う)と呼ばれる存在に少しは近づくことであられようというふうに思っております。今後、例えば議員宿舎を5年をめどに見直しを行うというようなことをおっしゃってこられたことを、またこの問題が遠からず議論となるような場においてですね、ここにおいてもその全国最大の新人が立候補し、戦後最低の投票率であったこの県議選を主体的にですね一人ひとり選択なさった県民の方々は、またその時に真の県民が自律的に選択する民主主義というものは何かと。またそうした県民が自律的に選択する民主主義の成熟の到来というものにはこれから先なおどのくらいの時間がかかるのであろうかということをそれぞれお感じになられるということであろうと、このように思っております。
 いずれにしても、58名の方々は、それは手続きのもとにおいて民主的に選ばれた新しい県民の代表であられます。選挙民の負託を受けられたわけですから、まさに県民のためのですね、幸せがより的確により迅速に行われるための前向きな議論というものをこれらの方々とですね、行うことをですね、願っているというところだと思います。
 その他、県議選に直接は関係しない今日お話しすべきことというのがございますが、先にご質問をお受けするという形にいたしたいと思います。
 いつもと同じようにありますればご挙手をお願いいたします。はい、どうぞ。

産経新聞社 小野有美子氏
 産経新聞の小野有美子と申します。
 今回の県議選で知事は11人の候補者の応援をされましたけども、その11人を選ばれた基準があれば教えてください。

長野県知事 田中康夫
 11人の方々、2名現職の議員の方がいらっしゃいました。この議員の方はまさに県政会という鉄の結束を誇ってらっしゃった県政会がお出しになった不信任というものをですね、これは県民に対しての利益の利ではなくてですね、あるいは県議に対しての利益の利でもなく、県民に対してあるいは県政に対しての理論の理、理屈の理が立たないと言って、決然と座席を立たれて退席をした方であります。また多くこのお二人の議員の方は、私が掲げる県政改革の具体的内容というものに関して、早い段階から理解を示し支持してきてくださった方でありますし、それは同時に多くの県民が願う県政改革というものとですね、同じベクトルの上にあられた方だと思っております。更埴市で立たれた方に関しては、現職、もともとは市会議員であられましたが、同様に私の目指す県政改革というものを的確に理解されると共に、これは他の今まで政治というものとは縁がなかったいわゆる素人であられた一般の市民の方々として立候補をなさった残る9人の方も同様でありますが、それぞれ同じ市民の目線や体温でですね、市民に対して届く言葉というものを持ち、またその私利私欲なき市民のための奉仕者として働くという情熱をお持ちの方であると。このように考えて推薦を申し上げたわけです。
 その他のご質問。どうぞ。

