長野県知事 田中康夫
はい、それでは知事会見を行います。5時ちょっと前くらいまでを予定をいたしております。
どうする…まあ質問を受けましょう。そういう日も、だいたい先に私がいっぱいしゃべると皆さん、なんか質問する、なんか士気をそいじゃうような気がしてまして。
はい、ご質問の方があれば。はい、どうぞ。
産経新聞社 小田祐輔氏
産経新聞社の小田祐輔と申します。
先ほどのですね、文教委員会の方でですね、知事が提案されていた前島章良(のりよし)さんのですね、教育委員への選任の提案なんですけども、否決すべきものとして決まったばかりなんですが、そのことについてひと言、ちょっと感想を伺えればと思います。
長野県知事 田中康夫
でも、いや、それは残念なことではありますけれども、県民がお選びになった県議会議員による民主的な手続きなんでございましょう。ただ民主的な手続きではさらにまだ続くわけでございましてね、来週の火曜日に予定どおり本会議が開催されれば、そこで県議会議員全員による採決があるわけだと思いますから、私は引き続き、まさに県民から選ばれた良識ある選良の方々はですね、必ずや多くの県民が望む判断をですねしてくださるであろうと。そのように引き続き期待をいたしております。
産経新聞社 小田祐輔氏
すいません。結局その審議の、委員会の審議の中ですね、知事とですね、それから前島さんご本人をですね結局呼ばないまま否決という結論になったわけなんですけれども、その点に関してはいかがお考えでしょうか。
長野県知事 田中康夫
ですから、それはやはり県民の代表である県議会議員は、おそらくは私は、非常に私はまだまだ至らない点があり想像力も限られていますので、現場に出掛けて現場を見たり、その場で県民から意見を聞いたり、あるいはその場においでになっていて、言葉はおっしゃらなくても黙って私を見つめられる県民の表情というようなものからですね、様々私は私たちが歩むべき方向と、私が判断すべき方向を考えるようにしてるわけでして、それが現場主義でございます。現場に単に行くだけだったらお金と時間があればできるわけでして、その赴くだけでなくて、何を想像するかと。何をその人の言葉、あるいは表情、あるいは思いの背後にあるその様々な気持ちを想像するかで、その意味においては、この文教委員会の県議会議員の方々は、前島章良さんや、あるいは県知事を務める私を委員会の場に呼ばずとも、委員会の場で直接質問をせずとも、やはり私よりもより市民の思いというもの、県知事の思い、あるいは教育委員に任命されることを、もちろん前島さんの内諾を得た上で私は提案してるわけですから、そうした方の思いというものを直接見えずともですね、十分にあるいは十二分に想像しうる、それだけの高い識見を持ってらっしゃると。このような大変なる誇りの下にですね、県民のための本日判断をなさってるのであろうと。このように認識しております。
産経新聞社 小田祐輔氏
ありがとうございました。
長野県知事 田中康夫
早く長野支局に来るようにしてください。佐久通信部も大事な場所ですけど。ぜひ支局長がこれを見てらっしゃったらお伝えしたきところです。でも、ただ私がほめたりするとですね、表現者の中には、どうも私がほめたことで逆に幸せな人生を歩めなかったというケースもあると聞いておりますので、なかなか人徳がない人間はつらいものでございます。
ただ、もうひと言だけ申し上げますと、前島章良さんはですね、単にご子息が自ら命を絶たれたと。そうした悲しみと向き合い今日まで暮らしてこられた方ということだけではございません。ご存じのように前島章良さんは、そのお子さまが亡くなられた後にですね、「いじめ・校内暴力で子どもを亡くした親の会」というもののメンバーといいますか、その一番の中心としてですね、ご本人がおっしゃるには1都1道9県と、こうしたところで非常に静岡であったり大分であったりですね、悩んでらっしゃるお子さん、あるいはその周囲の家族であったりですね、そうした場所に行き、その話を聞いてさしあげるというだけでなく、ともにがっぷり四つに組んでですね、悩みを分かち合いですね、そしてそうした非常に多感な時期の子どもたちというものがその困難を乗り越えると、乗り越えてこれからも生きていくという選択をするということに大変なある意味ではその尽力をされてきたわけであります。あるいは栃木県と、私事ですけど、私の妹も去年の4月から小山市というところに住み、改めてその栃木県というところのですね、教育委員会であったりですね行政であったり、あるいはそうしたものの閉鎖性と、閉塞(へいそく)感というものに非常に疑問を抱いているようでありますけど、栃木県でも多くの自ら命を絶つ子どもがいたりですね、あるいは多くの、これは二十歳前後の場合も日産自動車に勤めていた少年の非常に惨殺の事件がありましたように、多くのことが起きている場所です。ある意味では国道16号線でそうした事件が起きがちであったことが、もっと広がってですね、いびつな経済社会の発展という中で農村集落というものが激変していく中での様々なひずみが栃木県においては起きてるんじゃないかと私は思いますけども、そうした栃木県で自ら命を絶った鹿沼市の少年のことに関してもですね、同時にその事実というものをありのままに直視しようとしない教育委員会であったり教育の現場というものをですね、それは指弾をするとかそういうことではなくてですね、ともにそういう方々をですね、北風を吹かすのではなく、彼はそうしたある意味ではつらい経験を乗り越えた一人の父親として、人間としてですね、まさに話し合い太陽としてですね、そうした周囲の人たちの気持ちというものをよい方向へとですね溶解させていくということにも努力をしている人ですから、ある意味では私は、前島さんのご自宅に多くの長野県内の教育現場に勤務をしているですね心ある教職員から期待をする、あるいは激励をする電話がきているということをお聞きいたしました。それはかすかなこの閉塞感ただよう長野県の教育における希望のともしびかなという気もいたします。他方で、それは男性の方ばかりだというふうに前島さんはおっしゃってますけれども、「おまえが教育委員になるのはお金が目当てであろう」とかですね、「おまえのようなものが、よくそんな教育委員に選任されることを辞退もせずにのうのうと暮らしている」というような電話は非常に昼夜を問わず相次いでいるそうでありまして、それは私のもととて様々なメールや電話やファクスは自宅を問わずまいりますから、ある意味ではそのように、その改革をしていくものというものにはそうした受難の道は与えられてるものかもしれませんけども、向山(公人)・高橋(宏)・平野(成基:しげもと)・望月(雄内:ゆうない)・森(司朗)のいずれの議員、これらの多くの方は自由民主党であったり社会民主党であったりを支持なさってきている議員の方々であろうと思いますけど、こうした方々は女性ではないということが教育委員として今回ふさわしくないというお話しでありましたので、おそらくは4月13日の県議会議員選挙、あるいは4月27日の市町村議会議員選挙、あるいは市町村長選挙においてはですね、やはり女性であるか男性であるかということがまたひとつ県民の代表としてですね選択肢の大きなものとなると。そのようにこれらジェンダー(gender)としては男性であられる議員の方々はですね、訴えをですね、今回改めて問題提起をですねなさったと。この点においても男女共同参画基本条例というものを議員提案によってお出しになられたジェンダーとしての男性の、また自由民主党や社会民主党に所属、所属ではございませんね。自由民主党や社会民主党、あるいは委員長は今回採決に加わってらっしゃらないので、公明党を支持なさったり、あるいは民主党を支持なさる方が果たしてどのようなお考えかは私は存じ上げませんが、少なくとも自由民主党や社会民主党を支持なさる県会議員の方々というものは、やはりジェンダーによって代表を選ぶ時代であるという高い先進的な識見を改めてお示しになられたのであろうと思います。