日本障害者創生会 須永恒氏
 日本障害者創生会所属、須永恒といいます。
 ただ今の知事のご発言を拝聴しております。私ども一般市民から見た場合に、知事のご発言は知事の身の回りに起きることは何か皆素晴らしいことで、落選した方まで何か情緒的に退場したとか、垣内、浜、金子ゆかり、皆犠牲者のように言っておりますが、現実は違うと思いますよ。あなたはどういう感覚でそういうふうに物事をおっしゃってるようですが、少なくとも反田中の無念の思いを秘めながら退場をしていったものもその中にはおりますし、今日日現在でもそうだと思います。それはどういうことかというと、例えばなぜ知事が身の回りに起きることをすべて素晴らしいことのように言うかというと、あなた自身が自分は一般県民よりも優れているんだと。自分の考えていることはこの遅れている長野県を覚醒させるものだといみじくも前におっしゃっていましたが、そういう観点でものを言ってるわけで、それではあなたがおっしゃってることの中で一つ例にとらせていただきますが、例の北朝鮮の拉致被害者家族の問題で、『週刊ダイヤモンド』で知事が発言してるように、あなたはああいう場面ではこういう場でこしらえごとのような言葉でものを言っておりますが、あなた自身の言葉でここでものを申したことはないと思います。なぜならば、あなたは北朝鮮問題に関して、おにぎりとハングル語の『週刊プレイボーイ』と韓国放送にダイヤルを合わせたラジオを投下すれば意識が目覚めて、そこから問題は解決していくというような、非常に非現実的なことをいとも平然とおっしゃいます。そのようなことは以前にも発言しておりましたがブラックジョークだと思って聞いておりましたら、また発言しております。そのようなものを散布する、空中から散布する。上空、北朝鮮の領空権に差し掛かったと同時に撃墜されるか強制着陸させられて、そこでそのようなものを持っていればどういう目に遭うかということぐらいは一般的な感覚として十分におわかりになっていなければならない。それをあなたは全然わかっていないで発言している。それはあなたが言うところの改革という言葉にもそういうものがつきまとっているわけですよ。この開かれた民主主義といいながら、それではネットというインターネットというものを使って意見具申ということを言いながら、県職員の間に密告制度と言われるものが現在はびこっております。それはあなたがそうにしたものであります。あなたはそういうことを一方で言いながら、知事というのは特別職であるから、何も長野県にいつも張り付いていなくてはいいんだと。あるいは人事権を持っているから、そういうことを言いながら、あなたはそういう態勢をつくっているんです。東京であなたが仲間と話してるような言葉でここでありのままにお話になったらいかがですか。それがあなたの姿なんですよ。あなたは自分以外に自分が一番優れてると思ってるから、いろんなことをすべて情緒的に持ってくんです。教育委員、誰がどういう議員を選ぼうと、それは勝手でしょう。そのことのためにわざわざ知事会見を開いて、あれはいけない、これはいけないと、なんのためにおっしゃるんですか。それじゃあ、はなっから議会制民主主義を否定してるということじゃないですか。あなたはそういう中で、私はじゃあそれでは一つお聞きしたいんですが、家族会、拉致被害者家族の家族会と救う会とは別なもんであります。救う会が家族会の横田さん夫妻に北朝鮮へ行ってはならぬという手紙を出したと。事実と違いますね。あれは家族会では自分たちは行きたいという、それはもちろん政府の方と一緒に行くんだけど、それはいかなるものかと救出する会に問い合わせたことに対する返事が今は行く段階ではないだろうと、こういうことだと思います。知事はそれを全部自分の中へ持ち込んじゃって、あなたの要するに非現実的な妄想とすべてがぐちゃぐちゃの中でものを言うから、だからあなたに4月1日にお尋ねした、2年4カ月ではぐくんだものは何かと。「『こわす』から『創る』ステージ」。壊すということは創るという前提で壊すんであるから、壊したものはなんなのですかと聞いてもお答えいただけなかった。今日はそのことをお答えいただきたいと思います。それから知事室にあった人形は1体だけ残して引っ越ししたようですが、あれは焼却処分でもなされたんですか。それともお昼になるとミルクでも差し上げてんですか。そのことも併せて、あなたのガラス張りの人間像をこの場でお話しいただきたい。あえてこういうことを申し上げたいと思う。それと同時に、あなたはもし北朝鮮へ行っておにぎりだのプレイボーイだのラジオだのをまくなんていうことを本気でおっしゃってるんだったら、あなたの東京のエネルギー源というのはどういう暮らしをしているんか。どういう仲間とどういう言葉で話し合ってるんか。そういうことを含めてもう少し長野県民の一人ひとりの存在、その存在が選んだ議会なら議会を、何も当選して議会、議員が勢揃いした段階で既にあれはいけない、これはいけない、そこまで知事は介入する必要があるんですか。とりあえずここまでにしておきましょう。

長野県知事 田中康夫
 長野県におけるですね改革というものは、これは長野県のホームページをご覧いただければ載っておりますし、あるいは新聞やテレビのアーカイブ(archive:公記録)を検索なされば多く載っているわけでございます。それは前回申し上げたとおりでございます。
 県知事室にございましたぬいぐるみ等は、あるものは私の家にあるわけでございまして、そのようにお答えをすることでよろしかと思います。
 いわゆる北朝鮮の問題に関してのご質問でありますが、これもこの会見録というのは映像、音声、そしてまた約何日かたちますと活字でもホームページ上に載っております。もしコンピュータをご利用でないようでしたら経営戦略局にお申し付けくだされば、いくつかの過去の会見録をプリントして差し上げることは可能であろうと思いますから、そこで既に繰り返し述べているところでございます。
 その他のご質問をお受けいたします。