その他のご質問、はい。なんか新顔…、旧顔の人からいきますか。珍しい人だから。
信越放送(SBC) 水野正也氏
SBC、水野正也です。
長野県知事 田中康夫
別に立ってしゃべらなくても大丈夫です。
信越放送(SBC) 水野正也氏
いいですか、そうですか。昔立ってませんでしたっけ。
長野県知事 田中康夫
なんかよく市町村長の方がおいでになった時に、私が座ってるのにわざわざ立ってなんか文章をお読みになるのと同じような、そんな緊張は…
信越放送(SBC) 水野正也氏
流儀が変わっておりますね。
長野県知事 田中康夫
そのようでございます。
信越放送(SBC) 水野正也氏
関連ですが、否決に回られた議員に先ほど伺いましたらですね、この言葉が適当かどうかというのはともかくとして、そのまま申し上げますが、知事の提案された人事案…、つまり知事の提案された前島さんと固有名詞が、ちょっと特殊な方ではないかと。したがって教育委員としてはですね、可決と認めるというわけにはいかなかったということを言われた方がいらっしゃいましたが、その点に対して…
長野県知事 田中康夫
どなたでございますか。
信越放送(SBC) 水野正也氏
ちょっとまあその5人の中の1名でございますが…
長野県知事 田中康夫
でもマスメディアの方も、これ取材源の秘匿っていうことやプライバシーではないと思います。公人の方でございまして、しかも今回採決をなさってる方でございまして、どなたがおっしゃったのかということを…
信越放送(SBC) 水野正也氏
はい、はい、平野さんが…
長野県知事 田中康夫
上田の選出の…自由民主党の方でございますね。
信越放送(SBC) 水野正也氏
この点についてはどう反論されますか。
長野県知事 田中康夫
その特殊という言葉が果たして、その言葉というものも暴力の時代において、これが差別的な蔑視(べっし)の発言に該当をするのかしないのかというようなことも、今後これは言語の専門家によってですね的確に判断されるべきではまずはないかと思いますですね。特殊な方と言ったんですか、特殊な人選と言ったんでございますか。
信越放送(SBC) 水野正也氏
…特殊な方であられる…
長野県知事 田中康夫
でも、私たちは長野県民が現在長野県の改革というものに関してですね、その多くの方がですね、少なくともその方向性というものをご支持いただいているということは、やはり今までのような波風、波風ではなくてですね、凡庸な、あるいは誰もが最初から納得をする、ある意味では丸い選択と。またそのような人格円満、高潔という、高潔はちょっと違うと思いますね。今まで公職に就かれてきた方は少なくとも国会議員レベルで言えば高潔であったかどうかということは疑わしいわけでございまして、いずれにしても、その特殊という言葉は大変に私は違和感がありますし、そこになんらかの無意識の中の平野議員のですねさげすみに近いようなですね、人として私は非常に違和感を感じるわけでございますけども、でもいずれにしても、その現在の混迷する教育、これは長野県に限ったことではないわけでして、まさにそれを変えていく時にですね、従来のような、なんと申しますか、経歴や肩書と、世間的な、つまり銀行の融資の際に評価されるような経歴や肩書という方々が集った形の教育改革というのは改革になってきてないということを多くの教養を超越した市民は思ってるわけでございますから、その意味でいえば、平野さんから、平野さんのような人格円満なですね、また、まさに従来の意味での識見を兼ね備えられているというふうに自負してらっしゃる方から「特殊な人選だ」と言われたことは、まさにそれこそがですね、長野県の教育改革によりふさわしき人であるということをですね、結果として示しているのではないかと。逆に平野議員からそのように言われたことは、おそらくは前島さんにとっても、あるいは前島さんが教育委員になり、そうした現場に、これは飯田高校のですね殺人事件の報告書と、検証委員会という中でも、今後このような事件あるいは事件ではなくてもですね、大きないじめであったりそういう問題が発生してる時にですね、教育委員もそうした現場に自ら赴いてですね、その問題を解決、解決というのでなく、その言葉によってですね乗り越えられるようにしていくということを望むというふうに入ってるわけでして、その意味においては、非常にそうした行動をですね実践なさってきた前島章良さんこそはですね、より教育委員にふさわしい方であります。平野議員のその発言というのは、図らずも前島章良さんがより教育委員にふさわしいということを平野議員自らがお認めいただけてることになるのではないかと。平野議員は認めずともですね。平野議員のその言葉こそはですね、彼が教育委員にふさわしいということを物語ってると思います。
信濃毎日新聞社 高森和郎氏
高森和郎です。信濃毎日新聞です。
教育委員の関連なんですが、二点あります。一つは委員会での審議の論点というのが、前島さんが須坂市を相手に訴訟を起こしておられると。そういう、今日もそういう論議がありましたけれども、それが一報を、場合によって指導する立場にあたるその教育委員会の教育委員になるのは問題があるということが一点とですね、それから知事のその人選にあたっての経過が教育委員会側と意思の、話し合いというか相談というか、そういうものがなかったんじゃないかと。教育委員会にそういう主体性がないじゃないかというのが、そういった点を問題にされていたかと思うんですけれども、それぞれについて知事が出席して説明される場がなかったものですから、知事のその所見を改めてお伺いしたいっていうのが一つです。それから、このままいくと…
長野県知事 田中康夫
なんだって。失礼しました。教育委員会に相談がなかった…。それから…
信濃毎日新聞社 高森和郎氏
それから、訴訟を起こしてると。訴訟を起こしている方が…
長野県知事 田中康夫
はい。それから…
信濃毎日新聞社 高森和郎氏
その二点です。
長野県知事 田中康夫
二点ですか。
信濃毎日新聞社 高森和郎氏