日本障害者創生会 須永恒氏
 いやいや、自分の言葉で言ってくださいよ。あなただって何を壊したかっていうことぐらい言える、何を創るために何を壊したかって。この場で自分の言葉で言ってくださいよ。それが県民の選んだ議員に対しては自分の知事という、知事で会見を開いてぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ言って、自分が言うべきことは自分のお言葉で言えないんですか。県民に向かって。

長野県知事 田中康夫
 前回も、あるいは前々回でしょうか、申し上げたかと思いますが、具体的に例えばこの項目について、それは例えば一つの場所、個所に関してでも結構ですし、事業に関してでも結構ですし、そうした形でですね、それは創ったことなのか壊したことなのか、あるいはどういうことなのかというふうにご質問があればお答えできるかとは思いますが。
 その他のご質問です、どうぞ。

信越放送(SBC) 水野正也氏
 SBC、水野正也です。
 県議選のことについて二点お伺いします。まずある程度オフィシャルな形でですね、知事の政治姿勢なり県政運営を支持されるというふうにおっしゃってる方がですね、改選前8名だったものが17名と2倍に増えているんですが、このへんの受け止めを一点。それと逆にというか、昨日ですね取材の中でですね、県政会の石田さん、旧県政会の石田さんが、「これでみそぎは済んだ」というようなご発言をされてるんですが、インタビューの中で。その点に対して逆に知事の受け止めと。この二点をお伺いします。