それが一つと、このままいくと本会議で、18日の本会議ですね、最終的に採決されるということになるんですが、それまでの間にですね、知事から例えば改めて各会派に働き掛けるとかですね、なんらかのそういうこと、働き掛けがあり得るのかどうなのか。その点についてお伺いしたいんですが。
長野県知事 田中康夫
まず一点目ですけれども、教育委員長の笠原氏にはですね、電話で前島章良さんという方を教育委員として任命したいということは申し上げ、それは、前島さんがどういう方かというのは概略ご存じで教育委員長はありましたので、それはそうした方が教育委員に加わることは望ましいことじゃないかということをおっしゃっておられます。ただ、これはまさに日本は法治国家で、法律の下では私が教育委員というものを人事案件としてですね議会に提案をするという形になってるわけでございます。法律だけで解釈をすれば、これは私が選任をさせていただくと。それに議会が同意いただくかいただかないかという点に尽きるわけでございます。ただ同時に今までの教育委員の方、私が現存の中で教育委員の人事案件を出させていただいて今教育委員をお務めの方は4名のうちの2名ではありますけれども、それらの方にもお伝えをするということは、まさに言葉で、言葉の社会でありますから、望ましいことであり行っているわけであります。何をもってその教育委員に相談がなかったというふうにおっしゃられるのか。議会の方は常々そのように私には対話がないというふうにおっしゃられますが、そういたしますと、その県議会議員の方々は私の前の時代においてはそんなにも対話があられたのか。県議会議員とは対話はあられたかもしれませんが、県民とは対話はあられたのか。改めていずれか機会を、皆さまがまた4月以降もですね、まあ県民であられますから語る機会は、いずれの結果の場合でもお目に掛かれる場はあろうかと思います。
二番目の点でございますけども、現在、国立(くにたち)市長を務める上原公子(ひろこ)さんは、一市民であります時にですね、国立市のその景観の問題からですね、いわゆる高層のマンションの建設に反対をされ、国立市長をですね、当時は個人を訴える形になっておりますので、国立市ではなく国立市長を訴えてこられた方で、そして国立市長を訴え、この国立市のあり方を変えたいということで市長選に立候補され、市長になられ、市長になられた後もその訴えを取り下げることはなくですね、まさに国立市長がつかさどる国立市のあり方というものを司法の場においても問うてきた方でありまして、現在なお国立市長であり、また伝え聞くところによれば、統一地方選において国立市長候補として出馬なさるというふうに聞いております。国立市は私が大学時代を過ごした町ではありますし、日本におけるバークリーのような町だというふうに言われておりますけれども、国立の有権者というものは、その上原公子氏のですね判断というものをその多くの方々は認めてこられているわけでございまして、他の場所においてはその首長という教育委員よりもはるかに多くの権限を持つ方がそのように現在日本には存在しているわけでございます。
いずれにしても、もう一つ、前島さんはこの間のおそらくはお話しの中でもですね、自分が須坂市の教育委員会を…どこでございましたかね、私これ今日家から持ってくるの忘れて、ちょっと資源の無駄遣いかもしれませんが、もう一度プリントしたものですから、どこかに彼の発言があったと思うんですけども。やはり事実を明らかにして謝るべきことは謝っていただくということであるならば、それは私はいつでもこの訴訟というものに関して、けっして意固地なわけではなというようなことをおっしゃってたような気もいたします。
その他の…、それでもう一個なんだっけ。
信濃毎日新聞社 高森和郎氏
その本会議…
長野県知事 田中康夫
本会議までに…ああ。ただ、どのようなことが、私は委員会にも呼ばれなかったわけですからね、委員の方々は少なくとも新たに私の話を聞く必要はないということでご審議を皆さんに公開の場、あるいは非公開の場も設けられたんでしたっけ、今回は。教育委員会は。よくわかりません、文教委員会は。それ以外の議員の方に対してどのように行うのか。ただ手続きを大変に重んじられる方々でございますのでですね、先ほど言ったように、委員会で出た答えと変わるということは、これは法律的になんら違反ではなく十分認められてるわけでございます。これは例えば審議会からの答申というものであっても、これはまさに私が最終的な判断者として県民益のためにその審議会からの答申というものを尊重しつつもですね、部分的にあるいはかなりの部分ですね異なる判断を行政官として行っていくということは十分あり得るわけですね。それもまた市民がそれをどう判断するかでありまして、まあ、そういたしますと、何人ですか。10人いらっしゃるから、あと残り50人の県議会議員でございますか。今60人ですか、県議会議員は。ちょうど…59人ですか。失礼しました。不勉強で申し訳ない。いかがなもんなんでございましょうね。ただ、これをまたですね、委員会軽視というようなご批判を、委員会で決まったことをですね、おまえは覆そうとして、個別議員の場所をなんか猟官運動のように回ってるなどと、人事の季節でございますので、こうした人事案件に関して痛くもない腹を探られるのも私としても、まあ、最近は私は人間ではないとおっしゃる方まで登場してるので、なかなかホモサピエンスの世界もクローン人間が生まれるような時代には新しい物事のとらえ方という、長野県の改革も今までの常識を打ち破ると言われてますけど、こうやって今しゃべっております私が人間ではないと言われる時代でございますので、公職選挙法上の立候補の要件というものにも何か今後そうした鑑定を設けねばならないのだろうかとも思っておりますけども、どういたしましょうかね、逆に。これは、私は今でも前島章良さんが大変素晴らしいと思ってますので。ただ難しいところでございますね。この場でお話しをこういうふうに改めて申し上げ、あるいは皆さんの紙面や電波の上で私のそうした気持ちというものをお伝えいただくことはできるわけでして、それをまたそれぞれ議員の方々がどうご判断なさるかだと思います。
信濃毎日新聞社 島田誠氏
島田誠と申します。信濃毎日新聞です。
先週ですね、3月3日にですね、県の治水・利水ダム等検討委員会から上川に関する答申が知事に手渡されまして、その後一般質問が先週ずっとありまして、今週委員会審議があったんですが、ほとんど議論になってないので伺うのですが、その後、何か方針は決められてらっしゃるんでしょうかというのが一つとですね、それから、まだ決めていらっしゃらないんであれば、時期というよりは、浅川・砥川と同じようにですね、一定のダム中止ならダム中止という方向を出した上で、その後のですね治水・利水について詰めていくのか、もしくは浅川・砥川と別の方法で、治水・利水など対策を詰めた上で正式に発表するのか、どういったふうに今のところお考えでしょうか。
長野県知事 田中康夫