長野県知事 田中康夫
 8名が17名になったと。58名の定数の中でですね。他方で自民の現職の方が6人当選なさって、推薦を含めて14人だったということも終わりましてから初めて記事で知ったわけでして、自民党あるいは民主党の推薦というようなものをですね、推薦を受けながらそれをあえて公表することを当の候補者が拒まれると。大変に不思議な現象でありまして、ならば推薦を受けるという意味は一体どこにあったのかという気はいたしますので、全国的に見られる政党政治の終えんというだけでなく、何かまだ事実をありのままにお話になることにまだ逡巡(しゅんじゅん)なさる方がいらっしゃるということかなという気もいたしましたが、ただ同時期に行われました徳島県議選というのは定数42人で、元知事派というのは42人の中で、私も初めて改めて知ったのですが8人という。定数58の長野県におけるいわゆる知事派と呼ばれた人と同じ数だったんですけど、これの8人が14人になられたと。14人っていうのは、くしくも定数42の3分の1でございまして、そしてまたそれは多く、まさに今まで政治とは縁のなかった方がですね、直前に立候補をなされて、多くの自由民主党の現職の方がですね落選なさり、そうしたいわゆる無党派のいわゆる勝手連と徳島では呼ばれてる方々が当選なさったと。長野県は知事派といわゆる呼ばれる方がですね、知事の少なくとも県政の方向を支持すると。実は先ほども言いましたように、平成15年度の予算案を無修正で全会一致で可決なさったということは、これは是々非々という範囲ではもうないということで本来はあろうかなというふうに、言葉のディフィニション(definition:定義)がいろいろあろうかと思いますけれども、少なくとも私が把握する限りで新聞紙上等でのインタビューを拝見すると、みそぎが済んだとおっしゃられてるような方々がお使いになる是々非々というのはですね、どうも何かご自分で可決なさった予算案の方向性、その改革というものに関してもですね、少なからずという言葉を超えたところでどうもそのベクトルを自ら賛同くださったベクトルと自分は隔たりがあると吐露なさっているわけでして、少しく困惑をするわけですが。
 長野県においては、いまだ県知事を支持するという方は新しい議会の構成においても3分の1以下なわけでございます。これもまた170万を超える長野県の有権者の方々がまさに自律的に選択をなさったということであられようとは思います。その「みそぎ」という言葉、先ほど申し上げましたように、私は別に票差がすべてとは思っておりませんが、前回の私の知事選においてはですね、82万票余を県民から私にというよりも県政改革を押し進めよということで投票をいただき、他方で私の対立候補と、主要な対立候補とおっしゃられた方はその2分の1以下の40万票と。つまり全体の3分の1以下の得票であるわけだということであります。例えば更埴市の場合でいいますと、前回の選挙で私は1万4,079票を頂戴(ちょうだい)して、対立の候補の方は8,143票であったわけであります。今回更埴市で当選なさった下崎保さんは9,884票であられまして、対立の候補は2名おられたわけですが、その1名は8,716票でございますし、同様に私を支持するといってですね、いわゆる旧県政会の時代の県政というものに反対なさっていたもう一人の候補者は2,492票でございますから、私が1回目の選挙の時にもですね、もう一人は共産党の推薦を受けられた候補であったと思いますが、その共産党の推薦を受けられた候補と元副知事の得票数を合わせるとおまえの得票よりも多いと。だからおまえは信任されているわけではない、というようなご意見をたしか議場で、それに類するご意見を多くの方からいただいたと思いますけども、それと同様の形になっておりますし、その更埴市において私の県政改革を支持するために去年の秋、投票をくださった方の得票数よりは5千票近くですね差があるわけでございます。一人区で現職が勝ったからといって、その「みそぎ」というような言葉、私はこれこそがやはり「みそぎが済んだ」という言葉に象徴されるのが、4年に一回の選挙の時に頭を下げて当選すれば、その後の4年は安泰であり、まさにその間、県民と同じ目線や体温で県民と対話をすると同時に、県知事と議論をするというお気持ちを、そのみそぎが済んだというような意識の下で抱き続けられるというのは、これは少しく困難な、あえて両立をですね目指されているなというのが率直な気持ちであります。ましてや、その千票ほどのですね差の結果でそのみそぎが済んだというふうにおっしゃれるのかと。今回、多くの選挙区で大変に上伊那の1票差というようなことにも象徴をされるように、非常にそれぞれ激戦でありまして、それはもちろん当落の結果というものは、これは民主主義の結果ではございます。ただ同時に、そこに現れた多くの民意と、現職の議員の方が10名落選なさったと。もちろんその中には私を支持してくださっていた現職もいらっしゃいますけれども、そして多くの新人が当選されたと。あるいは県議会の改革ということを述べられてきてる方も当選してらっしゃると。その意味においてはですね、やはり石田治一郎氏が「県議会は知事に従っていくことではない」という、これはおそらく2年半前以前の自戒の念を込めてですね語られたことであろうと思いますが、「県議会は知事のやることをチェックするところである」と。そして「なぜ不信任をやったかがみそぎを済んで理解してもらえた」と。これは少しくあえて申し上げると浅薄な見方ではなかろうかと。やはり県民は県議会に具体的なアイデアを提案してですね、そして県知事ないし行政機構と議論をするということを大変に望んでらっしゃるのじゃないかなと、これを感じますし、徳島県においても私は大田元知事を支持してまいりましたから、大変に今回徳島県で長野県よりもですね、元知事派と呼ばれる方々がですね、近く出直し選挙に出馬なされますけども、3分の1を占めたということは、これは私は大変に徳島県民の英知というものに敬意を表したいと。福井県におけるですね、多くの組織動員や締め付けとは無縁の方々が非常にわずか4万票余差まで高木文堂という候補を支援したことと同様に感じるところです。
 どうぞ。

共同通信社 伊藤豪氏
 共同通信の伊藤豪です。
 知事が17人の中にはですね、知事が推薦なさった方以外の方や共産党の方もいらっしゃって、推薦なさってなかった方も知事がご面識がかなりあられる方が多いかと思うんですけれども、それについてはどういうふうに、どんなふうな評価をなさってらっしゃるか、お考えを。

長野県知事 田中康夫
 17人の中にはその政党推薦というか、政党員であられる方もいらっしゃいますけども、そうした方を除くと、多くの方はまさに徒手空拳でですね戦ってこられた方です。そうした方がですね、ある意味ではまさに政治と縁のなかった一市民の方々が県民に自分の言葉が届いて当選なさったということは、これは大変な喜ばしきことであるというふうに思っております。直接私がまだ面識を存じ上げない方もいらっしゃると思いますし、お名前やお顔や、あるいは言葉を交わした方もいらっしゃいますけども、ただそれは私は先ほど申し上げたように、58人の方々は私が共に議論をすべき存在であるということで、そうした前向きな議論ができることを望むということです。今回の県議選の結果を何か県民のバランス感覚などというふうにおっしゃってる方もいらっしゃるようでございますが、これは大変にちょっと私は、よくある表現活動の常とう句でございまして、バランスというのは一体何をもってお話になってらっしゃるのかと。私は前から申し上げてるように、民主主義の成果というものがもたらされなくてはならないわけでございます。その意味ではそうしたバランスという言葉をおそらくは社説でも繰り広げてられた新聞、信濃毎日新聞という新聞でございますが、そこに都築勉さんという信州大学の教授が語ってらっしゃった、「談」となっておりますが、「談」にしては大変に素晴らしい内容で、逆に言えば、この「談」をまとめた記者の方の表現能力というものを私は高く評価するところでありますけれども、この見解というのは比較的私は鋭いのではなかろうかなという気がいたしました。その他、読売新聞の長野面でございましたか、に載っていた記事というのがたしかあったかと思いますけども、それも私は非常に、読売新聞はたしかいつでございましたかね、4月の5日の日のいわゆる政治面というんでしょうか、中の方の政治面に載っていた記事、「選挙ルポ」という記事も私は、これは今回の選挙戦の中で掲載された署名の記事としては白眉(はくび)であったと思いますけども、今回のあれはどこへいっちゃったのかしら…、なくなっちゃったかしら。なかなかであったとは思いますがね。よろしいですか。はい。
 その他のご質問はありますか。はい、どうぞ。

信濃毎日新聞社 高森和郎氏
 高森和郎です。信濃毎日新聞です。
 先ほど自民クラブの、県会会派の自民クラブの総会がありまして、基本的にはその自民党県議団をですね、長野県議会には93年以降なかったものを政党に則した会派をつくるというようなことで、結成する方向で今後呼び掛けが進むかと思われるんですが、その自民党県議団の再結成について知事のご所見があればお伺いしたいというのが一点です。それから、その中で、知事が直接応援をされた候補と同じ選挙区の方なんかからは、知事が応援をされたことでそれに対する批判があって、それが現職に優位に働いたというような見解が述べられていましたけども、そういった見解について何か受け止めがあればお伺いしたいと、二点であります。