この上川の場合に関しましては、それは県営ダムではありますけれども、その経過を見ますと、茅野市あるいは長谷工という会社の様々なご判断やご意思というものも、この上川におけるダムの計画というものには密接にかかわってきてるわけでございます。でありますから、その意味でいうと、これらの方々のお考えというものもさらにお聞きをした上でですね判断をしていくことになろうと思っております。さして議論にならなかったというのは、それは本会議であったり土木委員会であったりで議論をなさるかなさらないかは、私からその議論を申し上げることはできないわけでしてですね、おそらくは県会議員の方々が上川における治水・利水に関してご質問をなさらなかったと。そこに起因するわけでして。はい。
信濃毎日新聞社 島田誠氏
そうしますと、今後その茅野市であるとか、それから長谷工サイドとですね、知事ご本人であったりだとか担当者の方がお会いになる予定というのは、もう詰まってらっしゃる、もう決めてるということですか。
長野県知事 田中康夫
いえ、議会中というのを理由にするのも失礼かもしれませんけれども、具体的なそうした形の日時が決まっているわけではございません。ただ、もちろんそうした方の意見を聞く予定であるということはございます。
中日新聞社 石川浩氏
中日新聞の石川浩と申します。
2月県議会は18日最終日ですけれども、今週でですね一つの山がきてですね、来週も採決残ってる委員会もありますが、代表質問・一般質問を終えて、委員会質疑もある程度終わったところで、4月の県議選を控えた県会だったわけですが、知事としてですね、今回の県議会についてどんな印象をお持ちなのか。それとですね、もう一点は、現職の県議の方で引退もしくは立候補しない方が16人今現在いらっしゃるわけですけれども、人数的には過去から比べても多い状況だと思いますが、その点知事はどんなふうにご覧になってるのか、この二点を。
長野県知事 田中康夫
二点目なんでしたっけ。
中日新聞社 石川浩氏
引退する議員の方が過去から比べても多い状況でして、県議の方も田中県政に議会としてかかわる中で、その中で判断されてる部分はあると思いますが、知事としてはそういう引退議員が多い、過去から比べて多いという点についてはどのように受け止められてるのか、この二点をお聞きします。
長野県知事 田中康夫
わかりま…わからなくもないか。皆さんからよく9月あるいは12月にですね、あるいは今回も県議会は変わったでしょうかというようなことをずいぶんと聞かれ、また皆さんの報道の中でもそうした報じられるケースが多かったと思いますけども、その意味でいえば、それは議場における騒音デシベル数は変わったのかもしれませんけれども、本当に変わったのかなということを感じるわけで、人間そんなに、やはりDNAが急に変わるわけでもございませんからね。なかなかそんなに人間変わるものでもないんだろうなという気がしていますですね。私がきちんと時間を守るようになりなさいと言われても、ついつい前の内部の会議のメンバーにもうひと言言っておきたいと思ってですね話しているうちに、気が付くと5分遅れで、1階の知事室でお客さまを待たせてしまうと。その度に、「ああ、いけないな」と思うわけですけども、さりとて、その職員に伝えるべきことをですね伝えられないと、またそれが1週間、1カ月後になってしまうとも思って、ついつい職員にもっとこういうふうにしたらと提案をしちゃうわけでして、まあ、なかなか人間変わらないんじゃないでしょうかね。でも、県民は私が1回目の選挙に出た時も2回目の選挙に出た時も、こんな突拍子もないものをですね、とりわけ2回目はこんなに変わり者であるということも見知った上で私を選ばれた方のほうが、相対的という言葉は表現の範ちゅうを超えて多かったわけですから、そうやってみますと人間は変わるのかなという気もいたします。ただその場合は人間が変わったというよりも、選択肢としてそこに用意されているものに、今までの選択肢とは異なるものが登場していたからですね、やはりそこにもし雪山の中ではそこにレトルトのですね、お湯をたいて温めるご飯とですね、なにがしかしか、チョコレートしかないかもしれませんけども、雪山の登山口の入り口のところにある山荘に戻ればそこには野菜もあるかもしれませんし、ラーメンもあるかもしれませんし、あるいはお酒もあるかもしれないわけですから、それは選択肢が目の前に、今までと異なる選択肢が出てくれば、人間もともと心の中で感じていたことをですね、そこで表すことはできるわけでございましてね。ただ長野県議会の方々は選ばれた上で、私が提示するような教育委員をはじめとするものというものを、それはもともとご審議いただくという場でございますので、それを拝見する限りでは、少なくとも私が就任して以降の長野県議会の大変に多くの方々は変わってはいらっしゃらないのであろうなという気はいたします。
もう一点は、引退をなさる方が多い。それはきっとおそらく今議会においても、きちんと私が出させていただいた多選自粛条例と。ご存じのように、杉並区では多選自粛条例というものが可決を本会議の場においてもするという方向だと聞いておりますし、また長野県議会にはですね、羽田孜さんの流れをくむ民主党を支持なさる県議会議員の方、あるいは民主党を創設期から形づくられた羽田孜さんという、長野県の政治家としては全国の多くの方々がその名前を少なくとも認知なさっている方のお考えというものを引き続き支持なさってる県議会議員の方が多くいらっしゃるわけでして、この民主党は近く、首長というものの4選までの連続多選ということ、そこで区切りをつけるべきであるということを法の下で定めるべきだという大変に画期的な、斬新な提案をなさっているわけでございますから、この私の多選自粛条例というものに関しても議会の方々はきちんとしたそれを是とするか非とするかということを本会議の場においてですね、また本会議に先立って来週月曜日に開かれる予定の総務委員会の場においてですね、お示しくださるであろうと。先送りが過ぎると、私を1回目の就任から常に厳しく諫言くださり続けた方々でございますから、必ずやこの問題に関しても明確なご意思を表示されるであろうと思いますが、おそらくはそうしたご意思の表示は長野県の名だたる政治家の方も賛同なさってるでありましょう、その民主党の提案というものを控えてですね、ある意味では、ひるがえってその県議会議員の方々も極めて自発的なですね、何か身の処し方のご決断をなさった。そうした方が結果として多かったということではなかろうかと思います。
その他のご質問。はい、どうぞ。
テレビ朝日「サンデープロジェクト」 千田真氏
テレビ朝日「サンデープロジェクト」、千田真と申します。
改めまして、浅川ダム談合認定に関する公取委の決定についてどのように思われるかというのをお聞きしたいと思います。
長野県知事 田中康夫
以前にご本をお送りいただいて、私は筆無精でお礼も申し上げず失礼しました。
公正取引委員会の方々は、おそらく法律の下で2年をさかのぼるですね談合というものに関して、その公正取引委員会が調査を行うということに著しい制限があるという中で苦渋の判断をなさったのであろうかと思います。既に申し上げておりますけれども、ある意味では、いわゆる公共事業というのは公金を用いるわけでございまして、こうしたものがまさに2年というのが一つの時効のようなものになってるわけでございまして、そしてまたその公金の用い方は一般市民の生涯賃金を比べれば天文学的なケタ数に上るわけでございまして、これが2年というような中でですね、結果として時効になるような日本の法体系なのか、法整備なのか、そうした政治であるのか、行政であるのかというのは、やはり土木建設業の方々からですね、巨額の献金を受けることによって、自由で民主な社会を形づくろうと大変に高い志を戦後一貫してですねお持ちになられ、またそのことが今なお日本の市民から結果としてですね、ほかに選択肢がないからかもしれませんけれども、支持されてらっしゃる政党の方々を中心としておつくりになった、そうした公取委に対する制約の制度というものは、極めて市民の方を向いているのではなく、まさに政官業と呼ばれる密室の利権分配の三角形の方々の都合の方を向いているものであるのだなと、改めて感じたところです。
テレビ朝日「サンデープロジェクト」 千田真氏
それから、入札制度が全面的に郵便制になりましたけど、現状どのように評価されてるかということですね。関連して、上田建設事務所で談合情報があったという話もありますけども、それに関連して、なんらかの動きがあるのかどうか。あるいはそれについてどう思われるかということについてお願いします。
長野県知事 田中康夫
世界最古の職業は泥棒となんとかであるというような言葉がよく古今東西ございますけれども、そうしてみますと、談合というものも何か世界最古の利権分配構造なのかなと。談合などという単語が生まれる前から、という気はいたしますですね。郵便入札に関しましては、これは現在試行をしているわけでありまして、また近く私は都合7回50時間、徹夜3回という形で組合の方々とも、なんといいますか、行政機関としては史上初のですね、大幅な賃金カットというための談合…談合じゃございません、団交を行ったわけでございまして、その意味でいうと、土木建設業の方々から直接、今までも土木建設業の方々と車座集会というような形は複数回開いておりますけども、改めて新年度に入りましたところでですね、私が自らそうした土木建設業の方、あるいは土木建設業に関連する方、あるいは一般の市民の方が、現在試行しております入札に関してどのようにお思いになってるかと。あらかじめ発言をすることが決まっているような公聴会形式ではなくてですね、お聞きをすると。エンドレスの時間で私がお話しをお聞きすると。幸いにこの衛生部には菅谷昭をはじめとして医師もおりますので、体調を著しく悪化される方がいらっしゃっても初期手当てはできるかと思いますので、これは4月に入りましたらですね、早急に設けたいと思っております。そうした中で、まさに皆さんの意見を聞くということであります。ただ現行のこの試行というものを可及的速やかになんらかの変更を行うという予定はございません。
テレビ朝日「サンデープロジェクト」 千田真氏
改革後も談合情報が出てるということについては。
長野県知事 田中康夫
上田のでございますね。これは結果的には私どもの方に、これは公正取引委員会及び警察の方にも既に連絡をしているところであると思いますが、2件に関しまして、上田の管内の業者間でですね話し合いが持たれて、これこれの企業が取ると、チャンピオンになるというようなことが決められてるというような通告はございました。ですので、この入札に関しましては逆に入札を行いですね、そしてその結果に関して保留をするという形で臨むということで、私も了解をした上で入札を行いました。結果といたしましては、上田建設事務所管内ではなく佐久建設事務所管内の企業の方が2件ともお取りになっていらっしゃるわけでございまして、結果として上田で通報がございました企業というものが、確か一番低い落札率であったかと思いますが、それをも下回る形で、佐久の管内に主たる本社をおかれる企業の方が2件ともお取りになっております。調査を行っております。それぞれの入札の内訳書に関しましても、すべて私どもの担当職員が検査をいたしまして、今朝方報告を受けですね、少なくともその最低の価格で落札予定であった佐久管内の企業の入札に関しては談合という形跡は見られないと。上田の管内のその企業に関しての内訳書に関しての報告はまだ受けてはおりませんが、こうした中で、その最低価格で落札をした佐久管内に本社がある2社というものの落札に関してはこれを有効とするという方向にございます。その他も長野市に本社がある企業がかなり低い金額で落札をしているというようなケースもございますが、これに関しても現在調査をしております。
はい。
長野朝日放送(ABN) 小林光朗氏
長野朝日放送の小林光朗と申します。
北朝鮮の拉致問題に関連しまして、田中知事、これまで知事会見ですとか議会の方で行ってきた発言に関しまして、「家族会」や「救う会」の方では、正式には抗議や謝罪を求めることはしないとおっしゃられていますが、相当な不快感を示されているんですけれども、これを受けまして知事の方では、改めてになるんですが、謝罪をしたりですとか、発言の撤回をするですね用意というものはあるんでしょうか。
長野県知事 田中康夫
いいえ、ございません。私は横田滋さんという方、横田滋さん、早紀江さん、とりわけ横田滋さんという方は終始一貫、極めて冷静な、まさに長野県の車座集会でですね、よい意味で教養を超越したですね県民の声の中に私が非常に県政の改革の方向のヒントを得ることがございますが、横田滋さんの発言というのは、私もマスメディアを通じてでありますけども、ずいぶんと以前からお聞きしていて、このようなまさにある意味では前島章良さんと同じような立派な悲しみと向き合いですね、悲しみの理由を追及しようとしてこられた方であろうと思っております。横田さんがですね、訪朝を希望しないようにと「救う会」から確かに手紙をもらったというふうに一昨日おっしゃられているわけでして、私はこれをお聞きいたしまして、私と横田さんの間に誤解はないということを改めて確信したところであります。仮に最初から「家族会」なるものと横田滋さんのお気持ちが一糸乱れぬものであったならば、訪朝見送りを会としての総意で決定なさるまでに、何故あれほどの長時間の話し合いが、長時間の話し合いであったと当時の私は報道で見聞き知っておりますけれども、行う必要があったのかと。繰り返しますけども、仮に最初から「家族会」なる組織と横田滋さんのお気持ちが一糸乱れぬものであったならば、訪朝見送りを決定するまでに長時間の話し合いを行う必要というものは必ずしもなかったであろうということです。そして、また「救う会」なる組織の方から横田さんに対して訪朝を希望しないようにと。まさに手紙というですね、記録に残る形で「救う会」なる組織の方々が横田さんにお手紙をお出しになったと。このこともまたある意味ではですね、そしてこういうコメントをなさった上で誤解をなさらないようにと、私に優しく語りかけてくださると。この点にこそ横田滋さんのですね、終始一貫冷静である、極めて人間として尊敬に値する、その横田さんの大変に深い思いと。私はこのコメントにこそ横田さんのそうした断腸の思いというものが現れてるのではないかと感じたところであります。