長野県知事 田中康夫
 まあ、選挙が終わられて、いわゆる無党派の方々がですね会派をつくられる、かつての県民クラブに象徴されるような会派というものは、それはよい意味での離散集合を、一人ひとりの地域の代表がですね、自らがよりその地域の県民の願いを発言し、実現するために集合されたユナイテッド・インディビジュアルズ(united individuals:集合体)でありますけれども、自由民主党に象徴されるような会派というものは、何か、先ほど申し上げましたように推薦をあるいは公認をもらいながらそれをあえては表に出されなかったという方が、当選なさった後にですねそうした会派を突如おつくりになると公言なさるというのは、よく昔、いわゆる無所属であると、改革派であると、無党派であるというふうにおっしゃりながら当選すると衆議院や参議院ですぐに大きな政党助成金のある一員に加わられるという方と何か似ていまして、有権者への説明責任という点ではどのようにお考えなのかなというのが率直な意見であります。
 後半のお話でありますけれども、それはまさに高森さんがいらっしゃる信濃毎日新聞では、先ほどおっしゃられた都築勉教授はですね、やはり県民の幸せを実現する上でですね、県知事もまたその自分が県民の幸せを実現する上でですねよりふさわしいと思う候補者を敢然と推薦をし支援をすべきであるということはお書きになってらっしゃったと思いますし、今回も逆に、「県議は距離的には身近な存在であるはずであるが、なお遠い存在となってると、長野県では」と。「その意味では知事も準備不足で、与党づくりをするなら準備不足であった」と。「もう少し組織づくりに時間を掛けるべきだ」と。私は与党をつくるなどというつもりはないので、この都築さんの信濃毎日新聞におけるコメントというのは、少し逆にこそばゆい感じがするわけではありますが。鳥取県のような、片山知事に象徴される方は今回無投票当選という形で、これは自由民主党、民主党、社民党、公明党、保守新党や自由党がいらっしゃるかどうかわかりませんが、日本共産党に至るまでですね、オール与党としてですね、無投票当選なさって、そのオール与党で無投票当選なさった方が現職の半数近くを一緒に写真を撮り支援をなさっているわけですから、今の高森さんのようなご発言というものは、結果として私がそれに対してコメントをすることは、片山知事や鳥取の県議や県民の方や、あるいは鳥取において皆さんの同僚のとして活動されているマスメディアの方を何か批判することとなりますから、私としてはそのように申し上げるということであろうかと思ってます。
 いずれにしても、やはり多くの県民は今回ですね、私に対してもっとより県民の願う県政改革というものをより充実させるために、従来にも増して田中康夫というその県知事はですね、もっと働きなさいと。もっと、あるいは県民との対話はある種ご理解いただいてると思いますが、もっと議論をし、そしてもっと提案をし、そしてまたもっと決断をなさいと。そうした苦労をいとうなかれと。そうした私にもっと働きなさいと。そのことが長野県のより改革につながるということをおそらくはおっしゃっているのであろうなという気がいたします。
 佐賀県においては、44歳という私が当選したのと同じ歳の新しい県知事が当選をしております。以前に長野県でご勤務があるということでありますが、この佐賀県でも6名の方が立候補なさって、うち4名の方が自由民主党の推薦を、自由民主党が4人もの方に推薦をするという大変に珍しい形かと思いますが、この当選なさった方は長野県とは異なり、公共事業費は削減しないということを新聞紙上で公言なさっておられますので、国においても公共事業費を削減していく中で、これもまたですね、ある意味では「『脱ダム』宣言」を出した時に国の方針に逆らうようなことで長野県は道に迷わぬかと言われましたが、諫早の干拓というものを間近に控える佐賀県においては、長野県とはまた異なった形でですね、国の大きな方針というものに佐賀県としてですねあらがうということを示されたのかなという気はします。
 一点だけ、昨日のテレビ朝日の番組で、これは東京の産経新聞、あるいは共同通信の電であろうかとは思いますが、これは大変大きく載っておりまして、他紙は選挙があったのでほとんど載っていなかったんでございますけれども、ご存じのように、石破茂防衛庁長官が自衛隊による敵基地攻撃能力の保有検討に前向きな発言をしたことに関して民主党の菅直人代表が、『サンデープロジェクト』でありますが、「北朝鮮がミサイル攻撃する可能性も見られる時に専守防衛の範囲内でどこまで準備しておくべきか、そこは真っ正面から議論すべきだと述べた」と。既に菅氏は、3月下旬に弾道ミサイル防衛とBMD(弾道ミサイル防衛)構想について検討の余地があるというふうに見解を示していまして、これに併せて、「敵基地攻撃能力保有の是非に関しても積極的に議論をすべきと認識を示した」と。何か菅直人氏はですね、トニー・ブレア氏の出来損ないのようなことをなさって、民主党を支持する方々をもですね、不退転の決意でですね、切り捨ててこそ百貨店である民主党をどのようなお客様がおいでになるのか新たなブティックとして構築しようという何か大変な決意を示されたのかなと。5月10日の日には諫早湾に関してのシンポジウムを長崎市で行うので同席をするということでございまして、私と菅直人氏がそのほとんどの発言をするパネリストになっているんだそうでございますけれども。この番組でやはり同席なさった、私が大変ある意味では非常に敬愛しております自由党の小沢一郎党首がですね、これに対して即座に「何を言っているのか」と。「米国がいるではないか」と。「日米安保条約が現にあって、その上で日本は武装独立しようと考えるのか」というふうに語って、日本独自のですね敵基地攻撃能力の保有に否定的な考えを明確に示したわけであります。私はこうした小沢一郎氏の考えというものがですね、おそらくは今回投票に行かれた方や行かれなかった方、あるいは長野県の改革というものをご支持されながら、投票に行かれたり投票に行かれなかったり、あるいは様々な候補者に一票を投じられた方々に、やはり的確に理解されるということが私は望ましいと思いますし、こうした自由党の党首の発言というものが選挙があったにせよですね、もう少し大きく掲載される、あるいは菅氏はどういうような思い、意図でこうした発言をなさっているのかということも、やはり市民の方々がお任せ民主主義ではない真の民主主義というものを自律的に選択していけるような社会の、成熟した社会の到来をもたらす上ではですね、大変に大事なことではなかろうかなという気がいたしました…ですね。
 以上であります。

 

 

 

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