いわゆる「拉致被害者の会」や「家族会」(北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)による拉致被害者家族連絡会)や「救う会」(北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に拉致された日本人を救出するための全国協議会)と様々な会が、正式名称でこれも申し上げないと朝鮮民主主義人民共和国のようにあるいはおしかりを受けるのでしたら、今は正式名称を私はすぐには暗記をいたしておりませんので、後ほど会見のこの内容が活字にする際には正式名称をかっこ内で職員の助けを借りて行おうとは思いますけれども、今、謝罪や撤回とおっしゃられましたけども、でもその私を人間ではないというふうにおっしゃられた「救う会長野」の塚田なにがしさんでございますか、は、このように確かおっしゃってるわけでございまして、私も大変驚いたんでございますけども、産経新聞の3月12日付けではですね、「相手を人間をして認めることになるので謝罪は要求しない」っておっしゃってるわけなんでございます。「謝罪を求めることは相手を人間として認めることになるので謝罪は要求しない」とおっしゃってるわけです。確かに私は人間ではないのかもしれませんけれども、ただやはり私は終始一貫、北風を吹かせることはですね、より危険な状況になると。私はもうこれは議会の場でも繰り返しですね、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)体制と、私はこういうふうに申し上げ、「いわゆる北朝鮮によります日本人の拉致問題。この問題はまさに重大なる国家的犯罪でございます」と。「この問題の真相究明ということ、また被害者の救済ということが1日も早くなされるべきことを改めて申し上げるまでもないことでございます」と。このように鈴木議員のご質問に対して答えていますし、この私は会見の場においてもですね、金正日体制と、あるいは現状の北朝鮮というものをですね、私は改善しなくてはいけないということは繰り返し申し上げてきております。ただ、その状況というものはですね、まさにそのバスの中で皆が一斉に「アリラン」を歌いですね、その国家元首と称される方のことをあがめ奉る発言をするという状況はですね、ある意味では、竹やりによってですね、戦争に打ち勝つことができると信じて疑わない、あるいは個々は疑っていたかもしれないけど、信じて疑わないという建前の発言をせざるを得なかったわずか六十数年前のですね、日本の状況ではないかということです。現在の北朝鮮の状況は私は大変に憂うべきものであると思いますし、それを認めることはできないわけです。けれどもそこにも多くの私たちと同じ、私は違うかもしれませんが、人間が住んでいるわけです。そして私が思うことは、東ヨーロッパにおいてもですね、多くの人がですねオーストリーから流れるドイツ語やハンガリー語やですねチェコ語の放送を聞くことによって自分たちが井の中のカワズであるということを知って、市民の側から起きたまさに改革、市民の側から起きた「チャウセスク」をはじめとする多くの体制を溶解させるものであったわけです。そして私は盧武鉉(ノ・ムヒョン)という方は、ぜひ近くお目に掛かるような機会があればこれにすぐる喜びはないと思っておりますし、盧武鉉氏の検察改革などというものは私よりもラディカル(radical)なものであり、それを支持する韓国の方々というのは大したものだなと思っていますけれども、太陽政策というものに部分的にせよアメリカもすら乗ってる時にですね、日本がいたずらに北朝鮮をですね、北朝鮮の体制がいいと言ってるわけではありません。北朝鮮の市民をも追いつめるような状況にしていくということは、結果として私はですね、大きなですね、何か日本への悲劇というものを誘発しているものではなかろうかということです。私たちの方がもし仮に豊かで、あるいは仮に私たちの方がより民主主義というものを知っているのならば、その民主主義というものが市民の側から北朝鮮において起きるようにですね、私たちは行わねばならないということです。日本もチョコレートをもらったり、ストレプトマイシンをアメリカがもらうことによって鬼畜米兵と言っていた私たちは、その私たちの、今アメリカは極めて迷走してますけども、私たちの至らなさというものをおそらく私たちの先達たちは思い知ったわけでして、北朝鮮の人が私はそれこそですね、アメリカもまたイラク上空に偵察機を飛ばしているならば、北朝鮮上空において韓国のラジオが聞こえる小さなポケットラジオと白いおにぎりとですね、毒が入ってると思って最初は皆は食べないかもしれませんけど、その豊かになるということはそれだけ民主的なものが市民の側から出てくるということです。
いずれにしても、その意味でいうと、私はやはり言葉によってしか物事は解決しないと思っていまして、「救う会長野」の方々が、あるいは「救う会」の方、あるいは「家族会」の方がですね、蓮池なにがしさんをはじめとする方々がですね、ぜひ私はいつでもお目に掛かる用意はございますし、20日からは私30日までは、29日まででございましたか、は日本を留守にいたしますので、これは既に予定が立っていることではありますけれども、私はいかなる時でもですね、これらの方々とお目に掛かってお話しをする用意がございます。ただ先方の方々が私を人間をして認めずですね、その会うこと、謝罪を求めることは人間として認めることになるので謝罪も会うことも行わないとおっしゃってるわけでして、むしろこのことにこそですね、大変に言葉によって民主主義が形づくられていくというふうに考えてる私がまだ至らない点があるのか、あるいはそうした私とは異なるお考えをお持ちの方々であられるのか、その点はお聞きしたいところでありますし、その意味でも私は「救う会」や「家族会」の方々がもし望まれるのであるならばですね、多くの皆さまの公開の場においてですね、お目に掛かる用意はあるということをこの場を通じてですね、改めてお伝えをしたいと思います。
どうぞ。
信濃毎日新聞社 向井紀文氏
信濃毎日新聞の向井紀文といいます。
話戻りますが、前島さんの話ですけれども、知事が前島さんをぜひ教育委員にしたいと思った時点から、前島さんは公人になったというふうにお考えでしょうか。どうですか。
長野県知事 田中康夫
公人という言葉がですね、どのように捉えるかです。筑紫哲也さんという方は、おそらくかつて昔、私に公人というものは政治家と官僚であると。でも私はこれジャーナリズムの方々も表現者の方も公人だ。私のとらえ方としてはですね、公人というものはですね、少なくともよい意味で反論をする場が確保することが比較的容易に行えうる方ということです。その意味においては、芸能人の方もスポーツ選手の方も、小説家と称する方も、私は公人だと思うんですね。つまりこれらの方々がもし事実に反することが書かれたり、あるいは自分の意見を申し述べたいと思った場合に会見を開く、あるいは表現媒体の場においてですね、そのことを伝えるということは、これは比較的容易にできます。企業経営者もまたある意味ではこれは公人です。その意味では、その代わり私は反論の場がない方のですね、極めて軽微なですねスピード違反といったような、これもきっと犯罪になるんでしょうか、であったりですね、そうしたふとした過ちというものを反論の場が容易には確保できない方々のことをですね、名前やあるいは住所や、あるいは顔をですね一方的に載せるということは、私はこれは表現活動の中で大変にいかがかと常に思ってきております。前島章良さんは、ある意味では、NPOでこそないかもしれませんが、そうした子どもたちを救うための会の主催者であられますし、今まで幾たびもインタビューにも信濃毎日新聞にも登場なさってらっしゃるでありましょうし、講演活動も行ってらっしゃることです。それは商業活動ではなくてですね、真摯(しんし)な意味での講演の活動をなさってきてますから、その意味では広い意味では、私は前島さんもですね、自分の意見を述べる場が比較的容易に持てる。あるいはそれに対して反論する場を設けることもできる方ですから、その意味では教育委員に選任をする前から、私の判断の中では一市井の方と。一市井の方としての生き方を行ってらっしゃいますけれども、その意味では、向井さんの言葉のディフィニション(definition)と違うかもしれませんが、一つの公人ではあろうと思いますね。ただその場合、私が今この場で申し上げたことは皆さん納得なさる方もいると思いますけど、活字の中で「前島さんは公人である」と、その1行だけ出ますとですね、ちょっと一人歩きしてしまうところがあると思いますが。
信濃毎日新聞社 向井紀文氏
こんなことを聞いたのもですね、先ほど知事もおっしゃいましたけども、私も前島さんから前島さんが、前島さんがというか、前島さんのご家族も含めてですが、大変なひぼう中傷に遭っておられるという話を聞いております。これは飯田高校刺殺事件検証委員会の場で、この前、様々なお子さんを亡くされた親御さんが集まった時にも等しく出た意見ですけれども、一番苦しいのはもちろん子どもが亡くなったことですが、その後の二次被害といいますか、被害者であるにもかかわらず様々なひぼう中傷にさらされるということだとおっしゃっていましたが、今回に関してもですね、教育委員の選任に関して名前が出ることによって、なおさら一層ひぼう中傷にさらされるという事態になっているのが事実だと思います。その点で先ほど知事は、改革者には付き物であるというふうにおっしゃられましたけれども、そういうことはですね。またその後ろに家族なんかがいることも考えれば、同列には必ずしも論じられないなというふうに私は思うんですね。
長野県知事 田中康夫
どういう意味でございますか。あなたは私が教育委員に前島さんを選任したことによって、前島さんにも累が及んでるのではないかとおっしゃりたいんでございますか。
信濃毎日新聞社 向井紀文氏
一つはそうです。
長野県知事 田中康夫
それは、まったくあなたのご認識というものは、正直申し上げて、それはそれぞれの方のご認識は自由でございますが、その意味でいえば、あなた様が前島章良さん、あるいは前島さんっていうお名前を書かずともですね、須坂における子どもが自ら命を絶ったということをお書きになってきたこともですね、ある意味ではそうしたことを誘発なさってきた。あるいはその記事を読んで、私たちが言葉を吐くということは、それ自体が人をあやめることです。仮にとても私たちがスタイルがよろしいと思う女性に「やせてていいですね」という言葉は、私たちは褒め言葉として言っても、繰り返しこの場で申し上げてきてますが、自分はもう少しふくよかになりたいと思って、胃下垂であってなかなかふくよかになれないと思う人にとっては、極論すればそれは差別の言葉でもあるんです。言葉を吐くということは、私たちはすべて人をあやめる危険性があるということです。けれども震災の時にそうであったように、言葉を失うような惨状であっても、言葉によってしか、もちろん言葉を吐くことが不自由な方も、自分の意思を伝えることによってしか私の社会は進歩していかないのです。あなたがやられてきたことは免罪されないことですよ。そのようなご発言をなさるんだったら。
信濃毎日新聞社 向井紀文氏
私はそんな・・・・・・
長野県知事 田中康夫
そして前島章良さんは、まさにそのような経験を今までもなさってきた。ある意味では人間に脳があるならば、前島さんはその教育委員に選任されるかもしれないということによって、どのようなことが起きるかはある程度想像されていたかもしれない。そしてその中においても前島さんは、その一時的な自分の苦しみよりもより自分が社会に貢献できることが教育委員に選任されれば必ずやあるはずであるというお気持ちのもとで、私が教育委員に選任をさせていただきたいと、人事案件として出させていただきたいということにご同意いただいたのではないでしょうか。私はそのように思います。
昨日、小泉純一郎さんが小沢一郎さんに、イラン攻撃に踏み切った場合に、その場の雰囲気でお決めになるとおっしゃって、その後それはその場の状況だとおっしゃったらしいんでございますけども、何をかいわんやでございまして、極論すれば、フランスもドイツもあるいはスウェーデンも、日本とは異なり、多くの軍需的な産業が経済を支えている国ではあります。それは紛れもない事実です。けれども、それらの国はまさに野蛮な殺りくの歴史をしてきた私たちは、だからこそアメリカに対して今言えることがあると言っているわけです。そして明確にこの理がない、利益は一時的にアメリカにあるかもしれませんが、理科の理はない戦争というものに明確反対してる。それでもなおアメリカという迷走する、まさに私は最近マイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」という映画を改めて見まてしてびっくりしたことには、そのアメリカの小さな都市のですね、銀行に行って、新たに預金の口座を設けたいと言うと、いくらいくら預金するとこの中にあるカタログの中からライフル、どれがほしいって。日本の銀行もティッシュペーパーくれたりお人形くれたり無駄だと思ってましたけれども、アメリカの銀行はもっと無駄なことをしているっていう。コロンバインっていうのは、ご存じのように、あのコロンバイン高校の大量殺りく事件というのを高校生が起こして、その横の町にはロッキード・マーチンという軍需産業があって、お父さんたちは武器をつくっていて、子どもたちはまさに手軽に入るライフルによって罪なき子どもと教員を撃ったという事件ですけどもね、アメリカはおそらく戦争を起こすのかもしれない。でもその時にこのような理のない戦争は反対であると、明確に日本という国もまたですね言ってこそですね、初めてその悲惨な戦争をアメリカが実に無駄な愚かなことであったと気づかぬままにもですね、一方的勝利を掲げてですね、あるいは一方的敗北を掲げてですねやめた後に、まさにその悲惨な地において戦後復興と、平和的な復興に私たちは手助けをしますという時にこそソフトパワーとしてそこの市民はある意味で受け入れてくれるんじゃないでしょうか。金も出さない、人も出さないから今回は明確に申し上げるのみという形で戦争に加担をする国がですね、同様な戦後復興にですね手助けをしますと言ってきてもですね、果たしてそれは同じ復興の手助けをフランスやドイツやスウェーデンと同様にやって、果たしてそれはソフトパワーとして信頼や尊敬を勝ち取れるかということです。そして多くの政治家もマスメディアもですね、あるいは学者も、教養がありすぎるがために理を詰めていくと、とおっしゃる。時間があれですが、私は何か感じているのは、「『脱ダム』宣言」の時と同じような気がするんです。社説で緑のダムがいい、環境は破壊しちゃいけない、無駄な公共事業はしちゃいけないとおっしゃっていた。けれども「『脱ダム』宣言」を私が出した時に、これは手続き無視の民主主義への挑戦であると。強権的であると、多くの方々はおっしゃられました。私の記憶が定かであるならば、おそらく中日新聞と日本経済新聞とそして信濃毎日新聞の大半の記事を除けば、その他の全国紙と称される新聞の長野面は、私のやっていることは民主主義ではないと。あるいはそれに類する言葉をお書きになられたと思う。そして議員の人たちは、そんなことをすれば公共事業のお金が一銭もこなくなると。国は長野県を日干しにさせると言いました。でも結果としてはなくてですね、もし仮に国の方がより民主的であるならば、「『脱ダム』宣言」を出したことだけによってですね、国の補助金や交付税というものを、補助事業というものをやめられるのかということです。もし仮にやめたとするならば、その時に表現者というマスメディアが健全に機能していたならばそのことの書いた時に、多くの良識ある市民はどちらを支持するのかと。支持はしないにしても、どちらを批判するのか、否定するのかということです。日米安保があり、アメリカとの友好関係を考えればアメリカに追従するしかないという。でも沖縄にいる大変に多くの、今正確な数字じゃありませんが、何万人あるいは十万人を超えるような人たちの雇用は、日本の税金によって思いやり予算によって成り立ってる。ある意味では逆にアメリカは沖縄における兵隊の人たちというものは、日本の補助金行政の恩恵を受けてる人たちであるということです。そして、今回戦争を支持しないからといって、日本が安保を一方的に破棄されたり、日本から米軍が一方的に撤退したりした場合に、それは市民社会や表現者というマスメディアが健全に機能している時に、そのアメリカは誰からも非難されないであろうかということです。あり得ないということです。そしてあれだけ正義の警察だとおっしゃってる方々が、もし仮に近い将来日本が極めて危機的な状況や悲惨な状況が起きた時に、それを傍観者として見続けれるでしょうかということです。つまり、今アメリカに従わなければ日本は大変なことになるという「害・無能省」(外務省)をはじめとする方々、まさに今日、ご存じのように、なんでございましたっけ、びっくりしたわけでございまして、コピー…、官房長官様がですね、官房長官様なんて言う必要なかったかな…、さっき会見録を…、すごいことを言ってんですよね。線を引いて持ってくるの忘れちゃったから…。そう言っている間にも時間がなくなってきてしまいますけども。そうですよね。フランスが拒否権の行使を明言してることに対して福田康夫官房長官は、「妥協点を見いだす粘り強い努力をフランスもすべきだ」と。「単に拒否権という姿勢ではいけない」って言うけど、妥協点を見いだす粘り強い努力をすべきはアメリカやイギリスじゃないんですか。単に拒否権という姿勢ではいけないというのは、単に戦争ありきという姿勢ではいけないって私は言い換えていただきたい気がするんですね。もう一個、川口順子外務大臣もですね、「反対だと言い切るフランスは収拾する努力を本当に一生懸命しているのか」っておっしゃってるんだけど、参戦だと言い切るアメリカは収拾する努力を本当に一生懸命しているのかと、こういうふうにおっしゃるべきでございましてですね、なんだかよくわからないわけです。昨日、小沢さんに対して小泉さんが言ったせりふは、何をかいわんやでありますけども、これ読売新聞のニューヨーク支局の河野博子さんという方が、「ニューヨーク市議会、平和的手段求める決議採択」って言ってですね、ニューヨーク市議会定数50のうちにですね31対17で可決したわけですね。31対17っていうのは約ダブルスコアに近いわけでございます。ところがこの記事は大変に驚きましてですね、「31対17でようやく可決された。反対票を投じたのは共和党参議院を含む17人に達した」って書いてあるんですけど、これも違うんじゃないかと。31対17の大差で可決されたとかですね、反対票、つまりこういう戦争、平和的解決をという決議に反対した人ですね。平和的解決は賛成しないという人ですね。だから反対票を投じたのはわずか半数、約半数の17人であったとかですね、17人にとどまったって書くのが私は、どうも私が習ったつたない現代国語の基礎知識の中だなと思うわけでございます。読売新聞というのは、私は外報面というは大変に優れた記者がいると常々思ってるんですけど、この戦争の問題に関しては大変に不思議で仕方がない。
先ほど言いましたように、仮に戦争になるにしても日本が示すべき姿勢というのは何かと。私はどうも「『脱ダム』宣言」の時に起きていたシンドローム(syndrome)、どうもお金がもらえなくなるんじゃないかという幻想と同じような形をですね、今回のイラクに対しての理のない、サダム・フセイン体制がいいなどとは私は金正日体制と並んで申し上げておりません。非常に感じるわけで、教養というものに拘泥している人たちの理詰めだと言っているものがどんどん袋小路に入っていくということだと思います。
ただ、その意味で言いますと、松本市長が会見の時に国旗を掲揚したいということに対して、記者クラブの方々がその必要はないというような文章をお出しになったそうでございますけども、通常、全会一致が原則であられようと思う記者クラブの中で、読売新聞だけはその決議には署名なさらなかったということは、ある意味では私の「『脱・記者クラブ』宣言」というものを約都合2週間くらいにわたって新聞紙上で1行も「『脱・記者クラブ』宣言」という文字をお書きにならなかった読売新聞が、約2年近くを経てですね、「『脱・記者クラブ』宣言」というものを図らずも松本の地においてなさられたということは、大変にこれは慶賀すべきことであろうと、このように感じております。以上です。
|